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桃源肉林、穢されし大海原

 夜の海は不気味なものだ。あれだけ美しかった景色は打ってかわり、底の見えない、原始的恐怖を思い出させる。それでいて街の灯りは既に消えていて、月明かりだけが海岸を照らす。神秘的で恐怖的な光景。静かな夜に波の音だけが聞こえる。


 「強引だね、だが助かったよ。まさか屋外の方が安全だとはね。人気がまるでない、静かな夜だ。」


 ピエレットの金色で長い髪が月明かりを反射し、先程見た姿とはまた違った雰囲気を出していた。それは一つの芸術品のようで、思わず言葉を失う。


 「ねぇ境野くん。このまま……どこか遠くへ二人で逃げてしまおうか?なに、君を非難するものなんていないよ。いずれ警察がやってくる。こんなことをした卑劣な犯人が捕まるのは時間の問題さ。」


 僅かに笑みを浮かべ、ピエレットは俺の手をとる。こんな卑劣な行いを、見過ごして無様に逃げ出しても全てを許すと。慈愛に満ちた振る舞いで、俺の目を見つめる。


 「いや、駄目だ。仲間を放っておけない。それに……。」


 もしかすると亡霊が絡んでいるかもしれない。勿論、根拠はない。だが、仮にそうだとしたら、見過ごすことは尚更できないのだ。


 「大丈夫、ピエレットが安全に避難できる場所をまず探す。それからは俺一人でやるから。」


 俺は周囲を見渡した。ここはリゾートホテルでプライベートビーチ。つまり周囲に住居などはない。であるならば……どこか適当な隠れられる場所を見つけて……。


 「やれやれ……分かったよ。避難場所なんて探す必要はないよ。私も手伝おう。君の犯人探しにね。」

 「いやダメだ。これからホテルの調理室に行く。夕食に毒が盛られたのならそこが一番可能性が高いからだ。そしてそれは折角逃げ出したのに、無駄なことになる。」

 「そうだが、仕方ないさ。私もね、仲間が被害にあってるんだよ。紹介しただろう。放っておけないさ。それに安全なところというがね……。」


 ピエレットは俺の腕をとり抱きしめた。


 「君の隣ほど、安全な場所はないよ?よろしく頼むよナイトさん?」

 「いや、守りきれる自信がないから、こうして避難をお願いしてるんだけど……。」

 「無粋だな。こういう時は自信がなくても、わかりましたと答えるものだよ。大丈夫、もしなにがあっても君を恨みはしないさ。私が選んだことだからね。」


 これ以上は押し問答になった。ピエレットは意外と頑固な性格をしているようだ。仕方ないのでピエレットと共にホテル本館に足を踏み入れた。


 ホテル本館内は別館よりも酷い有様だった。荒れ果てたロビー、聞こえる奇声。秩序が崩壊していた。気づかれないようこっそり、レストランへと向かう。宿泊こそは別館だが、食事は本館で助かった。位置関係はある程度、把握している。

 調理室には誰一人いなかった。まぁ夜遅い時間外なので当然だ。早速冷蔵庫などを漁る。


 「見た目は普通の食材しかないな……。まぁ実際、夕食時は何ともなかったし当たり前か……。」

 「そうだね。それにホテルの夕食に毒を盛るとしてもなぜ従業員まで被害が出ているのかも謎だ。もしかすると、もっと大本……ホテルにいるものなら誰もが口にするものに盛ってあるのかも。」

 「そんなものあるのか……?」


 ピエレットは蛇口を撚る。水が出てきた。俺はハッと気がつく。


 「そう水。みんな平等に口にするはずさ。ホテルなら屋上に受水槽があるんじゃないか?そして受水槽は水を貯留するもの……そこに薬物を仕込めば問題ない。」


 なるほど……確かにそれは冴えている。屋上まで行くのは大変な道のりかもしれないし、薬物中毒者達に追い込まれると逃げ場がないが……行く価値はあるかも。


 「よし行こうか屋上へ。大丈夫、君なら誰が襲ってきても倒せるだろ?」


 ───いや、何かがおかしいぞ。水?確かにピエレットの言う事は理屈が通っている。だが変だ。違和感……それが俺の心に引っかかる。


 「……?どうしたんだい?早く行こう。さっきみたいに襲われると面倒だろう?」


 そうだ。俺たちは今の今まで別館で"従業員に"襲われたじゃないか。別館だ。屋上にある受水槽はあくまで本館に流す水のためのもの。別館は関係ない……!意味がないんだ。


 「屋上に行くのはやめだピエレット。忘れたのか?屋上受水槽の水は別館には流れない。」

 「……あ、そうだね。すまない。では一体毒はどこから……。」


 俺は冷蔵庫に入っていた材料を見る。野菜……魚……海沿いなだけあって海鮮を推しているのだろう。肉の類は一切ない。そういえばホテルの人が言っていたな。この辺は海鮮が自慢で……牛豚鳥の肉など食べる人はいないって……。

 魚をつかむ。一見普通の魚だ。


 「まさか……そんな筈はないよな……。」


 魚の腹を引き裂き、内臓を取り出す。そして内臓をさらに引き裂く。すると……出てきたのは……無数の小さな虫だった。寄生虫……。珍しくもない……ないのだが……。

 俺は他の魚や貝も同じように引き裂く。ピエレットは俺の行動に驚き、止めるが無視した。引き裂いて引き裂いて……みんな同じだ。同じ寄生虫が大量に出てきたのだ。

 そしてトドメに、野菜を、まさかとは思いつつも切ってみた。野菜の隙間から同じ虫が出てきた。


 「なんだよこれ!!おかしいだろ!!」


 俺はシンクを叩きつけた。こんなことがあるか。多少の虫がつくのは仕方ない。海鮮に寄生虫がいるのも分かる。だが、魚と貝に、同じ寄生虫が無数に寄生しているなんておかしすぎる!いや、俺が知らないだけでそういう寄生虫がいるのかもしれない!だとしても、そもそもとれる場所が違う野菜にまで同じ虫がついているのはありえない!こんなの素人でも分かる!!

 となると……やはり黒幕は……いや少なくとも実行に携わった人物として、こんな明らかに虫がいることを知っていて調理をした調理師になるのだろうか。


 「うわ、気持ち悪い。凄い虫だね。ふむ、虫の出すエキスから作られるドラッグもあるからね。この虫が騒動の黒幕というわけか……。」

 「だが、こんな素人目で分かる虫を放置して客に提供した調理師はどうなんだ?」

 「彼らには罪はないんじゃないか?寄生虫なんて当たり前のようにいるからね。一度冷凍すれば死滅するし、野菜に至っては虫は潜り込むところがないんだから、洗い流せばいいだけさ。ほら、見て。」


 ピエレットは虫がたくさんついたキャベツを手に取り水道水で流す。虫はぽたぽたと落ちていき流されていった。そして残ったのは綺麗なキャベツの葉だ。


 「勿論、野菜にこんな虫がつくのは異常といえば異常だけど、それを理由に夕食の提供を中止する調理師はいないと思うよ。仕入先にクレームは入れただろうし、そもそも野菜も生サラダでは無かったはずだ、思い出してご覧。」


 確かに夕食では海鮮が美味しかったが、生野菜の類は無かった。全て火を通したものだ。


 「そして先程も言ったが、海鮮に寄生虫はつきものだ。彼ら調理師は経験に従い適切な処置をした上で提供はしただろう。彼らにとって海鮮に寄生虫がついているのは自然なことだから、何の疑いもなく、今までと同じやり方で十分だと思い提供したんじゃないかな。だが……残念ながらこの虫は今までとは違う虫で……おそらく化学的性質を持つ毒素のようなものを出しているのだろう。それは虫本体が死滅したところで残留するもの……今回の騒動の流れはそういったところだね。勿論、これは私の推理だ。真相は警察が来て解剖し明らかにするだろう。」


 犯人はもとからいなかった。新種の寄生虫が原因だったとピエレットは語る。確かに……筋が通っている。毒素を出す虫は確かにいるし、それが原因で死亡した話も聞く。


 「そう……か……なら俺の出る幕はないか……。」

 「そう気を落とさないで。確かに君のしたことは無駄だったかもしれないけど、少なくとも私は君に助けられ、格好良かったよ。」


 落ち込む俺にピエレットは両肩に手を当てて、耳元でそう呟いた。

 確かに……ピエレットを助けられただけでも……俺のしたことは無駄ではなかったか……。


 「……兄貴?」

 「……ん?」


 懐かしい声が聞こえた気がする。声の方向に目を向けると、そこには調理室の出入り口にハオユが立っていた。


 「やっぱり兄貴だ!久しぶりじゃないですか、こんなところで!!」


 姜浩宇チャンハオユ。チャイニーズマフィア龍星会の幹部である。ひょんなことからの知り合い。勝手に俺の舎弟を自称している男だ。


 「何してるって観光だよ。大変なことに巻き込まれたけどな。ハオユこそ、何をしているんだ?というか大丈夫なのか?」

 「へへ、ここらは龍星会のシマなんすよ。ああ、ご安心を!カタギ向けのビジネスって奴です!絶対に迷惑はかけない……筈でした。」


 ハオユはいつも通りの調子で話す。薬物中毒者の症状は出ていない。普通の会話が出来ている。この異常な環境で数少ないマトモな人物だった。だが……なぜ?


 「あぁ、兄貴。ひょっとして疑ってるんですね?あっしが何故平気なのか……。簡単なことすよ。この一連の騒動は全部、龍星会の仕業で、あっしはそれを知ってたからです。」


 ───龍星会の仕業。それを聞いた瞬間、怒りがこみ上げた。つまり、ホテルの人たちを薬漬けにしたと、そういうことなのか。

 ハオユを睨みつける。そんな下劣なことを平然として、そんな平気な表情でいられる外道に、苛立ちしか感じなかった。


 「ちょ、ちょっと兄貴!!勘弁してくださいよ!!もうあっしは関係ないんです!!ぬけたんですよ!!」

 「ぬけた?どういうことだハオユ。」

 「言葉通りの意味です!!あっしも兄貴と同じ気持ちですよ!!一般人をシャブ漬けにするなんて、マフィアとはいえ限度がある!あのメスガキ……それを平然と命令して反対した幹部連中は皆殺し!!龍星会はもう本格的に終わりっすよ!!いずれこの騒動は公安にバレて潰される!!」


 メスガキ……ムォンシーがこの騒動を……?つまりそれは、亡霊絡みということか……人類を殲滅するための……?


 「……分かったよハオユ。悪い、脅かしたみたいで。お前がクズ野郎でなくて良かった。」

 「当たり前じゃないすか兄貴!まぁマフィアなんてのはクズしか務まりませんけどね!?それでも最低限の矜恃はないと、ただの外道に堕ちてしまったらおしまいでさぁ!!」

 「それで龍星会をぬけたお前がどうしてここに?」

 「止めに来たんですよ!こんなの許されないって……でも手遅れだったみたいで……くそっせめてここだけでも抑えられてたら……!」


 ハオユは心底悔しそうに拳を握りしめていた。いや待て……ここだけ……?どういうことだ?


 「ハオユ……もしかして……この薬をばらまいたのは……このホテルだけじゃないのか?」


 俺は嫌な予感がして恐る恐る尋ねた。ハオユは察したように少し、気まずい様子で答える。


 「は、はい……このドラッグ……トライビクターって言うんすけど、実はあっし以外にも今回については反対者がたくさんいて、皆でぬけたんです。もうあのメスガキについてるのは側近僅かです……んで俺はそいつらをまとめて……各地に止めに行ったんです……。」

 「各地?それってどのくらいだ?龍星会は、どれだけトライビクターをバラまいたんだ?」

 「海です。トライビクターは海に今なお、流され続けてます。」


 悪魔の毒薬、トライビクター。

 それは、今もなお生産され続け、海に放流し続けている。

 龍星会は、母なる海をドラッグで汚し、その恩恵を受けるもの全てを、トライビクターによって穢そうと言うのだ。それが龍星会の、龍星会頭目にして亡霊四騎士の一人、ロン・ムォンシーが指示した、命令だった。

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