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茜色の世界で、私はずっと貴方が

 「ふぁ……。」


 朝だ。サキが布団に入ってくる夢を見たような気がする。胸ポケットをまさぐると釘はあった。変な夢を見てしまったなと、床に布団を敷いて静かに吐息を立てて寝ているサキを見て思った。今日は剣に釘を見せなくてはならない。俺はサキを起こして、登校の準備をした。



 教室に入って剣を探す。剣は大体早めに来ているようで、机に大人しく座っている。何もせずただ座っているのが、かえって不気味だ。


 「剣、ちょっといいか?」


 俺は剣に声をかけて席を外した。そして釘を見せる。剣は驚いたような表情で釘を見つめた。昨日のことについて俺は説明した。剣はそれを聴き終えると静かに頷く。詳しい話はコトネ、高橋、夢野と一緒に話をしたほうが良いという。放課後までこの話は持ち越しだ。

 昼休憩時間、その話を三人にすると快く了解してくれた。そして放課後、早速剣と話をするために、また三人に声をかける。


 「わりぃあたしはちょっと行けない。」

 「何か急用でもできたのか?」

 「何いってんだ?部活があるから無理だよ、テスト期間だから練習時間は短いけどな。」


 そう言って高橋は教室から出ていった。


 「……何なのあいつ?部活なんて入ってたかしら。」


 釈然としないが剣に声をかける。話はあとで俺たちから説明すれば良いだろう。どこで話をすれば良いのか剣に尋ねたが、どこで話しても聞かれるだろうし、どこでも良いということだ。俺たちは図書室で話をすることにした。


 「単刀直入に聞くが、その釘は何なんだ?この間は悪意ある何者の仕業、世界の冒涜者、星を弄ぶもの、旧き君主だっけか?何でそんな色々と言い回しがあるんだ。」

 「この釘はアドベンターと総称される生き物の一部です。そしてこれはたまたま釘なだけで他にも色々と形状があります。アドベンターの欠片という言い方が正確ですね。欠片と一つになることで、アドベンターの力と意識を共有するようになり、力に目覚める。アドベンターは複数いるので世界の冒涜者など様々な言い回しがあるんです。そしてそれを使い暗躍しているのが悪意ある何者です。」


 信じがたい話だった。生き物の一部なのはまだ分かる。意識を共有?力に目覚める?まるでオカルトじゃないか。いやしかし、この世界にはオカルトが日常としてあるではないか。アタッチメント……それは俺からするとオカルトそのものだった。もっとも、コトネや夢野からするとアタッチメントはあって当たり前、世界の原則のようなものなのだろうから、今の話は受け入れがたいかもしれない。


 「何故、悪意ある何者が、三人を狙うかは……すいません分からないです。そもそも何がしたいのか目的が分からないので。ただ、助言として。今度また出会った時は逃げたほうがいいです。この釘と一体化した者はもう後戻りできません。見たでしょう?灰となって消えていく様を。手を汚すのは僕だけで良いです。」

 「え、そうなの?普通に引っこ抜いたら戻ったけど。」


 俺の言葉に剣はそんな馬鹿な!と驚きを隠せない様子だった。だが事実、釘を引っこ抜いたら傷跡さえなく、そのまま病院に搬送されたのだ。


 「その釘とあの……流星群の奴に刺さってた釘は違うものとか?」

 「いや、それはないですね。見れば分かります。本質的に同じものですよこれは。……あぁそういえば……そうか……なら原因は不明でもありえなくもないか。」


 剣は一人呟き勝手に納得する。どういうことなのか問い詰めても細かいことは教えてくれない。だが一つだけ分かっていることを伝えてくれた。それは釘に打たれたものでも、俺がこの手で釘を、同化した欠片を引き抜けば戻る可能性があるということ。本来ならばあり得ない不可逆の反転、それを実現する力が俺にはあると、剣は結論づけた。


 「とはいえ、アドベンターの欠片の力を侮らないでください。いずれ醜い怪物と成り果て、アドベンターの眷属となるのです。そうなっては多分、境野くんでも無理でしょう。境野くんの力は"そういう力"ではないでしょうから。」


 もしも次、似たようなことがあったら自分を呼んで欲しいと、剣は付け加えた。ちょうど連絡先を交換しあっていたので丁度いい。剣をグループに誘う。結局のところ敵の目的は分からずじまいだったが、剣と協力関係を結べたのは喜ばしいことだ。


 「それじゃあ、僕は少し校内を周ります。この間の件といい、どうもこの学校は当たりの予感がするので。」


 そういって剣は立ち去っていった。当たりというのは彼の目的である悪意ある何者かがこの学校にいるということだろう。それは今までのことから明白……問題はそいつの目的が分からない点だ。学校に滞在し何を考えているのか……それはいま時点では分からない。




 学校グラウンドには陸上競技用のトラックが引かれており、陸上部員はトレーニングに励んでいた。高橋もまた例外ではない。テスト期間中ではあるが多少の運動をしておかなくては、すぐに身体がなまってしまうので、少しの時間ではあるが部活動が許可されている。

 だが今日はおかしかった。いつもより身体が重く疲労が溜まるのが早い。いつもなら楽々こなせるセットに苦労したし、タイムも悪くなっていた。


 「おかしいなぁ……。スランプか?」


 突然調子が悪くなるのは別におかしな話ではない。成長期であるためフォームを崩しがちではあるし、ほんの少しの変化で今までと調子が変わることはまだ未成熟な学生ならばそう珍しいことではないのだ。だが……とは言っても流石に体力の衰えが酷い。服装だって陸上競技用セパレートタイプのユニフォームにしているというのに何が問題なのか。


 「先輩、お疲れ様です!あぁ先輩、本当に素敵です。全然変わってない!」

 「……凜花か。そんなことねぇよ。おかしいんだ、身体が何というか変というか……。それにこの服、凜花が用意してくれたみたいだけど、どうしてあたしの服が無かったんだ?」


 いつものロッカールームは何故か改修されて新しいものになった。その時、古いものは捨てたと聞いたが、勝手に捨てないで欲しい……いや、そもそもユニフォームは個人で持つものではなかっ……たような気がしたがきのせいだ。


 「きっと、先輩は緊張してるだけですよ、テスト期間ですし。ほら、"いつもどおり"私と帰りましょう。」

 「あぁ……そうだな。でも片付けはしないと。」


 散らかった道具を片付ける。こういうのは後輩の役目だと先輩は言うが、自分の使ったものくらい自分で片付けるのが筋というものだし、気持ちがいいものだ。


 「そうですね!私も手伝います!ふふ、嬉しいなぁ先輩とまたこういうことができるなんて。」


 散らばった道具を集め汚れを落とす。地味だが大切な作業だ。


 「そういや境野は今日来ないのか?いつもいるのに。」

 「えっ、境野……?」


 凜花は沈黙する。どうしたのだろうか。いつも"三人"で部活動の片付けをして……あれ?三人?何で三人なんだ……?あたしがそもそも片付けをしていたのは───で───が……。二人で……境野が……。


 「お前……誰だ……?」


 頭痛がした。記憶が逆流するようだった。


 


 それは中学校の頃、茜色の運動場だった。もう日が暮れて誰もいない。一人あたしは、そこに残り……いや残されて……片付けをやらされていたんだ。


 「なぁ……なんでお前はあたしに付き合うんだ?関係ねぇじゃないか。」


 正面にいる、いつの間にか、片付けを手伝ってくれるようになった男子に問いかける。彼は表情一つ変えず、無関心な顔で答えた。


 「いつまでも邪魔だ。一人でやるより二人の方が効率が良い。ただそれだけだ。」

 「答えになってねーよ……。」

 「そうか?この上なくシンプルだと思うが。」


 その男子の名前は境野連。まるで死人のようだという印象だった。休憩時間は虚空を眺め微動だにせず、ただ授業を受けそして帰る機械のような。そんな彼が今こうして孤立したあたしに手を差し伸べたのには下心とかそういうのを最初は感じたが、まったくそんなことはなかった。


 「終わったな、帰れ。」


 いつもこうだった。彼は彼のやることがあるらしく、いつも片付けが終わったら無愛想に帰宅を促す。最初はただ奇妙だったが、いつの日かそんな態度に慣れてしまい、彼に心を許すようになった。


 「それでさぁ、あいつひでぇんだよ。あたしは何もしてないってのに勝手に……。」

 「作業効率が落ちる。黙れ。」

 「うるせーなぁ!あたしは話しながらのが効率が上がんだよ!」

 「なら話せ。」


 彼に愚痴や世間話を話すようになって、いつの間にか、そんな時間が特別な、大切なものに感じるようになった。そして月日は過ぎていき……。


 

 何であたしはここにいるんだ?既に部活なんてやめてて、高校に行って……境野と再会して……あれ……?どこだここ?凜花?何であたしはお前と一緒にいるんだ?立ち上がる。


 「わりぃ、今日は帰るわ。そもそもあたし正式な部員じゃなくて体験だし、片付けの義務なんてねぇよな。これほとんど、あたしが使ったものじゃねぇし。」


 駆け出した。確か図書室に行くと言っていた。間に合うだろうか。何故か心臓が高鳴る。それは悪い意味ではない。口元が自然とつい綻んだ。あたしの居場所は、もうここではないのだから。



 

 高橋先輩が立ち去ったあとを黙って見つめることしか出来なかった。口を挟む余地すら与えてくれなかった。正しい記憶を思い出して、あっという間に駆け出していった。先輩の笑顔は私に向けられたものではなかった。走り去る先輩が見える。あの方角は図書室だ。そういえば最初、境野たちと図書室に行くと言ってた。

 一人片付けを終えて、念のためカバンに忍ばせていたナイフを掴む。あの害虫は殺すしか無い。先輩を穢す害虫。先輩という光に誘われ群がる毒蛾。折角作り上げた楽園に侵入してきた蟲。先輩を守れるのは私だけだから。


 「駄目だよ、前も言ったでしょ。境野くんを殺したら、君は一生高橋さんに嫌われるよ。」


 振り向くとやつが立っていた。私に力を貸してくれた……。


 「嘘つき、あんたはこの力を使えば先輩を救えると言ったじゃない。何なのあれ?害虫の記憶は取り除けなかった!」

 「中学生の頃を再現したのは失敗だよ。残念ながら。いやこれは私にも落ち度があるけど、高橋さんと境野くんは、中学生の頃に奇妙な縁があったんだ。それは僅かな時間だったけど、あの女には大切なものだったみたいだ。中学生の頃、"一度もあの女と話をしたことのない"君には知らなかった事実だろうけど。」


 耳を塞ぐ。聴きたくない。私は中学生の頃から高橋先輩を慕っていたんだ。ずっと。だから同じ部活にも入ったし、同じ種目を選んだし、いつもいつも見ていたんだ。高橋先輩があんな男と知り合ってるなんてあり得ないあり得ない。


 「だから言ったろ?あの女……高橋さんを自分のものにしたいなら徹底的にしないとって。」


 それはまるで悪魔の誘惑のように優しく、語りかける。その言葉は蠱惑的で……退廃的だった。


 「で、でも私にとっての先輩は中学の……。」

 「そんなのこれから作ればいい、悪い蟲がつかないようにこれから君が守ればいいじゃない。」


 そうか……そうだ。確かにそんな気がする。一度先輩の自我をぶっ壊して、害虫のことなんて欠片も残らないくらいに粉微塵にして、それから私が管理すれば良いんだ。蟲は境野だけじゃない。境野を殺しても先輩は魅力的だから、他の蟲が寄ってくるに決まっている。ずっと私が傍にいて、蟲が近寄らないようにすれば良いんだ。


 「ありがとう、そうね。私は間違っていた。先輩に対する愛が足らなかった。」


 そう答えると、それは満足そうに微笑み、消えていった。

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