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未来の記憶と謎のチートスキルで人生やり直し物語、学生に戻ったと思ったらそこは、何かが違う異世界だった件  作者: ホワイトモカ2号
それは澄みきった空に浮かぶ穏やかな雲のような
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地下貯水迷宮、召喚儀式術

 つまるところ人間てのは当たり障りのない日常を常に求めているもので、そんな日常にちょっとしたスパイスがたまには欲しくなっても、結局日常に回帰するものなのだ。


 俺の依頼主は自身をアリスと呼んだ。ガキの名前なんぞどうでもいいのだが、依頼主の名前はどうでもよくないので、しっかりと覚える。

 聞くところによると"わんちゃん"がいなくなったのは三日前らしく、ポスターを貼ったり近所の人に呼びかけたり、当然自分でも探し回ったらしいのだが結局見つからないみたいだ。犬には帰巣本能というのがある。まともに躾けられてるなら、いつの間にか帰ってくる。大方、野良のつがいでも見つけて盛ってんじゃねぇのかと思ったが去勢済みということなのでその線は外れた。


 「まぁよ、何にせよ俺に依頼したのは正解だアリス。一日で見つけてやる。」


 適当な水道管を右手で掴む。当たり前だが水道管というのは街中に張り巡らされている。俺は水道管を介して術式を行使した。支配術式。水道管を介して俺は街を支配した。ゴミ虫みたいに蠢いている人間の動きも手にとるように分かる。

 左手でアリスの頭に手を置く。記憶探知でわんちゃんの姿を見る。これら一連の技はアタッチメントでも何でもない、技術……いわゆる法術の類だ。境野家は代々、法術の担い手として国に重宝されている。もっとも俺は本家からの爪弾き者だが。


 ───見つけた。ここは……地下貯水施設か。豪雨発生時に雨水を貯留する施設。川にある排水口から侵入でもしたのか。犬ころの帰巣本能では戻るのは大変そうな場所だ。似たような光景で方向感覚は狂うし、流水のせいで匂いも残らないからな。

 「それじゃあちょっとおじさんは行ってくる。アリスは家に帰って報告を待ってろ。連絡先はおうちの電話番号で良いな?」

 依頼書には住所、電話番号を書いてもらうことになってる。まぁ依頼契約を結ぶので当たり前だ。


 「ばかにしないで!私だってスマホくらい持ってるんだから!」


 アリスはスマホを取り出し俺に見せつける。何かうさぎの耳が飛び出てるスマホカバーだ。女子供ってのは何でああいうのを好むんだ?理解できねぇ。ユーシーに会う機会があればパンダのスマホカバーでも渡してみようか。中国人だし。それはともかく、小さな依頼主様のご要望を受けて、スマホの連絡先を交換した。


 

 地下貯水施設は迷宮という表現が適切だ。犬っころが迷子になるんだ。人間なんて余裕で迷うだろうよ。俺は壁に触れる。瞬間、壁の中に血管のようなものが走り出した。俺の術式だ。これで施設全体は把握した。したのだが……。


 「妙な連中がいるな……?おいおい犬っころも割と近くにいやがる……。」


 基本的にこの施設は無人だ。豪雨発生時に雨水が注入される仕組みなので、防犯カメラのような監視装置もない。そもそも盗むようなものはないし、災害時にここにいたら溺れ死ぬんだからな。好き好んでこんなところに入るやつなんていないと思ったが……どうもそんな馬鹿どもがいたようだ。


 「頭の足りない犯罪組織か、ホームレスか……まぁそんなところだな。」


 邪魔したらぶっ飛ばしてやろう。その程度の認識で俺は足を進めた。


 

 見つけたその場所は何というか……予想外だった。祭壇のようなものがあって、何か像みたいなのもある。変な格好してる奴ばかりだし、新興宗教の類だろう。そして犬は……特に奴らにとってはどうでも良いのか、座って休んでいた。寂しがり屋の犬なんだろう。


 「よぉどうも、皆さんお元気か?」


 こっそり回収するのは無理そうなので正面から堂々と姿を現す。


 「ちょっと迷子のわんちゃんを探してて、ほらそこにいた。通してくれない?」


 まぁ許可なんて取るつもりは毛頭もないわけで、祭壇を横切り犬を回収する。犬はクゥーンと鳴きながら大人しく俺に抱かれた。大人しくて良い子だ。まぁ俺は動物に嫌われがちなので予めアリスの匂いを用意してたんだが。ご主人さまの匂いを久しぶりに嗅いで安心したんだろう。良かった良かった。


 「それじゃあ、どうも失礼しましたー!」


 犬を用意していたケージに入れて退散する。


 「待て。」


 信者の一人が俺に声をかけてきた。勘弁してくれ、俺は宗教に興味はないし、神なんてものは信じない。

 あからさまに嫌そうな態度を示す俺に信者は手に持ったナイフを振りかぶってきた。俺は避ける。


 「お前らの教義にひょっとして犬は救済の対象に入ってないの?ほら見てみろかわいい犬だぞ。こんなかわいい犬をただ探しに来ていた心優しい一般人を傷つけて神様は悲しまないのか?」


 銃声がした。これも避ける。まったく穏やかではない。


 「見られたからニは生かしておけない。我らが神の贄となるが良い。」


 信者たちは武器を手に取り出す。あるものはアタッチメントも展開しだした。


 「おいおい、勘弁してくれよ、俺はただ犬を探しに来ただけだってのに。」


 ………。


 まぁ、俺がこんな連中に負けるはずがないのだが。最後の一人を叩きのめした。祭壇を見ると何かよくわからない、趣味の悪い怪物が描かれている。


 「お前ら、大変だとは思うけどさ、神なんて信じてねぇで、まずは自分の力で自分と向き合うことから始めた方がいいんじゃねぇか?」


 結論から言うと、この祭壇は本物だ。法術を修めている俺だから分かる。これは……何かを召喚する儀式術だ。それがこいつらの言うところの神。まぁ神なんてのは人それぞれ解釈があるだろうが……これが喚び出すものは邪悪な存在だ。異界からの使者、それはこの世界を冒涜する存在。境野家の端くれの俺だが、看過するわけにはいかず完膚なきまでに破壊した。


 「こいつは……今の道具じゃ破壊しきれねぇな。」


 祭壇に置かれた水晶玉のようなもの。俺たちの業界ではこれを召喚石と呼ぶ。わかりやすいだろ?召喚に必要なエネルギーを練り固めた魔石のようなものだ。これを作るにはある程度の知識を有した術師でなくては無理だ。連中は全員、普通の人間だった。背後に何かいるのだろう。


 「まぁ関係ねーな。あとでぶっ壊す。」


 俺は召喚石をポケットに入れて地下貯水施設から立ち去った。



 神社についた。古い神社だ。地下貯水施設から出たあと、アリスに連絡したところ、ここで待ち合わせたいというらしい。親に秘密で依頼したことだからバレたくないとか。俺はドッグフードを犬に与えながら待っていた。


 「ごめんなさい、おじさん遅くなっちゃった……それで……あっ!!」


 アリスはケージに入った犬を見つけると駆け寄り、ケージから犬を取り出して抱き上げた。微笑ましい光景だ。


 「本当に一日で見つけるなんて凄い!おじさんは魔法使いなの!?」


 目を輝かせて俺を見つめてくる。だから俺は答えてやった。


 「いいや、探偵さ。超がつくほど有能な。」


 もう日が暮れて、辺りは真っ暗だ。犬がついているとはいえ、こんな時間にガキ一人歩くのは物騒である。柄ではないが、大事な依頼主様だ。家まで送ると伝えると、あっさりと拒否された。


 「おいアリス、お前大人の好意には甘えるもんだぞ?」

 「ううん、気持ちは嬉しいけど、私にはこの子がいるから大丈夫だよ。それよりもお金についてだけど……。」


 謝礼のことか。まだ貰っていないが、元々こんなガキからとるつもりはない。


 「お前みたいな子供から取るほど落ちぶれてねぇよ。」

 「でも……。」

 「その代わり、周りに伝えろ。無明探偵事務所は素晴らしい事務所だってな!超有能な探偵が親身に対応してくれるってさ。」


 アリスは微笑んだ。大人ぶっているがまだガキだ。ようやく和らいだ表情からは、年相応の幼さが垣間見えた。


 「だから……。」

 「あぁ、本当に良いの。実は爺やが近くまで車を出してて……おじさん鏡を見たほうがいいよ?どこから見ても不審者さんだから!」


 子供は時に残酷な真実を突きつける。そもそもおじさんとずっと呼ばれていること自体、ショックなのに不審者なんて言われるともう心はズタボロだぞ?


 「でも……この子が懐くなんておじさんはきっと本当は誰よりも優しいって分かるよ。私も、少しの間だったけど、おじさんのこと、嫌いになれなかったもん。」


 アリスは手を振って立ち去っていく。俺はそんな様子が見えなくなるまで見守った。式神を飛ばす。近くに紳士風の老人が一人、黒塗りの高級車の前に立っている。悪意は感じられない。なるほどあれが爺やか。


 「ふぅー……。」


 俺は煙草に火をつけて一息ついた。神社は禁煙なんだっけか?どこにも書いてないし、多分大丈夫だろう。辺りは真っ暗で虫の鳴き声だけが聞こえる。先程まで騒がしかったのが一転して、ただひたすら静寂が場を支配する。そのギャップが何故だか寂しさを感じさせた。これだからガキは嫌いだ。こうして俺の心をたまに惑わせる。まぁ龍星会のメスガキは論外だけどな。


 「んで、そろそろ姿を現したらどうだ?アリスを襲うつもりがないのは分かってた。何の用だ?」


 影に話しかける。ずっと俺に付き纏っていた。影を行使する法術なら覚えがある。少しずつ影は形を変えて、俺の前にその姿を見せた。


 「おいおい……なんだよそりゃあ……飾りか?流行ってんの?」


 それは男性……だと思う。髪の毛はなく、頭部全体に釘が打ち付けられていた。何故、男性か女性か判別がつけられなかったのかというと、胴体が変質していたからだ。まるでそれは……軟体生物に虫が寄生したような歪な姿。会話は通じない。ただ何かを呟いていた。


 「もしもーし、日本語喋れないなら筆談するか?外国語でも良いぞ?大体の言語は話せるから。」


 俺が懐からメモ帳とペンを取り出し渡そうとすると、それは突然腕を振り回す。ペンが切断された。


 「何すんだ、このペン地味に高いんだぞ。」


 俺の抗議を無視して、それは咆哮する。肉体の変質が更に大きくなる。それはもはや人型を為していなかった。右肩には巨大な花が咲き、毒粉を撒き散らしている。左肩には巨大なフジツボのようなものが密集し、うごめく。釘を打ち付けられた頭部だけは変質せず、それが今となっては不均衡で怪物の異形さを強調していた。


 「そういうの良いから。」


 会話をする意思はないと判断し、俺は方陣を展開し敵を分析する。異形の原因はあの釘、異界の産物だ。もうこう成り果てては戻らない。不可逆の変質。俺にできることは、せめて楽に葬り去ることだった。

 異形の腕が巨大化し、俺に振り下ろされた。俺はそれを受け止める。丁度良かった。こいつを殺す方法を今決めた。

 俺は触れた腕に術式を流し込んだ。強制反転、虚数術式。送り込まれた術式は存在証明のために対象と同化する。だが、それはこの世の実にはなり得ない虚なる存在。自己否定を引き起こし、崩壊を引き起こす。細胞レベルでそれは加速的に進み、まるでウイルスのように俺の術式は身体中を駆け巡る。


 異形の怪物は、消え去った。だがおかしい。何かがおかしい。怪物は倒したはずなのに、何故か異様な存在を未だに感じる。何が起きている……?

 突然、空気が震えた。否、空気ではない。次元が震えたのだ。紫電のようなものが空間を走る。この発生源は……後ろ、神社本殿の中だ。俺は振り向き走る。そして本殿の中へ。


 「……ちっ!くそが、やられた。」


 戸を開けると、そこには魔法陣が描かれていた。見たことのない魔法陣、だがそこには邪悪なものしか感じられない。ポケットが光り出す。これは……先程拾った召喚石。


 「馬鹿な……!?こいつは特定術式しか反応しないはず……まさか……最初から!?」


 急ぎ、逆理術式を発動する。展開された術式を逆転させ無効化させるもの。だが既に遅い。発動された術式はあまりにも強大で、既にゲートは開いていた。そう、召喚のゲート。俺ができることは、一刻も早くこのゲートを閉じることだ。ゲートの先には異次元の怪物たちが跋扈している。


 「上等じゃねぇか!まとめて全員ぶっ殺してやるよ!!」


 装備は不十分だ。だが場所はいい、神社は、俺と相性が良い。来るなら来やがれ、境野仁の恐ろしさを、この世界の恐怖を叩きつけてやる。

 一際大きな次元の震えとともに、それは一瞬にして収束した。衝撃波が俺に直撃する。だが耐える。刮目しろ、これより召喚される敵を。目をそらすな。


 「……は?」


 衝撃が収まり、次元の振動の中心に目をやると、そこには少年が一人、横たわっていた。

 これが、俺と境野連との初めての出会いだった。


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