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霧の世界、幼龍の慟哭

 仁の記憶を思い出す。そうだ、彼は魂を三つに分割したと言っていた。一つは自身の身体に、一つは俺の中に、一つは龍星会に。だが俺は、仁の死を三回見ている。

 一度目はまだ記憶のない時に、ナイ神父の手によって、二度目は有栖川の手によって、そして三度目はアバロンとの戦いの時に。消去法で考えると一度目に出会った仁が龍星会に託した仁だと思っていた。だが思えば……あの仁は何かおかしかった。タバコもコーヒーも苦手で……俺の知っている仁とかけ離れていた。何よりも、あの仁は、自身を"無明仁"と名乗っていた。どういうことだ?いや、そんなことは、今はどうでもいい。


 「仁!生きていたのか!良かった……本当に……!帰ろう、皆が待っている、ザリガニもバルカンもルナも。みんな仁のことを。」


 言い終える前に拳が飛んできた。俺は反射的に躱す。更に仁は踏み込み、正中線三連突き。加えて胸部に対し掌打。俺はたまらず距離をとる。


 「丈夫だな。殺すつもりだったんだが。」

 「仁、どうしたんだ、何をしているんだ?俺のことがわからないのか?」

 「わかるさ。メスガキが教えてくれたよ。境野連は死んだと。そして、境野連を名乗るものが現れるが、そいつは俺たちの敵だとな。」


 なにを言っているのか理解できなかった。俺が死んだ?現に目の前に俺はいるというのに、何を矛盾したことを言っているのだろうか。それに、仁がムォンシーの言うことを素直に聞いているのも違和感を感じる。俺は仁の後ろに控えているムォンシーを見た。彼女は期待に満ちた目で仁を見ている。


 「ムォンシー!お前、仁に何をした!!」


 俺の言葉にムォンシーは不敵に笑い、仁の背後に隠れる。仁はムォンシーを庇うように手をかざした。


 「助けて仁、あいつは私たちをいじめに来たの。倒さないと……きっとまた奪われちゃう。ねぇお願い仁、私を助けて……。」

 「あぁ、安心しろ。必ず守ってやるさ。」


 そう言って仁はムォンシーの頭を撫でた。ムォンシーは恍惚な表情を浮かべる。とんだ茶番だ。


 「そうかよ仁、お前あのメスガキにハニートラップでもされたのか?だったら……一度叩き直してやるよ。」

 「わけの分からないことを言ってんじゃねぇよ。」

 「いいや仁、お前は分かってるさ。気づいていないのか、先程からお前に頬を伝っているものが何か。」


 仁は俺に指摘され初めて気が付いたかのように頬に触れる。水滴が手のひらに染み込む。


 「これは……涙……どうしてだ?なぜ、俺は……涙を流しているんだ?」

 「それが何よりの証拠だ、仁。頭では分からなくても、心が魂が訴えているんだ。お前の本心を。」

 「違う!仁!騙されないで!!そいつはきっと精神操作系の術式だとかアタッチメントを使ってるわ!!気を確かに持って!」


 仁は頭を抱えるが、俺を無言で見つめ構えた。どうしてもやる気のようだ。


 「思えば仁、あんたとやりあったことはなかったな。ぶん殴ってでも、正気に戻らせる。」


 お互い構える。仁の戦闘スタイルは分かっている。豊富な術式により相手に合わせて戦い方を変える。自分の有利になるよう運んでいく後出しジャンケンのようなもの。だがそれは……一定の差が開いている場合のみに限る。

 動いたのは仁からだった。先程と同じように距離をつめ、急所を的確に攻撃。術式を使わないのは様子見か、それとも手札を隠したいのか。どちらにせよ、その油断が命取りだ。俺は仁の強さを知っている。だから最初から全力で、振りかぶる。


 「まるで大砲だな、だが温い。」


 俺の一撃を軽くいなした仁はそのまま俺の腕を掴み引っ張った。そしてみぞおちに膝蹴りを入れる。普通の人間ならそこで、倒れ込んでいただろう。やはりそうだ、仁は今……記憶がない。


 「悪いな仁、全力で行かせてもらうから。」


 みぞおちに入る膝を無視して、俺は仁を思い切り両手で叩きつけた。不可解な一撃に、仁は直撃して地面に叩きつけられる。


 「仁!覚えていないのか!お前が言ったことだ、俺の身体は特別だと!忘れたのか!あの日、俺たちはともに戦ったことを!一人この世界に紛れ込んだ俺を、真摯に世話してくれたじゃないか!」


 仁の脳裏には、霧がかかっていた。ずっと靄がかかっていて……先の見えない暗黒のようだった。だが……メスガキ……ムォンシーのことは覚えている。救けなくてはならない……では……今……俺に訴えているこの男は……誰だ?なぜ手加減をした?敵の俺に……?手加減?なにを言っているのだろう、なぜ俺はこの男が手心を加えたと、わかったのか。この男のことなど、何も知らないのに。


 「うるさい!うるさいうるさい!黙れよ!!仁に余計なことを言うなよ!!」


 ムォンシーが叫ぶと身体が突然動かなくなった。自由が効かない。何が起きている?


 「ほ、ほら……仁……おくすり……飲んで?病気がひどくなるから……今、調子が悪いのは……病気のせいだから。」


 ムォンシーは仁に駆け寄り薬を渡す。仁の様子は明らかにおかしい。


 「駄目だ仁!その薬をのんではいけない!」

 「うるせぇよ!なんで喋れるんだよお前黙れよ私と仁の間に入ってくんなよ!!」


 ムォンシーのアタッチメントは指先から強固な糸を出すことである。ただしその糸は自在に操ることが可能で、人の目には見えないレベルにまで細くすることも可能なのだ。糸を操り、縛り付ける。操る。締め付け破壊するといったことが可能となる。

 加えて彼女の恩恵は、生命のコントロール。アミノ酸で構成されている生命限定で、対象の構成物質を組み換え、作り換える。

 この二つの能力の組み合わせにより、対生命に対しては極めて有利な立ち回りをできるのだ。だが、此度の相手は違った。確かに生命ではある。だがその肉体は、有栖川によって構成された特殊素体。あらゆる面で下位互換となる彼女の恩恵では介入の余地がなかった。恩恵とはあくまで力の一端を授かるもの。だが有栖川は力そのものを振る舞っている。故に性能の格差は必然だった。


 更に強い力がかかる。分からない。ムォンシーの力なのは間違いない。だがどういうアタッチメントなのか、いや亡霊なのだから恩恵の可能性もある。だが完全に自由を奪っているわけではない。無理やり力を加えれば、まるで拘束具を引きちぎったかのような感覚とともに身体の自由は戻る。

 仁が薬により、正気を失っていることは分かった。ならばその全てを吐き出させる。

 未だ頭を少し抱えふらついている仁は隙だらけだ。俺の身体はギシギシと音を立てる。またムォンシーが何らかの能力で俺の動きを制限しているのだろう。更に更に強く。だが締め付ける力はいくら強くなっても同じことだった。本気で振り払えば、簡単に拘束は解ける。俺は身体の違和感を無視して仁に向かって走り出した。ムォンシーの悲鳴が聞こえた。


 狙うは仁の腹部。思い切り叩きつけて吐き出させる。距離を詰めようとしたが、顔面に鈍い痛みが走った。仁の攻撃だ。見えなかった。何らかの術式だとは思ったが違う。既に仁は気分を悪くしつつも、構えていた。恐らく高速な縦拳。接近する俺に置くように合わせ、そしてノーモーションで突き出した。故に動きが読めず、まるで突然痛みが走ったように錯覚する。

 そして仁は一定の距離をとった。先程の俺の無茶な攻撃から、近づかせてはならないのだと考えたのだろう。しかし、その動きは突然ムォンシーの前でピタリと止まる。俺はその隙を逃さず、再度距離をつめた。また来た。見えない打撃。確かに見えない。だが、来ることがわかっているのなら、その痛みに耐えながら、無理やり距離をつめて、空いた腹部に拳を叩き込む……!


 「がっ……ぐっ……!」


 仁は悶絶した。だが距離をとろうとしない。術式も使わない。何故だかは分からない。だが、俺はそれを考える余裕もなく、更に追撃。仁は苦しみ悶え、吐き出した。

 うめき声を出してその場に崩れる。やりすぎたかもしれない。俺は少し不安になって不用心に仁に寄った。手を伸ばしたその時、違和感を感じた。手に護符が、大量についている。

 手を引こうと思った時には既に遅い。護符を中心にとてつもない重量を感じた。俺はバランスを崩して前方に倒れ込む。いや、倒れ込む前に、仁のアッパーカットを食らう。今までとは別次元の痛み。身体に響き、まるで重機に正面衝突したようだ。


 仁の様子が変わった。俺の周囲を護符が取り囲む。それらは全て意思を持つかのように動き出し、それぞれが独自に俺めがけて動き出した。いくつかが俺に触れる。それは衝撃波であったり、熱であったり、病であった。様々な属性を持つ護符が俺の周囲を取り囲む。

 たまらず俺は一度、距離をとった。だが、それこそが仁の狙いであったのだ。俺が引いた瞬間、それをまるで知っていたかのように仁も詰める。あまりに早い動きだった。よく見ると仁の背中にいくつもの護符が展開されていた。それは加速装置となって、強制的に肉体の限界を超えて加速したのだ。狙いは一つ。俺を小手先の技では倒せないと知り、直接術式を叩き込むために……!

 その一連の所作はまるで静かにそして正確に、時が止まったようだった。錯覚した。仁に無数の手が生えたように見えた。だが違う。仁の腕は一つだ。これはあまりにも自然に、あまりにも素早い動きが脳を錯覚させ、無数とも言える攻撃に見せている。俺がやるべきことは一つ。数で責めてくるのなら、俺は思い切り力をこめた一撃で応える。俺は仁と違い、そんな技術はないのだから。


 俺の一撃はいくつもの防御をくぐり抜けて仁に入る。仁の連撃もまた俺の全身全霊の一撃を可能な限りいなして、俺に叩き込む。仁は多彩な動きで、俺を翻弄しつつあらゆる方面から攻撃を加えてくる。対して俺はそれに合わせて力任せに相打ち覚悟で全身全霊の一撃を叩き込む。手数こそは仁の方が上であったが、双方のダメージは互角であった。


 仁は考えていた。どうすればこの男を倒せるのか。いかなる攻撃を与えても決して倒れず、相打ちを覚悟の上でカウンターをしかけてくる。身体の節々が痛む。だが……何故なのだろうか。殴る度に殴られる度に、俺の頭の中は一瞬の閃光が走る。それが何なのか分からない。ただ、その閃光が走る度に俺の心は熱く燃えて、そして心にヒビが入るような、そんな感覚を覚えた。この男は何者なのだろう。そんな興味すら、殴り合っているというのに湧いてきた。

 ムォンシーは言っていた。境野連は死亡したと。バルカンもザリガニも皆、死んでしまったと。全て俺のせいだ。護ることができなかった。巻き込んでしまった。俺のせいで。だから俺はもう二度と倒れるわけにはいかないというのに、どうしてこんな。


 連の拳が仁を叩きつけた。まただ、火花が、俺の心を締め付ける。殴られれば痛い。当然だ。だが違う、俺が本当に痛くて苦しいのは心だ。殴られる度に、殴る度に心が剥がれ落ちるようで、靄がかかった世界は炎に包まれる気分だった。


 連の動きが止まった。情けをかけているのだろうか。違う。俺は……既に俺の動きが止まっていて、一方的に殴られていたのだ。ムォンシーを護らなくてはならないのに。何故、どうして俺は動けないのだ。


 「仁、ザリガニは一人、お前と別れたあとも戦っていた。ずっとずっと、仁が守った俺とともに、有栖川にたどり着くために。バルカンはまだあのカフェにいる。お前の死を認めていなくて、ずっと酒浸りになっていた。待っていたんだ!」


 ザリガニ、バルカンは死んでいない……?何故だ。何故その言葉が、今度は胸に響くのか。この男は何者なんだ。何故俺の胸をここまで熱くさせるのか。霧がかった世界に、少しずつ走る閃光は、やがて強い光となって霧を照らす。

 既に気力だけで立っていた身体がふらつく。戦意を完全に失った俺はバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。それを連は支えた。


 「連……お前……生きて……いたんだな。」


 涙が頬を伝う。何故かは分かりきっていた。確かにそこにいる。護れなかったと思っていた大切なものが。


 「帰ろう仁、みんな待っている。」

 「あぁ、迷惑かけたな連。詳しい話はその後だ。」


 仁は護符を自らの身体に貼り付けると、淡い光を放つ。俺がつけた痣が少しずつ消えていった。応急処置なので完全な回復には至らないが、それでも一人で走れるくらいには回復するという。


 「ふざけないでよ!!」


 立ち去ろうとする俺たちをムォンシーは呼び止める。怒りに満ちているかと思ったその表情は、年相応に今にも泣きそうな、涙を堪えながら必死の形相で俺たちを見ていた。

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