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尽きぬ飢餓、満たされるぬ想い

 「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……許して許して……私そんなつもりじゃあ。」


 とある大きな屋敷、一人用にしては広すぎる部屋にムォンシーは横になり、布団を力強く抱きしめ謝罪の言葉を呟いていた。だが決して、彼女は許されると思っていなかった。それでも謝罪の言葉を呟き続けるのは、そうでもしなければ罪悪感で、胸が締め付けられるからだ。


 「頭目?いいですか?何度もノックしたんですが、反応がなくて……。」


 部下の一人が部屋に入ってくる。彼はまだ日が浅く知らなかった。今の彼女に触れるのは、逆鱗に触れることに等しいと。


 「仁!?じゃ……ない…………なんだお前?仁を騙って……ふざけてんのかお前!!死ねよ!!!ざけんな!!!!死ね!!!死ね!!!!」


 入ってきた部下は弁明の機会も与えられずミンチになる。それを見て少女は泣き叫んだ。

 それが限界を迎えると、棚に入ってるナイフを取り出す。そして自分の腕に当てた。


 「ハァ……ハァハァ……う、うぅ……うぅぅぅぅぅ……。」


 涙で視界が滲む。ナイフを投げ捨てて薬を掴み乱暴に口に入れ水も飲まず噛み砕いて飲み込む。


 「あっ……あぁ……あぁ……。」


 その場に崩れ光り輝く虹色の世界を見つめる。何もかも忘れ、世界と自分が一体化する感覚。肉体が溶けて溶けて消えていく。それでも意識はハッキリしていて、魂が解き放たれていく感覚。


 「失礼?おぉ助かった!やはり彼を犠牲にするのが正解のようで、ご機嫌麗しいようです。」


 ミンチとなり血で染まった部屋の隅を見つめながらピエールが入ってきた。


 「何の用だよ金髪。」

 「天満月さんも雷伝さんも死んだ。いやはや大変な話です。悠長な話はできません。これからは二人で行動しようかと。それにムォンシーさんは仁との繋がりもありますからね。ははは、つまりあなたは信頼されていないのです!」

 「仁……?何いってんの?仁ならここにいるんじゃん……えへへ、仁~。」


 ムォンシーは仁を抱きしめる。仁はそれに応えムォンシーを優しく抱きしめ頭を撫でてくれた。それがたまらなく嬉しくて、至上の一時、まるで天に昇るようだった。


 「あの、ムォンシーさん。あなたはまだ子供、成長期なんですから、あまりそういうのはやめた方が良いと思いますよ?」

 「は?わたしが何しようが勝手だろ、ジジ臭いこと言うんじゃねぇよ。」

 「あぁ!それは失礼!ジジ臭いと言われると私も引かざるをえません!ともかくムォンシーさん。我々は失敗するわけにはいかないのです。特に……。」

 「分かってるから帰ってくれない?私はこれから仁と一緒に楽しむの、ジジイでも空気は読めるでしょう?」


 ピエールは黙り込む。そして考え込む。どうしたら良いものか……こんなメスガキに重要な役割を託すなんて磯上様は何を考えているのか……。


 「まぁ良いでしょう。既にことはもう終わっている。引き続き頼みますよ。ここを、いえアドベンター、シャングリ=ラの維持を。私は私で好きに動きます。」


 ”人形”を愛しそうに抱きかかえた狂女にピエールは磯上からの伝言を伝えた。

 アドベンター、シャングリ=ラ。超弩級大型アドベンターの一柱。かつて世界を穢したアバロンと同格の、古代に飛来したアドベンター。それは既に龍星会の手によって再度召喚され、脈打っていた。




 「いやぁこの度は迷惑をかけた!社長としてお詫びをしなくてはならない!!これは私の気持ちだ!!とってくれ!!」


 VR騒動からしばらくして、シュタイナーは直接、俺の家に来訪し謝罪をしてきた。そして押し付けるように渡される。旅行券。別にお礼に文句をつけるつもりはない、つもりはないけど……。飛ぶ鳥落とす勢いのIT企業の社長がくれた謝礼が旅行券って……。いや文句は言わないけどさ……。


 帰路についていると、軽井沢が近所のおばさんと話をしていた。俺と目が合うと手を振ってきたので俺も手をあげる。


 「何してるんだ?」

 「見て分からないっすか?雑談してたんすよ。境野っちが帰ってきたってことは夕飯の準備を手伝わないと。それじゃあまたっすね~」


 そそくさと軽井沢は俺の家に入っていった。取り残された俺はとても気まずい。


 「それじゃあ俺も……。」

 「ちょっと待ちなさい。」


 近所のおばさんに呼び止められる。何か悪いことでもしたのだろうか。


 「あんた、あの子に暴力とか振るってないでしょうね?聞いたわよ、元カレのDVから逃げるために知人である、境野家に住んでるって……。あの子は良い子よぉ。いい?あの子を泣かすようなことしたら私たち、全員許さないからね。」


 もう片方のおばさんも「うんうん」と頷いている。DV云々の話はまぁ……近所に怪しまれないための嘘だろう。


 「暴力なんて振るったことないどころか、俺がむしろ振り回されてるくらいですよ……。」

 「そうねぇ、まぁさっきの軽井沢ちゃんの表情でそれは分かるわ。私たち、応援してるからね。」


 ?????

 頭の中を疑問符で埋め尽くしたが、とりあえず曖昧に適当な返事をして俺はそそくさと家に帰った。


 「それで旅行券なんだけど、どうすれば良いんだこれ?」

 「どうするって旅行すれば良いんじゃない?結構な額だし、謝礼なら使わないと失礼だよ。それにこれから夏休み!丁度いいじゃない!!」

 「旅行って母さんと二人でか……?この額使いきれるかなぁ……。」


 旅行券というIT企業らしからぬ謝礼だったが、その金額は社長らしい金額だった。二人分の旅費など簡単に賄える。


 「お兄ちゃん……?かわいい妹を忘れてない?」

 「いやお前他人じゃん。」

 「なんでそういうこと言うのよー!普段から公務員と学生の板挟みで疲れてるんだから、私にもバカンスよこしなさいよー!!」


 それが本音か。それなら最初からそう言えば良いものを……。


 「あら、それなら軽井沢さんも一緒に行きましょう。もう家族みたいなものなんだし、別に構わないわよ。」

 「え、家族水入らずなのに混ざって良いんすか!?」


 勿論だと母さんは頷く。まぁこうなっては仕方ない。それに旅は賑やかな方が楽しいものだ。


 「何なら知り合いにも声をかけてみるか。軽井沢も同級生と久しぶりに再会したいんじゃないか?」

 「え!?良いんすか!!?」


 俺の提案に軽井沢は更に驚く。俺は勿論だと頷く。


 「へ、へぇ~……ま、まぁ境野っちが良いならあーしは何も言わないっすけど。」


 軽井沢の反応は意味深だったが、それ以上は言及しなかった。色々と事情があるのだろうと思い、翌日にも六班の皆や親しい男子生徒を誘うことに決めた。なお陽炎はNGらしい。すまない陽炎。


 

 「無理ですね、夏休み中も仕事はあるので。」

 「誘いは嬉しいんだけど、その日はダチと一緒に遊ぶ予定があるから厳しいかな……。」

 「すまない、塾の補習があるから行けないな。」


 頼りにしてた俺とある程度親しい、男子生徒たちを誘ったが全員から振られてしまった。予定があるなら仕方ない。仕方ないのだが……。


 「旅行?いいじゃん、行こうぜ。いつ?その日は空けるから。」

 「ふ、ふーん……りょ、旅行ねぇ……い、いいわよ?受けて立とうじゃない。」

 「す、素敵ですね……友達と旅行なんて夢のようです……。」


 成り行き上、話をした六班組は剣以外の全員から承諾を得てしまったのだ。つまり自分以外、全員女子。最早、誰のための旅行なのか分からなくなるのか目に見えている。他に男の知り合い……鬼龍……別の意味で気まずくなりそうだから駄目だ。ハオユ……マフィアを誘うなんて論外だ。バルカン……バルカン!

 俺はスマホを取り出し、この間、交換したバルカンの連絡先に電話をかけた。


 「バルカンか?実はこの間の件で社長から旅行券もらって……どうだ一緒に行かないか?」

 「あーあれね、いやぁあの社長ホント太っ腹。まだ使ってなかったの?俺もこれから旅行行く予定よ。男の一人旅って奴さ。そんなわけで悪いな、俺はいけねぇや。あ、でもルナが」


 嫌な展開になりそうなので電話を切った。



 結局、俺の足掻きは無駄に終わり、終業式は何事もなく済んで夏休みに入った。

 旅行当日、四人で俺の自宅に向かう。


 「別に俺の家で集まらなくても駅前とかでよくないか?」

 「いやほらそれはあれだよ、ほら気になるだろ?思えば一度も来たことないし。」

 「確かに私も使いの者を出したことはあっても直接行ったことはなかったわ……。」


 旅行参加は合計七名。大人数となったので、旅行会社をとおしてマイクロバスをレンタルすることになった。なので自宅集合なのは実際のところ負担は少なくなるので、合理的な話ではある。だが何故だろう。自宅集合というのがまずい気がして、理由はわからないがやめたほうが良いと本能が訴えるのだが、理由がどうしても思いつかず、結局俺は彼女たちを自宅へと案内している。


 そうこうしているうちに着いた。呼び鈴を鳴らす。しばらくすると音がして玄関が開いた。


 「おかえりっすー遅いっすよぉ、何してたんすか?そろそろあーしは外で偶然を装って……。」

 「あれ、言ってなかったか?皆を案内してきたんだよ。どうしたんだそんな固まって。」


 俺はみんなを中に招き入れようと振り向く。三人もまた固まっていた。一体何があったのだろうか。


 「ほら、軽井沢。お前が固まったから皆、困ってるじゃないか。ていうかどうしたんだその格好?まだ時間はあるのに、もう出かける気分なのか?普段はだらしない格好でいるのに、そんな楽しみだったのか?」

 「……あーしは悪くないすからね。」


 軽井沢はそう呟いた。悪い?一体なんのことか。


 「さ、境野?これは……その……あぁいや……わりぃ幻覚が見えてる。夏って怖いな。」

 「レン、一緒に死にましょう。」


 コトネの血液が濁流のように襲ってきた。今まで見たことのないかつてない規模だ。突然の出来事に俺はなすすべなく血液に飲み込まれる。


 「お兄ちゃん、今日皆が来るんでしょ?詩先輩の事情を……あっ。」


 大量の血液、前に聞いていた伊集院家のアタッチメント。それに飲み込まれ、今まさに押し倒されている境野連の姿を見てサキは全てを察した。

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