洛陽の時、海に咲き散る桜
原子力潜水艦、潜水空母洛神。確認された武装は弾道ミサイル、巡航ミサイル、小型誘導ミサイル、水中発射管一式、その他未確認兵器多数。巡航速度は60ノット、時速にして約100キロ。全長概算にして300メートル。現在、水深5000メートルを潜水中。総じて、現代科学の限界を超えた能力、規格外の怪物である。
これに対し我が軍が所有する原子力潜水艦の巡航速度は30ノットが限界。即ち、海中から洛神を捉えることは不可能である。
では空からの攻撃はどうか。既に偵察機を何機か飛ばしていたが、一定範囲に近づくと、武装されたミサイルが発射され確実に仕留めてくる。それでも所詮、一機の潜水艦。物量で勝る我々に負けるはずはないと踏み、多国籍軍を編成し大部隊で臨んだが、ミサイルは際限なく発射され、また原因不明の兵器により空母も全滅。近辺に展開した部隊は全て全滅した。
まさに海中に潜む荒神。人の手に及ぶものではない、正真正銘の戦略兵器そのものである。
「多方面から誘導魚雷を発射、更に回避ルートに機雷を配置するのはどうか?」
「撃破するだけならば、それで問題はないのかもしれません。ですが現実的ではないでしょう。トライビクターは今も散布されています。下手に撃墜した結果、深刻な海洋汚染に繋がります。何せ今でさえこの状況です。もし洛神に積まれているトライビクターが全て海中に溶け込んだらどうなるか……世界は滅びかねません。」
「つまり、潜入任務は必要不可欠というか……だが偵察機は全滅……武装は尽きる気配はない……一介のマフィア風情が、どうやってこんな兵器を隠し持っていたのだ?」
今、俺とハオユは重要参考人として多国籍軍作戦本部に連れてこられている。軍人たちは若い俺のことを怪訝な目で見ていたが、すぐに目線を作戦資料に戻した。
話から察するに軍隊の手をもってしても、洛神への対抗は困難であるようだ。何よりも厄介なのは毒薬トライビクターを散布しているということ。ということは当然、未だ大量のトライビクターが洛神の中にはあるわけで……迂闊な攻撃もできないのだ。
「いや、一つだけ方法があるよ。観籠総理。」
全員が俺の方を振り向く。今言ったのは俺ではない、俺のスマホだ。ザリガニは当たり前のように俺のスマホをハッキングしてくる。
「誰だ君は……何者だ?」
「僕の名はザリガニ、あぁ……君たちにはプロキオンと名乗ったほうがいいかな。」
「プロキオンだと!?あの……いくつもの犯罪シンジケートやマフィア壊滅に協力した匿名ハッカー集団のことか!!?」
「それそれ。ほらプロキオンの電子認証だよ。もし信じてないならこれで照会するといい。ちなみにプロキオンは僕一人しかいないから集団は間違いだ。」
軍人たちがざわめき出す。プロキオン……一年くらい前に突如出現した、公安や軍上層部に接触し、完全匿名で反社会組織を潰す材料を提供し、時には電子戦をサポートする謎の存在。その卓越した実力から、影の軍隊とも関係者からは称され畏れられていた。そしてそれは当然……組織のことだと思われていた。個人でやれるレベルを超えているからだ。
「知ってるよ。君たちが開発している非人道兵器ブロッサムフラワー。あれを使えば、たかが60ノットの潜水艦なんてすぐに追いつく。ここにも持ってきているんだろう?司令官どの?」
ザリガニの言葉に一人の将校が狼狽えた。全員がその将校に目線を向ける。ザリガニの言葉に心当たりがあるようで言い淀んでいる。
「リーフベルド総司令。何かご存知なのですか?」
「うっ……いや……それは……。」
「嫌なら僕が教えるよ?」
ザリガニの言葉にリーフベルドと呼ばれた軍人は諦めたように話した。ブロッサムフラワー。正式名称はFGW-004。彼の国で開発された兵器の通称である。加速していく現代科学技術、それに伴い兵器もまた進化していく。当然ながら従来兵器に対する無効兵器も多々発明された。彼の国は考えた。このままではイタチごっこだ。確実に相手を死に至らせる兵器が必要だと。そして開発されたのがブロッサムフラワー。その兵器は……。
「対潜水艦魚雷に人を載せて操縦するもの……だと……?」
「そのとおり……中に人を乗せればいかなる不調にもある程度対応ができるし、最悪マニュアル操作で敵艦に攻撃することができる……。電子戦に弱い我が国が得た一つの答えだ。」
「なんだその兵器はッ!そんなもの連合が許すと思うのかッ!?」
「まぁ兵器の是非はともかくとしてだ。重要なのは高速で海中を移動する小型潜水艦の技術があるということさ。爆薬の量を減らして、洛神に少し穴を空ける程度でいい。そこから侵入するんだ。」
「馬鹿な!?爆薬を減らすとはいえ、60ノットで巡航する潜水艦に追いつくということは、相当の速度が必要!パイロットの身体が持つはずがない!!仮に無事だとしても、水深5000メートルの水圧、一瞬にして襲い来る圧力に耐えるものなどいるのか!?」
「それがいるんだよ、ここにね。境野連。彼なら耐えられる。」
かつて俺は東郷によって深海に送り込まれたことがある。その時も何とも無かった。爆発の衝撃など今更だ。ザリガニはそこまで知っていたというのか。
「馬鹿を言うな!彼は子供だぞ!?こんな大事なことを頼めるか!!」
観籠は叫んだ。全員が静まり返った。
「確かに子供だが、君たちの思うより遥かに頼りが……。」
「そうではないッ!いいか、子供というのは国の宝だ、護るべきものなのだ!それを戦場に、死地に喜んで送る総理が……否!大人がどこにいる!!ザリガニといったか。君の意見は参考になった。全軍に耐衝撃能力を持つアタッチメントを持つ軍人を探させる。公塚くん、我々の国の話だ。できる限り、我が軍から適性者を探し出すぞ。」
「……総理、お言葉ですが……今から全部隊を探し出し仮に適性者を見つけたとして……どうやってここに連れてくるのです?インフラは今、壊滅状態です。であるならばヘリでの輸送となりますが、お忘れですか。"ここは既に洛神の射程範囲なのです。"故に見つけたとして、安全地帯にヘリを下ろし、その後対ミサイル防衛兵器を積んだ車両で護衛の上、連れてくる必要があるのです。とても現実的ではありません。海外からならば尚更です。」
「……くそっ!!」
机を乱暴に叩く。誰もが分かっていた。今、この状況下で、浮かび上がった蜘蛛の糸とも言えるか細い策。それを実行できる者がたまたま目の前にいる。これは偶然といえるのだろうか。人類に残された、明日のためへの希望ではないだろうかと。
「総理、行かせてください。俺なら大丈夫です。」
その目には迷いは無かった。死ぬかもしれない。いや仮に生きたとしてもその先は、得体のしれないマフィアの巣。地獄が待っている。だというのにこの少年は、どうしてそんな目ができるのか、どうしてそんな心でいられるのか。地獄を潜ってきたのだ。想像もつかない、恐ろしい地獄を。観籠は涙を流した。不甲斐ない自分と、少年をここまで追い詰めてしまった、我が国の現状に。
「君は……どうしてそう……。分かった……!全軍、彼を、境野連をこれより全力でサポートしろ!リーフベルド総司令!貴方はブロッサムフラワーの準備と改造を!可能な限り作戦の成功を上げるために!!」
「だ、駄目だ!駄目なんだ!!」
リーフベルドは堰を切ったように叫んだ。
「ブロッサムフラワーは二人乗りなんだ!一人乗りに改造することも可能だが……訓練をしていない民間人に、その操縦は不可能だ!!」
つまり……強い衝撃に耐えることができて、最悪水深5000メートルの水圧に耐えられるものがもう一人必要となる。そんな人物が都合よく……そんな……ん?
「ハオユ、お前のアタッチメントなんだっけ?」
「え?ほぼ無敵になれる能力……あっ。」
ブロッサムフラワーは急ピッチで改造が進められた。無駄な爆薬を減らし重量を落とし全体の性能を向上。また訓練していない俺とハオユに合わせて操縦システムの簡素化。ザリガニの指示のもとOSの更新。これにより飛躍的に能力は向上し、操作も幼稚園児でも操作できる(ザリガニ談)ものとなった。
「まさか子供とマフィアに世界の命運を託すことになるとはな……。」
観籠は呟く。ブロッサムフラワーのレクチャーを必死に受けている二人を見つめながら。だが後悔しても仕方ない。決まったことなのだから。ならば我々のやることは一つ。彼らを無事に送りつけるために、全力でサポートする。それがせめてもの、大人としての仕事なのだから。