罪業消滅、打ち砕く者達
薄々感じていたんだ。俺は招かれざるものだって。だってそうだろう。別の世界の人間が突然やって来たんだもの。世界は当然、俺を否定する。この世界に生まれた異分子なのだから。そう、存在自体が冒涜者。世界の冒涜者。それは剣が言っていた、アドベンターと呼ばれる存在そのもの。伊集院弦を襲った、おぞましき怪物たち。
「自覚はあったんだね、その態度から。でも安心してね。私は倒滅機関じゃないから。あいつらと出会ったらおしまい。お兄ちゃんはもうこの世にはいないよ?」
そう言ってサキは語りだした。自分が境野家に潜り込んだ理由を。一年近く前の出来事だったらしい。とある人物が、アドベンターを意図的にこの世界に呼び込み、用意した器に憑依させるという計画の察知。
アドベンターとは本来、世界に否定される異分子、そのためこの世界の人間に力を与え活動をするか、聖釘など、自身の肉体の一部を利用して活動をする。故にその力の多くは制限されるのだ。その制限を取り外すのが、その人物の目的。空の器にアドベンターの魂を入れる。器が無事に耐えることができれば、アドベンターはこの世界に降臨することができて、その力を完全に振るうことができるのだ。
そして、その空の器は、長い期間をかけて大事に育てられていた。名前を境野連。まだ魂のない、空っぽの人間だ。
境野連は中学のころから学校に通っていた。小学校は巧妙に偽装をされていたが、同級生の証言から記憶操作の痕跡が見つかり、おそらく中学生になるまでは調整期間だったと推察された。そして、中学生になり他者との交流を深め、この世界の人間として馴染ませる。全てはアドベンターの器のために。そういう計画だったのだ。
「待て、それじゃあ境野美奈って誰なんだ。その話だと美奈は……。」
まさにその黒幕そのものではないか。あの優しく無邪気な笑顔の裏で、そんなことを考えていたというのか。
「いいえ、彼女はただの一般人……いえ実情はもっと悲惨ね。彼女はお兄ちゃんの母親役、ただそのためだけに作られた存在。役目が終われば廃棄される、使い捨ての人形。それは境野早紀という父親役も同じ。」
「は、廃棄って……。」
「文字通りの意味よ。彼女の生きてる意味はお兄ちゃんの母親という役目だけ。お兄ちゃんが立派なアドベンターとして覚醒したら、もういらないただの人形。人間ですらないんだよ?」
人間ですらない人形……彼女が?あんなに喜怒哀楽に富んでいて、あんなに俺のことを大事に思っていた女性が、ただの人形だと……そう言いたいのか……?
「あーもう、怒らないでよお兄ちゃん。これは事実なの。全部ね、仕組まれてたことなの。」
この世界に来たこと。それは何者かの意思によるものだった。そしてそれは、陰謀めいたものが背後にあって、俺はその陰謀に乗っかったのだ。欠落した記憶が、一体何を示すのかは分からないが、今まで俺が行使してきた力を思い出すと、納得がいった。だが、分からない点が一つだけある。出生届の件だ。なぜそこまで用意周到にした黒幕が、そんなミスをしたのか。そして、更に言えば、サキは俺……つまり境野連を黒幕がアドベンターの器として調整していると言っていたが、そんなの俺自身知らない。少なくとも記憶にある限りでは。
「そう、実は私もそこが不思議なの。黒幕は用意周到に、あなたという人格を長い時間かけて作り上げていたのに、何故か高校生になってから、それが杜撰になってる。決定的なのは高校二年生……お兄ちゃんと初めて接触し始めた時期だよね。あの頃から、もう黒幕のやることは無茶苦茶、今まで神の見えざる手の如く、黒幕の思い通りに進めてたのに、突然、隙だらけになったの。わたしが家族として、侵入できるくらいに。」
かつて無明探偵事務所で仁さんとのメールを見たのを思い出した。確かあれは昨年だった。仁さんと出会うことで、運命が大きく変わった……ということだろうか。そして高校二年生……あぁそうだ。夢野だ。夢野の能力は本来遥か先も見通す能力。彼女の能力が、黒幕の干渉を全て防いでいたというのだ。あの注射器で。それが結果的に、サキが境野家と干渉することにも繋がったのだろう。
「何か知ってるの?というかアドベンターについて何も気にならないの?」
不思議がるサキに俺は剣の説明をした。おそらく同僚だろう。夢野の話は意図的に隠す。まだサキを完全に信用したわけではないし、夢野がしたことはあまり他人に話すのは危険だと思うからだ。特に黒幕に知られるのはまずい。
「え、お兄ちゃん、既に倒滅機関と接触してたの!?じゃあ今、生かされてるのは……超法規的措置……?」
サキは驚いた様子を見せた。同僚じゃないのかと尋ねると、首を横にふる。
「言い忘れてたけど私はアドベンターによる被害を抑えるいわば裏方なの。境野家に潜り込んだのだって、器に降臨したアドベンターが人類にとって害悪がどうか見定めるだけ。あいつ……剣は完全な始末屋。血も通っていない、冷徹な殺戮機械。私たちには彼の行動なんて一々報告には来ないし。でも、となると……。」
剣の存在、それは打倒すべきアドベンターがいるということを意味する。だが俺はこうして生きている。伊集院弦に執着している様子もなかった。であれば答えは一つ。
「剣の目的は俺を呼び出した黒幕か。」
サキは頷いた。無論、別のアドベンターがいるという可能性もあるが、剣は言っていたのだ、あの流星群の夜、打倒すべき敵がいると。聖釘を打ち込まれた少女を屠ったあとに。
拘束を外された。剣との関係が分かった以上、危険性はないと判断されたのだろう。そしてそれは俺も同じだった。彼女は境野早紀を殺害したと言っていた。だが厳密には少し違う。黒幕が俺のために用意した父親役という人形を舞台から外して、自分が代わりに妹として入った、ただそれだけなのだ。そして、サキはずっと俺のことを兄と呼んでいた。それが意味するのはただ一つ。まだ、家族ごっこを続けるつもりなのだ。全ては黒幕に届くために。
「これからは協力関係……ということで良いのかな。」
「そうだねお兄ちゃん。倒滅機関が容認してるなら、私は何もできないし。折角こうして情報共有できるのなら、お互い家族ごっこを続けたほうがいいよね。」
そう言って、サキは上機嫌に俺の服と荷物を渡した。サキと話をして得られた成果はあまりにも大きい。一つの事実として、俺は他者の人生を奪ったというわけではないということ。これは俺の心を大きく救ってくれた。であるならば、記憶の欠落が問題だ。黒幕と悪意ある何者かは同一人物と見て間違いないだろう。記憶が欠落し、制御の効かなくなった俺を始末しようと考えているというのが狙ってくる動機の妥当な線だ。
黒幕の目的が俺の召喚にあったとするのなら、更にその先の目的もあるはずだ。そして俺はその話を聞いている可能性も高い。欠落した俺の記憶が一番の鍵になるはずだ。それに大事なことが一つある。高橋だ。高橋は俺のことを古くから知っていたような口だった。彼女のためにも、記憶を取り戻さなくてならない。
改めてこれからするべきことを整理して、俺はサキとともに外に出た。しばらくすると慌てた様子でユーシーがやってくる。そういえば位置が特定できるとかいう御札を渡されていた。なぜ今まで特定できなかったのか、サキに問いかけると無効にしていたと軽く答える。俺は自身の無事を伝え、遅れてやってきた夢野やコトネを交えて、先程サキと話をしたことを伝えた。これからやらなくてはならないことも含めて。