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未来の記憶と謎のチートスキルで人生やり直し物語、学生に戻ったと思ったらそこは、何かが違う異世界だった件  作者: ホワイトモカ2号
それは澄みきった空に浮かぶ穏やかな雲のような
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電脳恋華、掃き溜めの底で

 レンと知り合ってからいくつか時間が過ぎた。慣れたもので探偵業の手伝いもしてもらっている。メスガキはレンの存在が気に入らないようだが、レンに手を出したら絶交すると伝えたら大人しくしてくれた。まったく交友してないのに、アホなガキだ。


 「そういえば仁、この世界に来てから不思議だったんだがアタッチメントって何なんだ?」


 レンは事務所のソファに腰掛けて茶菓子を食べながら俺に問いかけた。レンのいた世界ではアタッチメントが存在しないらしい。おそらくそれが世界の分岐点だったのだろう。


 「病気みたいなもんだな。」

 「病気?」

 「そう、病気。ほら、この世界の子供に読み聞かされる有名な絵本だ。」


 俺は本棚から絵本を取り出し、レンに渡した。



 むかしむかし、じんるい が まだ じんるい とよばれていなかったころのおはなし。


 たくさんのどうぶつたちに いじめられていた じんるいのごせんぞさま は、そらにいのりました。するとそらはそれにこたえて かみさま をよびだしました。


 かみさま は ごせんぞさま を しゅくふく しました。すると ごせんぞさま は ふしぎなちから、あたっちめんと とよばれるちからと、いだいな のう をてにいれました。


 ごせんぞさま は こうして じんるい となって どうぶつたちをしはいし、このほしの しはいしゃ となりました。



 それは遥か昔、人類がまだ人類と呼ばれていなかった時代の話。神様が降臨して、人類を祝福した。こうして人類はアタッチメントという力と、偉大な脳を授かり、この星の生物を蹂躙して支配者となった。そんなお話が、絵本でコミカルに描かれている。



 絵本を読んでレンは唖然としていた。平和な世界なのだろう。きっと別の方向で、正しく進化した人類がレンの世界にはいるのだろう。残念なのは、レンの肉体はただの作り物で、本物ではないことだが……少なくともレンの魂を見ると、俺たちの世界より遥かにマシに見える。魂の輝きが、段違いだった。混じり気のない、純粋で、輝かしいもの。それは俺たちには眩しすぎて、きっとあらゆる悪意を払うものとなるだろう。



 「そんなことよりレン、朗報だ。お前を召喚したやつが分かったかもしれない。」


 パソコンから連絡があった。ザリガニからの連絡だ。ザリガニというのはハンドルネーム……本名は聞いていないが、覚えやすいのでこちらを俺も愛用している。レンにザリガニを会わせるわけにはいかないので、今日は退散してもらった。

 ザリガニは最近知り合った協力者だ。ITスキルに長けており、情報収集能力や電子戦において右に出るものはいない。昔はその力から多くの組織から狙われていて、住み家を転々としていたが、俺と知り合ってからは、安息の地を保証するという約束で、協力関係を結んでいる。



 そこは雑居ビルが立ち並ぶビジネス街。何の変哲もないビルの一つに彼女はいた。オンボロビルに見えるが、それはフェイク。中身は最新鋭のセキュリティで守られており、並大抵のものは侵入できない。入るには静脈スキャン、声帯スキャン、瞳孔スキャンの生体認証に加え、本人によるカメラで目視確認をすることになっている。全てをクリアした俺はビルの中に入っていった。



 実のところ俺はザリガニの能力は高く買っているのだが、あまり会いたくない。人柄が最悪なのだ。龍星会のメスガキとどちらがマシかと問われると悩むくらいには。ザリガニのいる部屋の前に立った。嫌な気配しか感じないが、入らなくては始まらない。俺はドアをノックした。


 「おいザリガニ、俺だ。仁だ。開けてくれ。」

 「カギは開いているよ、入りなさい。」


 俺は深呼吸をして、意を決し扉を開ける。開けた途端、予想どおり……いつもどおりの洗礼を受けた。


 「うぉ……くっせ……。」


 部屋の中にはゴミが散乱していた。ゴミ袋などマシな方だ。途中からもう袋から溢れている。用途不明のおもちゃやらが転がっていたり、食品の食べかすが落ちていた。そして当然のことながら、その空間は悪臭に満ちていた。ゴミの塊が奥でもぞもぞと動く。


 「やぁ待っていたよ仁、さぁ奥に。そこに座るんだ。」


 背丈が低く、痩せ細り、色白でいかにも不健康そうな女が俺に近づくとザリガニが腐ったような匂いがした。そう、この女こそがザリガニ。こんなだが、俺の頼れる協力者なのだ。とりあえず持ってきた消臭剤をぶっかけた。突然のことにザリガニは顔を背けた。


 「けほっけほっ、何をするんだ仁。なんだそれは?また消臭剤か。僕は臭くないと言っているのにどうしてそんなことを毎回するんだ。」


 臭いからに決まってんだろ馬鹿野郎。ザリガニは自分の腋や服を嗅ぐ。「何ともないぞ、ほら。」そう言って俺の鼻に自身の腋を触った手を伸ばしてくるのでとりあえず掴んで止めさせた。この距離からでも少し臭う。


 「よし、奥に行けばいいんだな、早く行こう。」


 俺の鼻が壊される前に俺は魔窟の奥へと進んだ。しかし座れというが……どこに座れば良いんだ?


 「ほら、早く座って。ああ飲み物は……これでいいかな?」


 パソコンチェアに座ったザリガニはデスクに置いていたラベルのないペットボトルを手渡してきた。少し温かい。俺は仕方なしにそこらへんのゴミの上に座った。少し湿っぽくて気分は最悪だ。ペットボトルの蓋を開ける。異臭がしたのですぐに閉じた。


 「腐ってるぞこれ。」

 「腐ってる?馬鹿なことを言うな。僕が腐っている飲み物を大事な客人に渡すわけが……あっ。」


 何かに気づいたかのように、ザリガニはごみの山の中からペットボトルを取り出した。ラベルには水と書いてある。


 「ごめんごめん、間違えた。それは飲み物じゃない。こっちだ。未開封なので安心してくれ。」


 こいつ俺に何を渡した?嫌な予感しかしないので聞かないことにして、さっさと本題に入った。

 ザリガニにはあの神社で召喚法陣を作ったものを調査するよう依頼していた。俺の依頼を聞いてザリガニは街中の監視カメラにハッキングを仕掛けて行動を洗ったほか、電話回線や無線通信も調べて通話記録を確認したそうだ。その結果、一人の人物が浮かび上がった。

 天満月虚空あまみつきこあ。62歳、男。職業は大学教授で天体力学を専攻しており、その分野での第一人者だ。


 俺たちの業界とは真逆の存在だった。科学者……それはこの世界の法則を使い、万人による再現性を可能とする技。俺たちが使いこなす法術が個人の力で究極の一を目指すものとするなら、科学は世界の力で万人を究極に導く技。故に、本家の人間は煙たがっていた。科学とは、我々の立場を脅かすものだと。まぁ俺の目の前にも科学の叡智を使いこなす奴がいるわけで、俺は別に科学者に特別思い入れはないんだが。

 ただ、それは俺が変わり者というだけで、科学者側も俺たちのような法術士はオカルトだと否定したがる節がある。そんな科学者が、あれだけの召喚術式を用意したことが意外なのだ。だが、ザリガニの情報収集能力は確かだ。疑う余地はない。


 「仁、多分仁が考えていることだけど……答えは簡単だよ。これを見て。」


 ザリガニはモニターを指さした。天満月を写した写真だ。そこには浮かび上がる紋様……刻印のようなものが見える。


 「こいつ、亡霊か。」

 「どうする仁?仁が亡霊を潰すのに乗り気なら、僕は構わないけど。」


 ザリガニがその気になれば、亡霊の素性など、いとも容易く暴き、組織として致命的な打撃を与えるだろう。加えてそこに俺の暴力が加われば、ザリガニの言うとおり、潰すことなど簡単にできる。


 「いや、まずは聞き込みだな。こいつ自身の意思ではなく命令した者がいる可能性もある。」

 「優しいねぇ仁、その優しさを僕にもほんのすこし分けて良いんだよ?ほらぁ。」


 ザリガニは両腕を広げた。悪臭が広がる。そして俺ににじり寄ってくる。その格好は何だ?威嚇行為か?あるいはマーキングか?嗅覚の神経を術式で無効にしたい気持ちを抑える。五感を消すなんてリスクが高いからな。ともかく天満月と話さなくては。幸い奴は大学教授、すぐに会えるだろう。ザリガニの両腕が宙を交差する。俺は攻撃を仕掛けてきたザリガニの両腕を避けて、この魔窟の出口へと向かっていた。


 「仁、今日は僕を洗ってくれないのかい。」

 「今は忙しいからお菓子で勘弁してくれ。」


 土産に持ってきたザリガニ好みの菓子を適当なところに置いて立ち去った。


 「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 外に出るなり深呼吸をする。ああ、空気とはこんなにも美味しいものなんだな。人生って素晴らしい。ザリガニと会う度に俺は、この世界の美しさを感じるのだ。

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