鉄線胚珠、埋め尽くす球体
油断していなかった……といえば嘘にはなる。何せ目の前にいたのはただの少女、アタッチメントの警戒はあれど純粋な体術で敵うはずがないと高を括っていたからだ。その結果がこのザマだ。まるで重機に叩き上げられたような衝撃が走り一瞬意識が飛んだ。
「ちっ、やっぱオフィススーツは駄目だな。すぐに破れやがる。」
ルナのオフィススーツは発剄により無惨なものになっていた。だがこうなることは分かりきっていた。だから事前に軍用スーツを着込んでいた。薄型で一見ライダースーツのようだが、その耐久性と伸縮性は並々ならぬものをもち、ルナの超強力な八極拳の動きに耐えられるものだった。
オフィススーツだった布切れを破り捨てる。こんなものはもう邪魔だ。そんな所作を見て警備員は口笛を鳴らす。
「すげぇな、今の一連の動きでスーツがそんなになるってか?んでそれがお前の本当の戦闘スーツってことかよ。くく……完全に騙されたぜ。今の……アタッチメントじゃねぇな?」
アタッチメントには肉体能力を強化するものがある。だがルナはまだアタッチメントを使用していない。純粋な体術で、体格だけで言うなら自身を遥かに上回る成人男性を吹き飛ばした。それは八極拳の賜……ではなくルナの体質にある。
超人体質。ルナの筋肉、骨密度は常任の十倍。その力は技を抜きにしても、素手でコンクリートを粉砕する。
「おっかねぇなぁ、俺が完全に力負けする女がいるなんて。出し惜しみはなしってことだな。」
警備員はすぐに戦闘力を分析し、アタッチメントの展開を始めた。目の前の女を女として見てはならない。例えるなら飢えたヒグマ。下手に接近戦を挑めば、その並外れた筋力で、今度こそ腕を足を首を吹き飛ばされる。
「解説はしてやらねぇぞ?」
警備員の手から次々と球体状のものが発生していく。それらはまるでシャボン玉のようにふわふわと浮かぶ。ルナは察した。この球体を生み出すのを放置してはならないと。近くにあった机を持ち上げる。オフィス机は片手で軽々と持ち上がった。そしてそれを思い切り、警備員へと投げつけた。その投擲速度はまるで砲弾のようだった。
だが投げつけられた机は空中で静止する。球体から何かが出ている。ワイヤーのようなものだ。球体間を結ぶワイヤー、それが格子となって、机を串刺しにして動きを止めた。
「意外だな、図体に似合わず、ずいぶんと女々しい能力してんじゃねぇか。」
球体は室内に散らばる。そうしている間にも手から球体は次々と生まれていく。なるほど球体の発生数は無限と考えたほうが良い。そして球体間のワイヤー、おそらく貫く力は相当のものだろう。机は何の抵抗もなく一瞬で貫かれた。人体など……簡単に壊してしまう代物だ。ザリガニは言っていた。腕利きのアタッチメント使いがいると。なるほど、室内においてこの能力は厄介。
気がつくと、球体は自分を取り囲もうとしていた。そして予想どおり、球体間からワイヤーが射出される。予想どおり、いやそれだけでは済まないだろう。咄嗟に適当な机を盾にする。
「おっと、理解してるじゃねぇか。そういうこと。見てるだけなわけねぇだろ?お前がその肉体で敵をアタッチメント使わずして倒せるように、俺にもこの銃がある。球体だけを意識してたら終わりってことだ。」
長期戦は確実にしてはならない。この相手はじわじわと追い込み、自分の有利な環境を作り出していく。それにワイヤーの発射される球体……本当にそれだけか?というのもある。球体はあくまで射出装置。ワイヤーは副次的なもの。メインは他にある。動物的直感でルナはそう推理した。
『探偵ならいついかなる時も、相手がどういう動きをするか、最悪の想定をして動くもんなんだよ。』
あの人は得意気にそう言っていた。もういないのに。忘れなくてはならないのに。いつまでも胸の内に残り続ける。腹立たしい。腹立たしくて腹立たしくて、とても悲しかった。
だからせめて、あの人に笑われないように、一人でもやれるということを、お前がいなくてもやっていけるって見せつけてやらなくてはならないんだ。
「アタッチメント開放。」
球体を展開し、追い込んでいた女の周囲が突然揺れだした。警備員は構える。何かが来ると。咄嗟に防御の構えをとる。警備員の対応は正しかった。突然謎の衝撃波が飛んできた。それは周囲の事務用具を吹き飛ばし、まるで嵐のように襲いかかる。
「くっ……!これがてめえのアタッチメントかよ……!!」
防御したところで無意味だった。その強烈な衝撃波は辺りを飲み込み吹き飛ばす。まさに嵐が通過するようだった。呑み込まれれば最後、全身の骨は砕かれ絶命するだろう。
だが、警備員は不敵に笑う。
「なんてな、お前のアタッチメントを警戒してないわけねぇだろ。」
警備員の周囲を取り囲む球体からワイヤーが発射される。狙いはルナではない。球体間でそれは連結していき、つながっていく。そしていくつも繋ぎ合わさった瞬間、巨大なエネルギーが生じた。球体間が繋ぎ合わされハニカム構造、即ち蜂の巣状に構築され、強力な保護防壁となって発生した。ルナの放った一撃は全て防壁に遮られ無効化される。否、それだけではない。防壁は吸収した衝撃を構造体の中で循環し駆け巡る。増幅しているのだ。
即ちそれが警備員のアタッチメントの真骨頂。生み出した球体から射出されたワイヤーで構造体を作り出し、無敵の防壁を作り出す。そしてその防壁が受けたエネルギーは構造体の中で増幅され……何倍にもなって反射される。
「勝った!終わりだ筋肉女!!」
勝利を確信した。……はずだった。反射した筈の衝撃波はルナに届く直前で減衰し消滅した。この女の能力は衝撃波を放つ能力ではなかったのか……?耳元で、何かが鳴り響いている。まるで台風が吹き荒れる音のようだった。
「女々しいなんて言ったけど、私のアタッチメントも大概、女々しいな。」
女の言ってる意味が分からなかった。だって、いつのまにか、俺の頭に、ワイヤーが貫かれているから。これは……俺の球体……なんで……?どうして……?
脳天を貫かれた警備員はそのまま絶命し倒れる。
ルナのアタッチメントは支配。触れた事象を支配しコントロールできる。そしてコントロールをコントロールした事象を介して別の事象に移すことができる。ルナはこの時のために自宅にある軍払い下げの爆薬を用いて衝撃波という事象を支配していた。衝撃波を選んだのは小出しできるという点、爆風だと熱が発生するため潜入に不向きという点。そして手軽に支配できるという点からだ。
そして衝撃波を介して警備員のアタッチメントという事象を支配し、球体の一つをコントロールした。コントロールを失った衝撃波は支配者を失い霧散し消えていく。最後に球体からワイヤーを射出してトドメをさしたのだ。
「さて、思ったより時間かかったけど、あいつは無事か?」
ルナは予めお互い付けていた発信機を元にレンを追いかける。何事もなければ良いのだが。