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見果てぬ夢、遥か遠く目指すもの

 道行く人たちの様子がおかしい。目が虚ろで、何かぶつぶつと呟いている人もいる。

 昨日は結局、サキと二人で軽井沢につきっきりだった。とは言ってもゲームをしたり、雑談をしたりしたくらいだが。久しぶりに押入れから引っ張り出してきたアナログゲームはそれなりに楽しかった。

 ただ一日家に籠もっていただけで、こうも世界は変わるものだろうか。まさか学校までこんなことになっていないかと不安だった。


 「よぉ境野、おはようさん。」


 杞憂だった。高橋はいつものように挨拶をしておく、コトネや夢野も遅れて話しかけてくる。きっとたまたま、疲れていた人たちと遭遇したのだろう。

 ただクラスの話題は星睡蓮一色だった。最早、プレイしていないものはいないとも言える。友達がやっているから始める。そんな流れで連鎖的に増えていったようだ。


 「な、なんか肩身が狭いな俺ら……皆は大丈夫だったんだな……。」

 「それなんだよ……なんかあたしらが悪いみたいだぜ……。」


 VR酔いでまともにプレイできなかった。なんて言うと酷く笑われそうだった。それくらい、みんな長時間プレイしているようだ。もう少しで夏休み。きっと彼らは長期間の休みを利用して存分に楽しむのだろう……置いていかれる気分だった。


 「しっかしもう少しで夏休みかぁ、境野は何か予定あんのか?」

 「いや……ない……。皆は星睡蓮で楽しむんだろうなぁ。」

 「星睡蓮はいいよ……それよりも夏なんだから色々あるだろ。海とかお祭りとかさ。プールだって。」


 確かに夏のイベントは目白押しだ。星睡蓮は出来なくとも……楽しみ方はたくさんあるのだ。


 「そういえば結局プール行けてないし、今週末にでも行くか?」

 「お!?おぅ!いいな!!急な話だけどあたしは大丈夫、何なら二人きりでも構いは……。」

 「え?私は全然大丈夫だけど?」

 「私も問題ないですよぉ。」


 即答だった。高橋はがっくりと肩を落とす。


 「やっぱり何か変な感じだな……。」


 学校が終わり下校中、行き交う人達の表情に覇気がない。まるで死人のようだった。


 「皆さん忙しいんでしょうか……学校でも何か走って帰る人ばかりでしたし……。」


 夢野の言うとおりクラスメイトはやたらとそわそわしていた。そして終業のチャイムが鳴ると同時に走り去っていった。まるで何者かに追われているようなそんな印象さえ与えた。


 「VR依存症ってやつね。まぁ私たち、三半規管クソザコ同盟には関係ないけど。」


 嫌な同盟だな……そんなことを思いながら俺たちは帰路につく。

 ───はずだったのだが、何故かアパレルショップにいた。みんな夏服を選んでる。


 「なんで俺まで連れてくるの?しかも黙って。」

 「い、いやほら一人ハブるのは悪い感じがして、それよりこれどう思う?似合うかな?」


 女性のファッションなんて知らないから似合うとか知らない……。そんな調子で三人に付き合わされた。


 「まぁそう不貞腐れるなよ。ここでの食事くらいは奢ってやるからさ。」


 買い物を終えて俺たちはフードコートにいた。時間のせいもあってか人気がほとんどない。


 「そもそも、こんな買ってどうするんだ?」

 「高橋様とこの間、話したんですけど何故か最近、夏服が凄く安いんです。これから夏休みだし、私服着る機会はたくさんあるから、今のうちに買おうかなって話になったんですよぉ。」


 なるほど確かに割引の文字を多く見かけた。でもそれが俺を巻き込む理由になる?三人で行けば良いじゃん……。そんなことを思いながらストローに口をつける。


 「いやいやいや!ようやく見つけたよ年頃の学生!フードコートならいるとは思ったんだ!しかしどうしてだ、この国は。いくら平日の昼間とはいえ寂しすぎるじゃないか!ゴーストタウンに紛れ込んだと思ったよ!!」


 知らないおっさんが突然、俺たちの前に現れた。なんだこいつ。


 「とりあえず警察に通報かしら……。」


 容赦なしにコトネはスマホを取り出し110番しようとするところを、おっさんは必死に引き止める。


 「ちょ、ちょっと!誤解誤解!誤解だよ君たち!私はね、この国のおもちゃを研究しにきたんだ!おもちゃ作りの会社に務めていてね!!それが驚きだ!!この国のおもちゃ売り場には子供がまるでいないじゃないか!!?どういうことだい!?」

 「あーそれはですね……。」


 今起きているVRブームについておっさんに説明した。特に俺たち学生は横のつながりが深い。友達がやっていたらそれにならって……次々と始めるのだ。


 「ほう……つまりVRに夢中で外にも出ないと?嘆かわしい。確かにVRは素晴らしいものだ、だがその素晴らしき世界は現実があってこそのもの。限りあるものだからこそ、日常というスパイスがあってこそVRという非日常は愛されるというものなのに。」


 赤の他人である、初対面のおっさんのVR解釈には死ぬほど興味が沸かなかった。俺たちは自然とフードコートにある巨大モニターに目を移す。必死に話題を変えようとした結果のシンクロニシティだ。


 「さて今や時の人であるラスタ社の社長シュタイナー氏ですが、会見では今後、さらなる成長を目指していると述べており株価は……。」


 VRブームの火付け役、アルバイン・シュタイナー。彼の会見放送が流れていた。声高らかに、自信家なのだろう、いきいきと透き通ったような声で……ん?

 俺たちはおっさんに目を向けた。やたらと透き通る無駄にいい声……サングラスをしているけど隠しきれない異国人の風貌……。


 「しゃ、社長だぁぁぁぁぁ!!!?」

 「ちょ!静かに!静かにしたまえよ!!お忍びできているんだ!!!!」


 シュタイナーは慌てた様子で驚く俺たちを落ち着かせた。しかしそれは無理な話だ。テレビの向こうの時の人がこうして目の前にいるのだから。

 しばらくしてようやく俺たちは落ち着きを取り戻す。シュタイナーはやれやれと大げさに額を汗で拭う動きをした。


 「しかし、まさかVR企業の社長がVRに否定的だなんて驚きました。」

 「ん?さっきの話かな?それは違うよ。私はね、VRは素晴らしいと思っている。世界中の皆に、今までにない素敵な体験をさせられるってね。でもだからといって現実世界は疎かにするものではない。仮想空間というのは、真実があってこそ成り立つものなんだ。」


 シュタイナーはVRメーカーの社長だが、それ以前にエンターテイナーだった。人を喜ばせるには様々なことを知らなくてはならない。そのためには仮想空間、VRだけでは駄目だというのが持論だった。勿論、VRを否定しているわけではない。VRもまた素晴らしき娯楽の一つ。多くある娯楽の一つなのだ。決して唯一無二のものではないと、強調していた。


 「私はね、世界中の人たちが心の底から笑顔になれる。そんな世界を作りたいんだ。そこには恨みも妬みも憎しみも怒りもない、平和で誰もが幸せだと思う世界。VRはね、あくまでその夢の架け橋なんだよ。」


 そう語るシュタイナーの目はまるで純粋な子供のようにキラキラと輝いていた。子供のころ夢見た理想郷を、いつまでも追いかけ続けている。そんな純粋な大人だった。その姿が俺は少し羨ましく感じた。こんな大人には、なれなかったと知っているからだ。


 「応援してます。きっとあなたの夢が叶うように。」


 だからこそ、俺は彼を心の底から尊敬した。まるで子供のように、夢にひたすら突き進み、そして実現していく。それはきっと一つの人の極地なのだろう。そこに至るまでにどんな困難があったのかは想像に難しい。それでも彼は諦めず諦めず、ずっと夢を輝かせ続けていたのだから。


 「いたぞ!社長!なにしてるんですかこんなところで!」


 ガードマンらしき人たちが乗り込んできた。静かだったフードコートが騒がしくなる。


 「あらら……ここでお別れか。それじゃあ、さようなら学生たち。あぁそれと君。」


 シュタイナーは俺に視線を向けた。


 「応援ありがとう!その言葉はどんな労いの言葉よりも嬉しい。私も願うよ。君の夢が、君のこれからの未来が輝かしいものであるように。」


 ガードマンに連れられ笑いながらシュタイナーは去っていった。嵐のような人だったが、何故か太陽のように明るい印象を受けた。カリスマ性……といえるのだろうか。きっとああいう人だから、たくさんの人がついてきて、会社として成功したのだろう。


 だからだろう。俺はどうしても、これから起こる異常事態に、どうしてもあの人の、アルバイン・シュタイナーの影がまるで見えなかったのが。

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