世界の終わり、終末の黙示録
裁判が始まった。テレビ中継までされていて、通常の裁判とは異なるのが明白だった。まるで娯楽のように、大衆の熱を冷まさないように、しているのだろう。
「ふむ……茶番だな……しかし小さいテレビだな。庶民はこんなもので満足しているのか?」
東郷は我が物顔で俺の家に居座っていた。今もソファに座りテレビを見ている。やたら姿勢が良いのが腹立たしい。
「おい境野……なんであいつ当たり前のようにいんだよ……なに?いつのまに友達になったの……?あたし、時々お前がわかんねぇよ……。」
高橋は困ったような顔で俺に耳打ちをする。俺も正直、どうしてこうなったのか分からない。成り行きだったとしか言いようがないのだ。今も東郷に言われてパッチを持ってきたところだ。
「うむ、ご苦労。境野、貴様は見込みがあるぞ?希望するなら屋敷の使用人として便所掃除くらいなら任せて……まっず!!これがあの剣士の言ってた正解!?庶民どもの味覚はどうなっているのだ!!捨ててこい境野。これは星1だ。後で貴様には本当の飲み物というものを教えてやる。」
飲み物が欲しいって品名まで指定しといてなんて言い草だ。腹立ったので東郷の頭を一発殴る。どうせ殴ってもアタッチメントで回復するから意味ないけど気持ちの問題だ。
「ふ、ふ、ふざけないでよ!あんた被ってんのよ私と!!金持ちなのは私だけで良いの!!とっとと出ていきなさいよ!!」
「おぉ、これは伊集院家の令嬢ではないか。ご機嫌いかがかな。」
「さ、寒気がするからやめて!社交界では仕方なしに付き合ってただけでわ、私はあんたみたいな鼻にかけてるような奴、大嫌いなんだから!!」
今までのこともあってか、皆からの評価は散々だが、東郷は聞く耳を持たないといった様子だ。
「東郷、まぁ世間話はその辺にして亡霊の目的とか聞いてないのか?今まで磯上と共にいたんだろ?」
「うむ……まぁ知っての通り、私が亡霊の目的が人類殲滅と知ったのはつい最近だ。我々がしていたのは資金提供……投資だな。あと磯上のワカメが美味かったのが大きい。あれはビジネスになるだろうに惜しいものだ。」
東郷は単純に磯上のワカメが好きなだけだった。亡霊の目的はあまり知らされておらず……伊集院弦をとおしてビジネスに携わっていただけらしい。
「じゃあ質問を変えるよ。亡霊は国家転覆を狙っていた。事実としてそれは成功したんだが……それが人類殲滅に繋がることってあるのか?」
「……いや?この国の政治が変わったところで世界は変わらんだろう、常識的に考えて。ましてや人類が全滅するなど……いや待てよ……。」
東郷は思いついたように呟く。思い当たる節があるのかと俺は食い気味に東郷を問い詰めた。
「核戦争だ。新政府に亡霊の人間を送り込み、核戦争をするよう仕向ける。核兵器の発射先さえ意識すれば、十分人類の全滅はありうるだろう。例えば原子力発電所……例えば一極集中型都市国家の中枢……。報復が報復を生み、最悪のシナリオとして人類全滅はまぁありえる。可能性は低いがね。」
「そ、それだ!そうならないようにしなくては!」
「落ち着け、最悪のシナリオだと言っただろう。実際のところ核兵器で人類が全滅するのは難しい。まぁ我々が死ぬ可能性は……正直あるけど。まず第一に例え核兵器といえど、全人類を抹殺するには火力不足というのがある。故にポイントを狙う必要があるのだが……そこで第二の問題だ。現存する核兵器を全て使えば可能だが、この国の核兵器だけでは不十分。他国の協力がいるんだよ。」
確かに俺の知っている核兵器で人類全員を殺すというのはいささか信じがたい話だ……。そもそも核兵器の発射自体が非現実的。仮に亡霊が新政府に混ざっているとして、周囲が止めるはずだ。革命を起こしたばかりの国に、戦争をする余力などない。
「そう言われるとやはり核兵器は非現実的か……発射する理由もないものな。」
「む?いやそれはあるぞ?だから私は先程から核兵器の話をしてるのではないか。聞いてたか?」
「え、しかし……周りが止めるだろ?」
「止められないものがある。」
核兵器とは抑止力。他国からの攻撃を防ぐために使うものだ。ではそのスイッチは何と連動させるのが良いのか。答えは簡単だ。首脳の命であればいい。暗殺をしようものなら核兵器が飛んでくる。そんな都市伝説レベルの話。信憑性は薄い。そもそも暗殺されたとして、どの国に報復すれば良いのかすら分からないのだから。
だが、仮にそういうものがあったとすれば、観籠元総理の処刑はまさにそのスイッチである。処刑された瞬間、核兵器が発射される。発射された国と核戦争になるのは間違いないだろう。
「でもそんなものがあるなら処刑される時に機能停止させるんじゃないか?」
「無論だ。だからこれは机上の空論、最悪のシナリオ。そもそも観籠元総理自身が核兵器のスイッチのことを話すのではないか?」
念のため、俺はこのことを仁に伝えた。仁は笑い飛ばしていたが、念のため対策はしておくらしい。それが何かまでは分からないが、仁のことだ。きっとなにかあるのだろう。
「それより見ろ境野、裁判の結果が出たぞ。」
結果は全員が有罪。死刑を課された。旧政府関係者の処刑は公開処刑で決定した。まるでさらし首のように、ギロチン台に一人ずつ連れて行かれ、首を落とされる。まるで中世だ。恐ろしいのはそんな野蛮な方法が、支持されているということだ。大衆心理。国民は皆、酔っている。革命という耳障りの良い、刺激的な出来事に。その当事者となれることに。大半の人に大義はない。ただ、面白いからやれという、幼稚で、下劣な考え。誰もそれを悪いと思わない。皆が皆、この大きな流れに乗っかっているのだ。
「東郷!いますぐ俺を裁判所につれていってくれ!!」
観籠元総理は決して悪い人間ではなかった。こんなことは間違っている。俺はいてもたってもいられなかった。
「行って何をする気だ。止めるつもりならば断る。無駄なことだ。今、新政府は国民の圧倒的支持を得ている。その決定を覆すというのは、不可能だ。」
「だったら黙って見てろって言うのかよ!」
「そうだな。境野お前勘違いしてないか?私が今ここにいるのは亡霊の野望を食い止めるためだ。政治がどうなろうが知ったことではない。」
東郷の言うことは正しい。それでも……それでも俺は……。家を飛び出す。東郷が連れてくれないなら、自分の足で向かうまでだ。俺は裁判所まで走った。
「……馬鹿者が。ただつらいだけだというのに。」
嵐のように去っていった境野の様子を東郷は眺める。その先にあるのはただの絶望。同情めいた目で、玄関口を見つめ続けた。
裁判所前には多くの人々がいた。罵声が聞こえる。恐らく、判決をくだされた人たちが連れて行かれているんだろう。俺は人混みを押しのける。罵声の内容からして観籠元総理はまだのはずだ。
人混みの最前列。警備員が並び、ロープで道を作っている。そしてその道を、下を向いて歩いていた。多くの人たちが。中には頭から血を流しているものもいる。石を投げているものがいるのだ。誰もそれを止めない。
一際、大きな声があがった。奥を見る。観籠元総理と二階堂だ。二階堂は自信満々といった顔で、胸を張り道を歩く。おれはロープを超えて彼らに立ちふさがった。警備員が殺到する。だが俺を組み伏せることはできない。
「よせ、彼は私の学友だ。どうした境野、そこをどいてくれないか?」
「ふざけるなよ二階堂!お前どうかしてしまったんじゃないのか!?死刑って……分かってるのか!?殺すんだぞ!?しかも罪のない観籠元総理を!!」
「決定したのは司法だよ境野。」
「詭弁を言うな!司法は全部新政府側の人間!最初から結果が決まっていた裁判ではないか!!」
俺と二階堂はにらみ合う。そこに観籠元総理が割り込んできた。二階堂は訝しげな目で観籠元総理を見る。
「境野くん、ありがとう。最後まで私を信じてくれて。だが彼の言うとおりだ。私は司法の手で有罪となった。それを否定する君の主張は間違っている。」
「何いってんだあんたまで!マスコミの言う事なら全部デマじゃないか!こんなのは冤罪だ!!」
「違う、そうではない。あんな話で、事態はここまで大きくならない。全ては私の力不足だったのだ。愛すべき国民を愛しきれなかった。護るべき国民を護りきれなかった。それは政治家としては罪なのだ。私がいなくなることで、国がよりよい方向に向かうというのなら、私は喜んで命を差し出す。だから……境野くん。君は嘆く必要はない。君は何一つ悪くない。全ては私の不徳の致すところなのだ。……最後にもう一度、ありがとう。」
観籠元総理は罵声のなか、俺に微笑み、俺の横を通り過ぎていった。
膝が崩れる。両手を地面につく。何も出来ない。観籠元総理の表情は覚悟に満ちていた。彼の死刑は新政府が決めたこと。覆すには世論全てを変えなくてはならない。無理だ。俺は無力だった。何よりも観籠元総理は、最後まで俺のことを気遣っていた。嘆く必要はないと。自分が今、死ぬ目前だというのに、あの人は最後まで俺を、国民のことを気遣っていた。
「あぁ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
ただ叫ぶしか無かった。自身の無力さと不甲斐なさに。死刑はこのまますぐに行われる。せめて俺は、観籠元総理の最後を目に焼き付ける。皆が罵声を投げつけても、せめて俺だけは敬意を示して、見送りたかった。
処刑場には多くの人々が集まっていた。皆が目を輝かせ、両手に枷をかけられた旧政府の人たちが連行されていくのを見ている。ギロチンで首が撥ねられる度に歓喜の声があがる。狂気以外のなにものでもなかった。二階堂の姿はない。どこか見えないところにいるのだろうか。
その時、二階堂は学校にいた。全ての始まりの場所……人質を監禁していた部屋に入る。鼻を突くような悪臭、人質と監視させてた者の死体が腐敗している。全てはここから始まった。ここから二階堂は誕生した。
死体を処理する。旧政府の人間は手筈どおり全て死罪となった。即ち、この男も死罪。ただ死ぬのが早かっただけ……そう言い聞かせブルーシートに乗せる。
ポトリ、と何かが死体から落ちた。ビニール袋のようなものに包まれている。持ち物検査はしたはず。妙なものはないはずだが……そう思いながらビニールを破り中身を確認する。それはまるで何かの機械のようだった。LEDランプが赤く光っている。更に刻印がある。これは……この国の言語ではない。二階堂はメガネをずらし、目を細めてその文字を読んだ。
「NUCLEAR WEAPON OPERATING SYSTEM(核兵器運用システム)」
───悪寒が走った。それは都市伝説。国家元首に埋め込まれた核兵器の使用スイッチ。死亡したときに発射されるもの。肉体の内部に埋め込まれたそれは、腐敗したことにより、外に出たのだ。しかし、それが何故?どうしてこんな政治家に?
いや……違う。前提が違うのだ。スイッチが一つではないとしたら?国家運用に関わる重要人物全員の死亡……即ち国家存続の危機にのみ発射される運用だとしたら……。だが解せないことがある。なぜこの男はその話をしなかったのか。そうすれば命が助かり、待遇が改善されたのではないのか。考えられることは一つ。この男は知らなかった。自分の肉体にこんなものがあることが。
二階堂は焦りながら処刑場にいるものに連絡する。
「死刑は即刻中止だ!とくに観籠総理!!奴は絶対に殺すな!!問い詰めたいことがある!!」
処刑場は異様な熱気を出していた。一人ひとり殺されていく度に熱は帯びていく。そして最後に観籠元総理の出番となったとき、その熱は頂点を迎えた。観籠元総理は穏やかな笑みを浮かべている。最早覚悟の上ということだろう。
死刑執行官が突然腰に付けていた無線機を手に取る。連絡をとっていて、何か焦った様子だ。中々執行されない死刑に国民は不満を投げつける。早く殺せ、殺せと、異常な光景だった。
執行官は困惑していた。この場で突然の死刑中止。もう判決は出たのではないか?この大勢の人たちにどう説明する?半ば暴徒と化したこの人々から、どうやって中止を宣言し立ち去ることができるのか。
執行していった死体を見る。生首が転がる。既に死刑は執行された。だというのに中止……それではこの者はどうなる?自分は法に基づいただけだ。しかし……中止となると、ただの殺人者になってしまう。
「なにをしている!早く殺せ!!」
群衆は柵を乗り越えて抗議してくる。その表情は怒りに満ちている。いつのまにか執行官の周りを暴徒が取り囲んでいた。
───殺される。執行官はそう感じた。今、中止を宣言したら、この暴徒たちは私を襲うだろう。暴動のニュースを思い出す。無力な女子供を襲っていた悲痛な気持ちになる画面があった。女子供ですら容赦なく襲う彼らが……自分を……これだけの数、襲わないだのと、そんな都合のいい話があるだろうか……。
「只今より処刑を執行します!!!!」
それは自分に言い聞かせる叫びだった。中止の命令など聞かなかった。自分はあくまで法の番人として行うのだ。ギロチンを支えるロープをたたっ斬る。
ギロチンの刃はストンと落ちて、観籠元総理の首を撥ねた。
それに喜びの、歓喜の叫びをあげる群衆たち。一つの歴史が、幕を閉じようとしている。
時間にして数十秒……それはすぐに起きた。ピーピーピー!!という警告音。人を不安にさせる周波数。歓喜の叫びは困惑のざわめきに変わる。
スマホに緊急アラートが流れる。全員のスマホに同時に鳴り響く。それはまるで、滅びの、終わりを告げるギャラルホルンのようだった。
俺も自分のスマホを見る。緊急アラートには一文だけ、簡潔に書かれていた。
「核兵器発射承認プロセスが実行されました。」
最悪のシナリオが形になった時だった。





