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おぞましき者たち、顕現せし亡霊の王

 遡ること数刻前、流星群がまだ夜空を駆け抜けていた時、磯上は地に伏していた。境野たちを行かせるために囮を買って出たのはいいものの、相手はガチガチの武闘派。何とか時間稼ぎをするも、努力虚しく捕まってしまい、ボコボコにやられてしまったのだ。


 「大した能力もないくせしてちょこまかと逃げ回りやがって……期待して損した。」


 彼の名は鋼月誠司こうげつせいじ。能力は金属元素を操り自身と一体化させる能力である。本来ならば彼はその能力を使い、自前の格闘技術との組み合わせで圧倒する……筈だったのだが、此度は逃げ回る磯上をただ追いかけ回すだけ、何かあるかと思いもしたが、何ということはない。本当に逃げていただけだったのだ。倒れた磯上を背に鋼月は立ち去ろうとする。恐らく仲間を倒したのは先程の奴らのうちのどれかだろう。まだ走れば間に合うはずだ。だが足に何かが引っかかった。これは……磯上の出すワカメだ。無理やりちぎって磯上の元へと向かい、そして蹴り上げる。磯上はうめき声をあげた。


 「無駄なことするんじゃねぇよ。お前をこれ以上痛めつけないのはただの同情だって分からねぇのか?そんな役に立たない能力でこんなところまで来て、力になれないからせめて身体を張ったんだろ?その意気を汲んでやるよ。お前は十分頑張ったんだから黙っとけ。」


 だが磯上は諦めきれないのか鋼月の足を掴んだ。足を振り回しても離そうとしない。


 「おい、いい加減に───。」


 苛つきながら磯上を睨みつける。だが負けじと磯上は鋼月を睨みつけた。


 「駄目なんだ……俺はあいつに任されたんだ。『頼むぞ』って。"十分頑張ったから"じゃなくて、ここでお前をこの流星群が収まるまで足止め無いと……友達として顔向けができないんだ……ッ!」


 決死の表情で足を掴む磯上、その形相に鋼月はほんの少しだけたじろぐが、それも束の間、なら望み通りと本気で磯上に蹴りを入れる。サッカーボールのように腹部に蹴りを入れる。内臓が破裂してもおかしくない、殺す気で蹴り飛ばした。もし学章があるなら奴は失格だ。飛ばされ転がる磯上を見る。息はあるようだ。殺したくはない。これは学校行事の一環なだけだし、何より友のために、自分よりレベルが遥か格下であるにも関わらず、ここまで食い下がり、恥すら投げ捨てた磯上という男に敬意を払っているからだ。だから、そのあとのことは、正直な話、本気で勘弁してほしいと思った。

 動かなくなった磯上を確認すると今度こそ鋼月は境野達を追いかけようと向かう。だが、直後異変は起きた。


 「あー、あー、あー………。」


 謎の声がした。それはこの場に似つかわしくなく、透き通った声で、まるで奈落の底から響く奇妙な声だった。振り向くと、そこには磯上が立っていた。先程の声は磯上か?声の感じが全然違う、頭をどこか打ち付けたのか?錯乱状態に入ったのだろうか。鋼月はまるで幽鬼のように立ち上がり、俯いたまま呟く磯上の様子を見て、心底心配したのだ。


 「やはり、駄目だな。悪いね、やはりお前に境野たちを追わせる訳にはいかないから、チートを使わせてもらうよ。」


 そう言うと磯上は手を前に出して、人差し指をこちらに向けてきた。あれは銃を撃つジェスチャーのようだった。どういうつもりだ、何がしたいんだ?


 「バン。」


 瞬間何かが俺を通り過ぎた。生暖かい風のようなものだった。俺は自分の身体を見回す。何も起きていない。いや、異変はあった。学章が破れているのだ。


 「え、なんでだ。」


 呆然とする俺を横に磯上は立ち去る。俺は磯上のそんな姿をただ唖然とした様子で見ていた。そして夜空を埋め尽くす流星群は終わりを迎えていた。夜空に輝くのは星空と月明かり。

 サブベース辺りは巨大なクレーター、隆起して滅茶苦茶になった地盤、瓦礫の山になったサブベース跡……まさに滅茶苦茶とはこのことだった。そこに磯上は一人立ち寄る。そして見つけた。少女の制服を。磯上はそれを少しの間見つめて、拾い上げた。


 「境野でも剣でもないのは明白、一体何があったんだ。」


 磯上は気づいた。ここは死体の山だ。そうした元凶はこの制服の持ち主である少女、それは間違いない。磯上は彼女のことを知っていた。少し変わったところがあったが、星見が好きな少女で、名前は宝塚夜見たからづかよみ。今回のように派手なことをする性格ではない。ああ、そうだ。よく自分のことも後で注意をしていたな。もっとらしくしろとか、それでも普通の学生であろうとする自分を尊敬するとか。でも、こんなことをしろと命令した覚えはないのだ。

 そして気づいた。瓦礫の中に糸が残っていたことに。アタッチメントや恩恵で作られたものは本人から離れたり、気絶したりすると消滅する。つまりこの糸は実在するものだ。アタッチメントでも恩恵でもない。そしてそれは明らかに蜘蛛の糸などとは違う性質を……いやこの世のどこにも存在しない筈の性質を持つものだと磯上は気づいた。

 それが意味することは唯一つ。この学校には、自分の知らない謎の勢力があり、そいつに彼女は利用されこうして無残に利用され、殺されたのだ。

 廃墟が歪みだす。それはまるで何者かを恐れているようだった。磯上は自然と握り拳を作っていた。かつて少女が着ていた服を回収する。遺品はない。彼女はこの世から完全に消滅したのだ。生前の彼女とはそれほど話をしていない。だからこそ今、後悔が湧き出た。もっと話をしていれば、もっと関わろうとしていれば……だがもう彼女は跡形もなくなってしまった。彼女のことはもう二度と知ることができない。それは普段は仮面の下に隠している感情が漏れ出した、静かな怒りだった。


 「おっと、いけない。駄目だな。弦に怒られてしまう。」


 その感情に呼応してか、胸元に刻印……亡霊の恩恵が鈍く輝いていた。普段は制御して隠しているのだが、感情が高ぶるとつい出てくる。

 磯上たかし、亡霊の頭領として君臨するも、学校にいるのはただの趣味だ。自分の人生を彩るためのただそれだけのもの。ただ、だからこそ、そんな聖域に土足で踏み入り穢し、あまつさえ同胞に手をかけた何者かを磯上は許せなかった。必ず報いを受けさせる。それは仁の相棒、ジョーカーを探すことよりも磯上にとっては優先順位が高くなった瞬間だった。



 ─────


 

 軽井沢は高橋、円宮司と共に行動していた。多すぎず少なすぎず、1班と2班の女子に加えて高橋は3人で一つのチームに分かれたのだ。栗栖杏はその能力から拠点防衛としてサブベースに残っている。高橋と円宮司は総合能力試験で衝突したこともあってか、仲が悪い様子ではあったが、戦闘になるときちんと連携して戦ってくれる。というかこの二人が強すぎて自分の存在意義がわからなくなる。


 「それにしても高橋さん、まさかこっそりレベルを上げているなんて、私にリベンジされるのが怖くてこっそりと訓練してたんですか、不良のふりして。」


 高橋のアタッチメントは大幅に強化されていた。最初、その姿を見た時は驚いたが味方なのだから頼もしいことこの上ない。ただ、そのことが円宮司は気に入らないらしくネチネチと事あるごとに、何をしてそんなことになったのか聞いているのだが、当の高橋はぼかした回答で、それが円宮司の感情を逆撫でしている。そんな会話がずっと続いている。


 「そんなことより、早く攻めようぜ……ただでさえあたしらのクラス、よわっちぃんだからよー。」


 C組は平均で言えば他クラスと同じくらいであるが、それは鬼龍の存在があってこそである。その鬼龍はベースを守っているわけだから、こうして1班と2班が戦い何とかポイントを稼がなくてはならないのだが……他のクラスは1班2班クラスがごろごろといるから、それを相手にするとジリ貧なのだ。

 流星群が降り注いでいる。私たちは敵のサブベースに向かっている。鬼龍なら流星群からメインベースを守れるだろう。だが、いつまでも任せきりでは駄目だ。それにこの流星群は今はメインベースに向かっているが、別の目標を狙いだしたら……きっと対処は困難だろう。そんなやり取りをしていると、一際大きな音がした。敵のサブベースの方だ。私たちは丘に登り、サブベースを遠くから見つめる。そこにはサブベースが崩れ去った跡が見えた。


 「なにあれ……誰がやったの?能力的には無限谷くんか放生くんかしら。」


 更に私たちは見る。大量の流星群が敵のサブベースに落ちるのを。空の星が次々と落ち、地面は割れ、巨大なクレーターが起きて、基地の瓦礫が巨大な斧のような武器に変容して、更に少し離れた場所でも岩盤が砕け大災害のようなことが起きているのを。


 「流星群が止んだ……よく分からねぇけど、あそこでC組が戦ってたんだろ!そして勝ったんだ!あたし達も続くぞ!今ならメインベースを落とせるかも!!」

 「ちょっと!私に指図しないでくれない!?」


 高橋と円宮司は口喧嘩をしながら敵のメインベースに向かう。私もそれに続いた。だが、あれを私は知っている。あれは亡霊の所業だ。流星群の時点で若干察していたが、天を覆う巨大な糸。ああそして私は見えてしまっていたのだ、能力が故に、天を覆う、巨大な蜘蛛のような怪物がいたのを。

 軽井沢のアタッチメントは音波を可視化、実体化する能力。だからこそ気がついた、気がついてしまったのだ。空の天幕に巣食うおぞましき透明な怪物の姿を。奇妙な鳴き声が私を呼んでいた。あれも亡霊、亡霊の本当の姿?今はもう見えない、きっとC組の誰かがその使い手を倒したんだ。亡霊という脅威の存在を、ワイルドハントの戦闘員ですら複数人でないと敵わない強大な相手を、ただの学生が倒したのだ。


 「あれ……おかしいな……あーしは……なんでこんなところにいるんだろ……。」


 それは彼女の根底にあるもの、存在意義、価値観を揺るがすものだった。

 無論、真実は違う。宝塚を倒したのは、ただの学生ではない。そんな化け物を殺すことを専門としたハンターと、人並み外れた能力を持つ異世界転生者だったのだ。だがそんなことを今の彼女は知る術はないし、思い当たるなんてことはあり得ないのだ。だから、彼女の心の揺れは至極当然のことだった。

 彼女はそれを振り払い、とにかく今は怪しまれないように高橋と円宮司についていく。



 だが知ることになる、一度揺れ始めた心は、振り子のように揺れ続け、そして少しずつ大きくなっていくのだ。そして脆く、崩れていく。それを見てしまった彼女の行く末は、もう既に決まっていたのだ。

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