人造英雄、無数の軍勢
ビルにおいて最も警戒されない場所はどこか。警備員にばれたことを考えると出入り口は封鎖されている可能性がある。であるならば、意味のない場所。こんなところに潜入する価値のないところに潜むのが一番だ。
レンはそう考え一人食堂の倉庫に身を潜めていた。業務用の調味料や水などが積まれていて、隠れる場所も多い。それにまさか、ラスタ社という最先端の技術を走る企業のビルに侵入した者が食堂にいるなんて思いもよらないだろう。
ノートパソコンを開く。ザリガニのプログラムは未だ解析中だ。
物音がした。誰かが入ってきたのだ。声を潜め気配を殺す。足音はしない、だが気配を感じる。こちらに迷いなく近づいている。ばれた?どうして?なにかミスをした?
俺は臨戦態勢をとった。最悪……殺してでも止めなくてならないかもしれない、そんな恐怖感に感情が支配された。
「いい場所ね、確かにここなら警備の優先順位は低い。ちょっと寄ってくれ、私も入るから。」
格好こそは違っていたがルナだった。変装用のオフィススーツではなく、ライダースーツのような……ボディラインが目立つ服を着ていて目のやり場に困る。
「ふ、服はどうしたんだ……?」
「あ?破れた。あんまジロジロと見てんじゃねぇよ殺すぞ。」
そう言ってルナは俺からノートパソコンを奪い取り解析状態を確認して舌打ちをした。
「上手くはいってるみたいだが、しばらくここで息を潜めるしかねぇな。おい、少し寄れ。多少触れるのは仕方ねぇが、変なところ触ったらちぎるぞ?」
睨みつける表情が怖い。大人しく言う事を聞くのが身の為だと理解した。俺は少しずつ身体をずらして、この狭い倉庫で解析が終わるまで大人しくしていた。
ロガートの反応が消えた。彼は俺と同様、臨時に雇われた特別警備員だ。時には殺し合ったり、時には背中を合わせたり……厄介な好敵手であり……戦友だった。だが死んだ。あいつと戦った相手の中にはチンピラだけではない、軍隊だっていた。そんなやつが……殺されたのだ……。
「おいジル、落ち着けよ。侵入者は始末する。クレバーにな?」
肩を震わす俺にジェンは声をかけた。戦場では平静さを失ったものから死ぬ。鉄則だ。理性を失い死んでいった新人を何度も見てきた。
「ばぁぁぁぁっかじゃねぇのぉ!!?死んでんのロガートのやつ!!ぎゃはは!!雑魚すぎんだろぉ!!!」
突然豹変したジルの様子に周りの一般警備員たちがたじろぐ。やれやれ素人どもが。見てみろジェンのやつを、俺の姿を見て眉一つ動かさない。
ジルは唖然として一般警備員の頭をつかんだ。突然の行動に困惑する。
「いくぜぇ……ジェン……戦争の始まりだぜ?」
アタッチメントが発動する。ジルのアタッチメントを人はこう呼ぶ。『英雄作成』と。
食堂に倉庫に潜んでからどのくらいの時間が経過しただろうか。ようやくノートパソコンの解析が終わった。解析の結果は、残念ながらこのノートパソコンに機密情報は入っていない。ただ……。
「社長室……か。」
情報保管場所は分かった。社長……アルバイン・シュタイナー。人の幸福を純粋に願っていた彼が、全ての黒幕だったということだ。俺は落胆した。あのとき、フードコートで見せた彼の目は嘘だったのだろうか。結局、彼もまた……亡霊と同じように悪意の塊……。
「社長室ね……普通技術書類はそんなところに保管しないと思うけど……なにしてる、行くぞ。」
ルナはそんな俺の気も知らずに既に倉庫の出口に立っていた。そうだ、気を落とす余裕なんてない。社長室でVR機器のブラックボックスが分かる機密書類を見つけ出す。これ以上、犠牲者が出る前に。
社長室は最上階だ。社長室に向かう途中、更にセキュリティゲートが存在する。高度なものだった。ザリガニはこれも呼んでいたようで網膜認証、静脈認証全てをクリアした。自動ドアが開くと、そこはガラス張りの円柱の部屋だった。しばらくすると床面が動き出す。エレベーターだ。ガラス越しに夜景が見える。ここは何階だろうか。遥か高くから街が見下ろせた。
「エレベーターの移動でしか社長室には行けないってこと……災害時はどうするのやら。」
「もしかしたら緊急用の隠し通路とかあったのかもな。」
ガラス張りの景色は消えてエレベーターは停止する。そして扉が空いた。最上階、社長室のフロアについたのだろうか。
そこはホールのようだった。広々とした空間で、周囲には何もない。ただ、中央に上層へ向かう階段があった。吹き抜けになっている。恐らく階段を登ると最上階、社長室へと至るのだ。
舌打ちが聞こえた。ルナだ。
「まずいな、くそっどのみち潜入は無理だってことか。」
───どういうことだ。それを聞こうとした瞬間、照明がついた。突然の眩い人工の灯りに目がくらむ。潜入がバレた。一体いつから?
「セキュリティゲートを通過してエレベーターで移動するものがいて、その先は隠れる場所もないホール。誰だって気づくだろ。なるほど、侵入者対策ってことか?」
奥の人影にルナは話しかけた。人影はニヤリと笑い姿を表す。先程と同じ服を着ている警備員だ。影が分かれる。二人いた。片方の警備員は警棒を構え、もう片方の警備員はファイティングポーズをとる。先程、ルナと相対した警備員と同じ圧力を感じた。
じりじりと、少しずつ距離を詰めていく。互いの射程距離、制空権が少しずつ詰められていく。そして均衡は破られた。
先に動いたのはリーチのある警棒を持った警備員。摺り足で一瞬の間合いを詰め、警棒を振りかぶる。受けるのは危険だ。どんなアタッチメントがあるか分からない。身を翻して躱す。
「がっ……!」
突然腹部に衝撃が走る。躱したはずだ。何が起きた?戸惑いは一瞬。すぐに事態を理解した。警棒を持った警備員の片腕がない。俺の腹部に命中している。伸びたワイヤーは収縮し元の腕に伸びる。ロケットパンチ……!
更にもう片方の警備員は飛んだ。何をするつもりか分からないが、飛んでくるのならば迎え撃つ。俺は拳を握りしめ迎撃の姿勢をとった。だが警備員は空中で静止する。そして周囲の空気が凍りつく。巨大な氷柱が複数出現し、それが俺たちに向けて発射された。
ロケットパンチで怯んだ俺に躱すのは難しい。だが正面から受けるのは危険だ。故に俺は氷柱を側面から叩きつける。力の方向がそれた氷柱は背後に叩きつけられた。ルナも同じ手段で氷柱を回避したようだ。
「ちっ……めんどくせぇアタッチメントだ……。」
見るとルナの手が凍っていた。あの瞬間で?
「わたしと似たタイプだろ。触れると凍るアタッチメント。ただし対象は触れたものから触れたものへと移すことができる。一瞬だったからこれだけで済んだが、連続でくると不味い。」
弾いた俺の手を見る。確かに凍りついていた。冷たさを感じないのは、この身体が有栖川に作られた特注品だからだろう。それなら活路はある。
「ルナ、警棒の奴はなんとか一人出来るか?」
「あ?馴れ馴れしく話しかけんじゃねぇよ……大丈夫だ。氷柱の奴はどうにかなんのか?」
「実は俺は凍っても平気な体質なんだ。」
は?ルナがそう言いかけた瞬間俺は走り出した。それを待っていたかのように、氷柱が大量に展開される。否、氷柱だけではない。奴の能力は触れたものを氷結させる能力ならば、作り出されるものはそれだけに限らない。目の前に氷の壁ができた。
「そんなもの……予想してたよッ!!」
俺は叩き砕く。拳が氷結した。でも構わない。俺は凍った手で更に距離を詰めた。大量の氷柱が発射され俺の身体に直撃する。今更、こんなもの、気にもとめない。凍っていく身体を無視して無理やり動く。ガリガリガリと氷が削れる音がした。
警備員は真顔だった。まるで機械のようだった。機械の……?いやこれは……。
俺は結論を出す前に思い切り叩きつけた。警備員は砕けちる。機械部品とともに。これはロボットだ。機械人形なのだ。アタッチメントを持つ機械?そんなものが……。
宣言どおり境野連は氷使いの警備員を倒した。今は全身が凍りついて身動きが取れない状態になっている。ルナは思わず笑った。無茶苦茶をしやがる。確かに人によっては全身が凍結しても数分なら活動はできるだろうが、それを今この場で、そんな親しくもない自分に託すか?
「は!おもしれぇなお前!上等だ、お前の無茶振り応えてやるよ!!」
震脚を使い一気に警備員に距離を詰める。連が倒した相手はロボットだった。こいつはどうだ?考えている余裕はない。人間だろうとロボットだろうと確実に始末する方法で倒す。ルナはアタッチメントを使い、支配した氷結能力を開放、氷柱を作り警備員を襲う。完全に不意をついた攻撃、回避する手段はない……!
「な……に……!?」
氷柱は胴体を貫く……はずが警備員の背後で砕け散った。完全なタイミングなのに外した。当然だ、警備員の胴体は二つに分かれて回避したのだ。人間技ではない。そしてドッキングと、不敵な笑みを浮かべた。こいつ……!
警備員は警棒を叩きつける。だが当たらない。警棒術に関しては素人のようだ。空振りし無様に柱を叩きつける。時間に余裕がない。空振りした瞬間、その隙を狙う……!
「ツッ……!!」
突然背後からの衝撃。地面に叩きつけられる。やばい、警備員はルナに馬乗りになる。そしてその警棒で思い切り顔面を何度も叩きつけた。
何が起きたのか理解できなかった。気配がなかった。突然何かに後頭部を叩きつけられた。だが、馬乗りになったのは失敗だ。体格の劣る女相手だからか、そうすれば制圧できると思ったのだろうが、大間違いだ。
超人体質のルナは成人男性の筋力を遥かに上回る。馬乗りにされたところで、それを振り払うのは、ルナにとっては赤子の手をひねるのと同じくらい容易なことだった。
「オラァ!!」
突然の衝撃に警備員は転がる。理解できない、そんな気持ちが態度に出ていた。だがただでは済まさない。ルナの足元で力が膨れ上がっていた。もう一人の警備員のアタッチメントは力の保存と開放。先程、ルナの顔面を警棒で殴りつつ、床も殴りつけた。何故か?保険である。万が一のために、殴りつけたエネルギーがそのまま、無防備のルナの顎に発射された。
だが警備員は知らない。超人体質のもう一つの特質を。それは常人離れした筋線維、骨密度の副産物。そう、ルナには並大抵の、少なくとも"ただの人間如きが"放つ物理攻撃など物ともしない。放たれたエネルギーを無視して警備員を組み伏せる。先程とは逆、ルナが警備員に馬乗りになる。
「機械だろうがよぉ、頭ぶっ壊せば死ぬだろ?」
既に頭部は掴まれていた。万力のような凄まじい力で。分離ができない。それでも足掻く、まずいまずいまずい、この女の鉄拳はまずいと、"かつてあった"生存本能が訴える。
まず最初に一際大きな鈍い音がした。そして続いて一発、二発……。ルナは理解していた。こういう類の相手は徹底的に殺し尽くすべきだと。はたから見ればまるで嬲り者にしているような残酷な光景。だがそれこそがこの業界で長生きするコツなのだ。
頬についた返り血……オイルだろうか?それを拭い、氷漬けになったレンを見る。
「見直したぜ、ほんの少しはな。」
氷に発剄を送り込む。中の連は傷つけないように、外部だけ砕く。一瞬にして砕け散り、連は意識を取り戻した。
「……はっ!氷漬けって初めての経験だけど、存外意識が続くもんだな。」
「そりゃよかった。貴重な経験だ。絵日記でもつけるか?」
警備員を倒し和やかな空気が流れる。だがそれも束の間だった。
「……おいおい、どういうことだよ。」
無数の警備員に取り囲まれていた。そして奥に立つ、一際目立つ警備員が一人。
「尖兵との戦いご苦労。敬意を表して名乗ろう。俺の名はジル。本社警備の為に雇われた、特別警備員だ。」
ジルの一声で警備員たちは整列、敬礼をする。統率のとれた軍隊のようだった。そして恐るべきは、尖兵という言葉は決して嘘ではなく、彼ら一人一人が、先程の警備員と同じ、いやそれ以上の力を有していることが、戦わずして、気配から分かった。
それを統率する人物……先程の言動……。間違いない。彼がザリガニの言っていた、外部から雇ったという世界トップクラスのアタッチメントの使い手とやらだ。





