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秘めた思い、共に過ごした恋人

 中学校……懐かしい響きだ。今、俺は高橋に案内され俺たちが通っていたらしい中学校の門の前にいる。

 今朝、学校に着くなり教室にいた高橋に事情を説明したところ快諾してくれて、そのまま放課後に中学校に行く流れとなったのだ。最初は皆で行くという話だったのだが、サキ曰くこういうのはなるべく当時の状況を再現するのが良いらしく、無関係の人たちは行かないほうがいいということだ。夢野とコトネは大反対したが、結局折れて名残惜しく、俺たちを見送ってくれた。


 「境野くん、高橋さんとはなるべく一緒にいてあげてください。昨日の件、どう考えても異常でした。」


 剣は俺に釘を刺すように忠告を残して放課後すぐにどこかへ行った。彼なりに調べたいことがあるらしい。



 境野と高橋が事務所で卒業生であることを説明しているのを遠くで眺めている者たちがいた。サキ、夢野、コトネの三人である。彼女たちは当然の如く中学校までこっそりとついてきたのだ。二人を行かせるのを渋々了解したのも、最初からこっそりついていくつもりだったからなのだ。だが第一関門が今立ちはだかる。


 「ちょっと、どうすんのよサキ……あたしたちこのままじゃあ入れないじゃない……!」


 苛立つようにコトネはサキを見て抗議の言葉を浴びせた。


 「ふふ、心配しないでください。いいですか?中学校の警備なんてガバガバも良いところなんですよ。ましてや私たちのような女の子なんて気にも止めないんです。ただ明らかに他校の生徒が彷徨いていたら体裁が良くない……そこでこれです。」


 サキはかばんから制服を取り出した。この中学校の制服である。そして近くの公衆トイレが目に入った。三人はこそこそとトイレへ向かい着替える。


 「な、なるほど?さすがやるじゃない、私の将来の義妹なだけあるわ。まったく意中の恋人がいるというのに……ど、同級生の女生徒と二人きりで昔通ってた中学に行くなんて……ま、間違いが起きないように見張らないと!!」

 「そうですねー。あ、夢野先輩きつくなかったです?先輩スタイル良いですから大きめの選んだんですけど。」


 コトネの妄想を適当にあしらいつつ、サキは二人の着替えを見届けた。コトネの目的はともかく、サキと夢野の目的は明白で、やはりレンの記憶が戻った時に、何らかの問題が起きないか。それが不安なのだ。あるいは記憶が戻ることを危惧した黒幕が仕掛けてくる可能性もある……。故にこうしてこっそりとついてきているのだ。



 事務の人が卒業名簿で俺たちの名前を確認すると、中へと案内してくれた。高橋から学校の名前を聞いた時点で分かりきっていたが、この中学校は俺の記憶にはない。この身体のことではない。この世界にくる前の記憶にも、この学校に通っていた記憶はないのだ。改めてまったく別の人生を送っていたことが分かる。高橋は懐かしみながら辺りを見回していた。


 「どうだ!?見ろよ境野、あの銅像昔のままじゃねぇか、懐かしいなぁ……なぁ思い出してきたか?思い出したろ?」


 嬉々として高橋は俺に話しかけるのだが、まるで思い出せなかった。そんな反応に高橋は分かりやすく気を落とすが、すぐに気を取り直し、あちらこちらを指さして思い出話をする。だがどれも、俺の心には響かなかった。


 「高橋……?お前……やっぱりそうなのか……事務の人に聞いたぞ、よく来てくれた。」


 突然、スーツ姿の中年が俺たちに話かける。高橋の知り合いなのだろうか。高橋は気まずそうに挨拶をして、俺の手を引っ張り行こうぜと立ち去ろうとする。


 「ま、待ってくれ!謝りたいんだ!教師でありながら、お前にひどいことをしてしまったことを……!許されるなんて思ってない、でもせめて!」


 教師を名乗る男は必死に呼び止める。年齢は40から50くらいだろうか?そんな良い年した大人が子供に対してこんな態度をとるのは何か強い思い入れがあるように感じた。


 「高橋、話を聞くくらい良いんじゃないか?あんな申し訳無さそうに頭を下げてるんだ。何があったのか知らないが、きっと心の底から悪いと思っているさ。」


 俺の言葉に高橋は教師を名乗る男に視線を向け、ため息を吐いた。


 「こいつはいつもこうだよ。生徒に対してとにかく下手で、ことなかれ主義、自分さえ良ければどうでもいい、教師を名乗る価値何てないクズだよ。」


 高橋の言葉には珍しく恨みがこもっていた。そして心底軽蔑しているような、吐き捨てるような言葉。俺の腕を更に強く握り引っ張る力を強める。あの教師から一刻も早く離れたくて仕方ないようだ。


 「そうだ、そのとおりだよ。今年で教師は辞めるよ。」


 腕を引っ張る力が止まった。高橋は振り向きはしないものの教師の言葉に耳を傾ける。


 「彼女たちのしたことについては、あれから職員会議の議題にあげて然るべき措置をとったんだ。おかげで僕は針のむしろ、もう居場所なんてないさ。でも、もう君の知っている陸上部はないんだ。だからどうか、一度だけで良いから顔を出して欲しい。君のことを知ってる後輩がいるのはもう今年で最後なんだから。」


 高橋は沈黙を続けた。教師とは顔を合わせようとしない。教師は俺に視線を合わせ、深々と何度も頭を下げて、立ち去っていった。


 「さっきの人、陸上部の顧問だったのか?」


 何となく話の内容から察した。高橋がいたころ何か陸上部に問題を抱えていたことも。


 「……よくある話さ。あたしのいた陸上部ではOGが有名な奴らしくて、顔を効かせてて、そいつに気に入られた奴だけがレギュラー入りする。要は媚びへつらうのが上手い奴が結果を残すんだよ。あたしはずっと無視してたから、嫌がらせを受けてたんだ。」


 学校という閉鎖的コミュニティにおいて、ヒエラルキーは時に歪なものとなる。それはカースト制度に近いもの。ピラミッドの最上位が神のように振る舞う狂った世界。そんな世界に高橋はいたというのだ。


 「ずっと一人で戦ってたのか?」

 「……一人じゃねぇよ。お!ま!え!がいたんだよ!」


 高橋は俺の額を何度もつついて指さした。

 そうか……だとしたら中学の俺は、今の俺と本質的な部分は変わりないのかもしれない。俺も似たようなことをした記憶があるからだ。高校生のころ、あの教室で。


 「何ニヤついてんだよ、思い出したのか?」

 「いや何も……なぁそれなら陸上部に行かないか?高橋の話だと、俺も関わりがあるんだろ?」


 高橋は少し思いつめた顔をしたが、決心したのか陸上部の活動場所へと案内した。

 そこは少し校舎から離れたグラウンドだった。当たり前だが男女で分けられているらしく、男子陸上は別のグラウンドで活動をしているらしい。複数のグラウンドがあるなんて豪華な学校だと思う。周りをよく見ると陸上部以外にも体育系部活動に専念している生徒たちがいた。全員女子だ。つまるところ……男子禁制の場所に来てるみたいで少し緊張する。生徒の何人かは俺をチラチラと見ていて視線が気になる。


 「とりあえず俺はここで待ってるよ、挨拶してきたらどうだ?」


 完全に部外者の俺は遠巻きで高橋が陸上部の後輩たちへ挨拶しに行くのを見守った。二年か……関係が疎遠になるには十分な時間だ……そう思っていたが、意外なことに高橋が挨拶をすると続々と人が集まってきている。高橋は困ったような様子だったが、どこか嬉しそうで、俺もそんな様子を見て安堵した。


 周囲を見回す。俺が通っていたらしい中学校……来れば何か思い出すきっかけになると思ったが、未だにその兆しは見えない。サキの話だと俺は母さんに記憶の喪失を維持する薬を盛られていたらしいがその影響がまだあるのだろうか。それとも……中学の俺はこんなこと思い出す価値もない記憶として忘却の彼方に追いやったのか……分からない。

 話はまとまったのか、高橋の周囲にたくさんいた女生徒たちは散らばっていった。高橋が小走りでこちらに向かってくる。高橋に引っ張られてグラウンドに降りる。二人の女生徒が残っていた。高橋に小突かれ自己紹介をするよう促されたので、簡単に名前とこの学校の卒業生であること、今は高橋のクラスメイトであることを話す。


 「話は聞いてます。何でも記憶喪失だとか……そんな人、初めてみましたけど高橋先輩の大切な人なら是非お手伝いさせてください!あぁ、私は部長の田原と言います。こっちは副部長の榊です。」


 田原と榊は頭を下げる。中学生だというのに礼儀正しい子たちだ。俺もいえこちらこそと頭を下げた。そして俺たちはグラウンドの隅に案内された。そこには陸上道具が色々と置かれている。


 「高橋先輩……とりあえず用意したんですが、本当に良いんですか?」

 「いいよ、ありがとな田原。」


 田原と榊は俺たちを案内すると立ち去っていった。その姿を高橋は手を振って見送る。


 「さて、それじゃあ片付けるぞ。」


 高橋は俺に布巾のようなものを渡して座り込み、磨き始めた。


 「何突っ立ってんだよ。同じことをすれば思い出すって言われたろ?あたしたちは、こうして二人で道具の片付けをしてたんだ。」


 そういうことかと納得し、俺も道具を整理し片付ける。

 道具を片付けながら、高橋は他愛のない世間話をしていた。学校のこととか、テレビやSNSのこととか……。


 「なぁ高橋……よくわからないんだが、こんな感じで本当に俺たちは片付けてたのか?」

 「そうだよ、何か気に入らないことでもあんのか?」

 「いや……こんな私語ばかりしてたら効率が落ちないのか?」


 片付けなんて面倒くさいイメージしかない。俺も高橋も、早くに終わらせたい気持ちで一杯だったのではないだろうか。そんな俺の疑問に高橋は機嫌が良さそうな声で答えた。


 「知らねぇのか?この方が効率がいいんだよ。」


 そんなものなのか。俺は何か思い出せないかと考え事をしながら、高橋の世間話に相槌をうちながら片付けを続けた。


 「ふぅ……これで終わりだな。どうよ?何か思い出したか?」

 「いや……まったく……。」


 俺の返答に高橋はガクリと肩を落とす。


 「この後、俺はどうしてたんだ?一緒に仲良く帰宅してたとか?」

 「ん……いや、それがあたしにも分からねぇんだ。何か片付けが終わったら帰れってやたらと急かしてさ。当の本人……境野は校舎の方に戻って行ってたな。」


 それは……つまり高橋の存在が……いや、他人の目が邪魔だったからということだろうか。誰もいなくなった校舎で何かをする必要があった……?丁度、日は暮れて夕焼けだ。あと少しで日は沈み、夜になるだろう。


 「せんぱーい、私たち、もう帰りますけど、どうですか?これから一緒に軽く食事なんて。」


 田原と榊、そして後ろにいた数名の女生徒が高橋を誘う。皆、高橋を心から慕っているのだろう。本来なら快く高橋の背中を押して後輩との付き合いを楽しんでもらいたいところだ。ただ、剣の言葉もあったが、ここ最近高橋は異常に何者かに狙われている。一人にさせるのは危険だ。


 「悪いが、それは駄目だ。高橋は俺とちょっと校舎の中を見ておきたいんだ。」


 高橋の話では、俺は一人校舎に戻り何かをしていた。おそらくそれが俺にとって一番重要なことなのだろう。だからここで立ち去ってしまっては何の意味もない。後輩たちや高橋には悪いが、そこは譲れない。非難の目は承知の上だったが、何故か意外なことにそんな視線はなく、それどころか何人かは感悦の声をあげていた。


 「す、すいません!二人の邪魔しちゃ悪いですよね、それじゃあごゆっくり!」


 田原は女生徒たちを引き連れて立ち去っていった。女生徒たちは何かやたらと嬉しそうにこちらをチラチラ見ながら話をしている。何なんだ一体。


 「校舎の中って、このあとの話か?あたしも知らないんだよなぁ……。」

 「例えば俺たちの教室はどうだ?」


 それならと、高橋は案内する。日が暮れかけている校舎の中は、非日常的な光景で、どことなく異世界のような空気を感じた。俺が在籍していたらしい教室の戸を開ける。中には……当然のことながら何もなかった。高橋は懐かしみながら教室の中を歩き回るが、俺は何も感じない。ただの教室にしか見えないのだ。はずれか……そう思いながら窓際の席に立つ。窓からは、先ほどのグラウンドがよく見える。


 「あれ……だれ……ですか?」


 戸の方から声がしたので振り向くと女生徒が一人立っていた。まだ残っていた生徒のようだ。忘れ物でも取りに来たのだろう。高橋は自分たちが卒業生で昔を懐かしみに来たということを伝える。


 「え……ひょっとして境野先輩ですか!?本当だ、よく見ると……確かに!うわぁ懐かしい。」


 女生徒はまるで旧知の間柄のように俺に近づいて頭を下げ、質問を繰り返す。俺は当然のことながら覚えがないのでたじたじだ。だが、はっきりとしたことが一つある。この女生徒は俺のことを知っている。高橋だけではなかったのだ。俺は記憶がなくなっていることを彼女に伝えると、最初は冗談と思ったのか信じられないような表情だったが、俺の真剣な態度に本当のことだと受け入れてくれた。


 「そうだったんですか……大変ですね……。それじゃあ彼女さんとは、どうなったんですか?あんなに仲良かったのに。」


 女生徒は高橋の方をちらりと見る。高橋は赤面しながら答えた。


 「ば、ばか。あたしと境野はそういう関係じゃあ……。」

 「え……いや、違いますよ。ほらいっつも放課後に一緒にいた彼女さんがいたじゃないですか。」

 「は?」


 高橋の言葉に女生徒はビクっと怯えるように反応する。


 「彼女って……恋人ってことか……?俺にいたのか……?」

 「え、えぇ……卒業までは秘密だって言ってましたけど……。彼女さんが私たちは恋人だって言ってたし、先輩も否定してなかったから……。」


 初耳だった。初めて知った。恋人……そんなものがいたのに今の今まで忘れていたなんて。


 「なぁ高橋……俺の恋人って誰か覚えがあるか?同じ高校にいるのか?それとも別の高校に?」

 「知らねぇよ。」


 まぁそうだろう。恋人がいたならそもそも、こんな話にはなってないだろうし、周りの人も……それこそサキなら恋人と一緒に記憶を思い出すよう言うはずだ。では……その恋人というのは……中学で別れたのか。


 「最後にその恋人と一緒にいたのはいつか覚えているか?」

 「えっと……卒業式の前日だったと思います。今まで私たちの秘密を守ってくれてありがとうって、少し話しましたから……あれ?でもおかしいな……境野先輩の顔は分かるのに……恋人さんの名前も……顔も……思い出せない……。」


 女生徒は頭を抱えだした。まるで恋人の記憶だけが欠落しているようだった。女生徒はスマホを取り出す。最後に一緒に卒業前に記念写真をとったらしい。重要な情報だ。スマホをスクロールする女生徒を見つめながら緊張が走る。まだ見ぬ恋人の顔を想像しながら。


 「え……なに……これ……。」


 女生徒は呆然としていた。見せてくれないかと頼み込むと、女生徒はスマホの画面を見せる。そこには俺と女生徒と……まるで壊れたデータのようなノイズが、恋人と思われる女生徒の上を塗りつぶしていた。


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