ただ一人、戰場に起つ
全員が一流のアタッチメントの使い手。だというのに数は数十人いる。これだけの数、相手にできるだろうか。ルナの方に目を向ける。流石に厳しそうで、苦い表情を浮かべている。
「驚くのはまだ早い、ここからが、俺のアタッチメントの真骨頂だ!」
ジルが合図を送ると一部警備員たちの身体が変形し始める。そして近くにいた警備員同士で結合し始めた。関節を無視した歪な組み合わせ。あるものは手のような、あるものは足のような形となり、結合した。そして巨大な人形の怪物が姿を現す。いや結合というよりこれは……。
「合体……!」
「そうだ!そして分かるだろう、合体したロボットは……強い!!」
合体した警備員の手がこちらに向けられた。瞬間、手からビームが発射される。俺たちは紙一重で躱す。いや、躱されたというべきか。先程の動きはデモンストレーション、威嚇射撃。実力差を見せつけるものなのは明白だった。
ジルのアタッチメントは触れたものの能力を強化するもの。サポートに特化したものである。だが、その強化内容はジルの好みが大きく反映される。ここにいる警備員たちは皆、本来血の通った人間だった。だがジルの強化に、そのようなものは不要、肉体を捨て機械の身体となることで自由自在に戦闘が行えるものとなった。
そしてそれぞれが持っている固有のアタッチメントのレベルアップ。先程、連とルナが相対した二人があそこまで強力なアタッチメントを有していたのはそういった理由があった。
相手がいかに強大であろうと引くわけにはいかなかった。これだけの警備員が配置されているのだ。間違いなく社長室には何かがある。俺は巨大な合体警備員を倒すため地面を踏み込む。だが動かない。見ると足元に蔓のようなもの、ワイヤーのようなもの、多種多様の拘束具が巻き付いていた。この場にいる全員がアタッチメントの使い手……誰の能力かは不明だが、当然拘束を目的とする能力もある。
俺はそれを無理やり引きちぎる。だが既に遅かった。合体警備員はその巨大な腕で俺を叩きつけた。そして俺の髪を掴み、思い切り殴りつける。吹き飛ばされ壁に激突した。
「レン!くそっ、バカが先走りやがって……!ちっ」
俺と同じ縄状のアタッチメントはルナにも同様に牙を向いていた。ルナは超人体質とはいえ、俺ほどの膂力はない。引きちぎることすら出来ず、なすすべなく縄がルナを締め付ける。
「くっ……そが!きたねぇぞこのクソ野郎……!」
「我々の業界では褒め言葉だよお嬢さん。」
俺はすぐに走り出し、ルナに絡みつくアタッチメントを引きちぎる。既に胴体にまで侵食しており、両手両足が縛られている状態だ。いくつもの縄状のものが絡みついているので全て引きちぎるには時間がかかる。俺は仕方なくルナを抱きかかえて一度距離をとった。
「正解だが、いつまで逃げ切れるかな。ふむ、情報にあるぞ境野連。有栖川リサ、星の使徒が作り出した肉体……興味深いが、その力は……くく。笑えるな。使ってもいいぞ?」
仁が使っていた術式のことだろう。だが、ここはビルの中で潜入調査。目立ちすぎるので光線は発射できない。であればあの炎だ。俺は意識を集中させる。燃えない、熱のない、だが確実に相手を燃やし尽くす炎。全てを燃やし尽くす……!
「やめときなレン、それは滅多に使うもんじゃない。」
聞き覚えのある声とともに肩に手を置かれる。振り向くとそこにはビルには似つかわしくない、アロハシャツにジーパンというラフな格好をしたバルカンがいた。
連たちがラスタ社に向かったあと、バルカンは一人酒を飲み続けていた。何もかも忘れるように、浴びるように酒を飲み続ける。……酒が切れた。バルカンは舌打ちをする。
「おいルナァ!酒がねぇぞ、買ってこい!!……ルナァ!!返事しねぇか!!!」
返ってくるのは静寂。そうだ、あいつは今、レンとデートしてた。ラスタ社……奇妙な話だ。あそこは何も悪い話を聞かない。一般人ならともかく俺が聞かないのだ。社長だってどんな奴か知ってる。何もないと思うのだが……。くそっあれだけ仁を好いてたのに、ケロリとしやがって。女ってのは皆、こうだ。人情がないというか、思いやりがないというか……。
机に立てかけた写真を眺める。温泉街、四人でとった記念写真。仁は嫌がってたがこういうのは大事だ。写真の中では俺と仁、ムォンシーに連が写っている。みんないい表情だ。まさかこれが、最後の記念になるなんて、思いもよらなかったが。
目頭が熱くなる。酔いのせいだろう。感情的になりがちだ。酔い覚ましを飲んでもう寝よう。酒もないし起きてても意味がない。
「呆れたね。バルカンの協力を得られなかったと聞いていたが、まさかこんな有様だなんて。」
どこからか声がした。俺のスマホだ。いつのまにか通話状態になっている。着信番号は……非通知だ。
「誰だお前?俺のスマホをどうして知ってる。」
「僕の名はザリガニ。バルカンが仁の本当の仲間なら聞いたことはあるんじゃないかな。」
「……あぁ引きこもりの臭い女か。どうした突然、同窓会でも開きたいのか?」
「……緊急時だし今の暴言は水に流すよ。それよりもどうしてレンの協力を断ったんだ。レンとバルカンは仁と一緒に戦った仲間じゃないのかな。AI仁だって協力を願った筈だ。」
「ルナを連れて行かせた。それで十分だろ。」
「嘘だね。いつものバルカンなら自分で行っていた。今回の仕事は奇妙だ。ラスタ社なんてクリーンな会社が洗脳装置に関わってるなんて何かがおかしい。不確定要素が多いこの依頼に、自分の娘を無責任に行かせるなんて僕の知るバルカンならしないよ。」
こいつは俺の何を知っている。仁の仲間だということは聞いている。だがそれだけだ。直接顔を合わせたこともない。
「得意のハッキングで俺の個人動向でも覗き見して知った気になったか?」
「違うよ。バルカンは仁の仲間だ。仁が仲間と認めた人物なら、こんなつまらない選択をとらない。少なくとも僕の知る仁はそういう男だよ。」
なんだそれは。仁の仲間だから?馬鹿馬鹿しい。そんなことでどうして人柄まで分かるというのか。タバコに火をつける。心を落ち着かせる。
「なら見込み違いだな。残念ながら俺はそういう男なんだよ。」
「仁が聞くと失望するだろうね。」
……胸がチクリと痛む。苛つきを感じる。何なんだこの女はさっきから失礼なことばかりだ。
「女、しかもガキにはわからねぇだろうがな。大人には大人の考えがあるんだよ。仁のことを分かったような口で叩くのはやめろ。」
「それで自分は分かっているから、酒浸りで自堕落な生活を送っているわけか。確かに僕は理解できないな。仁なら今のバルカンを肯定してくれるわけだ。娘に八つ当たりしているのを見てもっとやれって言うわけだ。」
「そんなわけねぇだろ!!!」
思わず立ち上がり声を荒げる。そして今の自分の発言が信じられなかった。何がそんなわけないのか……。そのとおりじゃないか……。俺はずっと、仁のせいにして……何もかもから逃げ出したかっただけだ……。友人の死を認めることができず、女々しくずるずると引きずり……。
スマホの先でザリガニが憎たらしい笑みを浮かべているのが想像に浮かぶ。だが……。
「あー……わかったよ!おじさんの負けだ!おじさんがガキでした子供でした女々しかったです、本当に申し訳ありませんでした!!」
棚から解毒薬を取り出す。酔い覚ましなんてものじゃない。体内のアルコールを分解するもの。こんな状態じゃ仕事にもならん。
「今、彼らはラスタ社に侵入している。データは今、送った。急げば間に合うはずだ。」
スマホを見る。ラスタ社ビルの建築図面、セキュリティプロトコルの仕様書、タイムスケジュール表、各フロア別電気使用量の時系列データ……潜入にはどれも重宝するデータばかり。
「ちっ、仁の野郎。これだけのデータをタダで貰ってたのかよ。くそ羨ましい。」
「タダじゃないよ。僕の身体を洗ってくれたりしてたさ。」
「……絶対それ経緯とか丸々省略してるだろお前?」
バルカンは駆け出す。その先に仁はいない。だが仁のやり残した仕事だ。レンの物語はまだ終わっていない。あいつがやり残した仕事は、俺が引き継ぎ終わらせてやる。それが仲間ってもんだ。そうだろう仁。
そして間に合った。大量の警備員に取り囲まれ絶対絶命といったところだ。
「バルカン!?来ないんじゃなかったのか!?」
「まぁ……ほらやっぱり坊主たちに任せておくのは不安だし、保護者責任ってやつよ。」
ジルは見定めていた。突然現れた中年……よく見ると緊急用出入り口のハッチが開いている。あれを見つけたのか……目ざとい奴だと感心する。
だが、それだけだ。相手の戦力は一人増えたのみ。大したことではない。圧倒的物量で押しつぶす。そう、物量こそが正義なのだ。
「今更、中年が一人増えたところで、何が変わるというんだ?大人しく老人ホームにでも行ったほうがいいぞ?老い先短い人生をこれ以上、短くする必要もないだろう。」
「おー言うねぇ、サラリーマン。それじゃあ人生の先輩としていい言葉を教えてやろう。烏合の衆。こーんな数揃えて、組体操でも始めるの?おっと失敬!既に目の前で組体操してる奴らいるじゃん。」
「どうやら認知症も始まっているようだ。烏合の衆?哀れな……やれ。」
合体警備員がバルカンに向けて拳を振り上げる。同時にバルカンを拘束しようといくつものアタッチメントが発動した。
「逃げろバルカン!こいつら全員一流の能力者だ!!」
叫ぶ俺の肩にルナの手が置かれる。振り向くとルナは先程の緊張感に満ちた表情から若干和らいでいた。
「大丈夫だよレン、パパはな……わたしの師匠だから。」
どういうことだ?そう言いかけた瞬間衝撃音がした。合体警備員が俺にしたのと同じようにバルカンを叩きつけたのだ。バルカンの肉体は通常の人間と同じ。あれでは全身の骨が砕かれ……!
合体警備員の拳は床面に届かなかった。衝撃音はバルカンの周囲で起きていた。何故かバルカンを拘束していた能力たちが引き裂かれ破壊されている。何が起きた?
「これが発勁だ。」
八極拳における発勁とは文字通り勁を操ることを言う。勁とは即ち力の流れ。力の流れを操り相手に叩き込む、受け流すのが八極拳の真髄である。バルカンは叩きつけられた勁を自身の肉体を介して、拘束するアタッチメントに移動、放出した。その衝撃により、引き裂かれたのだ。
「んでこれは発勁の一つ。寸勁な。」
合体警備員に手のひらを当てる。瞬間、手のひらを起点に爆発が起きた。否、爆発と見間違うほどの衝撃が発生したのだ。合体警備員は粉砕され宙に舞う。
これがバルカンの実力。仁の認める正当武闘派。その実力は単独で、ムォンシー率いる龍星会と比肩する。
その神秘的で超常的な実力に俺は唖然としていた。バルカンは銃を使っているところしか見ていない。まさかこれほどまでの……実力者だったとは。だが俺はすぐに冷静になる。
「駄目だバルカン、一人二人倒したところで……!」
「そう、そのとおりだ。驚いた。老兵侮るに難しといったところか?だが……お前の倒したのはあくまで我が戦力の一端に過ぎない。見せてもらったよ?お前の戦い方に合わせて、我々は戦い方を変えるのみ。」
ジルの指揮により警備員は隊列を組む。確実に相手を仕留める。統率された軍隊の合理的なやり方で。
「勘違いしてないか?既に俺のアタッチメントは発動している。」
「な……に?」
粉砕された合体警備員の様子がおかしい。ガタガタと変形し始める。だがジルは知らない。既に死亡した合体警備員がさらなる変化を遂げるなど。そして異変は合体警備員だけではなかった。警備員の何人かが爆散し、同時に変形を始める。
爆散したのは拘束させるアタッチメントを使用していた連中だ。最初はアタッチメントかと思ったが違う。先程のバルカンの話から察するに発勁によるもの。アタッチメントは触れたり自身の肉体を変化させるものだ。拘束に用いたアタッチメントはつまるところ床下を潜行していただけに過ぎない。故に導火線のように時間差で、拘束をしていた警備員たちは発勁の直撃を食らったのだ。
それは分かる。だが今なお変形し続けているのは何か。何が起きている。





