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消えたセカイ、現れたイカイ

 『異世界の行き方って知ってる?』


 ───最初は興味本位だった。このつまらない日常が変わればいいなと思ったんだ。最近聞く都市伝説。近所の神社で小豆枕を持って、枕の中に「もうあきた」と自分の血で書いた紙を入れる。そうしてその枕で寝ると、朝起きると異世界に行くという。俺の名前は境野連さかいのれん。何の変哲もないただの社畜だ。久しぶりの有給休暇をこんなことに使うなんて馬鹿げているが、たまにはこういう現実逃避も許されるだろう。半信半疑だったんだ。その時までは。


 目が覚めるとそこは神社の中。やはり都市伝説は都市伝説、本当のはずがないのだと朝日の眩しさに目を眩ませながら帰宅した。


 「ただいまー。」


 誰もいない自宅に意味のない挨拶をして中に入る。いつものことだ。だがその日は違った。何か違う。俺の家だが……俺の家ではないのだ。というのも小物や家具の位置が微妙に違う。


 「うわ、懐かしい……これ俺が高校生の頃に買ったぬいぐるみじゃないか。」


 確か家族と旅行に行ったときに買ったものだ。ぬいぐるみ趣味はないのだが、旅先で何か記念になるのがほしいと思い買ったゆるきゃららしきものだ。


 「はは……しかし不細工な人形だなぁ……。」


 懐かしくなって少し涙がこぼれた。意味がわからない。きっとノスタルジックな雰囲気が感傷に浸らせたんだろう。


 「れん、帰ってたの?ちょっと荷物運ぶの手伝って頂戴。」


 女の声がした。誰だ。同棲していた覚えはないし馴れ馴れしく呼び捨てで呼ぶような女に覚えがない。玄関口の方に目をやると答えはすぐに分かった。


 「かあさん……?」


 そこには昔の若い母親の姿があった。ありえない。母親はとうに死んだのだ、葬式もあげた。この女は誰だ。


 「ちょっと、早く手伝ってよ。一人だと運ぶの大変なんだから。」


 俺は言われるがままに運んだ。わけがわからないが向こうは俺のことを知っているのだ、俺が忘れただけなのかもしれない。


 「ありがとうレン、ところで今日は学校どうしたの?サボり?」


 何を言っているんだこの女は。学校なんてのはとうに卒業して就職し何年たっていると思っているんだ。


 「ちょっと黙ってないで何とか言いなさいよ。」

 「あの……私は見てのとおりもう学校に行く年ではないですし、教師でもないんですが。」

 「……どうかした?変なものでも食べたの?」


 女が俺の額に手を当てる。思わずたじろぐがここは狭い玄関口、簡単に壁を背にして追い詰められる。女性に触れられたことなど何年ぶりだろうか。


 「あー確かに少し熱はあるみたいね、仕方ない母さんから学校には言っておくから寝ときなー。」


 手を離した。突然のことでドキドキしている。というか母さんといったのかこの女。横を見ると鏡があった。そういえば玄関口に立て鏡を昔置いていた。鏡を見て悟った。馴れ馴れしい女性の正体や自宅の違和感に。そう、鏡に写っているのは若い頃の自分だったのだ。

 布団で横になりながら整理する。テレビを見ると確かに俺が高校生の頃やってたような番組で懐かしい。スマホは……あった。初めて買ってもらったスマホだ。確か高校入学記念だったか。俺は肉体ごとタイムスリップしたのだろうか。あの都市伝説は本当だったのか?明日は土曜日だ。学校に行く前に色々と確認しなくては。


 その日の夜は久しぶりに母親と話をした。母親は俺が明るくなったと茶化すが、俺は何一つ変わっていない。ただ久しぶりの再会が嬉しかったのだ。もっともそんなこと、言えるはずがないのだが。

 朝になり俺はすぐに外に出る。見慣れた町だ。潰れた店が営業しているところくらいしか違いがない。やはりここは本当に過去の世界なのだろうか。こんなことがあるのか。頭が混乱する。気がつくと人気のないところに立っていた。まだ日は明るいがこの辺りは確か不良がよく溜まり場にしていたな。もう俺の時代では絶滅危惧種になっているというのに……。壁のラクガキを見て感傷に浸る。まさか不良に懐かしさを感じるなんて。


 「だから……もう無理だって言ってんじゃん!」


 突然女性の声が聞こえた。一体何事かと声の方向に向かうと男女が言い争っている。


 「何でだよ、ほんと最悪、俺はお前のこと好きだったのに。」


 男は学生のようだ。見かけで分かる。女も……学生だ。


 「ごめん、でも嫌だって。」

 「意味わかんねーし、何でだよ。」


 別れ話のようだ。凄くどうでもいい。


 「もう私、帰るから!」


 女は逃げるように立ち去ろうとすると男はすかさず肩を掴む。女は悲鳴をあげた。


 「ちょ、ちょっと離して!最低!」

 「いや話終わってないじゃん、それにここは誰も……何だお前?」


 男と目があった。俺は目をそらしたがそれが失敗だったようで男は女の腕を掴んだまま俺に近寄る。


 「なに?ケンカうってんの?」


 男は眉間にシワを寄せて睨んでいる。幼い顔立ちのせいか正直滑稽だ。係長(柔道黒帯)の方がよっぽど怖かった。飲み会ではよく関節技を決められていたものだ。


 「ちょっとやめなよ……関係ないじゃん。」


 女が仲裁に入った。すると男はこれ幸いと提案する。


 「じゃあ俺がやめたらさっきのなしな?」


 何故そうなる。おそらくいま、俺と女の気持ちはシンクロしただろう。思わず鼻で笑ってしまった。これはいけない。


 「おい、お前やっぱなめてんな?ちょっと面貸せ。」


 男は俺の胸ぐらを掴み引っ張る。引っ張るのだが俺は動かない。というより力が弱すぎるのだ。


 「いいからこい!」


 更に力強く引っ張ったつもりなのだろうが、俺の服が伸びただけだった。


 「お前さぁ、いいわここでシメラれたいんならそうしてやるよ。」


 突然殴りかかってきたので避ける。男の拳は宙を切った。


 「てめぇ!!」


 更に殴りかかる。だが遅すぎる。課長(空手全国大会出場経験あり)の自称愛の正拳突きのほうが早かった。虚しくもまた宙を切る。尽くかわされる拳に男は怒りを露わにする。よくよく考えたらここは職場じゃないんだし、殴り返してもクビにならないのでは?そう思い俺は男の拳を手で受けた。嫌な音がした。


 「あああああああ!!」


 男は右手を掴んでのたうち回る。今の音はひょっとして折れたのか?え、あれでか……?

 軽くドン引きして男を見ると涙を流して唸っている。


 「おい、あんた大丈夫か……?あんなので折れるとは思わなくて……。」

 「ふざけんなよぉぉお前ぇぇ!ぜってぇ許さねぇからなぁ!!」


 涙声で男は叫ぶ。救急車呼ばないと駄目なのかこれ。


 「……ださっ。」


 後ろで声がした。さっきの女の声だ。お前、いくらなんでもその言葉は酷いと思うぞ。


 「えーっと、ありがとう。マジで助かったわ、こいつダサいくせにしつこくてさぁ。」


 まだ痛みに苦しんでる男を尻目に女は容赦ない。


 「ていうか、君強くない?今のどうやったの?」


 どうもやってない。ただふりかかった拳をこうつかんだだけだ。と近くの壁を掴んでみた。壁がもげた。


 「凄い握力!え、なに格闘技とかやってんの!?」


 女の声が耳に入らない。いくらなんでもおかしい。コンクリートのビル壁を素手で掴んでもげるって人間技ではないだろう。この力が人間に加わったのなら当然複雑骨折不可避なわけで男の反応も頷ける。わけの分からないまま俺はこの場を走り去った。全力で、何もかも忘れ去りたくて。全力で走りながら気がついた、車が逆走している。いや、俺が車より早く動いているのだ。走るのをやめる。車は俺を追い越した。理屈はわからないが俺はどうやら、とんでもない力を手に入れたようだ。

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