来たる楽園、永遠の花園
「うん、なるほどビンゴだね。VR機器に術式付与された機器が取り付けられている。これは技術的解析ではわからないわけだよ。外部委託された会社から営業部がそれを受け取り、開発部に渡してVR機器に組み込んでいる。皮肉なのはそれにより、性能というか没入感も飛躍的に向上することだね。洗脳装置としての能力を高めるための副産物という奴さ。」
社長の許可も得たので堂々とインターネットに接続しザリガニにリアルタイムで会話を行った。結果は予想どおりだった。
「VR機器を通してプログラムを直接脳にインストール、これが洗脳の方法だ。革新的な方法だけど理論は理解した。」
それは星睡蓮への中毒性を促すもの。そして星睡蓮を介して命令を受け取ったものは、従順に動くものである。
「社長、星睡蓮のプログラムはないのか?」
「それは無理だ。星睡蓮はラスタ社とは関係ないサードパーティ製のゲームだからね。だがサービス停止はいますぐ始めよう。ユーザーには申し訳ないが、仕方あるまい。」
シュタイナーは自身のデスクに戻りキーボードを打ち込み始めた。
「となると星睡蓮の運営が黒……なのか?」
「いや、それはわからないね。星睡蓮の運営なら真っ先に調べたさ。だがラスタ社と同じ。おそらく星睡蓮を通して命令しているのは星睡蓮にいるプレイヤーの誰かだ。そしてその解析は……アクティブユーザー数からして極めて困難だね。ただ何はともあれラスタの社長の協力を得られたんだ。洗脳する手段を失い、少しずつ日常は戻っていくと思うよ。黒幕はじっくり時間をかけて見つけよう。」
「いや、それには及ばない。もう準備は終わってるからねぇ。」
社長室の巨大モニターに突然電源が入る。画面に写ったのは雷伝。亡霊四騎士の一人……!
「まーさか、こんな早くラスタ社に突っ込んでくるとは思わなかったよ。おかげで少し計画を前倒しにせざるをえなかった。レン、お前なら真実にたどり着くだろうと踏んでな。」
雷伝はビルの屋上に立っていた。強風でコートがはためいている。
「あそこは……我が社の屋上だ!!」
シュタイナーが叫ぶ。俺たちは急いで屋上に向かった。屋上には一人雷伝が立っていた。
「雷伝!お前だったのか、多くの人々を洗脳したのは!」
「おう、ちょうどいいおもちゃが転がってたからな。楽だったよ。」
雷伝は屋上で街の様子を眺めている。その目はどこか虚しげで陰の入ったものだった。
「見ろ、準備はもう終わったのだ。街の様子を見ると良い。」
雷伝に促され屋上から街の様子を眺める。直線に輝くゆらめきながら輝く景色が見えた。それは深夜のビジネス街に、不釣り合いな夜景だ。それは人の行進だった。無数の人たちが、洗脳された人たちが、このビルに向かって行進をしている。そして、ビルの真下で待機し列を作っているのだ。
「な……にが……起きてるんだ?」
「俺の作った洗脳プログラムで呼び出した。何人かはしらねぇ、まだまだ来るぞ。クク、壮大な景色、まるで篝火だな。」
人々は跪く。そして両手を掲げ天を仰ぐ。これは祈り。何かを祈っている。
地面が輝き出す。街が輝き出す。これはなんだ、街が疎らに、何か規則的に輝いている。何が起きている。
「見ているか!聞こえているか!人々の願いここにありて、彼方よりの理想郷を賜い下す!今、ここに我らの大願を為せ!!人々の魂を生贄に!!永遠の約束をこの地に!!降神召喚!!虚無の彼方より降臨せよ!!アドベンター・アバロン!!!!」
うめき声が悲鳴が叫び声が聞こえた。地上の人々が苦しんでいる。そして、それは突如現れた。空を覆い尽くす巨大な地平。大地が、空が反転した。世界は埋め尽くされる。月が星が消え、深淵が闇が世界を覆い尽くす。否、あまりにも、あまりにも巨大なそれに俺は気づかなかった。それは空を覆い尽くす天蓋。巨大なアドベンター。
もう一つの世界がそこにあった。丸くて赤い果実をつけた樹木が何本も生えている。
(見つけた。)(こちらに来い。)(見つけたよ。)(許せない。)(いっしょに。)(殺せ。)(仲間だ。)(憎い。)(どうして。)(屈辱を晴らせ。)(おいで。)
それが出現した瞬間、俺の脳裏に無数の呼び声が駆け巡る。何者かの誘いがやってきた。知らない、誰だこいつらは。誰だ誰だ、俺の頭の中に勝手に……!
「あ、ああ……ああぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
突然頭を抱え叫びだす連にバルカンたちは戸惑う。天を覆う巨大なアドベンター。だがそれは空中で静止している。連は何を見た、何を知ったのか。
「落ち着くんだ、君は大丈夫だ。意識をもて。」
錯乱する連にシュタイナーは肩に手を当てて語りかける。その言葉に連は少しずつ落ち着きを取り戻し、息を切らしているものの、正気に戻った。
「シュタイナー……さん……俺は……何を……。」
「すまないな若者よ。私のアタッチメントは生体電気を操作する。私の声を通して、君には少しリラックスしてもらった。これも一種の洗脳……舌の根も乾かぬうちに下衆な使い方をしてしまった。」
頭を下げるシュタイナーに俺は慌てて礼を言った。再度空を見上げる。もうあの声は聞こえない。だが巨大なアドベンターは不気味に静止したままだ。
「見ろ坊主。始まるぞ、再誕が、産声が聞こえるぞ。メルニヌスたちがやってくる。」
無数の樹木になった果実が割れていく。中から何かが飛び出してきた。蛾の成虫だ。あれは果実ではない、蟲の卵だ。無数の蛾が地上に、この星に降りていく。
蛾は魂が抜けたように呆然としている人々に触れる。そして溶けていく。瞬間、彼らの肉体は変質を始めた。肉は膨張し、硬質化し、片腕は伸びて一本の鋭利な爪となり、もう片腕は横に広がり指は退化し消えていく。
その姿はまるで騎士。中世の騎士のようだった。彼らはメルニヌスナイト。アドベンター・メルニヌスに寄生されたものの末路。またの名を楽園の騎士。
変貌した彼らは周囲の人々を襲い始める。虐殺だった。騎士たちが、無辜の人々の殺戮を始めた。この世の地獄が、地上では起きている。
「はは……はははは………あははははははははははははははは!!見ろ!!!俺は成し遂げた!!!アバロンはここに成就した!!!成し遂げたのだ!!!!!」
その様子を、雷伝は狂ったように笑いながら見ていた。まるでエンターテイメントを見るかのように。ただひたすら、ピエロのように笑い狂う。
「これは神話の再現、かつて彼らは喚び出した、そらから楽園を。ははは、あはははは!簡単なことだった!!奴らを使って、また喚び出したのだ!!楽園楽園!!うひゃはははははは!!!」
拳が宙をうつ。まただ、殴りつけても雷伝にダメージはない。バルカンも銃弾を打ち込む。だが同じだ。銃弾は雷伝の身体を貫通するが傷一つつかない。
「無駄だ、俺の恩恵は電気と一体化すること。俺の身体は電気そのもの。故に掴めない、故に傷つけられない。くくく……見ているか……俺は……お前なんかよりも遥か高みにたどり着いた。」
俺たちなど眼中にない様子で、雷伝は手を広げ空を見上げる。その姿はまるで祝福を受ける信奉者のようだった。一つの影が走る。だが雷伝は気づかない、ただ今この瞬間を永遠のもののように身に味わっていた。
軽い音がした。雷伝の顎が打ち抜かれたのだ。為すすべなく雷伝は意識が一瞬消失する。そしてアッパー、強烈なブローが叩き込まれた。吹き飛ばされた雷伝は倒れる。物理ダメージなど受けない自分に、何が起きたのか理解すらできなかった。
それは連たちも同様だった。一瞬の動きで辛うじて目で追えるものだった。あまりにも自然に、あまりにも無意識的に動くそれは、一連の動作が攻撃であったと認識するのがワンテンポ遅れる。
「話の筋は分からない。だが、君が悪者なのは"理解"した。ではこのアルバイン・シュタイナー、全霊を持って相手しよう。何故なら私は社長でエンターテイナーなのだからッ!!」
彼は俺たちの様子を静観していた。ラスタ社長、アルバイン・シュタイナー。彼のアタッチメントは電光石火。生体電気を操作する。その対象に、規模に、限りはない。如何なる相手であろうと、"アドベンターであろうと"。彼のアタッチメントは走り続ける。無限に走り続ける彼の情熱のように。