恐怖と支配の伝道者、その奥に潜むもの
剣はただひたすら戦い続けていた。大量に出現したアドベンター。世界を作り変えるその力。とてつもない存在。人類をアドベンターへと変貌させる死の天使、メルニヌス。全て本部の情報どおりだった。
超弩級巨大アドベンター・アバロン。その性質は、他のアドベンターと同じく人類に寄生し、変容させる小型アドベンター、メルニヌスを散布することから始まる。
かつて、極西の島国を襲った記録だけ残る、最悪の使徒の一つ。その被害は国を壊滅させるだけに留まらず、しばらく人類の記憶を蝕み続けた。組織は何百年とかけて、そんな残照も狩り続け、ようやく完全撲滅に至った存在。それが何故いま、ここに。
「サキさん、聞こえてますよね。あなたも戦ってください。緊急事態なのは見れば分かるでしょう。」
「倒滅機関と一緒にしないでもらえませんかぁ!?こっちはただの事務員なんですけどぉ!?」
電話の向こうで激しい音がする。どこも人手不足だ。倒滅機関。人類の敵となるアドベンターを抹殺する機関。だがアバロン級の登場は想定していない。ここ数千年活動していないからだ……!
「邪魔ぁ!!」
道を塞ぐ楽園の騎士を切り伏せる。こいつらは大したことはない。元は人間だが関係ない。こうなった時点で救いはない。皆殺しにする。危険なのは王の誕生。騎士王、アバロン=アーサー。伝説のとおりならば、人類は絶滅を覚悟する必要も出る……!
そして剣は予感する。"なぜ今になってアバロンが動きだしたのか。"
超弩級巨大アドベンターは一度侵略に失敗してから"皆"、この星への侵略は諦めていたと思っていた。そう……"皆"。アバロン級のアドベンターはまだ他にもいるのだ。今なお、そらの果てで。こちらを見ている。
───言葉が出なかった。目の前に現れた騎士王は佇む。まるで事態を改めて確認するかのように。そこにもう雷伝の意思は感じられない。
腰に付けていた剣を抜いた。光り輝く剣。眩い光が辺りを照らす。そして何気なしに振った。剣圧が弾け飛ぶ。屋上の出入り口が両断され崩れる。
身体が震えていた。本能が訴えていた。あれは関わってはいけないもの。決して近寄ってはならない。災厄そのもの。だというのに……俺は心が、理性がその場を踏みとどまらせる。似たような存在をかつて見ているからだ。龍賀野で見た、漆黒の異人。仁はあのとき、決して怯まず、誰のためでもない、世界のために迷いなく立ち向かったことを、俺は知っている。
ならば俺は逃げるわけにはいかない。仁に顔向けできない。今逃げたら、自分が自分でいられない気がしたから。
騎士王は動き出す。甲冑の音がカチャカチャとする。聖剣を両手に構え、少しずつ歩み寄ってくる。お互いの距離が近づいて、射程距離に入った瞬間動いた。先に動いたのは騎士王アバロン=アーサー。聖剣を振り下ろした。
「がっ!ぐっ……!」
聖剣を受け止める。ビルの屋上が砕けた。俺たちは落下する。屋上の下の階層へ。その隙を逃さない。自由の効かないこの空中で、思い切り騎士王に拳を叩き込んだ。
手応えはあったはずだった。有栖川の作り出したこの肉体はとてつもない膂力で、あらゆる存在を叩きのめしていた。その筈なのに……。俺の拳は騎士王の甲冑に阻まれ、傷一つつけられなかった。
「コれが、おまエの能力か?なルほど、奴ラとはちがウ。」
これまで沈黙を貫いていた騎士王が喋りだす。悪寒がした。それは雷伝とはまるで異なる別の人格、別の存在。この星に降り立ったアドベンターはこの短時間で学習し、人類の言語を学習しコミュニケーションを取るレベルにまで到達した。
「だガ、そこマでだな。」
騎士王は蹴り上げる。俺はうめき声をあげた。壁に叩きつけられ壁をいくつか粉砕し、別の部屋まで吹き飛ばされた。穴の空いた壁の向こうで、騎士王が少しずつ歩み寄ってくる。
俺は自身を鼓舞するかのように叫び声をあげ、立ち上がり、壁をぶち破って、上段蹴りを入れる。だがその蹴りも、騎士王の篭手に遮られ、まるで意も介していない様子で片手にもった聖剣を俺に振り抜いた。上段蹴りを受け止められ、隙のできた俺に、聖剣は容赦なく切り裂く。
胸部から腹部にかけて斬り裂かれ、目の前が真っ赤に染まった。
「はっ……はぁ……はぁ……。」
───勝てない。胸元から血が溢れて止まらない。殴りつけた拳は、足はまだ感覚が戻らない。もしかすると骨にヒビが入ったのかもしれない。対して騎士王は完全に無傷。まるで虫を相手にするかのように、ただただ平然と距離をとった俺にトドメを刺そうと近寄ってくる。
「貴様を、ここで殺せて本当にヨかったと思うよ。」
騎士王は剣を振り上げる。終わる。全てが。あの聖剣は俺の肉体をバターのように容易く斬り裂く。終わりが……。
聖剣は振り下ろされた。そこに慈悲の欠片はない。確実に相手を仕留める……筈だった。振り下ろした筈の聖剣が止まる。連はその剣筋を見切り、聖剣を掴んだのだ。完全に戦意を削ったと思っていたのに。まだ目の前の男は、満身創痍になりつつも戦うというのか。今なお、胸元から血が吹き出ているというのに。
諦めるわけにはいかなかった。ここでもし俺が諦めたらどうなる?彼女の有栖川の死は闇に消えていく。ただ一人、助けを求め続けた彼女のことを知るものが、どこにもいなくなる。何でもする。何をしてでも、目の前の怪物を倒す。例え修羅に堕ちてでも、その心が魂が燃え尽きたとしても。
境野連には二つの魂が同居している。一つは連本人のもの。もう一つはかつてともに戦ったこの世界の、平行世界の同一人物にあたる境野仁。
仁の魂は少しずつ、連の魂に溶け込んでいき、いずれは消滅する。それを無理やり叩き起こした。溶けゆく魂を強制的にすくい上げ再構築、今一度ともに戦うために。
こんなやり方は誰も望んでいないかもしれない。それでもやらなくては、あの怪物を倒さなくてはならない。なんとしても。何があっても。
「だからどうか、許してくれ、そして貸してくれ、仁……!」
アバロン=アーサーは掴まれた聖剣を一度手放す。とてつもない力で掴まれた聖剣は動かなかった。死の直前、最後の力を振り絞っているのだろう。ならば勝手にするがいい。そのまま腹部に強烈な蹴りを入れ込む……!
「……な、に!?」
蹴り入れた境野連は弾けた。文字通り、肉塊ではなく、水しぶきをあげた。何が起こったのか分からなかった。境野連は人間だった。液状化するなどあり得ない。
それはアバロン=アーサーの知らない技。術式・水鏡。あらゆる物理攻撃を液状化した肉体は無力化する。
境野連は構える。今一度、拳を叩き込むために。だが無意味なことだった。彼の全力の一撃は甲冑すら砕かない。だからアバロン=アーサーは慢心していた。その攻撃は意味のないものだと誤認していた。叩き込まれる。強化された渾身の一撃が。アバロン=アーサーの甲冑を粉砕し、体躯を叩きつけ、吹き飛ばす。
「がっ……はぁ!!」
何が起きている。再度見つめる。あぁ冷静に見直すと分かった。あれは境野連ではない。違う。何者なのだ。いや、察しはついていた。奴もまた、"我々"と同じ存在。
その目に映る、その存在。境野連の姿をした怪物は、紛れもなく我々と同じ色をしていた。そして背後に見えた。ゆらゆらと揺れながら輝く力を。アドベンターすら震え上がらせる存在の一端を、恐怖を象徴するものを。
あれこそが、境野連にとってのアバロン。魂の在り処。原始の恐怖。あらゆる存在を蹂躙する力を持つアバロン級アドベンター。"あれ"に取り込まれたものは、全てが終わる恐怖と支配の力。
「それが……貴様の本当の力ということか、まだ名も知らぬアドベンターよ!!」
騎士王は対峙する。異次元からやってきた、恐怖と支配の使者と。そしてその背後で、こちらを見つめ続ける、異次元の先にいる、地獄のような存在を。





