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狂乱の宴、狂い咲く界道

 夕食が終わり、皆と別れ、俺は一人、自分の個室に戻っていた。小ぢんまりとしているが、綺麗な和室で、旅館によくある謎空間もしっかりとある。

 一人古びた宿の個室で座椅子に座り、お茶を飲みながら、ボーっとしている。こういう宿にはテレビがあると思うんだが、置いてなかった。だが、こうして何もしないで、非日常的な空間を過ごすというのも悪くはない……。と、感傷に浸っていたが、やはり暇で仕方ないので寝転がりスマホを弄る。幸いなことに圏内。文明とは素晴らしいものだ。


 しばらくはそんな様子でゴロゴロと畳に敷いた布団の上でスマホを弄っていた。突然、引き戸を開ける音がする。この宿、オートロックではなかったか。いや、引き戸の時点で察するべきだった。ルームサービスか何かだろうか。俺はうつ伏せになっていた身体を翻し、誰が来たのか、出入り口の方に目を向ける。


 「お前……どうしたんだ?」


 そこにいるのはコトネだった。だが様子がおかしい。息が荒く、俺の姿を確認するとその目つきはまるで獲物を見つけた狩人のように血走っていて、口元は歪んでいた。胸が苦しいのか、胸元を握りしめるようにつかんでいて、そのせいで着ている浴衣が崩れそうだ。

 特に酷いのは呼吸の荒さだった。ここからでも聞こえるくらい力強い呼吸音。よく見るとよだれも少し垂れている。


 「体調が悪いのか?大変だったな。心配するな、肩を貸してやるから。部屋まで連れて行ってやるよ。サキは簡単な医療知識もある程度、あると言ってたから。」


 サキたちのいる部屋に連れて行こうと鍵を手に取った瞬間だった。コトネが俺にしがみついてきた。コトネの体温が凄く熱く感じた。高熱……風邪の症状が出ているのだろう。


 「歩くのもつらいのか?抱きかかえた方が良さげだな。ちょっと、この手を離してくれないか?そう掴まれると抱きかかえられない。」


 だが、コトネはその手を離さない。それどころか足を絡めてきて、距離を詰めてきた。バランスを崩しそのまま俺は布団の上に倒される。


 「横になりたいのか?……仕方ない。俺がサキを呼んでくる。だから、この手を離してくれないか?……離すぞ?」


 掴まれているコトネの手を掴む。病人とは思えない、信じられない力で……いや……実際とてつもない力だ。動かない。動かせない!この世界に来て、力負けすることは少しはあった。だが、それはどれも尋常ではない存在だった。しかしコトネは……ハイレベルのアタッチメントを所有しているとはいえ、普通の少女だ。アタッチメントを応用し筋力を高めているのか?予想外の出来事に俺は混乱し、そしてコトネの表情を見て、悪寒が走った。


 「はぁ……はぁ……も、もう限界なの……我慢してたんだけど……抑えきれなくて……い、いいわよね……?そもそも相思相愛なんだし……はぁ……はぁ……あいつらに……先を……越される前に……。」


 痛みがした。コトネの指が俺の皮膚を貫き肉に食い込んでいる。抉られそうだ。


 「こ、コトネ!痛いからちょっと、この手を離してくれ!いっっつ!!」


 俺の悲痛な叫びは届かず、更に力が強まる。このままではまずい。俺はコトネを掴み横転させる。そしてその勢いのまま、コトネに馬乗りにされている状態から抜け出し、逆に俺が馬乗りの状態となった。

 コトネが敵ならば、このまま殴りつけて無理やり掴んだ手を外せば良いのだが、そういうわけにはいかない。とはいえ馬乗りになった状態でも俺の身体を尋常ならぬ力で掴み離さず指が肉に食い込んでいっている。

 そしてそんな状態だというのに、コトネの表情は敵意などは微塵もなく、この部屋に入ってきたときよりも更に親愛に満ち溢れていた。

 それが俺の心を更に困惑させる。


 「悪い、あとで詫びはするから。」


 コトネの頭を掴み、横に思い切り振った。意識は飛び、指先から力がなくなる。

 俺は失神したコトネを布団に寝かせて、今度こそ鍵を手にとり部屋から出た。よくわからないが、体調が悪そうなのは確かだ。誰か解熱剤とかを持っていれば良いのだが……。

 案内図を見てサキたちの泊まっている部屋を確認する。ちょうど位置的に建物の反対側だ。急いで俺は足を進める。


 「はぁ……はぁ……待つんだ、境野くん。それ以上はいけない。」


 聞き覚えのある声がして振り向くとそこにはピエレットがいた。気分が悪そうで壁に手を当ててふらついている。


 「友達の……部屋に行くつもりなのだろう……?駄目だ。君の友達はもう手遅れだよ。」

 「どういうことだピエレット?何か知っているのか?」

 「論より証拠……さ……おいで、ロビーは吹き抜けになってるから、ここ二階から下の様子が見える……。彼らに見つかることは多分ないと思うよ。」


 ピエレットに案内され、中央階段のところまでやってきた。どのみちサキたちの部屋に行くのに立ち寄る場所だ。言ってみて損はない。


 「見つからないように……見てごらん。」


 ピエレットは指差す。そこではホテルの従業員がまるで我を失ったかのようにホテル内のものを壊していた。中には無意味に地面を叩いていたり、虚ろな目で呟きながら横になっているもの……多種多様な姿だ。なんだあれは……。


 「正気ではないのは間違いないね、似たようなものを見たことあるよ。薬物中毒者ジャンキーのパーティー会場さ。私はここなら大丈夫だと思い避難してきたんだ。ホテル本館はもっと酷い。」

 「薬物……!?どういうことだピエレット!どうしてそんなものが!!」

 「分からないが、可能性として考えられるのは夕食に盛られたこと……かな。最初はホテルにハメられたのかと思ったが、彼らの様子を見ると違うようだ。異変に気づいて私はすぐに吐いたのだが……マトモなのは今のところ君しかいない。」

 「ならなおさら、早くみんなに伝えないと!」


 俺は立ち上がり、部屋に向かおうとしたところをピエレットに腕を掴まれた。


 「駄目だよ。見ただろう?ホテル従業員たちの様子を。君の友達がどうなってるか想像に容易いんじゃないか。」

 「だったら尚更だ!皆の危険が迫っているかもしれないだろ!」

 「……危険なのは君の方だよ。私がここまで来るまで色々な薬物中毒者ジャンキー達を見たけどね、症状としては一般的なアッパー症状が多いようだ。つまり自分がやりたいことをやるようになる、あるいは気分が高揚し気持ちよくなるといえば良いかな。薬物中毒には他にダウナー症状というのもあってこちらは自傷行為に走ったりするケースがあるのだが、そういう心配はないということさ。」

 「なら尚更、話をしてピエレットのように吐くようにすれば……。」

 「駄目だよ、症状が出ている間はね、思考力が低下するんだ。こちらがいくら理路整然と説明しても、曖昧な返事こそはしても、頭の中では理解していないケースが多い。君がこれから友達に説明をしても、肉食獣の巣に投げ込まれた羊のようになるだけさ。」

 「思考力低下は分かったが……羊って?」

 「……男女の関係で理性のタガがハズレた時にすることなんて一つだろう。これ以上、レディに言わせるのは流石に失礼だよ?」

 「…………!いやだからといって放置なんて出来ないし、他にもたくさんの中毒者がいるんだろ!?」

 「ふむ……仕方ないな。できれば避けたかったんだが。」


 ピエレットは火災報知器のボタンを叩きつけた。警報音が鳴り響く。そして同時に防火シャッターが下りてくる。


 「ここは古い建物で良かった。防火シャッターの仕切りでちょうど、君の友達の部屋は隔離される。つまり不埒な侵入者は入れないということだよ、これで満足かな。」


 鳴り響く警報音。それに気が付き、一階で破壊活動をしているホテル従業員たちが二階を見た。


 「そして、やりたくなかった理由がこれさ。私たちの存在はこれでバレた。責任はとってくれるんだろうね?」


 俺たちの存在を嗅ぎつけた従業員たちが階段を登ってきた。彼らは今でこそ暴漢だが、それは薬物によるもの。普段は善性な人たちなのだ。握りしめた拳を振るうのがためらってしまう。

 従業員たちは俺ではなく、ピエレットの方へと向かっていった。まるでそれは地面に落ちた蝶に群がるアリのように。ピエレットは黙って俺を見ている。「男女の関係で理性のタガがハズレた時にすることは一つ。」責任をとれとは、こういうことなのだろう。


 「くそっ!!」


 一瞬出遅れたものの、俺は従業員たちを蹴飛ばした。嫌な不愉快な音と感触がした。骨を折った音。吹き飛ばされた従業員は、手すりに叩きつけられる。


 「すごいな、君はこんなに強かったのかい?よかった、私も操を失う覚悟をしていたが、君がいればなんとかなりそうだ。」


 無惨にも吹き飛ばされた従業員を見ても他の従業員はひるまない。───思考力が低下する。今の彼らの頭の中は、ただ目の前にいる美しい女をこの手で穢したいという思い、ただそれだけだった。

 嫌な感触がまだ足に残っている。頭の中で反芻している。それでも戦わないと……ピエレットが……。彼らはただの被害者だ。この騒動を裏で操っているものがいる。そんな彼らを痛めつけるなど……そこに正しさはあるのだろうか。


 「あー!もうくそ!!細かいことはもうやめだ!!」


 俺はピエレットの方を向く。期待に満ち溢れた表情で俺を見ていた。その期待に応えてやるさ。後のことなんてもう知らない。

 ピエレットを抱きかかえる。突然のことにピエレットは「え!?」と驚きを隠せない様子だった。そして俺は思い切り、地面を踏み抜いた。瞬間、強い衝撃。ただでさえ古く老朽化の進んでいたこのホテルは俺が与えた衝撃により、トドメを刺されて、崩れ落ちた。周辺の床が全て崩れる。二階への階段ごと。崩落にみんな巻き込まれ落ちていく。だがこれで良い。俺が直接蹴り飛ばすよりも、二階から一階に落ちた方が、ダメージはないし、コトネやサキたちの部屋にも行けない。


 「ピエレット!しっかり掴んでいてくれ!!」

 「え?あ、あぁ!」


 そしてなにより、このホテルからの脱出。黒幕を見つけ出し倒すために。ピエレットも助けつつ。俺は闇夜に駆けていった。


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