疾風迅雷、雷を纏うもの
「それで全員VR酔いして途中でやめて帰ったんすか、どんだけ三半規管クソザコなんすか。」
「う、詩先輩だめですよ……こういうのは体質もあるんですから……それにしても準備に1時間くらいかけといて30分も保たないなんて……ぷぷ」
あれから全員頭痛目眩吐き気でどうしようもなく、解散となったのだ。夢野の吐瀉物で汚れた服はトイレで洗った。親切にも店員さんが替えのシャツを買ってくれたので助かったのだ。そして別れる最後まで夢野は涙目で頭を下げ続けていた。
「う、うるさいな。やれば分かるよ。なんというかその……感覚がおかしくなるというか。そうだ、何かファッションとかも人気らしいぞ、軽井沢そういうの好きなんじゃないか。」
俺はなんとか犠牲者を増やそうと必死に星睡蓮をするように勧めた。だがどうも反応が鈍い。
「ファッションって言っても本物じゃないじゃないすか、あーしは良いかなぁ。」
「でも一緒に行った皆は凄いチヤホヤされてたぞ。」
港についたときの盛り上がりぶりを思い出す。本当にお祭りのようで、熱狂的とも言えるその空気に圧倒されてしまった。だが軽井沢の反応は冷ややかなものだった。
「うーん……まぁ確かにそういう人もいるとは思うんすけど……ちょっと境野っちは誤解しているっすよ。女の子ってのはチヤホヤされるためにお洒落をする……ってのはまぁ否定はしないっすけど、一番大事なのは自分がかわいいと思ってるからするんすよ?どれだけリアルだとしてもそれは虚像、現実じゃないんすからあーしは萎えるっすね。」
「そんな格好してて、かわいいと思ってるからというのは説得力がないぞ軽井沢……。」
ラフと言えば聞こえは良いが、無地のショートパンツにキャミソール一枚であぐらをかき、手で扇いでいるその姿はかわいいとはかけ離れている気がした。
「だってー暑いから仕方ないじゃないっすか!ちゃんと他人の目がある外でなら暑さに耐えながらも、ちゃんとした格好するっすよぉ!」
「お兄ちゃんみたいなエロ目線で見てもらうことを喜ぶ変態もいるのは事実だけどねぇ」
そうだそうだとサキは援護射撃を始める。あらぬ誤解を受けた上に針のむしろだ。承認欲求を満たすのが好きなものだという偏見に満ちた俺の意見は、完全に二人によって否定された。
「でもそれじゃあ、あの雑誌にうつってた人たちは何で好き好んであんなことをしているんだよ。」
「ゲームが好きなんじゃないっすか?別にあーしはそれ否定しないっすよ?まぁ興味もないけど。」
星睡蓮は確か分類上はRPG……つまり剣や魔法でモンスターと戦うゲームのはずなんだが、その豊富なアクセサリーにより、着せ替えゲームという需要もあるらしい。理解できない世界だったがそういうジャンルのゲームもあるらしく、単に男の俺には離れた世界の話だったようだ。
軽井沢とサキは子供の頃に遊んだ着せ替えゲーム?の話を懐かしみながら語り合っていて、完全に蚊帳の外だった。
俺はため息をついて横になった。VR酔いで気持ち悪い。目の奥が少し痛い。まぁなんだ。結局俺たちは"選ばれなかった者たち"だということだな。なんてゲームみたいなこと思う。
「あ、テレビ見るっすよ。丁度VRについてニュースしてるじゃないっすか。」
テレビでは最近、話題沸騰のVR機器について特集を組んでいた。概ね俺の知っていることばかりだ。史上最悪とも言える伝染病の蔓延により人々はインドア趣味を求めるようになり、その受け皿となったのがVR業界。中でも頭角を現したのがラスタと呼ばれるIT企業だという。SNS運営で元々有名な企業であったが、今回の件でVR業界に投資をした結果、それが全て良い方向に向かったのだ。
代表取締役の名はアルバイン・シュタイナー。今、バラエティにも引っ張りだこで、録画と思わしき動画が番組でも流れた。
「皆さんはVRについてどうお考えでしょうか?所詮はゲーム?虚像?いいえ、違うのです。我々が提供するのはもう一つの現実、メタバースです。これから我々が提供する世界は、皆さんの新たな故郷となり、そして日常の一部になるでしょう。まずはご体験ください。今までになく斬新で、今までになく理想的な世界が広がっています。」
動画が終わり拍手が流れる。そして芸能人たちがこぞって、自分もVRにハマっていると語りだし、番組はVR座談会へとシフトしていった。
「なーにが面白いんすかねぇこんなの、ねぇ境野っちは実際こっちとあっち、どっちが良かったんすか?酔うとかは別で。」
軽井沢は自分とテレビを交互に指さして尋ねてきた。現実とVR世界という意味合いだろう。
「感動はしたよ。でも本物には敵わないと思う。手軽に行けるというのが利点なんじゃないのかな。帆船で旅なんて、現実でやろうとしたらどのくらいお金がかかることやら。」
VR世界はそれ以外にも非現実的な光景が広がっていた。海上で見た光景は勿論、一面に広がる大草原もそうだ。あんな景色は整備された場所でしか見れない。それはそれで美しいものではあると思う。それでもやはり……視覚的にしか訴えないものなので、限界があるとは感じた。手軽なのは良いことだけど。
「やっぱそんなもんなんすねぇ皆、物珍しさから手を出してるみたいっすけど……。」
軽井沢はリモコンに手を伸ばす。本当に興味がないようでチャンネルを変えるつもりのようだ。指先がリモコンのボタンをなぞる。その瞬間だった。テレビの中から突然、腕が出てきて、軽井沢の首を掴む。軽井沢は突然のことに、混乱しうめき声をあげた。
「軽井沢!」
俺は即座に動き腕を吹き飛ばす。だが感触がない。実体がない。しかし、霧散したことで軽井沢の首は解放された。咳き込みながらも無事なようだ。
だがその表情は無事とは言いがたい。顔が青ざめ、酷く怯えているようで、珍しく俺の後ろにしがみつき、テレビを見ている。
「ひゅう、凄いねぇ、一発で消し飛ばすんだ。それに反応もいい。おじさん、本気だったんだけどな。正攻法では倒せないということだ。」
テレビの中から紫電が巻き起こり、人型の存在が少しずつ、実体化する。くたびれた服に無精髭が残る中年。亡霊、四騎士の一人。
俺は中年を蹴り飛ばす。だが感触がない。まるで霞を相手にしているようだ。
「おじさんの元部下が迷惑かけてるみたいだから、始末しにきたんだけどいらぬ世話だったかなぁ。まぁ……あわよくば倒そうと思ったけど、聞いたとおりだな。数億ボルトの電気なんて、効かないってことかぁ。」
ピリピリした感覚の正体はそれか。この男の能力は電気。電気と一体化しテレビを介して侵入してきた。だがだからといって、なにもしないわけには───。
「あー落ち着けって。今日はもう帰るよ。倒すの無理って分かったしな。ほらいつぞやのこと覚えてるか?そのときの借りを返すってことで許してくれや。」
男はそう言うと、テレビに戻っていった。本当に戦意はもうなかったようで、あっという間のことだった。青ざめた顔で怯える軽井沢に視線を向ける。もう大丈夫だと落ち着かせるが、過呼吸気味で、やはりまだ不安が残っているようだ。しかし小さな声で確かに呟いていた。
「あいつが雷伝……蓮悟……亡霊の……あの亡霊の……幹部の一人……。」
そう言い残し軽井沢は気絶した。