望まぬ決着、その手に残ったものは
拳を握りしめ、走り出す。型もない力任せな拳が交差する。お互いの頬を殴り抜けるが、一歩も引かない。
最早意地のぶつかり合いだった。男同士の泥臭い殴り合いだった。
蓮悟は仁の胸ぐらを掴み、拳を振りかぶる。その瞬間を待っていたからのように仁は雷伝に頭突きを食らわせた。鼻に直撃し鼻血を出す。
「くっ……!はぁ……はぁ……!」
鼻血を無理やり止める。追撃に来た仁の拳を掴み、後ろに回す。そして足を引っ掛け押し倒した。体重をかけてそのまま腕を折ろうとしたが、無理やり仁は身体を翻す。だが、人は仰向けに、雷伝は馬乗りの状態となった。
「境野家、きってのエリート!千年に一人の逸材!いつも俺の前にチラついていた!ずっとてめぇが目障りだったんだよ仁!!」
力任せにそのまま仁の頭部を叩きつける。仁は頭部を両腕でガードするが、そんなことは構わず殴り続ける。馬乗りの状態でただ滅多打ちにする。シンプルながら極めて効果的。大きな筋力差、体格差でもなければここから抜け出るのは難しい。
故に仁はガードを解いた。狙いは一瞬、自身が殴られる瞬間。人間の腕は二つしかない。俺を殴りつけているということは必然的に、空いた腕は一つ。両腕で、雷伝の脇腹に貫手、そのまま脇腹を掴み肋骨をへし折る。
反射的に雷伝は飛び退いた。肋は無事だが、臓器に対して思い切り手刀が入り気分が悪い。
「姑息なことを……それがエリート様のすることかよ!」
「はっ俺は生き残るためなら、勝つためなら何でもやるぜ!どうした術師サマ、荒事はやっぱ苦手か!」
「抜かせ、この落ちこぼれが!!」
無茶苦茶だった。術もない、武器もない、アタッチメントもない。ただただ殴り合い。連はずっと見ていた。仁は俺に何を見せようとしているのか。
お互い、足がふらついていた。あざだらけで、鼻血を垂らし、見るに堪えない姿だった。決着の時は近い。
「じぃぃぃんッッ!!!!」
「蓮悟ォッ!!!」
雷伝の拳がわずかに速く、仁の頭部を殴り抜ける。仁は倒れる。仰向けになったまま動かない。
「ハァハァ……やった……やったぞ!勝った……!勝ったぞ!!どうだ仁!!俺はお前に勝ったんだ!!お前が二番手で、俺が一番なんだ!!」
「決まり手は……はぁはぁ……最後の……渾身の右ストレートだな。」
仁は空を見上げながら呟いた。
「だが……一つだけ間違いだ蓮悟。俺はもう二番手なんかじゃない。」
「あ?なに言って……な!?」
雷伝は目を見開く。仁の身体が少しずつ、粒子状に消えていくことに。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な!星の防衛本能!?そんなことが……!」
「ちげぇよ蓮悟……俺はもう限界だったんだ。最初から。この烙印結界を展開した時点で、俺の仕事は終わっていたんだ。」
アバロンは撃退したとしても、アーサーは依然として脅威だった。それは全人類を脅かすアドベンター。連の内なるアドベンターにより負傷しても、いずれメルリヌスが集まり完治させる。故に確実に倒す必要があった。
故に連の内なるアドベンターは仁に託したのだ。"この男ならそうすると"全てを託して。結果、アーサーは消滅し、雷伝蓮悟だけが残る。
「最初から……最初から俺なんか眼中じゃなかったってことかよ……!」
雷伝は奥歯を噛みしめる。耐え難い屈辱を受けたのだと、そう認識した。
「それもちげぇよ……役割を終えて……それでも最後に目の前に、いい年していつまでも過去のことを引きずってる奴がいたから相手してやっただけだ。お前の勝ちだよ蓮悟。これでお前は……。」
「ふざけんじゃねぇぞ!勝ちだと!?死にかけの野郎を倒して何が勝ちだ!ふざけんな!!立てよ!!勝ち逃げしてんじゃねぇ!!」
倒れた仁の胸ぐらを掴もうとするも、手は宙を切る。掴めない。
「連、悪かったな。最後に俺のわがままを聞いてもらって。これで本当にお別れだ。お前の内に潜むアドベンター……少しの間だが話もできた。誇れよ連。やはりお前の、お前たちの世界は素晴らしい世界だ。人が人の手で作り出した世界。もし異世界に行く手段が分かったのなら、俺もいつか見たかった。でもそれは、叶わぬ夢なんだな。」
仁の身体は消えていく。少しずつ、少しずつ……。
「仁……俺は……。」
「そんな顔するな連。俺はお前と出会えたことを後悔していないし、お前に恨みも持っていない。それは何よりもお前が分かってるだろ?だから……そんな顔しないで前を向け。」
二度目の別れ。最初とは決定的に違う。友人としての仁との別れだった。俺は真っ直ぐ人を見つめる。目をそらさず、受け止める。仁は僅かに微笑み、消えていった。烙印結界とともに。
結界は割れる。アーサーによって照らされた光は消え、不気味なほどに明るい夜は幕を閉じ、闇と満天の星空が輝いていた。
「…………連とか言ったか。」
呆然としていた雷伝が口を開く。
「今回はお前たちの勝ちだ。アバロンは撃退され、アーサーは死んだ。そして俺も……。」
雷伝は自身の両手を見つめる。その両手は少しずつ石化していた。
「困惑しているな。少しだけ教えてやるよ。有栖川が言っていたことを覚えているか?再誕室。赤子にアタッチメントを授ける儀式。遺体の一部を授かる儀式。察しがついていたかもしれないが、あれと亡霊のエンゲージリングは起源が異なるが同種のもの。即ち亡霊とは、この星に住む人類に叡智を授けたアドベンターとは別のアドベンターの祝福を受けたもの。加えて……俺は今、アバロンの祝福も受けた。……三柱の祝福を受けちゃあ流石に身体が保たねぇってことだ。」
石化は広がっていく。少しずつ蝕むように。雷伝の身体を。
「けっ、仁の野郎はそのことも当然知ってるだろうぜ。その上で、俺とのタイマンを引き受けた。どこまでも……どこまでも気に入らない野郎だ。」
石化が全身に回ったとき、雷伝は砕け散る。最後に悪態をついたが、その目はどこか満足げで、死にゆく自分の身体を当然の結果だと受け入れているようだった。





