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青い月、溟海の視線

 「それじゃあ、あの戦いが終わってからずっと境野に匿ってもらってたのか。」

 「あはは……まぁそういうことっすねぇ……頼りになるのが境野っちしか思いつかなくて……。」

 「それよりもどこまでしたの?あの変態になにをされたの?答えなさいよ。」

 「そ、それなら仕方ないですね……私も同じ立場ならそうしたでしょうし……軽井沢さんを責められないです……。」

 「初めて来た時、私は反対したんだけどね。実際のところ詩先輩、家事はちゃんとしてくれるし、家の話相手が増えたし、悪く無いんだよねぇ。」

 「毎日、色々仕込まれたんでしょ?誰にも言わないから、あいつの好みを教えなさいよ。」

 「軽井沢ちゃんはいい子だから助かってるのよ、娘がもう一人できたみたいで……。」


 マイクロバスに揺られて移動すること数時間。後ろでは色々と会話が盛り上がっている中、俺は一人、先頭の席で気まずそうに縮こまっていた。誤解は一人を除いて解けたようだが、やはり同棲していた事実にはかわりないからだ。目的地につくまで彼女たちを刺激しないよう大人しくしておくのが一番だというわけだ。


 旅行先は海。とはいえ時期が時期なので公衆利用の海水浴場は人が一杯でリラックスできない。そこでプライベートビーチを所有しているホテルに泊まることにした。窓から見える景色はいつの間にか、海岸を見渡せるようになり、どこまでも広がる景色が見えて気持ちがいい。天気にも恵まれ、太陽の光が海岸を照らし青々と美しい景色だった。

 植物も南国風のものになっていき、外を歩く人達もどこかレジャー目的で来たような人たちが目立ち始める。


 「冷静に考えたら、俺はすることないな……。」


 ホテルに荷物を預け着替えを終えた俺は一人、パラソルの下で皆を待っていた。海に行きたいと言い出したのはサキだ。それは良いとして、カナヅチの俺は泳ぐことはできない。浮き輪でぷかぷか浮かぶのも良いが、そんなことを楽しむにも限度がある。

 まぁ海は綺麗だし、景色は良いし、悪いことばかりではない。


 「失礼、君一人かな?連れは?」


 そんなことを思いながらリクライニングチェアに横たわっていると、知らない女性に声をかけられた。長く綺麗でサラサラなブロンドヘアーに青い目、外国人だろう。少しドキッとした。その姿があまりにも現実離れした美しさで、整った顔つき、モデルのようなスラリとした体格だったからだ。座ったままでは失礼だと思い立ち上がり、改めて正面から見直すと、より、彼女の美しさが際立って見えた。


 「誰ですか?」

 「あぁすまない。わたしの名前はピエレット。そこのホテルに宿泊予定の観光客さ。ここはそのホテルのプライベートビーチ、君も同じ宿に?」

 「そうですね、今は連れを待っているんです。」

 「なるほどそれは残念。だが逆を言えば連れが来るまで君は一人ということだね。」


 ピエレットは俺の隣に座り込んだ。そして俺を見上げる。隣に座れということだろう。


 「綺麗な海だね……見てごらん、この透き通るような青々とした景色。白い砂浜。照らす日の光がきらきらと……。君はどう思う?」

 「はぁ……綺麗だと思います。」

 

 俺の返答にピエレットは満足げに微笑む。その所作一つ一つが気品を感じさせる。


 「でもね、この景色よりも綺麗な、美しいものがあるんだ。何だと思う?おや、どうして明後日の方向を向くのかな。こっちを向いて。」

 

 ピエレットの手が伸び、俺の両頬を掴む。俺は仕方なしにピエレットと目線をあわせる。透き通るような白い肌、どこまでも見据えていそうな青い目。ガラス細工のように繊細で、それでいて生命力を感じさせるスラリとした肢体。芸術品に魅入られたかのように、俺は言葉を失っていた。


 「それはね、君だよ。初めて見た時からそうだ。一目惚れって奴だろうね。実のところ、今日の出会いは本当に偶然なんだ。あぁもっと近くで見ても良いかい?」


 ピエレットは少し頬を染めて顔を近づける。突然のことに引き下がろうとしたが、既に片手がピエレットに掴まれており、押しのけないと押し倒される一方だった。


 「おっと失礼。私の癖なんだよ、すまないね。でも分かるだろう?美しいものを見るとつい近寄って見たくなる、自分のものにしたくなる。誰だってそうさ。先程もいったとおり今日の出会いは本当に偶然なんだ。ホテル、同じなんだろう?また再会できることを祈ってるよ。」


 ピエレットは立ち去っていった。気づくと今更胸が高鳴っていた。頬に手を当てる。彼女の熱がまだ少し残っているような気がした。


 「綺麗な人だったなぁ……。」


 「そうだなー、綺麗な人だったなぁ。」


 突然肩を組まれる。高橋だ。いつの間にか着替えを終えて、すぐそばにいたのだ。いや高橋だけではない、皆、既に着替えを終えていたのだ。


 「い、いつからそこにいらしたんですか?」

 「お前が逆ナンされて一緒にさっきの人と海を眺めてた時からかなぁ。」


 割と最初の方だった。ずっと見られてたと思うと恥ずかしい。


 「境野っち、ああいう女性が好みなんすかぁ?珍しく鼻の下、伸ばしてたっすよねぇ……。」

 「いやぁ、好みというか何だろう、凄い美人だったのは間違いなイタッ、痛いって高橋!」


 そのまま高橋にチョークスリーパーを決められた上に、頭を拳でグリグリとされた。



 「境野様ですね。お部屋の用意は済ませております。どうぞこちらへ。」


 海水浴を存分に堪能した俺たちはホテルに戻る。預けた荷物を受け取り客室へと案内される手筈だったのだが……。なぜか外へと案内された。


 「別館でのご利用となっていましたので……ついてきてください。」


 そうして案内された宿は、先程の綺麗なリゾートホテルとはうって変わり、いかにも歴史のありそうな……いや正直にいうとボロい宿へと案内された。


 「ふ、ふーん……!まぁ見かけで判断するのはよくないわ。きっと中は綺麗なんでしょう。所謂レトロ調?として見るなら悪くないんじゃないかしら!」


 コトネが先陣を切って中に入る。続いて俺たちも中へと入っていった。

 宿の中は……外観を裏切らないものだった。省電力なのかところどころ薄暗い。よくわからないグッズが飾られていたり、古い雑誌や漫画が棚においてある。間接照明の類もなく、ただひたすら薄暗いのだ。レトロというより時代に取り残されたという感じが強いフロントだ。


 「まぁこれはこれで良いかもしれないな。」


 案内された客室を見回す。男女で部屋を分けているため、実質俺一人の個室だ。六畳程度しかない狭い和室だが、清掃はしっかりと行き届いているし、不潔さを感じさせない。それに食事は本館、あの大きなホテルでとるようなので、そう考えると悪くないと思う。


 「おや、また会えたね。食事の時間かな。」


 ホテルに食事をしに来た時、ピエレットと再会した。後ろの視線が痛い。


 「おい、時間が決まってんだから早く行こうぜ。」

 「大丈夫だよお嬢さん、ホテルでの食事は確かに時間が決まっているが多少遅れても問題にはならないさ。」


 俺の腕を掴み引っ張る高橋にピエレットは制止するように高橋の腕を掴んだ。高橋はピエレットを睨みつけるが、まったく意に介していない。むしろ余裕さえ感じさせる振る舞いだった。


 「遅くなりました、ピエレットさん、あら……その方たちは?ん、男……?」


 一触即発の空気の中、見たところ三十から四十代程度の女性がやってきた。ピエレットの知り合いのようだが、俺の姿を確認すると露骨に不機嫌そうな顔を見せる。


 「いえ、お気になさらず。彼は私の知り合いです。我々の活動の素晴らしさを理解してくださる素敵な殿方ですよ。」

 「あら、そうなの?そんな調子の良いことを言って、またピエレットさん目当てではなくて?」

 「この間のことを気にしているのですか、いやあれは残念でした。私は見てのとおり若輩者で男を見る目がない……あなた方の慧眼には脱帽するばかりです。彼と少しばかり話がしたいので先に会場に向かってもらえないでしょうか。」

 「ふん、まぁいいわ。ただいい?男なんてのは皆、私たちを見下しているのだから、甘い言葉に騙されてはダメよ。」


 女性は立ち去っていく。宴会場に向かうようだ。


 「失礼、彼女は『女性の人権を取り戻す会』の代表だよ。私はその会のメンバーでね。今日は彼女たちの集会と言う名の慰安旅行に付き合っているというわけさ。まぁ見てのとおり、メンバーは中年女性が主体でね、同世代がまったくいなくて、退屈で何か楽しいことはないかビーチに一人向かったときに……君と出会えたわけさ。」


 俺の胸をピエレットは人差し指で撫でるように差す。それを高橋ははたいた。


 「ふむ、ちなみにその会の活動内容なんだが、会名のとおり、女性は男性に虐げられている、女性の権利を守るべきだという話なのだが……どうかな、会員になってみないかい。会員になってくれれば私は君と話す機会が増えるし、何より共通の話題、目的を持つというのは良いことだ。」

 「そうやって何人もの男をたぶらかしてんのか?さっきの話だと過去にもそうやって会員に引き入れてトラブルがあった言い方だったぞ?」


 俺の返事を前に高橋が割って入る。先程の女性との会話のことだろう。過去、ピエレットと男性会員間でトラブルがあったような言い回しだった。


 「……目ざといね。そこをつかれると正直、私も積極的に彼にアプローチをすると変な目で見られそうだ。仕方ない。ここは一旦失礼するよ。ああちなみに……。」


 ピエレットは俺に耳打ちをすると笑顔で手を振り宴会場へと向かっていった。ぼーっとしていた俺の頭を叩かれる。


 「今、なんて言われたんだ?変なことじゃないよな?」

 「え、あぁうん。『私は君に本気だよ。』だってさ。あんな美人にそんなこと言われたら騙されても良いかって思っちゃうよなぁ。」

 「いやいや、冷静になれよ。騙されて良いわけないだろ。大体、たまたま出会っただけの奴にそこまで思い入れあるわけねぇし、ああいうのはリップサービスで全員に言ってんだよ。それを真に受けるとバカをみるっていうか、騙されるっていうか、社交辞令に一々本気になってたら、心がもたないって。そんなのより、身近な幸せっていうか、そういうのを意識した方が、絶対境野のためになるんじゃねぇのかなぁ。」


 そんなもんかなぁと適当に相槌をうちながら食事を摂った。海が近いだけあって海鮮がこのホテルの推しらしい。よくある飾り切りされた生野菜などはなく、素っ気ないものだったが、とても美味しい。聞くところによると、この辺りの住人たちは皆、海鮮ばかり食べて牛や豚、鳥などの肉を食べることはないようだ。確かにこれだけ美味しいと牛豚鳥なんてもう食べられないのかも。

 


 ───海、沖合。

 最近、海の様子がおかしい。不漁というわけではない。おかしいというのは豊漁すぎるのだ。漁師にとって望ましいことではあるが、原因がわからない。こういうときは決まって、リバウンドが来る。それが自然の掟というものだ。


 「スケさん、今日も豊漁ですね、この辺でやめときます?」


 彼は同乗している漁師仲間だ。網を使っての漁業。当たり前だが一人では出来ない。息子はいるが、漁業を継がなかったので、組合に頼んで若いものに手伝いをお願いしているのだ。


 「そうだな、取りすぎはよくねぇ……この辺で……。」


 網に手をかけ海面を見た瞬間だった。

 何かが、こちらを見ている。こちらを見ていると意識できるほど巨大な海洋生物、それは総じて危険なものだ。


 「エンジン全開だ!逃げるぞ!!」

 「え、網捨てるんですか、やばいですって。」

 「うるせぇ、てめぇの命より大事なものがあるか!!」


 エンジン全開で漁船を動かし数十分。何事もない。無事に安堵する。


 「あーあ、網捨てたのバレたらやべぇのに……スケさん、俺止めましたからね?バレても庇いませんから……スケさん?」


 漁師は違和感に気がつく。スケさんと呼んだ老漁師の反応がない。船から消えた。最初に危惧したのは船が揺れた際に海に落ちたことだ。急いで海面を見下ろした。


 「なんだ……あれ……。」


 最初に思ったのは月。海に月が浮いている。そう思った。でもありえないことだった。吸い寄せられるように見えたそれは、巨大な目玉だった。


 しばらくして、無人の漁船が発見される。乗組員は全員行方不明。争った形跡はなし。腐った大量の魚と通信記録を見るに、漁の帰りだったと推察されるが、それ以上は不明。公安はアタッチメントを使用した犯罪の可能性を考慮し対策本部を設立した。

 これで見つかった無人の漁船の数は74隻目。いずれも同時期のものだった。

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