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死の行進、止まらぬ濁流

 新政府は旧政府の政治家たちを殺しはしない。そう、殺すのではなく司法による裁きを与える。そうすることによって、彼らは殺された政治家として名を残すのではなく、裁かれた罪人として名を残すのだ。犯罪者を擁護するものはいない。これが新政府の目論見だった。

 新司法が立ち上げた裁判所は関係者が皆、新政府側の人間だった。少し調べれば分かることだが大衆はそこまで知ろうとしない。ただ司法の手により罪人と見做されたという事実だけが残るのだ。

 だが……だからといってどうすれば止められる?今や新政府は世論の圧倒的支持を得ている。司法の裁きという名の虐殺は止められない。

 裁判は始まり、次々と言い渡される有罪、有罪、有罪……そしてその度に響き渡る拍手。全員が、死刑だった。



 警察署。暴徒たちに次々と占拠されていく中で唯一、体裁を保っていた。ただこれは新政府側の思惑もある。警察とは治安維持に必要不可欠。軍隊は既に掌握したため戦力では絶対に負けることはない。つまり警戒するに値しないと見做されていた。事実、警察は治安維持に全国各地大忙しで、今回の革命にはまったく手をだす余裕がなかった。

 そんな中、一つの取調室に、被疑者が一人。ピエレットだ。警察に連行されてから、しばらくの間、留置所に囚われ、取り調べを定期的に受けている。

 だが決して語ろうとしない。自供の言葉はなかった。何日かけても、犯罪に繋がる言葉一つ報告にはあがらない。発砲事件に関わっているのは明白だというのに。


 「もうこんな時間か、残念だよ君と話す時間が終わるなんて、次はいつ会えるかな?」

 「そ、そうですね……なるべく早く会えるようにします、ピエレットさん。」


 警官は鼻の下を伸ばして取調室から退室する。ピエレットは金色の長い髪、整った容姿、長いまつげに大きな目……まるでアイドルと話しているような気分だった。浮かれながらドアを締める。


 「随分とご機嫌だな。かれこれ数日たっても新情報一つ聞き出せないというのに。もう少し、厳しくしても良いと思うがね。」


 そんな警官の様子を見て苛立ちげに公塚は言った。公塚の存在に気づいていなかった警官

は驚きながらも必死に言い訳をする。


 「ピ、ピエレットさんは失恋したばかりで傷ついているんですよ!じ、自分が心の支えにならなければと思ったのです!この間なんて自分の目を見て手を握ってくれたんです!大丈夫です!もう少しで話してくれます!ピエレットさんは本来、心の優しい人、悪い男に騙されて一時の気の迷いで……。」


 駄目だなこいつは。公塚は言い訳をまくし立てる警官を軽蔑した目で見つめる。新政府とか言ってる反政府組織との対応でピエレットに対する取り調べは任せきりだったが、完全に失敗だった。こいつはもう完全にあいつに骨抜きにされている。アホらしい。


 「取り調べは私が行おう。君はもう帰って寝てなさい。」

 「け、警視!お言葉ですがピエレットさんは既に一時間の取り調べを受けています!長時間の取り調べは被疑者への人権が……。」

 「貴様の言う取り調べとは、和やかに雑談をすることなのかな?」


 警官は血の気が引いた。全て見られていた。大分前から公塚は帰ってきていて、取り調べ控室でずっと見ていたのだ。

 取り調べ控室……警察署にある取調室に隣接して設置された部屋である。原則取り調べは衆人環視のもと行われる。それは被疑者の一挙一動を見逃さないため……あるいは取り調べ担当官の暴走を阻止するためだ。もっともピエレットの場合は、全員がピエレットの美貌に骨抜きにされていた。故に彼らは公塚の取り調べを阻止するが、公塚は公安の警視。彼らとは立場、権力が圧倒的に違う雲の上の存在。制止を振り切り、公塚は一人取調室に入る。


 「おや、取り調べがまだ続くと聞いていたが君は……私を逮捕したときにいた人か。雰囲気が違うよ。今までの警官とは立場も実力も桁違いだ。」

 「公安部の警視をしている公塚だ。貴様の自己紹介は不要だ。資料で既に把握している。それとこの取り調べは録音してある。供述がそのまま裁判材料になる点を同意できるか?」


 定型的に挨拶をする。ピエレットは慣れた対応でその言葉に同意した。


 「さてまずはこの写真のことだ。彼の名は鳴木縁なるきえにし。観籠元総理を刺したものの説得されその後は観籠元総理の熱烈な支持者となったが、今回の件でSPによる銃弾を受け病院に搬送されまもなく死亡。君と一緒に映っているようだが、どういう関係かな?」

 「どういう関係というのは……男女の関係を疑っているのかな?」

 「質問に答えろ。無論、黙秘権の行使をしても構わない。ただし裁判官の心証は悪くなるだろうな。」


 ピエレットは黙り込む。発言が続かない。


 「黙秘したと見るぞ。では次だ。この男、観籠総理のSPで今回過剰防衛により立件されている。同じく写真では親しげだがどういう関係だ?」


 公塚の質問にピエレットは答えない。無言だった。


 「この二件については黙秘権を行使。ただし、写真の間柄から親密な関係は明白であることから事件に関与していて間違いない。報告書にはひとまずはこう書くことにしよう。」

 「待ってくれ。まったく先程からまくしたてるように次から次へと……少し落ち着かせてくれないか?私たちはまだ出会ったばかりだ、お互いの理解を深めていゴッ!!」


 ピエレットが公塚に触れようと手を伸ばした瞬間、机が動きピエレットが壁に叩きつけられる。公塚は机を蹴飛ばしたのだ。


 「あぁ、悪い。だが正当防衛だ。分かるよな?被疑者は私に対して暴行を加えようとした。驚いた私は机を反射的に蹴り上げてしまった。結果的にこのようなことになったのだが……偶然だ。」


 机と壁に挟まれ苦しそうにもがくピエレットの公塚は傍によった。


 「つらそうだな?手を貸そうか?」

 「あ、あぁ……そうしてもらうと助か」


 公塚はピエレットの頭を掴み、机に叩きつける。ガンッと鈍い音がした。無線機から声がした。やりすぎだと。かわいそうだからやめてくださいと。阿呆かこいつらは。目の前の犯罪者は国家転覆を計画したテロリストだぞ?こいつが犯罪を自供するだけで、世論は一気に変わるというのに。


 「まったく……この国は外国人には冷たいが警官は格別だな……。」

 「いいや、緩いほうだと思うぞ?まだ10分も経っていないじゃないか。寝ずに24時間ずっと取り調べを続けることもある。」


 公塚の言葉にピエレットは苦笑した。それはつまり、これから24時間自供するまで取り調べを続けるという意味合いだろうか?随分と根性のある警官だ。


 「そんなに続けたら……私は壊れてしまうよ。公塚さんと言ったかな?その手腕、仕事に対する姿勢……私は尊敬するよ。私はね……失恋したんだ。最近ね。それで少し自暴自棄になったのかもしれない。もしそんな私の傍に……君のような頼りになる男性がいたら、どれだけ救われることか。」


 潤んだ目でピエレットは公塚を見つめる。控室の警官たちは息を呑んだ。そう、ピエレットは被害者なのだ。元々犯罪に手をだすような人ではない。高潔で美しい女性。護ってやらなくてはならない。彼女を見ていると、警察官としての使命が燃え上がる。そんな魅力のある、女性だった。


 「先程から誤解のあるようだが、お前はそもそも男だろう。私にその気はないので、そのように色仕掛けをするのは無駄と悟れ。」


 は?控室の警官一同の思考が停止した。ピエレットの表情も凍る。公塚だけが、冷めた目でピエレットを見ていた。


 「別にお前がどんな趣味をしていようが事件には関係のないことだ。だが目に余るのでな。警告してもらった。」

 「……ふ、ふふ……そうか、分かってたのか。その資料に書いてあったのかな。」

 「いや?資料では不明点が多すぎる。性別は勿論、出身、経歴も不明……何者だお前は?密入国者としての立件も考えている。ただ性別は見れば分かるだろう。雄臭いぞお前?」


 無線機から控室の嘆きの声が聞こえる。要約するとピエレットさんが男だなんて嘘をつくなと。バカどもが。女装も見抜けないとは、警察学校からやり直してもらいたい。


 「なるほどね、でも安心したよ。境野くんのような人がまだいるのかと思ったから。公塚……といったかな。私が男だと何か問題があるのかな。」


 ピエレットはシャツのボタンを一つずつ外す。胸が露わになる。男だという事実があってもなお、隠しきれない色気。むしろ女性らしい顔つきとは裏腹に、男性特有の胸周りがギャップを生じさせ、言いようのない色気を出していた。控室の警官たちは、ピエレットの性別を忘れさせ、生唾を飲み込み釘付けになっていた。


 「私の身体はね……男からも好評なんだよ?どうだい公塚くん。少し……試してみないかい?」


 妖艶な表情を浮かべたピエレットは公塚に迫る。胸元と太ももを見せつけながら。公塚の手を握り自身の……。


 「ゴフッ!」


 公塚はそれを無視して、ピエレットの腹部に拳を叩き込んだ。


 「被疑者が警告を無視し立ち上がり、本官の手を握り公務執行の妨害を企てたため、その防衛にあたり、拳を一撃叩き込んだ。正当性は十分だな?席につきたまえ。取り調べ中だ。」

 「な、なんで……。」

 「奇妙なことを言うな。私に色仕掛けは通じないといっただろう。その気はないと。」

 「そんなことはない!男でも……魅了させなかったものはいないのに……!」


 理解に苦しむピエレットに、公塚はため息をつき答えた。


 「お前の誘惑を受け付けない理由は愛だ。それで十分かな。」

 「妻帯者なら落としたことは何度もある……極度の愛妻家……ということ?」

 「妻帯者……?いいや私は独身だ。」

 「なら、どうして!愛ってなんだ!?」


 待っていましたと言わんばかりに公塚は答える。


 「地上に舞い降りた天使に、捧げる愛だ。」


 なるほど、狂っているのか。ピエレットは自信満々に答える公塚に対してそう分析した。魅了というのは相手の理性があることが前提。彼のように狂信的に何かにとらわれているものに対しては無意味だった。運が悪い。そんな警官にあたってしまったのが……。

 ピエレットは肩を落とす。完全にあきらめているようだと公塚は確信した。であるならば、後は時間勝負。何としても聞き出す。事件の真相を。


 「公塚くん、事件の真相だと言ったね。私に対して長時間の尋問をかけて、無理やり聞き出そうとしているつもりらしいが……。」

 「そんなことを言ったかな?結果的にそうなるかもしれないが可能性の話だ。」


 ずる賢い男だ。言葉の一つ一つが、裁判で不利にならないよう、アリバイ作りをしている。もっとも……。


 「君の前に担当していた警官から聞いたよ。なんでも外では、新政府が樹立して、旧政府の政治家たちが裁判にかけられて有罪となったらしいね。」


 チッ……あのアホどもめ。余計なことを話したようだ。その情報は実際のところピエレットにはあまりにも大きすぎる情報だ。前例がないので分からないが、革命前に収監されている犯罪者や被疑者たちは、革命後、新政府となるとどうなるのか。

 ましてやピエレットのやったことは今起きていることの扇動……無罪になる可能性が極めて高い。それはピエレットにとって希望の光であり、心を折り自供させるのが困難となる。


 「仮にそうだとして、それが何か関係あるのか?」


 とぼけた顔で、分かりきったことを公塚は聞き返した。内心諦めかけていた。ピエレットとはそんなに話をしていないが賢い男だというのは分かる。新政府樹立の意味など理解しているだろう……。表情にこそは出てないが、ため息をつきたい気分だった。


 「いやいや、私の仕事もこれで全て終わったということさ。お疲れ様、公塚くん。私の性別を見抜いたのは驚いたが、実のところ、もう私はどうでもいいんだ。あとは皆がやってくれるから。」


 その返答は意味深で、予想外のものだった。


 「皆……?皆だと!?なんだそれは!!皆とは誰だ!!答えろ!!」


 何か別の事件が起ころうとしているのか、公塚は一瞬にして頭を切り替え、立ち上がりピエレットに詰め寄る。


 「皆……この国の全国民だよ。レミングスさ。」


 それは謎掛けか、理解できなかった。だがすぐに分かる。この男の言った意味が。


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