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顕現する異世界、全てを破壊する青き使徒

 ナイ神父と呼ばれたそれは俺たちの席へと向かってきた。お腹が痛い。見ると夢野の爪が食い込んでいた。あまりに強く俺を抱きしめているので爪が食い込んだのだ。


 「あ、あぁあ……。」


 夢野は声にならない悲鳴をあげて俺を抱きしめる力が更に強くなるどころか体位を変えて、より強く密着してくる。具体的には座りながら正面から抱き合うような。もうこの体勢じゃ飲み物も飲めない。高橋はナイを睨みつけているが冷や汗を垂らし、呼吸が少し荒くなっている。


 「仁、堂々としていますね。それは余裕かそれとも慢心かな?」


 ナイの声はまるで異界からの呼び声のようだった。まるで異質でこの世の人間とは思えないような。聞くだけで心が狂いそうで、本能的に恐怖を抱かせるようなものだ。


 「声が震えているぞエセ神父、精一杯の強がりは結構だが、見ろ一般人にまで迷惑をかけるな。」


 仁は運ばれていたブルーマウンテンを口にする。そして吹き出した。


 「にっが!!おい、コレ間違えてるぞ。テレビじゃもっと美味しそうに飲んでた。」


 黒いモヤが出てきた。モヤの発生源はナイだ。俺は高橋の手を繋いだ。離ればなれになると、二度と再会できないような気がして。高橋もそれを察したのか握る手に力が入る。

 モヤは室内を埋め尽くす。そしていつしかモヤが晴れると、そこは青い空間だった。

 ナイも仁も同じ空間にいた。ナイが手を振るうと無数の犬が出てくる。黄色い不気味な犬、それは犬と呼んで良いのか。抱きしめてくる夢野をどかす。それでも背中から抱きしめてくるが、問題はない。黄色い犬は仁や俺たちに襲いかかってくる。俺は構えて撃退を───。


 「触るなレンッッッ!!!」


 仁の叫び声が聞こえた。俺は瞬時に夢野と高橋さんを抱いて後ろに飛ぶ。仁はボールペンのようなものを持って、それを無数の黄色い犬に投げつけた。犬は全て爆散し消滅する。


 「この犬どもは腐れ犬、触れると肉だけではない、魂まで腐らせる劇薬だ、だからこう倒す。」


 爆散して起きた煙が晴れた時、そこには地獄があった。無数の悍ましき触手、単眼の巨人、溶けた人の集合体。そしてそれらの殺意は俺たちに……いや違う。全てが仁に向けられていた。まず触手の塊が仁に襲いかかる。仁はそれを躱し何かを触手に刺す。刺した場所を中心に、触手に大穴が開いた。単眼の巨人は持っていた大槌を仁に振り下ろした。仁は手のひらを巨人に向ける。光線が巨人を貫き首を吹き飛ばす。光線はいくつもの束となり、後続の巨人の眼を全て撃ち抜いた。そして仁の後ろに青白い火球がいくつも並ぶ。まるでタクトを振る指揮者のように、仁は指先を振るうと、火球は怪物たちの群れに突っ込んでいった。阿鼻叫喚、地獄とはつまり、こういう光景を言うのだと俺は感じた。だが俺は見逃さなかった、その後ろで、黒いあれが動いていたのを。


 「仁さん後ろ!!」


 仁の後ろに黒い腕が蠢く。仁はすかさずそれをガードして銃のようなものを取り出して撃ち抜いた。


 「ふん、エセ神父が。俺様を殺せると本気で思っているのか?装備は不十分だがお前ごとき敵ではない。」


 銃口をふっと吹いて軽口を叩く。仁は終始、圧倒していた。怪物の群れを操るナイ神父に対して。それでいて装備が不十分……?では全力の仁はどんなものなのか。


 「こいつでお終いだな。」


 仁は手のひらを広げると無数の紙が舞い上がる。紙には何かが書かれており、それは青い空間を埋め尽くして、赤黒く輝き出す。そして紙は束となって宙空へと向かい、まるで大槍のように貫いた。


 「ぐがぁぁぁぁぁあああああ!!!!」


 ナイ神父の悲鳴が聞こえた。青い空間は剥がれ落ちて灰色の世界が広がった。


 「さて、お前はこれから死ぬわけだが、楽に死にたいなら亡霊のことを話せ。」


 仁は銃口をナイに向ける。だがナイの顔に恐怖はない。むしろニヤリと不敵に笑う。それを不思議に思った仁だったが、その答えはすぐにわかった。世界が歪みだす。


 「ちっ、死ねばもろともってことか。」


 仁は離れて一部始終を見ていた俺の方へと駆け寄った。この世界は作られた世界でじきに消滅するということだ。当然消滅に巻き込まれると俺たちも死んでしまう。仁は俺に抱きつく夢野を無理やり引き剥がしてガキは引っ込んでろと睨みつけた。夢野は気絶した。そして俺の背中に手をあてる。


 「時間がないからよく聞け、ここから脱出するには世界を引き裂き元の世界に戻るしかない。そしてそれはお前にしかできない。もっともやり方なんぞ分からないだろ?だから俺がサポートしてやる、力を集中して想像するんだ、この世界の全てを、そしてそれを引き裂く自分の姿を。」


 突然のことに戸惑うが当てられた手から例えようのない感覚が流れ込んでいるのを感じた。なぜだか分からない、だがこの感覚は昔から知っているような気がする。世界は更に歪んでいく。構造物のいくつかは崩れて崩壊が進む。高橋は夢野を抱えて俺の方を見つめていた。


 「よくわからねぇが、境野でないとやれないっていうならあたしは信じるよ。」


 崩れ行く世界で俺は集中する。世界を掴み引き裂く感覚……言いようのないイメージだった。だが今は背中から、その感覚が何故か伝わってくる。気づくと俺の手は自然と動き出し、一筋の隙間に手を差し込み、広げた。その先にはバロンがあった。


 「急げ!長くないぞ!!」


 俺は高橋と夢野を広げた世界へと押し込んだ。すると二人は広げた孔の中へと落ちていった。


 「境野!早くこい!!」


 高橋は叫んだ。俺も急いで孔に入る。そして気づくとバロンにいた。バロン店内では世界が避けて先程いた灰色の世界が見える。仁は一人残っていた。


 「仁さん早く!!」


 俺は小さくなっていく孔に焦りを感じ叫んだ。だが仁は動こうとしない。


 「俺はそちらにはいけない、レン、お前とはもう少し長く一緒にいたかったんだがな。」


 何を言っているのか分からない、俺は手を伸ばすが仁には届かない。


 「何でだ仁さん!俺はあんたにまだ聞いていないことが山ほどある!!あんたが何者なのかだって知らないッッ!!」


 俺の言葉に応えるかのように仁はスーツを脱いだ。スーツの下は……モザイクのようなものが蠢いていた。そしてモザイクはどんどん広がり、仁の身体は無に還る。何なんだあれは。


 「下手をうった、ナイの野郎、死ねばもろともって奴だ。こいつは対神呪法、触れたものを蝕み消滅させる命を代償とした禁呪。解決法はない。」


 言葉が出なかった。傲慢不遜だった仁の言葉から、そんな弱気な言葉が出ることが信じられなかった。


 「おい女、時間がないから、よく聞け。お前たちが話に入っても良い理由は単純だ。学校には『亡霊』がいる、そしてそれは少なくともお前たち二人ではない。───だからレンの助けになってくれ、信じられるのは今のところお前たちしかいない。」


 高橋は無言だった。突然の話に理解ができないような、そんな表情だ。


 「あぁクソっ、時間がない。レン、いいか?これから先、お前の周りにはお前を惑わす連中が出てくるだろう、だが忘れるな。決して見失うな自分を。この世界でお前の人生はお前だけの物語だ。これまでも、これからも。」


 仁の身体がモザイクで消えていく。もう手足はなく胸部と首しかない。


 「あぁ分かった、仁さんの言葉を決して忘れない、絶対に。」

 「はっ───記憶が欠落しているお前にそんなことを言われてもな───。」


 仁は最後に皮肉を残して消滅する。そして開いた孔は完全に閉じて、そこには何もなかったかのようだ。


 『安心しろ、俺はお前の味方だよ。』


 仁の言葉が胸の中で反復する。無明仁、彼が何者であったのかは分からないが、少なくとも、最後まで俺のことを案じた味方であったのは間違いないのだった。仁が飲んでいたブルーマウンテンと、ココアシガレットが虚しく残る。いなくなった主人を求めているかのようだった。

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