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壊れた夢の果てに咲いた花

 異変は少しずつ起きてきた。母星から連れ出してきた家畜の量が減っている。備蓄食料の減りが早い。まだこの星の生態調査も十分に済んでいない状態で安全な食糧管理は必要不可欠だった。生態調査とは単純に食べられる食べられないの話ではない。我々という外来種が入ったことによる生態系の悪影響、絶滅を危惧していた。故に学者たちは寝る間も惜しんで研究を続けていた。


 人の数が減ってきている。出生調整は十分にしていた。増えすぎず減りすぎず。何百年も先を見た計画が狂ってきている。人口数を増やすように調整した。


 環境維持能力に異常が起きている。アーク内に設置された環境維持装置は人類の生存に快適な環境を作り出している。この星は生存に適した環境といえど、いきなり別環境に人類を晒すのは無謀だ。少しずつ慣らさなくてはならないのに、調整能力が落ちてきているのだ。点検、修繕の周期を短くすることにした。


 失踪事件が多発していることが発覚した。巧妙に事件の発覚を隠している。調査を進めるも手口に見当もつかなかった。だがその多くは若い男女であることが分かっている。女性の比率が若干多い。


 彼らが真相に辿り着いた時には既に遅かった。若い男が事件の異常性に気が付き、自らを犠牲にすることを申し出た。男は自らの肉体を改造した。犯人はどんな武装をしているか分からない。あらゆる人類の負の叡智を詰め込んだ。男の肉体の九割以上は機械化した。

 そして男は真相にたどり着く。ある時、意識を失い目を覚ましたとき、何かに拘束されていた。材質は分からない。だが機械化した男は容易く引きちぎる。暗くて見えない。男は暗視モードを起動した。自分と同じように囚われたものが何人もいる。狭い部屋だ。扉には鍵がかかっていたが力ずくで破壊した。そして男は全てを知った。


 失踪していた人類が、仲間が家畜のように飼われていた。センサーを起動して現在位置を特定する。地下。彼らを飼育しているのは……舟に乗せていた猿型の実験動物だった。だが奇妙だった。猿型の実験動物だというのは分かるが、奴らには見慣れぬ武器のようなものや肉体の変質が起きていた。

 仲間が、友が、まるでおもちゃのように扱われていた。遊び半分に命を弄ばれていた。尊厳を侮辱していた。猿型の実験動物にあのような表情筋はない。だというのに、その姿はあまりにも醜悪で、醜いものだった。

 男の記憶は薄れる。ただ無我夢中、怒りで我を忘れていた。猿型の実験動物を殺し尽くした。彼らは抵抗した。訳の分からない力で抵抗してきた。見慣れぬ武器の数々、超常現象、まるでエスパーのようだったが、人類の負の叡智を詰め込んだ男の前には全てが無力だった。殺して殺して殺して殺し尽くした。


 ジェットパックを起動し、空を舞う。体内に格納したホーミングレーザーシステムを起動し焼き払う。一部の猿はしのぎきり剣のようなものや斧、鈍器?様々なもので抵抗してくる。腕に仕込んでいた機関砲を連射する。近づくことすら敵わず猿どもはミンチになる。

 突然動きが止まる。透明化していた猿が何匹かいたようだった。化学兵器を稼働させる。マスクが顔を覆う。VXガスの放射、猿たちは苦しみ死んだ。

 ガスに抵抗があるものまでいた。猿は巨大化し殴りつけてくる。高周波ブレードを展開し両断する。そのまま加速装置を起動、戦力差をようやく理解し逃げ惑う猿どもを両手の高周波ブレードで殺戮しつくした。


 男の報告を本部はカメラ越しに見ていた。同時に学者から報告があがった。実験動物に奇妙な変化が起きていること。そして、この星の中心核に巨大な生き物がいるということ。更にその生き物は、その実験動物に何かエネルギーのようなものを与えているということ。それは神と呼べる存在か、あるいは悪魔か。信じがたいことだった。だが男の報告を信じるしか無かった。全員が男のカメラ越しの家畜化された人類の映像に怒りの感情を抱いていた。それほどまでに凄惨で残酷極まりない景色だったのだ。そしてわかったのだ。この生き物は、我々が集まるのを待っていたのだ。集まった上で、この実験動物に力を与え殺害するようにした。


 この実験動物には我々ほどの知能はない。力も……この謎の存在からの力がなければこの星では生きれないほど弱い。即ち、この実験動物は何も考えず我々を皆殺しにし、そしてこのアークを支配するだろう。だがそれも限界が訪れる。この楽園が崩壊したとき、奴らはこの星の原生生物の餌として殺し尽くされるだろう。

 それこそが、この謎の存在の目的。奴は、外来種全てを最初から許していなかった。全てを殺し尽くすつもりなのだ。確実に安全にできる方法で。


 男が殺した数は氷山の一角。もし実験動物全てがあのような力を持つのなら……我々人類には時間がない。警報が鳴り響く。レーダーを見ると無数の群れ。食糧が減っていたのは、奴らが潜んでいたからだ。環境維持装置が機能しなかったのは、多すぎる生命体の数に対応しきれなかったのだ。


 だが希望はある。今、エネルギーが尽きかけ、地下の、奴らの帝国で命尽きようとしている男。彼の体内には、人類の負の叡智全てが詰まっている。今は不可能だ。だが、悠久の時を経て、入念な準備をもってすれば、必ず可能だ。この猿どもと、この星に潜む生命に対しての報い、復讐を。

 地下は人々の怨嗟に満ちていた。許せない、許せない、その全てが男を経由して共有されていく。真相が伝わる。猿どもも、この星に潜む謎の生命も皆殺しにする。人々の想いが一つとなり、その装置は稼働する。

 それは本来は長期間宇宙航行に使用される技術。精神を物質化し、光速飛行に耐えるもの。此度その技術は人々の想いは、地下に来た男に全て託され集っていく。必ず成し遂げる。何千年、何万年かけようと、我ら悠久の想いを全て無にしたものを許すなと。

 装置が起動する。人々の肉体は結晶化していく。消えゆく意識の中、男はかつて夢見た理想郷を夢見描いていた。いつか必ず、人類の世界が、この手に来ることを信じて。


 完全に結晶化した彼らは砕け散る。ナノレベルにまで砕け散った彼らの精神結晶は星に漂う。彼らはいずれ再結合することになる。ただし従来の宇宙船のように結合装置はない。粒子化した彼らの精神は一体となり別の存在へと成り果てる。いや、もしかすると一生結合も叶わないかもしれない。

 それでも彼らは祈り続ける。いつか悠久の時を超えて、我らの悲願を成し遂げる器と巡り会えることを。神をも殺す力を身に付け、奈落の底から悪魔を引きずり出す力を手に入れるために。 


 「言うならば俺は人類の集合体。ノアという人々そのもの。かつてこの星にやってきて、無様に殺戮された、哀れな人の欠片さ。」


 大気には今なお、人の結晶残滓が漂っている。数万年を経ても決して消えぬ恨みが漂っている。この世界は悪徳の下に積み重なり、怨嗟に包まれている。


 「見ろ境野、最後の仕上げがやってきた。」


 地面が揺れる。死の星となったこの世界に、確かに何かを感じる。俺の足元に、何かがいる。浮遊感を感じた。何かが動いている。

 それは姿を現した。全ての使徒を失い、怒りを露わにして。太古の時代、この星に降臨した、楽園の動物を人へと仕立て上げたアドベンター。名をエデン。

 エデンはすぐ傍にいた。俺たちの立つこの地面に、この星を覆うように寄生していた。エデンの使徒は全て磯上たちの手により全滅し、事態の異常を検知し、それは始動する。憤怒の表情で俺たちを見つめている気がした。


 「全てが遅い。他の楽園級アドベンターと比べ無能にも程がある。あるいは、既に支配したという慢心か。エデン、お前は判断を見誤った。一つは"俺たち"を見くびったこと。そしてもう一つは、"お前の本当の敵"を忘れていることだ。俺たちを見つめる余裕が、今のお前にあるのか?」


 突如地面から現れる無数の光の槍。それがエデンを突き刺す。一瞬のことだった。光の槍が突き刺さった場所は、灰となり欠落していく。

 言葉にならない叫び声が聞こえた。エデンの断末魔。エデンが警戒していた真の敵、数万年に渡り、抑え込んでいた宿敵。今それが、姿を現した。

 それは光の巨人。巨大な人型の光。ただ無造作にエデンを、無数の槍で突き刺し続ける。最早、戦いと呼べるものではない。一方的な蹂躙。積年の、数万年かけて作り上げたエデンの園が、崩壊していく。


 エデンの骸の横で、矮小な存在に気がついたように、目があるのかすら分からない光の巨人はこちらに身体の向きを変えた。


 満を持して、全てはこの時のために。数万年の想いを抱え、磯上は今そこに立つ。大気が震える。世界に散らばる人の結晶体が渦巻き、光の乱反射を引き起こし、まるでオーロラのように磯上の周囲を漂う。


 「ようやく……ようやく、ここまで辿り着いた。今もう一度ここに会えたな、カナンッッッ!!」


 そのアドベンターの名はカナン。この星に最初に飛来した最古のアドベンター。永遠の楽園。決してたどり着けぬ最果ての楽園。

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