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魔刃一閃、報仇雪恨

 「さぁどうする、ワイルドハント。KBFは開かれた。」


 カルマと名乗った男は淡々とシンカに問う。


 「無論、この申し出受ける。同志よ、お主は手出し不要。よもや亡霊を斬ることを止めるとは言うまいな?」


 シンカは手を前に出す。そして虚空から紫電が発し空間が歪みだす。あれはあのとき見た、光り輝くシンカの剣、アタッチメントとは異なるもの。それはまるで生き物のようで、おぞましく禍々しい魔剣の類。


 「なんだそれは……恩恵……ではないのは分かる。しかしそれは。」


 カルマは魔剣を見て驚嘆するも、すぐに平静さを取り戻し、シンカと同じように手のひらを突き出した。次の瞬間、シンカは吐血する。何をされたのか、何も見えなかった。だが、それはすぐに分かった。頭痛がする。呼吸が荒くなった。これは、酸欠の症状だ。俺はシンカから距離を取る。症状はやわらいだ。やはりそうだ。シンカを中心に、大気を操作されている。


 「その剣が警戒に値するものだというのは分かった。だが振るえなくては無意味。そのまま安らかに昏睡するといい。必要な情報を聞いたあと、楽に殺してやろう。」


 その言葉を聞いたシンカは笑い出す。もう周囲に酸素がないというのに。


 「侮るなよ亡霊、拙者はこのときをどれだけ待ち望んだことか、どれだけ渇望したことかッ!刮目するがいい亡霊よ!!これは拙者の嘆き、拙者の慟哭であるとッッ!!!」


 血を吐きながら、なおも笑い、シンカは魔剣を振り下ろした。だがそれはカルマには届かない。いや、元よりカルマを狙ったものではないのだ。魔剣の周囲は今も空間を歪めつつ鈍く輝く。そして切り裂いたものは空間次元そのもの。振り下ろしてから時間差でバリバリと音を立てて、空間にヒビが入り、それは次第に大きくなる。それはかつて俺がした、ナイ神父の空間から抜け出した時と同じ感触だった。


 「KBFを切り裂く剣だと?いや、切り裂くどころではない、これは破壊されていく……。」


 ヒビは更に広がっていき、まるでガラスのように砕け散った。そして俺たちは元の図書館に戻る。


 「軽井沢氏!!!篝火に火は灯った!!!今こそ、出陣の時でござる!!!!!」


 シンカは叫んだ。軽井沢と。軽井沢……?どういうことだ。彼女は俺の同級生で2班の……。


 「さぁさぁ往くぞ亡霊よ!!ここからが本当の戦いでござる!!鳴き散らせ!!我が胸中よ!!響け!!蒼天の如く!!」


 その言葉とともに今度はシンカを中心に世界が塗り替わる。


 「これは!?……KBFだとぉ!!?」


 それは死体の山だった。幾千にも重なる死体。そして、刀が墓標のように突き刺さる。それはまるで戦場跡、血なまぐさい匂いが鼻につく。


 「如何にも!そしてこれが我らが頭領より賜わりし力!我らが兵団!とくと見るが良い!!」


 奥からたくさんの人がやってきた。それはあまりにも普通の人たちで、まるでそれが場違いだと思えてしまうくらい、この空間は異常なものだった。

 だが、その評価は一瞬にして覆る。人々はそれぞれが通常のアタッチメントとは比較にならない超常的な力を持つ魔人だった。身体の様々な部位に、高橋にかつて刻まれたものと同じ刻印が見える。数にして数十人、数え切れない悪意がカルマを襲う。そして人々は全員、正気を失っており、操り人形のように動く。


 「洗脳、操作、暴走か。なるほど俺の恩恵と相性が悪い。だが。」


 光が走った。瞬間、人々の身体は切断され血を吹き出し、倒れる。


 「亡霊を恩恵だけと思ったら大間違いだ。」


 それは光の剣だった。カルマのアタッチメントは触れた光を武器とする能力。そしてその切れ味は、いともたやすく人体をバラバラにするほどのものだった。


 「お主も剣を武器とするか。だが拙者、亡霊相手には既に侍としての矜持は捨てたでござる。」


 シンカの剣は生き物のようにうねりだし、そして伸びた。伸びただけではない、まるで触手のように何又にも分かれ、的確に相手の命を奪わんとする。それをカルマは真っ向から迎え撃つ。光の剣は周囲の光を束ね、巨大化する。そして巨大化した剣は振り下ろされた。光輝く滝のようだった。


 「俺のアタッチメント、エクスカリバーをお前のおぞましい力と一緒にするのはやめてもらおうか。」

 「えくすかりばぁ?亡霊は皆、アタッチメントに変な名前を付けるのが流行っているのでござるか!?」


 死体を蹴飛ばしシンカは一瞬にしてカルマに詰め寄る。また兵団も同時に襲う。それをカルマは光の剣一つで弾き飛ばし、シンカと鍔迫り合いをする。流石にシンカのあの禍々しい剣までは斬れないようだ。光と光が交差する。


 「いいや、俺がかっこいいと思ったから付けているだけだ。他の亡霊はそんなことをしていない!!」


 手を前に突き出すと大気が震えた。そしてシンカを吹き飛ばす。空気砲。大気圧をコントロールして、超高密度な空弾を発射したのだ。

 シンカを突き放し周囲を見渡すと気が付く。ワイルドハントの兵団が集まり何かをしていることに。それは、段々と集まっていき、何かの形となった。


 「言ったでござろう。拙者はもう侍の矜持は捨てたと。」


 それは人で出来た大砲だった。砲口から黒い光が発射される。狙いはカルマ、突然の出来事に直撃を受けた。だがカルマは未だ傷は浅い。大気を操作し光線の位相をずらした。それでもダメージはあるが、深刻なものではない。


 「誰がこれで終わりだと、申したか。」


 カルマは顔をあげる。それは天を穿つ巨大な剣だった。いや、それを剣と呼ぶには些か巨大で、有機的で、倒錯的だった。悪魔の類。それがカルマの率直な感想であった。


 「受けるが良いッ!これこそが拙者の!否!拙者らの嘆き、怒りだとッッ!!」


 それはカルマに向かって突き進む。カルマはまるで時間が止まったかのように動けない。シンカの積年の思い、それが今こそ形となりて天を穿ちながら振り下ろされる。世界は歪み軋む。まるでその剣を拒否しているかのように大気は暴れ出す。しかしその剣は獲物を前にした肉食獣のように、そんな筈はないのに、涎を垂らし歪んだ表情を見せていた。装飾はまるで目玉のようで、剣についた刃紋はまるで口角のように。カルマへと向かうのだ。

 ───突然のことだった。シンカの脳裏に流れる記憶。淡い記憶。



 「おぉシンカ、また腕を上げたな。」

 「シンカ様は臥榻家の誇りです。将来が楽しみですね。」

 「おお、臥榻の坊っちゃん!今日は良いのがとれたよ!」

 「なぁシンカ、その……お前に間を取り持ってくれた娘、今度その子と結婚することになったんだ。」

 「おかえりシンカ、ご飯はできてるわよ。」




 「ねぇ、シンカ……シンカは将来」


 正気に戻る。嫌な気配がした。そこにいたのは伊集院弦。


 「伊集院、貴様ぁぁぁぁぁぁあッッ!!!!」


 次の瞬間、シンカの胴体は真っ二つに切断された。


 「人は辛いこと苦しいことはいくらでも耐えられる素晴らしい生き物だ。だが、幸福というのは、耐えられない。例えそれが、心を捨てたつもりの哀れな獣であったとしてもだ。」



 かつて夢見た幸福の記憶。それは永遠に続くと思っていたものだった。だがそれは容易く破られる。目の前で、当たり前のように話していたおじさんが狂ったように泣き叫んでいる。助けてくれと。俺に懐いていた童女が自身の父の肉を食っている。泣き叫びながら。俺の父と母は動かぬ植物のようなものとなり、俺に対してよくわからない言葉を発していた。友は結婚を誓った女に真っ二つに切り裂かれ、女もまた自分の身体を引き裂いて死んだ。俺はそれを、ただ呆然と、間抜けに見ていた。見ていたんだ。



 「お前は残してやろう、亡霊に歯向かったものがどうなるか、伝えるために。」



 それはそう言って立ち去っていった。俺の足元には両手両足が欠損しても、なお生きている幼馴染の姿があった。自分が自分であるうちに殺してほしいと。俺は泣き叫びながら、自分の愛した女の首を撥ねた。最期に彼女は悲しげに笑っていた。




 これは、走馬灯だろうか。いや違う。違うのだ!為すべきことを為せと。同胞の、友の、家族の、愛したものの仇をとれと、決して忘れるなという啓示なのだ。半身が飛んだからなんだというのだ。俺の両手にはまだ振り降ろせる武器がある。決して手放しはしない、今ここで振れぬして何が侍か!


 「舐めるな亡霊どもッ!拙者の、拙者らの想いはこの程度では終わらんッ!!必ずや届かせるのだ、それが拙者の天命なのだからッ!!」


 シンカの叫びに呼応するかの如く剣は更に禍々しく変化し、そして振り下ろされた。それはカルマを押しつぶすだけに留まらず、伊集院弦を的確に襲う嵐となりて、意志を持つかの如く、叩き潰すのだ。その余波はシンカの作り出した空間ごと破壊する。天変地異、いやこれはもっと別のもの。例えるなら世界の終末。神々の怒り、あるいは天文学的爆発、次元は切り裂かれ、大地は割れる。そして俺は見た。シンカの周りに集う、怨嗟のようなものを。そして理解わかった。それは決してシンカがかつて見た愛しき隣人ではないということが、もっとおぞましく、冒涜的で、邪悪なナニカ。シンカは、あれが何なのか、見えているのか……?完全に空間は破壊されて、いつもの図書館にまた戻る。


 「シンカッ!」


 俺は倒れたシンカに駆け寄った。


 「あぁ同志……拙者は……拙者は亡霊に一太刀浴びせたでござろうか……もう……身体も動かせぬ、どうか教えてくれないか。」

 「大丈夫だシンカ、亡霊はお前の一撃で死んだ。お前は勝ったんだ。」

 「そう……か……同志……同志との出会いは他の人からするとくだらないものかもしれないが、確かに拙者はあの日救われた……同じものを愛し語る……ああ……いつか見ていた愛おしい景色……もしも来世があるならば……今度は……同志と共に……。」


 そしてシンカは絶命した。半身となってもなお、執念だけで亡霊と戦い続けた男だった。視界の隅には不気味な真紅の球が見える。シンカが息絶えたのを見届けたかのように、真紅の球は液状に戻り地面を濡らす。


 「お別れは済んだようでなによりだ。」


 伊集院弦、その人だった。


 「意外だな、空気が読めるやつだったなんて。」

 「読めるさ。立派な戦士だった。こちらもカルマを失ったのは手痛い。彼は私と気が合ったし、何より実力者だったんだ。ワイルドハントにしてやられたというのは間違いではない。なぁそこの君。」


 弦は軽井沢に目を向ける。KBFが解かれたことにより、異変に気が付いた皆がこちらに来ていた。


 「げ、弦!あんた自首しなさいよ!いつまで逃げ続けるつもりなの?」

 「ん………………あぁ!お前は確か私の妹か。そんなことより軽井沢……いやワイルドハントの残党と呼ぶべきかな?良いものを君にあげよう。」


 皆の視線が軽井沢に集まる。俺は聞いていた。確かにシンカが軽井沢の名を叫んでいたのを。つまりそれは、彼女がワイルドハントであることを意味する。軽井沢は青ざめた顔で弦からタブレットを渡される。タブレットは動画再生アプリが開かれており、再生するように促される。彼女は動画を再生した。

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