再会、そして深海に蠢くもの
ブロッサムフラワーの内部にはモニターがあり、外の様子を見ることが可能となっている。ザリガニの改造によりその性能は飛躍的に向上し、全周囲モニターとして周囲の様子が手に取るように分かる。
兵器として開発されたブロッサムフラワーはまず、最初の加速に専用の加速装置、カタパルトのようなもので射出される。そのためパイロットは衝撃に耐えるため耐衝撃スーツが義務付けられる。俺は不要なのだが流石にハオユは装備していた。
その後、ブロッサムフラワー本体に搭載された推進剤により加速するが、長距離射撃を想定しているため、推進装置が別に取り付けられている。ロケットのようにその役割を終えたらパージされる仕組みだ。更に爆薬の量も減らされ、その分、推進剤を多く搭載できることになったため、従来よりも速く、そして長期の運用が可能となった。
ガタン、揺れる音がした。加速装置に装填されたのだ。いよいよ戦いが始まる……俺は生唾を飲み込む。
「へへ……兄貴も緊張してるんですか?俺もですよ、震えが止まらねぇ。命が怖いからじゃない。たった二人で、龍星会を、いやこの世界を救うなんて、今までの俺には考えられなかった。これは武者震い、クズの俺が、こんな大任を任されるなんて、たまらねぇ。」
ハオユは既にアタッチメントを展開していた。鎧状のアタッチメント。俺と初めて出会った時は無敵と自称していたが、俺の手により破壊されたことから"ほぼ"無敵と言い換えてるらしい。だが、その能力は重戦車をも正面から倒せる能力。深海の水圧も、加速装置の衝撃も、ものともしない筈だ。
「ブロッサムフラワー、発射準備完了。カウント入ります。3、2、1……発射!!」
轟音とともに世界は加速した。そして一瞬にして世界は変貌する。全周囲モニターに映るのは深淵。光すら届かない深海の景色。ライトこそは装備されているもの、反射するものがない深海において、それはほとんど意味をなさなかった。
「レーダー反応は正常、前方に洛神!兄貴、来ますぜ!!洛神からの攻撃だ!!」
当然、俺たちの行動に指をくわえて見守るはずがない。洛神から大量の熱源反応。その数、数十……数百……魚雷の絨毯爆撃だ。
「ハオユ!避けれるか!!」
「無理です!可能な限り、被害を抑えやす!!」
俺たちは衝撃に備えた。怖いのは爆薬に引火することだ。作戦は洛神に突っ込み、潜入すること。火力不足により穴を空けることすらできなければ、俺たちのすることは水の泡だ。
後ろから甲高い音が聞こえた。レーダーを見る。前方と同じく多数の熱源、いやそれ以上の数。
「案ずるな、境野くん、チャンくん!君たちの道中の安全は!我々が必ず確保する!!」
無線から観籠総理の声が聞こえた。俺たちのために放った支援射撃。
それは対魚雷迎撃魚雷、名をシーモスキート。魚雷本体に取り付けられた誘導制御装置により、対象熱源を探知し相手の魚雷に向けて発射される。それは対ミサイル防衛装置と仕組みは類似している。小型の魚雷は相手魚雷に接触した瞬間爆発、これにより相手の魚雷を無効化するのだ。
「ハオユ!衝撃に備えるんだ!!」
漆黒の世界に、一瞬の閃光。軽い衝撃とともに前方の熱源の大半が消滅した。いける。これなら速度を維持したまま、いや更に加速させて突っ込める!激突時のエネルギーは当然速度が高い方が上である。ブルッサムフラワーは更に加速していき、時速は300、400、1000……もはや並の人間では内臓が破裂する速度に到達していた。
そしてライトの先に映るものがあった。巨大な人工物。
「見えた!洛神だ!!ハオユ!!返事はいらない!!そのまま全力で突っ込め!!!!」
加速を続けるブロッサムフラワー、もはやその速度はマッハに到達しようとしていた。センサーは限界を超え、モニターにノイズが走る。その瞬間、一瞬だった。見えたのだ、おぞましい何かを。洛神の周囲に張り付いた、"人型"の何かを。
「───なっ!?」
俺の思考が整理する間もなく、強い衝撃が響き渡る。爆発音。俺たちは洛神に直撃したのだ。
「ゲホッ!ゲホッ!やべぇぇぇぇ!!俺生きてるぅぅ!!」
ひん曲がったブロッサムフラワーを内側から力任せにぶっ壊して、俺たちは外に出た。ハオユはひとまずの生還に感動している。
洛神の中は、話に聞いた原子力潜水艦とは異なり、解放感あふれる広々とした空間で、ところどころ観葉植物も置かれている。ここは一体……どこなのだろう。
だがそんな余裕はない。後ろを見ると、俺たちが入った穴から水が入ってきている。水深5000メートルの水圧は容赦なく穴に押し寄せてきて、とんでもない勢いとなって浸水するのだ。
「このまま洛神を沈めちゃ不味いよな……ハオユ、とりあえずこの穴を塞ぐぞ!!」
勿論、そのことは想定内。ブロッサムフラワーには艦内修復剤も載せていた。これで穴を応急的に防ぎ、浸水を抑える……のだが……。おかしい。入ってくる水の勢いは小さくなってきている。そしてそれは……ついに完全に塞がった。
不思議に思い近寄ると、損傷部にまるでブロッサムフラワーを締め付けるように泡状に膨らんだものが敷き詰められていた。
自動修復機能。海水に反応し、ある程度の破損であれば膨張し、隙間を埋める材質のものがある。もしかすると洛神にはそういう素材が使われているのかもしれない……というレクチャーは受けたが、実際目にするまで信じられなかった。これも技術の賜というわけなのか。
「まぁ手間が省けて良かった。ハオユ、ムォンシーのところまで案内してくれ。」
ハオユは任せてくださいと胸を張る。だがそれはすぐに警戒態勢に変わった。俺も同じだった。騒ぎに聞きつけてやってきたのだろう。奥に、ドアの向こうに誰かいる。
「誰かと思ったらハオユか、何しに来た?帮主の靴でも舐めて、忠誠でも誓いに来たのか?」
「知り合いかハオユ?」
「へ、へい兄貴……奴は陳光南。龍星会四神将の一人、白虎を司る超人です!!」
龍星会四神将。それは中国神話における四神をあやかり組織された龍星会最高幹部たちのことである。龍星会の頭目を中心に位置する黄龍として、黄龍を守護するものたち。即ち四神である、白虎、朱雀、青龍、玄武で構成される。その実力は、名前に違わず圧倒的な力と凶暴性を有していた。
「お前たち二人だけか?洛神の侵入者は舐められたものだな、この白虎が相手してやろう。そして震えるがいい。チャイニーズマフィア龍星会を敵にまわたこぼごぉ!!!?」
長くなりそうなので、俺は白虎を思い切りぶん殴った。白虎はそのまま吹き飛ばされ、壁に激突し白目を向いて泡を吹き気絶した。
「ハオユ、時間がないんだから早く行くぞ。」
「兄貴ぃぃぃ!!マジでかっけぇっすわぁぁ!!一生ついていきますぁぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ハオユは俺に抱きついてきた。やめろ気持ち悪い。誰が好き好んでむさいおっさんに兄呼ばわりされた挙げ句、抱きつかれないといかんのだ。
侵入者の様子は既に龍星会に伝わっていた。洛神内にある監視カメラ、警備システム。それらが侵入者の様子をリアルタイムに補足し、情報を伝えている。
「白虎がやられたようだな……。奴は我々四神将の中でも一番の新参……仕方あるまい。だが朱雀はそう容易くはやられない。奴は朱雀の名に相応しく不死身の……。」
モニターでは朱雀がワンパンでやられていた。その様子を玄武と呼ばれる男は見ていた。
どういうことだ?ハオユの傍らにいる、兄貴と呼ばれている男は。先程から四神将が相手になっていない。我々が、洛神の中で計画を練っていた間、外で何があったのだ。あれではまるで……まるで仁の再来だ。
「帮主!そちらに侵入者が向かっております!!どうか避難を!!」
「ふぇ~……えへへぇ……仁~。」
無線機を叩きつける。ヤク中のクソガキが。
玄武は元々、ムォンシーが頭目となることに反対していた。彼が崇拝していたのは、あくまで先代頭目。血縁関係にあるとはいえ、そもそもあのメスガキはただの使い捨ての予定だった。それを仁に全て邪魔されてから無茶苦茶だ。
故に組織のために、毒を盛った。幼き頭目をクスリ漬けにして、正常な判断がとれないように。玄武はムォンシーの影で、龍星会を支配することを目論んでいたのだ。そのためのトライビクター。本作戦も、全ては我が真の帮主である、先代頭目、バイロン様の為。
だが……クスリを与えすぎた。もうあのガキはマトモな神経をしていない。正常な判断能力すら欠如している。いるはずもない想い人の幻覚と幻聴に溺れ、更にクスリの量を日に日に自ら増やしていた。
ならば俺のするべきことは一つ。あのメスガキを囮にして可能な限り時間を稼ぐ。メスガキの傍には青龍も控えている。青龍……我ら四神の中で黄龍以外に龍の名前を冠するもの。それは頭目の絶大な信頼と、圧倒的実力を有したものにのみ就くことができる立場。白虎や朱雀とは格が違うのだ。使い物にならないクソガキだったが、最後くらいは囮として存分に俺の役に立ってもらうとしよう。
玄武は洛神内のセキュリティルームに入った。緊急防護システムを起動。あらゆる隔壁を稼働させる。本来は侵入した水や、船内での火災時の延焼を防ぐためのものだが……。侵入者を防ぐ役割も果たせる。そう思ったのだが……考えが甘かった。
「なんなんだこいつは……。」
奴は、侵入者はまるで飴細工を壊すように、隔壁を次々と壊している。直進している。メスガキのいる部屋まで。悪夢だ。あの時、仁がバイロンを痛めつけたあの時と同じだ。理不尽な進行、あの男が、全てをぶち壊しにしたあの憎き男が、ハオユが兄貴と慕う男と重なる。
玄武は意を決して走り出した。青龍がどのくらい持つか分からない。メスガキの命乞いがどのくらい時間を稼ぐか分からない。急がなくてはならない。全てはバイロン様のために、全ては龍星会のために。
一体いくつもの隔壁を壊したのだろう。突然俺たちの侵入を拒むように現れた隔壁たち。
破壊しながらも駆け抜ける。次々と閉まっていく隔壁。きりがない。
「なっ!?」
突如、異変を感じた。破壊した筈の隔壁が……まるで生き物のようにうねっている。これは……どういうことだ。ハオユもまた困惑していた。初めて見る光景のようだ。そしてその隔壁は、急激に膨張し始めた。
「ハオユ!危ない!!」
叫びをあげた時には、俺とハオユの間に、新たな隔壁が生まれた。どういうことだ、これも新技術というやつか?あまりにも有機的すぎるこれが……?
「兄貴!俺は無事です!!先に行っててください、兄貴ほどではないですが、時間をかければあっしでもこのくらいの壁なら壊せます!ムォンシーの部屋はもう直進すればつきます!あっしの代わりに、でかいのぶちこんでください!!」
ハオユは壁の向こうで叫んだ。無事で安心した。俺はこの異様な光景に少し、困惑しながらも、気持ちを切り替え突き進んだ。全てを破壊して目的地まで突き進む。いい加減、面倒に感じてきたその時、ようやく終わりが見えた。今までとは一際異なる空間。特別な装飾が施されている空間。
「いかにも偉い人がいますって感じだな……。」
そう呟き、俺はドアを蹴破った。部屋の中にはムォンシーがいた。ベッドの上で、仮面を被った男に寄り添いながら、ブツブツと呟いている。あいつは知っている。有栖川と対峙したときに、ムォンシーが傍らに連れていた男。
仮面の男は俺に眼中がないようだった。ムォンシーの頭を撫でながら見つめている。まるでそれは、迷える子羊を慈しむ聖者のような姿だった。
「ムォンシー!俺が分かるか!境野連だ!!お前、何してるのか分かってるのか!!?」
「境野……連……?」
仮面の男が手を止めて立ち上がる。それを名残惜しそうにムォンシーは手を伸ばした。
「なるほど、ついに来たのか。聞いているぞ。お前が来ることは。」
「誰だお前は、邪魔をするなら……。」
俺は絶句した。仮面の男は自らの仮面をとり、その姿を露わにする。
その姿は紛れもなく、境野仁そのものだった。





