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外巧内嫉、譲れないもの

 図書室から出たとき、丁度高橋と鉢合わせになった。部活を終えたばかりなのか陸上競技服のまま汗も拭かずに来たことから、よほど急ぎの事情があったのだろう。しかし高橋の競技服姿は久しぶりに見て懐かしさを。懐かしさを……?いやこの姿を見るのは初めての筈だが。何かおかしい。記憶が混濁している。


 「ハァハァ……わりぃ、こんな格好で。急いで来ないといけないと思ったから。なぁ今日のあたし何かおかしくなかったか?」


 息を切らして、高橋は焦った様子でそう答えた。しかし……俺は頭に湧き出た違和感が拭い去れない。何だ……これ……。


 「た、高橋様はおかしかったですよ……だって突然約束を破って部活動に行ったじゃないですか……わ、わたしみたいなゴミムシとの約束ならともかく境野さんとの約束まで破るのは変です……。」


 考えれば考えるほど、何かがおかしい。動悸が早くなる。何か致命的なことを忘れている。いや、記憶の欠落。それは仁さんも言っていた。だが問題はないと言って……いや問題がないのは仁さんからすればというだけであって、俺にとっては……どうなんだ?息が荒くなる。何か変だ。懐かしいものを見たからか、連鎖的にフラッシュバックを起こしている。それは訳の分からない記憶、茜色のグラウンド、赫色に染まる校舎、沈む太陽。教室で俺は一人待っていた。あれは誰だ?


 『君はいつになったら目覚めてくれるのかな?』


 ────────誰だ。俺を呼ぶものがいる。悍ましい声がする。遠い暗い眩しい深淵の底からこちらを見つめている。俺を呼ぶ声がする。


 「ちょ、ちょっと高橋!なんて格好見せてるのよ!!そ、そんな格好、このへんた、レンに見せたら……ああ、もう私の使いなさいよ!!そして話があるなら着替えてからにしなさいよこの露出狂!!!」


 コトネは高橋にタオルを投げつけた。高橋は思わぬ親切に驚きながらも汗を拭く。


 「お、おう……まぁおかしかったってことは分かったから、とりあえず着替えてくるよ。」


 高橋は去っていった。俺はそれをいつまでも見つめていた。まるで……まるで……それは……。頭をはたかれる。ハッとした。コトネだった。


 「い、い、いつまでも見てるんじゃないわよこの変態!そ、そりゃあ私にあんな格好は出来ないわよ、そもそも体育系じゃないもの!!で、でもあいつだって元なだけで今日だってたまたま」


 意識が戻る。そうだ、俺は境野連で……高校生の頃に、過去に肉体ごと戻っただけで、普通の高校生だ。今までも、そうだった筈だ。コトネが何か色々と言っているがどうしたのだろうか。いや、そんなことはどうでも良かった。


 「い、伊集院さんっ……もう境野さんは大丈夫だから、そんな長々と言わなくても……。」


 長々と何かを話すコトネを夢野が止めていた。悪いコトネ、さっきの話、ほとんど耳に入ってなかった……。

 しばらく待つと高橋が着替えてやってきたので話をした。彼女に起きた不可解な出来事、その一部始終を。


 「それって要は操作されていたってことか?でも何の目的があって……。」


 途中で高橋は覚醒したので、その目的までは不明だ。高橋が部活動に参加した。という事実だけでは何の推測も立てられない。だが、その手口は今までになかったものであるに違いない。不気味な話である。高橋には剣との協力を得たことを伝え、何か危険があればすぐ伝えるよう約束した。日はもう暮れかけている。俺たちはお互い気をつけるように注意を呼びかけた。



 日は沈み、街は茜色に染まる。高橋キョウコは境野達と別れ、一人帰路についていた。

 スマホを見る。グループチャットに剣が追加されている。アドベンター……?境野の話だと、剣はそういうものの専門家らしい。亡霊とかいうのだけでも手一杯なのに、他にもいるのかと呆れかえる。だが此度は自分が狙われたということもあって他人事ではない。過去、ヴィシャにより操られたことを思い出す。もしかすると狙いは境野であたしを利用するつもりだという線もないだろうか……不謹慎ながら当時のことを思い出し赤面し、にやける。


 「ひどい顔ですね、先輩。」


 女性の声がした。聞き覚えのある声だった。


 「凜花───?」


 意識が突然遮断される。ここで記憶は完全に途切れた。倒れ込む高橋を凜花は抱える。邪悪な笑みを浮かべて。



 高橋が気が付いた時、そこは暗闇の中だった。ベッドに横たわり、両手両足は拘束されているのか思うように動けない。だが目隠しはされていないようで、うっすらと景色が見える。


 「誰か!誰かいないのか!!?」


 突然の出来事に恐怖を抱いた。あまりにも手際が良すぎた。街を歩いていたのは記憶にある。そこから気づいたら監禁されていたのだ。助けを呼ぶ声をあげるが、返ってくるのは虚しい静寂だけだった。このままでは絶対にまずい。何とかしなくてはならないのは分かっているのに、厳重に拘束された両手両足がどうにもならない。そんなことがしばらくすると音がした。戸が開いたような音だ。そして影が見える。影は照明のスイッチを押した。突然の眩しさに思わず高橋は目をつむる。足音がした。こっちに近づいてきている。


 「くそっ、誰だお前!何の目的があってこんなこと……!」


 うっすらと見える人影は優しく高橋の頬を擦った。その手付きが逆に気持ち悪く、高橋に生理的嫌悪感を抱かせる。


 「大丈夫ですよ先輩、ここには先輩に集る虫はいないですから。」


 凜花だった。飲み物と軽食を持っている。


 「凜花か!?助かった、早くこの拘束を解いてくれねぇか、ここから逃げ出さないと!」


 焦る高橋を見て、凜花は笑う。おかしなことを言うのだと。逃げ出す必要なんてまったくないというのに。だって、ここが一番安全なのだから。拘束を解く必要もまったくない。今はまだ、先輩は分かってくれないけど、きっと理解してくれるから。


 「だから安心してください、私たちはずっと一緒ですよ、この世界で。」

 「お前……まさか、お前がやったのか、こんなことを?」

 「そうですよ?だって先輩には虫が集るじゃないですか。大丈夫ですよ、私が守りますから。見てくださいこのアルバム。中学生の頃の写真ですよ。ずっと私たち一緒だったじゃないですか。高校生になってから急に冷たくなって、私寂しかったんですよ?そりゃあ一年間別の学校にいたから会える時間は減ってましたけど、陸上だってどうして辞めたんです?こんなに素敵だったのに。」


 アルバムのページをめくり、一枚一枚その写真について凜花は話をした。高橋は鳥肌が立った。だってこんな写真一枚も知らないからだ。隠し撮り、盗撮……大体凜花の言うことはおかしい。凜花と初めて話をしたのは高校二年生の春、一年生の入学式が終わってすぐにあたしに話しかけてきた。それが最初だ。同じ中学で陸上部の後輩だったからと自称していたから、話を合わせたが。中学生のころに、凜花と話をした記憶なんて一度もない。


 「ほら見てください、これは先輩と一緒に旅行に行ったときの写真ですよ。あの時は楽しかったですよね。」


 そう言って見せつけた写真はまったく見に覚えのない居場所で、よく見ると写真を切り貼りしているだけだった。辺りを見て気づいた。よく見ると部屋の小物が自分の使ってるものとそっくりだ。


 「お前まさか……お前だったのかあたしをこんなところに監禁したのは!このストーカー野郎!気持ち悪いことしてんじゃねぇよ!!くそっ離しやがれ!!」


 異常性、全てを察した高橋は凜花が全ての犯人だと理解した。そう考えると全ての辻褄が合う。そういう目で見ると、コスメだって普段自分が使っているものと同じものだと分かった。この女は何らかの方法で人のプライベートを見て、自分の使うもの全てを同じにして、自分勝手な妄想で友人面して近づいたのだ。本当に気持ちが悪いと心底思った。こんな人間には出会ったことがない。嫌悪感に満ちた目で凜花を見つめる。


 「……大丈夫ですよ先輩、私は理解がありますから。今だって虫のせいでそんなひどいことを言うんでしょう?分かってます。私の能力、もう察していますよね。この手で触れると記憶を操作して催眠状態にかけられるんです。あの人から頂いた素敵な力。私が先輩を正気に戻せる力を身につけるなんて運命としか言いようがないと思いませんか?」


 血の気が引いた。学校で何の違和感もなく陸上部に参加したのはそういうことなのだ。この女は何食わぬ顔であたしに催眠をかけて……。


 「なら残念だったな!何度催眠をかけても無駄だよ!あたしはお前なんかに屈しないって今日分かったろうが!」


 今日の出来事を思い出した。確かに催眠状態にかかっていたのは事実だった。だが境野との思い出をきっかけにあたしは覚醒することが出来た。大丈夫だ。こいつが何をしても、あたしがあいつとの時間を忘れるはずがないと。


 「私が先輩が起きるまで何もしなかったのは、今の先輩と最後に話がしたかったからです。でも、やっぱりダメみたいですね。根の底まで虫に集られてる。あの人の言う通り、何もかも消さないと、一度完全に壊して、私だけを見るようにしないとダメですね。」


 凜花の言葉は冷淡で冷酷な言い回しだった。完全に壊す、それはつまり……記憶の操作は人格の破壊、根底にある、決して忘れたくない大切なことまで消し去ることができることを意味する。凜花の手が伸びる。嫌な汗が流れた。焦燥感が駆け巡る。


 「や、やめろ!!あたしに触れるな!!他のことは良いけど、あいつとのことだけは!!!」


 身を捩り必死に抵抗するが拘束のせいで動けない。消される。このままでは大切な思い出が。


 「大丈夫ですよ先輩。いきなり壊すと本当に取り返しのつかない廃人になるから少しずつ消していきますから。もっとも、あの害虫の記憶は優先に、徹底的に消しますけどね。だってそれが先輩を狂わせている、一番の原因ですから。」


 駄目だ、どうしようもない。涙が溢れてくる。こんなことで、ああ、どうしようもなく無様な話だ。こんな近くにいた敵に囚われた挙げ句、尊厳すら破壊されるなんて。凜花の手が触れようとした瞬間、爆発音がした。凜花は驚き振り向く。


 「あ……あぁ……どうしてなんですか……どうしてそんな……みんなおかしいです……何もしなければ助かるのに……なんでみんなそんな恐ろしいことを平気でするんですか……?」


 爆発によって生じた煙が晴れて、なお震えながら、その少女は立っていた。高橋は最初、境野だと思っていた。ヒーローみたいに都合の良すぎる展開。彼女にとってはそれくらい、境野の存在は大きかった。だから意外だった。なぜ?何でお前が?そこには夢野が立っていた。一人きりで。

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