溢れ出る怒り、止まらない殺意
───深夜、第二一時集積場、通称ゴミの山
「くっさ。」
それは立っていた。倒れて動かない釘の怪物の前に。境野連により致命的ダメージを受けた彼であったが、死に至らなかった。それは全身に打ち付けられた聖釘による呪い。高橋を殺すまで死なせないという呪いだ。
ビデオカメラを拾う。『壊れない』という属性を付与したそれは、境野の一撃を持ってしても無傷だった。内容は見ずとも知っている。全ては天から俯瞰していた。事の顛末は全て。カメラを握りつぶす。一瞬にして破壊されゴミと化した。
それのアタッチメントは、あらゆるものにあらゆる属性を付与するものだった。それは神に等しい強力な能力。『高橋がアタッチメントを使うと崩れる』属性を付与したゴミの山だってそうだ。計算でも何でも無い。そういう風に起きるように設定されたもの。
「役立たず。」
それは呟いた。釘の怪物は灰となり散っていく。
悪意ある何者かだの、黒幕だの……散々な言われようだ。悪意など無いというのに。黒幕……はまぁ少しは合っているので仕方ないにしても。
用意は周到にしていた筈だった。あの女は剣と行動を共にしだしたので、急遽引き離すために適当な奴の肉体を改造し洗脳もした。孤立させるために通信局を破壊した。だというのに……境野連はそれらを全て掻い潜ってあの女をわざわざ助けに来た。いくら境野連とはいえ、無傷ではすまないであろう、ビジターの攻撃を全てかばいもしていた。
「何で何で。」
灰を蹴飛ばす。思い出した。こいつは境野連に攻撃をしていた。あれだけ攻撃するなと言ったのに。無理やり生き返らせて、拷問にかければ良かった。苛つく苛つく。
苛つくといえばそもそも最初からだ。あの邪魔ばかりする苛つく男、境野仁は殺されるように仕組み、実際に殺した。だというのに。
「何で何で何で何で何で何で何で。」
あのクズ、殺したはずなのに未だに影をちらつかせて境野連を助けている。ふざけるな。死んだ人間が干渉してくるな。恥を知れ。
「何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。」
それだけじゃない。そもそも最初から何もかもがおかしい。突然計画が狂い出して上手くいかなくなった。自分の能力は全能のはず。ずっと上手くやっていたのに。高校生になってから、おかしくなってばかりだ。仁とかいうゴミカスのせいだと最初は思っていた。でも違った。あいつが死んでも上手くいかないことばかり。今日だって通信局は全て破壊したのに、どうやって境野連は剣と連絡が取れたのだろう。
想像したくないが、可能性としてもう一つ。境野仁に匹敵する、極めて強力な能力者が自分の邪魔をしているということだ。考えたくない。全能の自分に干渉できる化け物が、仁以外にもまだいるなんて。しかも、自分の知らないところで動いているなんて。
ゴミの山はいつの間にか消えていた。ここは高橋を殺すためだけに作られた会場、いわば処刑場。第二一時集積場なんてものは元々存在しない。この世界にそういうものが存在すると暗示をかけて、そういうものを用意していただけだ。
それはゴミの山だった場所から立ち去る。境野連はなんとか取り戻すとして、自分の邪魔をする存在、それを何とかしなくてはと心に決めながら。
家に帰ってきた。サキに真実を告げられて、少し遠慮がちな気分だ。サキは今までどおりで良いし、家にいるのは母親役を演じるように命令されたただの人形だから気にする必要ないよと言われるが、そんなこと言われても外見は人間そのものなので、そんな割り切ることなんてできない。
「ただいま……。」
申し訳無さそうに玄関を開ける。母さんはそんな俺を見て笑顔で出迎えてくれた。この笑顔が母親役を演じられることを命じられた人形だと思うと何とも言えない気持ちになる。
だが、意外なことにそんな懸念は母さんと話す内に頭の隅へと離れていった。何気ない会話、何気ない仕草……結局のところ人形であろうと母さんは母さんなのだ。今までも、これからも、ずっと自宅として俺の安息の地としていたことに違いはないのだから。
夕食が終わると、サキに部屋に来るように言われた。これからの話、特に家での振る舞いについて話すのだろう。俺は一緒に部屋へと向かった。
「はいこれ、お母さんが作る食事の食後には必ず飲んでね。」
そう言ってサキは俺に薬を手渡した。
「なんだこれ?」
「今までは黙認してたけどね、お兄ちゃんは倒外機関に存在を容認されているなら、記憶の回復を急いだほうがいいかなと思って。お母さんね、いつもお兄ちゃんの食事に毒薬を入れてたんだよ。記憶が欠落した状態を維持し続ける毒薬。それは解毒剤。」
───は?突拍子もないサキの言葉にポカンと俺は思考停止する。母さんが……あの母さんがいつも俺に毒を盛っていた……?そういえば食事することに酷く拘ってたけど……あれは……。
「全部……嘘だったのか……。」
改めて落胆する。サキは現状を家族ごっこと揶揄していた。まさにそのとおりだ。知らなかったのは俺だけ。まるで哀れな道化だ。
あからさまに気分を落とした俺にサキは少し慌てた様子で発言を補足した。
「ちょ、ちょっと!そんなに落胆しないでよ!いいお兄ちゃん?お母さんはね、今回の黒幕の手先なの。そこは忘れないで。毒薬を盛ったのは悪意からではなくて、命令されてやってることなんだよ?人形なんだから命令を拒否することなんて出来ないんだし、そんな裏切られたみたいな顔しなくても良いんだよ。」
言いたいことは分かるが、やはり割り切れるものではない。どうしても、母さんを人形と見ることはできないからだ。まだ素直に黒幕の手先として洗脳されているとかそういう方が納得はいった。そんな俺の様子を哀れんだのかサキは俺の頭を撫でてきたが、馬鹿にされてる気がして振り払った。
「もう、こんな時くらい素直に甘えても良いのに。」
不満げにサキは呟いた。
「まぁだから少しずつ記憶は戻ると思うけど……やっぱり一番なのは昔馴染みの場所に行ったり、昔馴染みの人と会うことね。その点なら高橋先輩が一番適任だし、事情も知ってるから助かるね。」
高橋は中学からの知り合いだった……らしい。つまり俺は中学校に通っていたらしく、当然その頃を知る知り合いがいるはずだ。例えば教師とか……。俺は高校二年生だから当時の後輩も中学三年生として在学しているはず。少しずつ光が見えてきた。全てを思い出した時、悪意ある何者か、黒幕の存在にも辿り着くし、仁さんが何をしたかったのかも分かるはずだ。
サキの部屋から退室して貰った薬を飲み、明日のことを考えながら俺は床についた。





