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地獄の釜の蓋

 警察署内は騒然となっていた。突然の核兵器使用アラート。軍隊や外交は新政府により機能していない。対処できるものがいない。現在、旧政府……もとい国としての機能を残しているのは公塚のいる公安だけだった。

 慌てふためく彼らの様子をピエレットは笑いながら見ていた。


 「これが、貴様の思い描いた計画ということか!国が混乱し機能が死んでいる時に他国への実質の宣戦布告ッ……!!この国になんの恨みがある!!このままでは戦争だ、核戦争だぞ!!」


 ピエレットの胸ぐらを掴み公塚は激怒した。最早体裁など関係ない。このままでは何もかもが終わるのだ。


 「いぃーーじゃないかぁ。世界の終わり……あぁたまらないね。境野くん、彼は今どんな表情なんだろう。きっと……取り返しのつかないことになってしまったことに気づいて絶望し……素敵な表情を浮かべているんだろうなぁ……。」


 公塚の言葉を無視し、ピエレットは恍惚の表情を浮かべていた。彼にとって後悔があるとすれば一つ。境野レンが、今どんな気持ちでいるのか、それを知れないことだった。公塚はそんなピエレットを殴りつけ、更に床に叩きつける。


 「いいかピエレット、今は非常事態だ。人権なんて考慮されると思うな?答えろ、これが貴様の最終目標か……。」

 「ピエーーーーールさ。公塚くん。」

 「なに?」

 「ピエレット……それは女の名前だよ。この国で言うなら花子って呼んでるようなものさ。私の本当の名前はピエールだ。以後、気をつけ給え。」


 公塚は腰の拳銃をとりピエールの耳を撃つ。ピエールの耳はえぐれて出血した。


 「そうか、それではピエールくん。質問にだけ答えろ。余計なことを言えばもう片耳も撃つ。既に取り調べではなく拷問に変わっていることを自覚しろ。」

 「ははっ!手慣れてるじゃないか公塚くん、さては初めてではないな?」


 銃声、ピエールの残された片耳が撃たれた。


 「次は指だ。警告はしない。」

 「おぉ……分かったよ。最終目標?ふふ、この国はね、意外と他国から信頼されていないんだ。この国と同盟関係にあり一番親密なA国……彼らはね、埋め込んだんだ。無許可でね。この国の政治家たちに、核兵器の発射スイッチを。国家機能存続の危機を迎えたとき、自動的に仮想敵国家に向けて発射されるように。」


 仮想敵国家という単語には思い当たりがある。だがその国に核兵器が発射されるということは……。


 「核兵器による報復か……!」

 「そうだね、ただ少し技術官と仲良くさせてもらってね、発射数を変えさせてもらったんだ。フルバーストさぁ……たまらないよ……。ほら聞こえないかい、空を切り裂くたくさんの弾道ミサイルが……。」


 我が国が所有している核弾頭の数はいくつだ?それが全弾発射フルバーストだと?とてつもないことが起きる。急ぎ、情報をかき集め最悪の事態を……。


 「公塚警視!大変です!空が!空が!!ミサイルの大群が!!」


 慌てたように取調室に入ってきた部下に連れられて外に出る。それは悪夢のような光景だった。空には無数の一筋の雲。不気味なほどに無数の一直線な雲。それは即ち……。


 「あれが全てミサイル雲か。」


 部下は黙って頷く。ミサイル雲……弾道ミサイル発射時にその推進剤から発する水蒸気が大気の気温差により凝結して雲となる。それはミサイルの軌道上に発生し、さしずめ直線状の細い雲がいくつもできあがる。そんな細く長い雲が、空には無数に広がっていた。それが意味することは一つしかなかった。


 人々は皆、空を見上げる。大量のミサイル雲。全員が終わりだと絶望した。発射先は軍事大国。戦争が待っている。そして今は革命したばかりで頼りない若者ばかりが国の中枢にいる。


 「な、なぁ……あいつらを捕まえてさ……外国に引き渡せば助かるんじゃないか……?」


 一人の男が呟いた。そうだ、俺たちは悪くない。悪いのは勝手に革命なんて馬鹿なことをした連中だと。騒ぎは一瞬で広がり、新政府組織に暴徒が大挙する。


 「どうする?暴徒鎮圧に軍を出すか?」

 「馬鹿な!それではただの軍事独裁政権だ!平和的に……。」

 「それこそ馬鹿だ!あいつらは俺たちを捕まえて外国に売ろうとしている!やられるまえにやるべきだ!!」


 新政府の組織内も同じく大混乱だった。よもや核兵器が発射されるなど思いもよらなかった。この国の既得権益は全て壊した。だがそれは……国の機能も壊れたことになる。新しい国として立ち直るには時間が必要だ。


 「みんな!ここにいたのか!大変だ!軍のレーダーに核兵器がひっかかった!!」


 慌てた様子で入ってきて報告をしてきた彼を呆れた目で一同は見ていた。そんなものは空を見れば明らか。今更何を言っているのかと……。


 「……あ!違うんだ!この国から発射された核兵器じゃない!この国に向かって核兵器が飛んできているんだ!!」


 今度は全員、目を丸くして彼の報告に聞き入る。最初に思ったのは報復。だがいくらなんでも早すぎる。だが現実として核兵器が来ているのだ。

 おしまいだ。時間差で全員のスマホに緊急アラートが来る。核ミサイルが接近中。着弾予定地はこの国全土。完膚なきまでに、打ちのめしてきた。全員が空を仰ぎ死を覚悟する。遠くで、閃光が見えた。何度も輝く閃光。

 ……ただそれだけだった。眩い光が何度もくるだけで、爆風の類はまるでない。何が起きているのか……?突如街頭ビジョンに緊急ニュースが流れ始めた。全員がそれに注目する。


 革命は、この国だけで起きているわけではなかった。諸外国で連鎖的に起きていたのだ。そして見計らったかのように、ほぼ同じタイミングで核兵器の発射スイッチが押された。

 結果、世界中の核兵器が、世界中の要所に同じタイミングで打たれたのだ。まさに東郷の思い描いていた最悪のシナリオ。それが実現しようとしていた。



 だが……それはいつまでも起きなかった。核兵器は一発も着弾しなかったのだ。


 「あぁぁ゛あぁ゛あ゛ぁ゛あ゛……疲れたよぉぉぉぉぉぉお。仁~これはどれだけ貸しになるんだよ~。」


 コンピュータに囲まれた小汚い部屋に、少女がいた。彼女の名前はザリガニ。世界的にトップクラスの実力を持つITスペシャリストだ。


 「え!?これ貸しになるのか!?お前、これ防がなかったら死んでるだろ!?」


 そして傍らに仁とムォンシーがいる。彼らはレンの報告を聞いて、いち早く備えていたのだ。最悪のシナリオに対抗するために。


 「とりあえず、そこのマフィアが視界から消えると助かるかなぁ~。」

 「だってさ仁。私たちは邪魔みたいだし、外にいこ?こんなところにいたら根暗が感染っちゃうよ。」


 またザリガニとメスガキが喧嘩を始めた。ここに来て定期的にしてる。少しは緊張感を持ってほしい。……とはいえ、脅威は抑えた。ザリガニが世界各地の防衛システムをハッキングし、核兵器の弾道計算をリアルタイムで行い全弾を撃ち落とす。これを世界中同時に行った。当然、世界同時となると限界があるので、俺の演算術式でサポートし、肉体的疲労に繋がる部分はムォンシーが補佐した。レンと公塚に連絡をする。核兵器の脅威は阻止したと。公塚には後始末も依頼しなくてはならない。


 「しかし……暑いな。これだけ機械があると当たり前か。ザリガニ、エアコンの温度下げるぞ?」


 機械たちのファンは高速回転してる。当然だ。あれだけの演算を行ったのだから。エアコンの温度を下げる。今時点で18℃設定。機械を酷使したのが分かる。俺たちの仕事はひとまずこれで終わりだ。喧嘩してる二人を横目に淹れたてのコーヒーを飲みながらリラックスするのであった。



 緊急ニュースでは核兵器は全てミサイル防衛システムによる迎撃が成功したという情報が伝えられた。国民たちは胸をなでおろす。ニュースの信憑性は……今、自分たちが身をもって体感している。助かったのだと。そして歓喜の叫びがあがった。生き残った!生き残ったんだと。


 ニュースは警察署にも当然伝わる。加えて公塚は仁からの報告を見ていた。ニヤリと笑い、流石仁だとメッセージを返した。


 「ニュースは見たかピエール?お前の目論見は全て無駄に終わった。核兵器は一発も、どの国にも着弾しなかったようだよ。」


 ピエールは頭を抱えるように両手で顔を覆っていた。当然だろう。自分の目論見が、果たしてどれだけの期間をかけて立てたのかわからないほど、とてつもない計画が無になったのだから。


 「……お前にはこれから背後関係を聞く必要がある。これだけのことを単独でやるのは無理があるから……ッ!」


 公塚はピエールの手の隙間から見えるその表情を見逃さなかった。無理やり両手を掴み、広げる。隠された表情が露わになった。その表情は……醜く歪み、笑っていた。本当に愉快そうに。まるで思ったことが思い通りに全てことが進んだかのような。


 「何がおかしい!!」

 「アハハ……すぐに分かるさ……焦らされるのは嫌?なら教えるさ。隠すことでもない。もう終わったことなんだ。あと一時間もしないうちに、私たちは死ぬ。さぁ来るぞ、終わりの、滅びの、終末の風が。」


 ピエールは不気味に笑う。心底愉快そうに笑う。まだこれ以上に、何があるというのだ。核兵器は全て撃墜された。その次にくるものは……なんだ?



 場所は変わり気象庁。今回の騒動とは無縁の気象観測所。新政府からしてみると脅威にならないと判断され放置された国の機関。彼らは今も職務を全うしている。

 一人の職員が異常に気がつく。今年は歴史上稀に見る猛暑だった。それは分かる。だが気温がおかしい。どんどん上がってきている。そして気が付いた。海の衛星写真。その異常さに。

 気象庁は海の状況もリアルタイムで観測している。此度の海の状況は、一目で分かるほど異常だった。検討の余地もない。過去類のない異常気象。すぐに係員は上司に報告する。


 「た、大変です……海が……海が……沸騰しています……大量の気泡が……。」


 そう、観測写真には誰が見ても分かるくらい、大量の気泡を撒き散らす海だった。それはまるで、海が沸騰しているようだった。気温は今も上がり続けている。外の温度計は既に45℃を超えていた。

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