武力恫喝、変わり果てた知人
観籠総理演説中に起きた発砲事件は連日報道が続いた。SPの発泡に正当性があったのか、過剰防衛ではないかという見方が強かった。撃たれた人物は急所に当たったらしく、まもなく死亡した。それだけではない。騒動でパニックとなった人々が将棋倒しのようになり、重症者、軽症者多数となっている。彼らはその時の騒動を、マスコミのインタビューで面白おかしく脚色していた。酷いものになると観籠総理が発泡したなんていうのもあった。
加速的にヒートアップしていく世論。瞬く間に言論弾圧、独裁政権、虐殺の始まりだと物騒な言葉が飛び交う。そしてその中心にいるのが、学校を占拠している反政府組織だった。
「やはり観籠は駄目だ!今は世論も味方してくれる!奴の辞任、いや解散総選挙を求めるべきだ!」
彼らは世論から最早、英雄扱いされていた。圧政に苦しむ国民に立ち上がるレジスタンス。そんな言い方までされる始末だ。
「辞任……?総選挙……?お前たち、甘いんじゃないのか?そんなことで何が変わる。辞任にせよ総選挙にせよ、頭が変わるだけだ。腐った体制は変わりやしない。頭だけでは駄目なんだ。」
「し、しかし二階堂。それ以上何があるというんだ?観籠は辞任、そして内閣は解散させる。政府に対してこれ以上ないぞ。」
「もう一段階あるだろう?俺たちが成り変わるんだ。腐った政権を打倒し、国会を乗っ取る。そして作り出すんだ。俺たちの、いやこの国みんなのための新しい政治を。」
全員が二階堂の言葉を聞いて黙り込む。直接的な言葉を使っていないが、二階堂の言うことはすなわち、国家転覆……革命である。皆、そこまで考えていなかったのか、周囲の人々の反応を伺っているかのように目が泳ぐ。
「クーデターの計画を入手した。軍隊の一部が観籠に反感を抱いており、俺たちに協力してくれるらしい。ここに弾薬庫があるのは知っているな?ここをまず占拠して武器を入手する。手引きは軍に通じている協力者がしてくれる。」
二階堂は地図を開き計画を語りだす。弾薬庫から一直線に国会と首相官邸に向かう。協力者のリークを仄めかすかのように、弾薬庫内の配置図と、国会、首相官邸のスケジュール表もある。皆が息を呑んだ。どんどん具体化していく計画。ドラマのような出来事が現実、目の前で起きている。
「目を覚ませ!最早、好機は今しかない!!今、観籠に対する世論は天井と知れ!!世論が、俺たちを味方している今しかできないことだ!!想像してみろ、巨悪を、悪の枢軸を、この国の腐敗を、俺たちが除去したときの姿を。俺たちは今日、英雄になるんだ。」
全員が見渡す。そして一人が呟いた。
「……もしかしたら本当にやれるかも……。」
その呟きは伝播していき、少しずつ大きくなっていき、いつの間にか皆が叫んでいた。
「やれる!俺たちはやるぞ!!英雄だ!!俺たちが国を変えるんだ!!!」
全員がまるで、自分に言い聞かせるかのように、自分の正当性を確認するかのように叫ぶ。それは大合唱となって、集団心理となり組織全体へと拡がっていく。そう、彼らの思いは今や一つとなったのだ。例えそれが、滅びに向かう誤った道だとしても、彼らにはもう周りが見えない。ただ一つの到着点だけを見つめ、走り続けるのだ。ブレーキの壊れたトロッコのように。
早朝のことだった。
官公庁舎を中心としたこの街は、いつものように静寂で満ちていた。この街には娯楽施設の類はない。どこも役所関係の建物や企業ビルばかりで、昼と夜とで人の活気がまるで違うのだ。まだ電車も動いていない。これから動き始める、そんな静かなとき。
欠伸をかきながらいつものように国会議事堂を警備していた。そろそろ交代のタイミング、最近の観籠騒動で警備は厳重となっていて、疲労のピークだった。彼はツイていない。よりにもよって、こんな日に夜勤だったなんて。
突然の火薬音。いや、これは銃撃だ。落ちかけた瞼を上げて、監視カメラの様子を見る。しかしモニターは全て砂嵐。何が起きているのだ。
慌てて、非常体制通報ボタンを押そうとしたが、既に遅かった。銃撃音はすぐ近くで起きていた。それはつまり、すぐ近くにいるということだ。ドアごしに銃声が鳴り響く。警備員は突然のことで反応すらできず即死した。
下手人は近寄り腰の短銃で警備員の頭部を撃ち抜く。無線機を取り出した。
「警備室クリア。全員、政治家どもが来るまで待機せよ。」
国会議事堂の警備システムは既に手に落ちた。リーク者により警備システムが綿密に暴露されている。複数の警備システムによるチェック、定時報告、スケジュール……何もかもが無駄に終わる。
国会が始まろうとしていた。主な議題は現在、騒動の渦中にある観籠総理の不祥事と、国民たちの暴動について。議員たちは席につき、議長が開催の合図をしようとした瞬間だった。
「全員動くな!余計な真似をしてみろ!!」
銃撃音。軍用ライフルの銃弾が議場の天井を撃ち抜く。照明のガラス片がキラキラと落ちる。議員たちは悲鳴をあげた。だが、事態の深刻さを即座に理解し、静まり返る。
辺りを見回す。警備員の格好をしているが武装している。テロリストだ。
一人の議員が気づく。テロリストと思わしき者たちの中に……その者はいた。
「お、おいその服は……我が国の軍服ではないか!!」
「ご明察。ただのテロリストだと思ったかな?軍隊は既に我々の手中にある。勿論警察機関もだ。」
一度は静まり返った議場がどよめきだす。当然だ。これはテロではない。革命。国家転覆を目論む大犯罪だ……!
「静粛に静粛に!安心したまえ!あなた方議員の命を奪うつもりはない!この国を導いてきた先生方を殺してしまうなど、とんでもない!!」
二階堂はそう叫んだ。騒ぎ出す老人たちを安心させるように。
そう、殺すわけがない。殺してしまってはただの被害者として終わる。お前たちは、正式に司法の手で裁かれ死んでいくんだよ。
安堵する議員たちを見て、二階堂はそう邪悪な笑みを浮かべた。
「緊急ニュースです。本日、国会議事堂が武装集団に……えっ?違う?……失礼しました。新政府軍により奪還されました。これにより旧政府は全ての戦力を失い、解体することになっており……。」
ニュースの意味が分からなかった。新政府?そんなのいつできたんだ?言い方こそは変えているものの、これは革命ではないか。そしてテレビに映るのは二階堂……あいつ何をしているんだ?
いてもたってもいられず、走り出した。向かう先は新政府軍とか言うのが駐留している国会議事堂。
国会議事堂には多くのマスコミや見物客がいた。俺はそれを押しのける。入り口には見張りがいて俺の進入を拒む。
「二階堂に伝えてくれ!境野が来たって!俺はあいつの同級生だよ!少し調べればわかるんだから早くしろ!!」
俺の剣幕に圧され見張りは電話をした。しばらくすると扉を開けられたので中に入る。二階堂のいる部屋まで案内された。
「二階堂!お前、何してんだ!なんなんだよこれは!!」
部屋の中で雑務をしている二階堂に対して怒鳴り散らすが、二階堂は眉一つ変えず雑務をこなしすぎる。
「境野くんか、久しぶりだな。何ってニュースを見ていないのか?この国を変えるんだ。」
「お前のやってることはただの暴力革命じゃないか!お前、そんな奴じゃなかっただろう!人を傷つけ自分の意見を無理やり通そうとするなんて……どうしてしまったんだよ!!」
二階堂は鼻で笑う。ようやく雑務を止めたかと思うと、まるで愚か者を見るかのような目で俺を見つめる。
「境野くん、言葉ではね、変えられないものもあるんだ。君は今までその言葉で、大切なものを守れたのか?学校で落ちこぼれだと言われ続け、そんなことはないと証明したのは口ではなく、力だったじゃないか。自分のしてきたことを否定するのか?」
「そ、それは……。」
「私は変えたい。この国の人たちが悲しまないで、笑顔でいられる世界に。それがそんなおかしなことなのか?」
「いや!お前の言うことは正しいよ二階堂!でもそんなこと、観籠総理だってしていただろう!あんなニュースを真に受けてるのか?あんなのは……。」
「観籠が何をした?ずっと訴え続けたのに、何もしてない。あぁ、境野は観籠と付き合いでもあるのか?じゃあ仮に観籠がお前の言うとおりいい人だったとしよう。だがそれだけだ。いい人なだけで結果が伴わないのはな、政治家としては悪人なんだよ!!観籠は苦しむ国民を助けなかった!心の内なんて知らん!!やらなかった!その結果が罪なんだ!!」
───だからと言って。そう言いかけるも、二階堂は立ち上がり立ち去ろうとする。
「ニュースでもあるとおりこれから新政府立ち上げで色々と大変なんだ。なに境野くん。君もすぐに分かるさ。私たちの正しさがな。」
最早、言葉は通じないのだな……一人俺は部屋に取り残され、ただただ変わってしまった知人の姿に、何も出来ない無力さを感じていた。
家に帰る途中……街はお祭り騒ぎだった。新政府樹立に歓喜するものたち……人々は変化を求めていたのか、それとも嘘の情報に惑わされ観籠総理という悪のレッテルを貼られたものが打倒されたカタルシスに酔っているのか……それは分からない。今は観籠総理を含め、今人質になっている人たちが無事解放されることを願うしかない。
「ただいま……。ん?」
玄関を見ると見慣れぬ男性用の靴があった。誰か客が来ているのだろうか。リビングへと向かう。
「よっ、境野。お邪魔してるぞ。」
そこには磯上がいた。平然と。母さんやサキと一緒にお茶を飲んでいる。奥には高橋たちもいた。
「お前……何をしてるんだ?」
唖然とした表情で俺は立っていた。磯上が、あまりにも自然に我が家にいるのだから。





