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手をのばしたその先に

 この星には害虫が住み着いている。数万年前にやってきて、狡猾な手段で表層に集る蛆虫。いかなる手段をもってしても滅しきれない。そこで一つ搦め手を使うことにした。

 それは異世界、我々の住む世界とは別次元の存在を喚び出し破滅の使徒にすること。誰でも良かった。そうして喚び出した少女が、有栖川リサだった。


 「お前は元世界で確かに死亡した。だが我が蘇らせたのだ。転生という形で。喜べ、お前は選ばれたのだ。望みを言うがいい。その望みが叶う力を授けよう。」


 ───そして、手駒として働いてもらおう。エデンの使徒を殺戮するまで。

 だが少女の答えは意外なものだった。

 少女の眼前に広がるのは夜景。ビルの多種多様な灯りがイルミネーションのように輝いていて、まるで宝石箱を散りばめたように、満天の星空のように眩い。今宵は満月だった。遥か遠くに輝く月明かりが少女と辺りを照らす。心に占めた暗闇はいつしか晴れ、暖かな光に包まれていた。


 「人生をやり直せるっていうなら、私は何もいらない。私は私の力で新しい世界を生きたいから。貴方が誰かは分からないけど、転生させてくれただけで、私は十分だから。ずるして生きる人生なんて、きっと虚しいだけ。」


 理解が出来なかった。数万年、人という種を見てきた。裏切り、謀略、嫉妬……自分のためであれば何をしても許されると考えている連中のはずだった。


 「この景色、世界は違っても何も変わらない。あの時もし私がほんの少し勇気を振り絞っていたら……今とは違う結果だったのかな。」


 強くなりたかった。かつて犯した過ちを見返したかった。憧れだった。遠い遠い記憶の果て、今と同じように夕暮れの教室で話をした彼が。ささやかな幸せでいい。


 少女の目には輝きがあった。この世界の人間にはない輝きだった。カナンは理解した。これは人間ではない。否、あるいはこれこそが真の人間、エデンの使徒などというまがい物ではなく、正しき人類ではないのか。腕力が強いのではない、知力に長けているのではない。ただ、彼らは人であることを誇りとしている。

 弱き動物でありながら、あらゆることが無価値、無意味だと知りながら、それでも生きることの美しさを追求している。結果ではなく、どのように生きてきたかを、求めている。

 それはこの世界の動物全てが持たない精神だった。危険な思想である。だが故にこの生き物は、否、真なる人々、そうした歴史の果てに繁栄を掴んだのだろう。


 なら、逃さない。とても素晴らしい、拾い物をした。


 脳は弄らない。当初は言うことを聞かないのであればその方法もあった。だがその精神性、潰すのは惜しい。彼女には、正気のまま狂気に堕ちてもらおう。簡単なことだ。彼女が真なる人類ならば、きっとこの星の人類のことを知れば、気持ちが悪くて仕方のないはずだ。

 カナンは少女のささやかな願いなど聞き入れず、強引に気づかれないように、彼女の脳に埋め込んだ。星の使徒となりうる第三の目玉を。いずれその思考、行動はカナンに近づくだろう。人の精神構造を保ちながら。それは矛盾精神。いずれ壊れていくのが目に見えた静かな破壊。

 だがカナンにとってはどうでもいいことだった。エデンさえ死滅すればいい。


 「もしも力を求めるなら、その時は我のことを思い出せ。能力を、アタッチメント……いや違うな。反則級能力チートスキルをお前に授けよう。」


 カナンは光となりて有栖川リサの前から消える。確信した笑みを浮かべながら。あの女はすぐに堕ちる。幸運なのは、ただの弱い弱い女だったということだ。その心はか細く、吹けば吹き飛びそうなもの。もしも真実を知ってなおこの星の人類と寄り添うことを、如何なる悪意に晒されようと自身を見失わない、そんな鋼鉄のような精神を持つ者であったとするのなら……きっとこの手で始末しなくてはならない。


 それはカナンと有栖川の出会い。全てが見える。この星の全てが。この星の歴史がまるで見てきたことのように頭の中に入ってきた。


 あぁなるほど。もしもこの世界に来たばかりで、誰にも頼れることが出来なくて、一人ぼっちだったら、きっと俺も弱音を吐いていたのかもしれない。

 この星はこんなにも醜くて、恨みで積み重なった歪な世界。そんな世界に一人ぼっちでいたら、気が狂いそうで、誰でも良いから助けの手を求めたのかもしれない。それが遥か彼方にいるただ一人の想い人だったとしても。遠い次元で、願い続けたくなるのかもしれない。


 あぁそうだ。こいつが、こいつが全て、やったんだ。こんな世界に一人ぼっちで戦うことを決めた彼女の想いを穢したのは。


 カナンにとって計算違いがあるとするならば、そもそもカナンの知る人類と、境野連がいた世界の人類はまったく別物であるということだった。

 カナンは知っている。境野連や有栖川リサのいた世界は、エデンとは別のアドベンターが人類についたのだと。結果こそは違えどその成り立ちは同じものだと、そう思っていた。

 真実は違う。境野連に眠るアドベンターは、人類を支配したのではない。ともに歩むこととしたのだ。それは、カナンには理解できぬ、感情だった。

 エネルギーが濁流のように入ってくる。それはカナンの意思とともに。カナンの使徒となりて眼前の敵を討ち滅ぼせと、深層心理に働きかける。反吐が出た。誰がお前のような外道の言いなりになどなるものかと。


 その強い想いは灯火となりて魂を輝かせる。人が人であるために。かつて名もなきアドベンターが垣間見た人の輝き。誰かのためでなく、ただそうありたいと願う矜恃のために。その灯火は燃え盛る。名もなきアドベンターの輝きではない。誰もが持っている人の輝きそのものだった。その輝きこそ、名もなきアドベンターが魅入られたものであり、誰もが持っている、人の力そのものだった。誰もが一人。その灯火を燃やし続ける。だがその灯火は決して一つではない。決して交わり合うことはないが、ともに灯火を燃やし続け大火となる。

 カナンは知らないのだ。人は、他者がいるからこそ、より強くその灯火を燃え上がらせることに。そしてそれは失ってもなお、強く強く受け継がれ燃えていくことに。今の境野連は一人ではない。


 「ようやく……戻ったのか……はは……お前たちの世界の人類は皆、こうなのか?」


 気がつくと俺は磯上に馬乗りになっていた。今まさにトドメを刺す瞬間、自我が戻った。ベンセリウムは半壊している。そうだ、あれは俺が……カナンとともにやったのだ。


 「なぁ……お前、人間なんだろう……?どうして邪魔をするんだよ……助けてくれよ……ここにいる人間たちを……皆を……。」


 崩れかけた磯上が、絞り出すような声で、縋るように俺にそう言った。ただただ純粋な願いだった。

 だがそれも束の間のこと、突然、磯上に突き飛ばされる。光の槍が俺に突き刺さった。無数の槍。その一つが俺の肩に突き刺さった。光の槍は更に突き刺さった場所から俺の肉体にエネルギーを送り込み破壊していく。まるでがん細胞のように、俺の肉体を細胞レベルで変質させ破壊する。カナンは俺が正気に戻ったことを察知したのだ。

 しかしそんな痛みは気にならなかった。無数の槍の多くは、倒れていた磯上に突き刺さっていたからだ。何故俺を庇うような真似をしたのか。満身創痍の身体で、つい先程まで操られていたとはいえ、殺し合いをしていた相手を。


 「やっぱり駄目だ……できねぇよ……だってさ……お前は違うんだ……有栖川とは違う。完全に世界の部外者、歪な世界で生まれた偽物の人類じゃない……俺たちと同じ人間で……俺の友人なんだ……。本気で殺すことなんて……できねぇよ……。」


 磯上もまた孤独だった。無数に散らばる人類の結晶体。意識こそはできるものの意思の疎通はできない。彼はこの世界、唯一つの人類として懸命に生きてきたのだ。それがどうして、突如現れた自分の同族を殺めることが出来ようか。有栖川はただの転生者だが、境野は転移者なのだ。根本が異なる。だから不可能だった。人類のために生き続けた彼が、生まれて初めて出会えた同じ人類を殺めるなど、頭では分かっていても、殺すと口にしても、本能が拒否するのだ。


 突如、境野連にエネルギーが流れ込む。また同じように、境野連を使徒に仕立て上げようと力を送り込む。次は二度と目覚めない。永遠の夢を見てもらうように、より強く強く。


 「そうやって……お前は何度も何度も陥れてきたのか。ノアも有栖川も。」


 力の流れがわかる。他ならぬカナンが与えた力だ。俺はその力全てを燃やし尽くした。そしてその力を辿りカナンをも灼き尽くす。

 カナンは人の人生を弄び、その尊厳を凌辱し、そして未来を狂わせてきた。今、初めて……俺の内にいるアドベンターと心が一つになったのが分かる。眼前の敵を討ち滅ぼせと。全身を走り回るように突き刺さる痛みはいつの間にかなくなっていた。代わりに俺の体内には熱い熱いまるで炎のような血液が循環していくのが分かる。


 「ふざけるなよ……どんな形であろうとも……人の心の在り方までは否定してはならない……今なら分かる……ッ!俺の内にいるものがお前を斃せと疼き続ける理由が!!お前は今、ここで討ち滅ぼされるべきだ!カナンッッ!!」


 炎が束ねられる。それは炎のようであって炎ではない。本質は支配と創生。善悪を超越した力の象徴。炎の姿をしているのは、それが生命にとって畏れの存在であるからに他ならない。カナンが永遠の安寧を約束するもの。対極的な存在であった。永遠の安寧とは即ち永遠の停滞。消費され続けいつかはなくなる。そんなものは善悪以下の虚無に他ならない。

 その炎は一筋の剣となって境野連の前に立つ。言葉は交わさない。今更このアドベンターが何者か問うつもりはない。やることはわかりきっていた。

 炎の剣を掴み取る。それは善悪の果てに下される最終審判兵器。世界を無に化す開闢の炎。


 「それが……お前の……お前たちが見ていた光なのか境野……!」


 境野連の周囲に光の粒子が漂い続ける。それは数万年前に無念に散っていったノアの結晶たち。幾万年もの間、ただ恨みを募らせ、いつか起きる奇跡を願い続けたものたち。

 名もなきアドベンターは応える。彼の力は人類の灯火そのもの。ここには人類が無数にいるのだ。例え結晶のような、ナノレベルで粒子化したとしても、彼らの想いはそこにある。どのような姿であろうと、それは愛すべきともでありなかまでありかぞくなのだ。炎の輝きはより強く、カナンの輝きを上回る、空を切り裂き天を穿つ大樹のように大きく燃え上がる。


 ───境野連のいた世界は、この世界よりも遥かに過酷な世界であった。古代世界、その世界はこの世界のようにエデンとカナンが支配する世界ではなく、数多の楽園級アドベンターが、星に降臨しお互いが争いを続けていた。

 人類は絶望していた。絶大すぎる力の存在と、途方もない敵に。そんな時、一人の男が立ち上がったのだ。彼はこう言ったのだ。人類は人類のためにあるべきだと。あのような化け物など、この手で撃ち落とすと。その宣言どおり、その男は唯一人、楽園級アドベンターを、その弓一つで撃ち落とした。素手で楽園級アドベンターと殴り合った。その姿はあまりにも衝撃的で、人類は皆彼を見てこう思ったのだ。如何なる相手であろうと、矜恃を、勇気を忘れてはならないと。一人戦い続けた彼の後ろにはいつしか自然に無数の人々がついていった。

 そして皆は彼をこう呼んだのだ。勇ましき者、勇者と。そして神殺しの英雄として、人類史上最初の勇者として、神話という形で、今も人々の心の奥底に勇気という形で伝わり続ける。


 磯上は垣間見た。かつてそこに立つ英雄の姿を。名もなきアドベンターから放たれる神気から、境野連のいた世界で、古代にカナンのようなアドベンターと対峙した英雄の姿を。世界中の人々の想いを束ね、世界を切り裂く創生の剣を持ち、この世界そのものをやり直した、人の歴史を築き始めた英雄の勇者の姿が確かにそこに見えた。


 世界中に散らばったノアの粒子が集まっていく。そして炎の剣は最早、天をも貫きそらの果てに到達した。まるでそれは剣というよりも、塔だった。炎の塔。

 カナンにとっては信じがたい事態だった。何が起きているのか理解できなかった。目の前の男にいたアドベンターは確かに強力なものだった。だがそれはあくまで断片。奴の世界にいる本体の一部。一部でありながらあのような力を有しているとでもいうのか。であるならば、そんな化け物を従えているこの男は何者なのだと。否、違うのだ。本当はわかりきっていた。全てを見通す慧眼を持っているからこそ分かる。問題の本質が。あれはただのアドベンターの能力……特質のようなものだ。


 あのアドベンターはただ人に寄り添っているだけなのだ。人に寄り添い、その願い、想いを力へと変える。あのアドベンターは理想を具現化する。最果ての夢をいつか形へと変える。

 それは即ち、名もなきアドベンターに敗北するのではない。他ならぬ、人類の積年の想いに斃されるのだ。滅ぼされるのだ。故に信じがたい。受け入れがたい現実だった。どこで間違えたのか、いや全ては自分が招いたことだ。あの女を、この世界にさえ招かなければ、このような化け物を生み出さなかった。


 カナンは肉体を変質させる。圧縮に次ぐ圧縮、最強の防御体制で迎え討つ。所詮は亡霊の力。死人。砂粒のような矮小な害虫の集まり。そんなものに、数億年とこの星を支配し続けた自分が、負けるはずがないのだと。


 「我が名はカナンッッ!来るがいい害虫の王よッッ!!貴様たちのような矮小な存在がいくら束になったとて、神たる我に敵う道理はないと知れッッッ!!!」


 初めて真たる姿を見せたカナンは名乗り上げた。心の底では認めざるを得なかった。数万年の時を経て我を斃すことだけを考え続けたこの者たちを。あの時、そらの果てからやってきた、弱きものの姿はそこにはもう無かった。


 感じる。人々の想いが集っていく。無限とも言える負の感情。殺意殺意殺意。俺はそれを全て受け止める。そして汲み上げる。数多の怨嗟の底の底に、確かにあった人類の希望。かつて確かにあった願いを。楽園を目指し続けた彼らの願いを、託された想いを。

 彼らの無限とも言える殺意の根底には、ただ純粋な願いがある。誰よりも他者の幸福を想い叶えられなかったという絶望からだ。かつて何千年もかけて見果てぬ世界へ旅立ち、何億人もの想いを乗せて、旅をし続けた彼らの勇気と想いを束ねる。

 善も悪も全て受け止め、その力を一つにまとめる。


 「ふざけるなよ……害虫だの矮小だの……どんな姿になろうと……人の想いまでは、変えられるわけがない……この願い、想い、全て俺が受け止めてやる!受けろカナンッッ!!これは願い、幾万年にも積み重ね続けたお前に対する答えだ!!そうだろ有栖川、ノアッ!!!」


 その炎の名は渺茫たる彼岸の(アストワト)不生不滅剣(エルタ)。破壊と創生の炎。その炎は全てを飲み込み、想いを成就する。積み重なれた想いはいくつもの灯火となり世界を焼き尽くし、そして創生する。


 カナンはその輝きを見た。その敵の輝きを見た。目の前に迫るその炎を見て不覚にも、感じてしまった。その輝きは自分よりも遥かに輝きに満ちていて、その想いには怨嗟などは無かった。ただただ幾年の願い、かつて彼らが皆持っていた純粋な想いそのものだった。その輝きを、カナンは感じてしまったのだ。───美しいと。

 カナンの肉体は渺茫たる彼岸の(アストワト)不生不滅剣(エルタ)により燃えていく。その炎は自分の存在を微塵も許さない破壊の炎。だというのに何故だろうか、こんなにも暖かく、満ち足りていくのは。境野連を見つめる。


 ───あぁ、なるほど。


 名もなきアドベンターよ。貴様が彼らを洗脳ではなく、共に歩く道を選んだ理由が分かった。その輝きはどんな輝きよりも美しく、そしてその灯火は、決して消えることのない。永遠を求め続け、旅をし続ける探求者たち。その美しさに魅入ってしまったのだ。

 完敗だった。人類にも名もなきアドベンターにも。数万年前の彼らに、境野連が召喚されたときに、気が付きもしなかった。彼らの素晴らしさを愛せなかった我自身が何よりも敗因だったのだ。


 朽ちていく。朽ちていく。そしてその創生の炎の果てには新世界が広がる。カナンのいない新世界。良いだろう。祝福しよう。我のいない世界、お前たちなら託せるとも。

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