広がる新世界、冒険の始まり
ネカフェというのはネットカフェの略称だ。パソコンや漫画、雑誌などがたくさん置かれていて、それを楽しむ施設。一応カフェなので軽食も提供している。カラオケなどもできるようで最近は防音の個室がついてるところも多い。
窓口で四人、VR機器使用可の部屋を指定すると、店員に案内された。VR機器はコンテンツによっては激しく動くものもあり、映像コンテンツではなく、ゲームコンテンツを希望するのであれば、こうして個室に案内されるということだ。四人というきりのいい人数だったので、丁度全員が入れる部屋だった。
部屋のタイプはマットが敷かれていて、入り口手前で靴を脱いで入る。和室のようなものだ。
「ネットカフェって初めて来るんですけど、何というか……カフェって感じがしないですね……。テレビで見た避難所みたいというか……。」
辛辣な感想を夢野は呟くが、確かに言われてみるとそれに近いものはある。そう思わせるのは安っぽいマットと、飾り気ない室内が原因だろう。ただネットカフェはパソコンの画面を見つめるのがメインなんだし、必要最低限のものしか置いていない、究極の機能美と考えると聞こえは良いだろう。
「まぁ寝転がれるのは良いな。それにこれ付けるんだから殺風景な風景は別にきにならねぇだろ。」
受付窓口で渡されたゴーグルを高橋は見せつける。そのとおりだ。マット自体は柔らかくて不愉快なものではないし、ゴーグルをつければ何も見えないのだから。
部屋のレビューはここまでとし、俺たちは早速ゴーグルをつけて人気ゲームである星睡蓮を起動した。
最初の画面で自分の分身となるアバターを設定するらしい。性別は……。
「男キャラしかないのかこのゲーム?」
「違うわよ、さっきアンケート用紙みたいなの書かされたでしょ?本来なら認証番号で判別するんだけど、ネカフェの場合はああして確認するの。星睡蓮では性別と年齢は実際のものと同じになるのよ。」
なるほど、中々面白い仕様だ。ゲーム内は男だらけになりそうな予感しかしないが、ゲームを進める。外見設定だ。身長、体型の部分も設定項目にあるが弄れない。
「これ壊れてる。外見が弄れないぞ。」
「身長と体型でしょう?それは課金要素なのよ……お金を使わないと弄れないの。私たちは無料版だからセンサーが自動で検出したものが反映されているわ。」
中々楽しい要素だ。でも顔面はいじれるみたいなので、イケメンにしてみる。やはり自分が操作するキャラなのだからかっこいい方が良いのだ。
服装も細かくあるようだ。現実的なものからファンタジーなものまで……。別にこだわりはないので適当に決めた。
「よし、終わったぞ。皆はどうなの?」
どうせログインするなら一緒にログインするべきだと思い、皆に声をかけるとまだのようだ。少し早すぎたか……。俺は横になって待つことにした。
「いや、いつになったら終わるんだ!!?」
何十分経過しただろう。皆まだ終わっていない。そんな時間かかるところあったか!?
「わ、悪い境野もう少し待って……今、良いのが……。」
「す、す、すすすすすいません!許してください!!あ、あと少しだけ……。」
「待ちなさいよ!こういうのは最初が肝心なの……。」
忘れていた。前の水着選びもそうだったが、彼女たちは自身のコーデに時間をとにかくかける。いや、軽井沢もそうだったから女性共通なのか……?このゲームは服装だけでなく顔もいじれるのだ。そりゃあ、気合いれるわな……。
漫画を持ってきて寝転がりながら読み、待つこと数十分。丁度いい巻数になったし、十分だろう。そう思い声をかけるがまだのようだ。うーむ……。
雑誌を読んでいると星睡蓮の記事が載っていた。なるほど無料でも豊富な服飾を選択することが出来るのでプレイヤーのセンスも問われるらしく、写真コンテストなんてのも開かれているということだ。各々のファッションでポーズを決めているゲーム画面が載っていた。意外にも女性層からも人気があるらしく、人気モデルや女優なんかもやっていると公言しているとかなんとか。スポンサーには化粧品メーカーも入ってるらしい。
こんなんより、どんなゲームか俺は気になるのだが……そういうのは全然書いてない。ゲームを紹介しないゲーム記事……意味があるのだろうか。
ごろごろとしながら、他の三人を見る。ゴーグルをつけて四苦八苦している姿がシュールだ。ゴーグルを付けている間は、周りが見えないんだよな……危なくないかと思ったが、だからこそ個室でインテリアが何一つないのだと理解した。最悪、壁にぶつかるだけだし、足を引っ掛けて転ぶこともない。
そんなVR事情を考察しながらぼーっとしているとようやく終わったみたいなので、ゴーグルを被り直す。
「ログインする前に設定で相互リンクをオンにして。」
コトネに言われるがままにオンにした。
「これで私たちのVR機器は相互リンク状態になって、お互いの位置情報がゲーム内で共有されるわ。」
なるほど、ゴーグルで周りが見えないから、人と人とでぶつかる可能性もあるが、こんな機能があるわけか。
関心しながらゲームへとログインした。
「おお!こ、これは……凄い。」
そこは一面の大海原。俺は船の上に乗っていた。俺は手すりを掴んで海を眺める。まるで潮の香りを感じるようだ。更に周囲を見渡す。帆船のようだ。まるで中世の世界に入り込んだようで……奇妙な言い回しだが異世界に来たような感動を味わった。
「やば……これはやばい……興奮が止まらない!あ!見ろよほら鳥が飛んでる!あれはイルカかな!おお、すごい日差しが反射して海面も輝いてるし……こんな綺麗なブルーオーシャン見たのは初めてだ!!」
視線を感じた。さっきから興奮が冷めきらない俺を女性キャラたちが黙って見ている。
「……いやそんなのどうでもいいや!おおすげぇ!あれ虹か!?海上であんな綺麗なの見れるなんて!!フィクションならではの幻想的な」
「どうでもよくないわよ!ちょっとはこっちに反応しなさいよ!!」
女性キャラの一人に頭を叩かれた。声から察するにコトネだったのか。
「……いやコトネなの?確か体格はセンサーで……。」
そこにはコトネとは似ても似つかない体格の女性がいた。……特に胸の部分。紹介記事を思い出した。そういえばアイテムで胸パットや筋肉パットなるものがあるらしい。
「……反応しろと言われるとちょっとつらいものがあるぞ……ありのままで良いんじゃないかな……。」
「う……そういう方向に行くわけね……これは失敗だったわ……そうね……私はもう少しレンの変態性癖を信用するべきだったわ……胸が大きいなんて一般性癖……。」
ということはそばの二人は夢野と高橋ということになる。なるのだが……体格からしてそこの夢野っぽいキャラが夢野なのは分かる。多分、自分そっくりになるようにデザインしたんだろう。だがとなると高橋はどこにいった?
「高橋はどこ行ったんだ?相互リンクしてるのにいないってことはまだログインできてないってことか?」
俺はすぐそこにいるであろう高橋に声をかける。だが返事は帰ってこない。代わりに一人の女性キャラが近寄ってきた。
「あ、あたしがそうだよ。へ、変か……?」
高橋を名乗るキャラは顔が違うのは勿論、格好も普段の高橋のセンスとはかけ離れていたものだった。ヒラヒラとした衣装で、ファンシー系というか……。
「いや変というか意外だった。そうかぁ……そういうのが好きだったんだなぁ……。誤解してた。」
「何、悟ったようなこと言ってんだよ!そ、そういうことじゃなくて好みだとかあるだろ。」
「え、いや……俺はいつもの高橋の方が好きだぞ。というかそもそもそんなヒラヒラした服はどうも……いやごめん何でもない。」
失言だった。軽井沢の服を買いに行ったことを思い出した。ケチをつけたら死ぬほど怒られたのだ。こういうのはとりあえずかわいいと言うべきだったか……?
咄嗟に謝ったが、許してもらえたのか恐る恐る下げた頭をあげる。
「そ、そうか?い、いやあたしも好みじゃないんだけどさ……折角だしこういうの体験するのもいいかなぁって。」
ゲームの中なので表情からはどうも読み取れないが、聞こえる声からして怒ってはいない……と思う。とりあえず俺は胸をなでおろし、改めて周囲を見回す。
たくさんの人がプレイしていると聞いたが、いるのは船夫ばかりだ。ここは船の上、最初の導入といったところなのだろうか。
『お前たち、旅人だろう?俺もなんだ。これも何かの縁、港に着くまで一杯やらないか。』
「なんだこいつ、突然話しかけてきやがって。」
『俺か?俺はアナイ、ガランドからやってきたんだ。目的はお前たちと同じさ、新大陸で一発逆転、お宝目当てってところさ。』
「誰もお前の名前なんて聞いてねぇよ、おい、無視してねぇで質問に答えろって。」
アナイと名乗る男の顔を高橋がパシパシ叩く。だがこれはゲーム、高橋の手は透けて当たらない。そしてこの男の移動先に無理やり動かされてる。
「高橋……そいつ多分、NPCじゃないかな。」
「えぬ・ぴーしー?なんだ境野、外国人に知り合いでもいるのか?」
「ゲーム側が用意した進行役、中身のないロボットみたいなものよ……ロボットと会話してどうするの、ここが導入地点で良かったわ……恥をかいてた……。」
事態をようやく理解した高橋は赤面し、必死に言い訳をしていた。それを適当に俺たちは相槌をうちながら導入部を終わらせたのだった……。
『というわけだ!それじゃあな冒険者!お互い旅の無事を!』
よくわからない内にアナイは船を下りていった。一瞬世界が暗転する。そして世界は一転した。
それは辺りを埋め尽くす人だった。喧騒だ。お祭り騒ぎのようだった。
「君たち、初心者かい?星睡蓮の世界へようこそ!!歓迎するよ!!!」
「女の子じゃん!ねぇどう俺たちのギルドに来ない?」
「出たよヤリモク、お前みたいなのがいるから新規ちゃんが……。」
「女の子専用のギルドあるけど来ない!?こんなキモいやつがいないから安全だよ!」
「待て待て、星睡蓮といえば戦いだろう!どうだ少年、俺たちと一緒に頂点目指さないか!」
「そのコーデいいね!これから撮影会あるんだけど来ない?」
クラッカーが鳴り響く。花火が飛ぶ。星睡蓮の世界はまるで、パーティー会場のようで、皆活き活きとした顔で、この生活を謳歌していた。
「う、うぅ……。」
人々のあまりにも凄い剣幕に押されたのか夢野は気分が悪そうだった。俺も若干引いている。彼らは好意で話しかけているのだろうが、強すぎる好意は時に相手を傷つけることもあるのだ。
「す、すいません!ぼくら四人で来た初心者なんです!しばらくは自由にいさせてもらえないですか!!」
俺は叫んだ。その言葉に皆が黙り込む。白けたのだろうか……?ちょっと居た堪れない気分になった。
「そうだね!新規ちゃんはまず楽しむことが大事だ!」
「はぁーリアル男付きかよ……萎えたわ。」
「またお前かよ、通報しました。」
「これ名刺、女の子は女の子同士のほうがいいから是非きてね。」
「散れ散れ!新規ちゃんが引いてるだろ!」
「ごめんスクショいい?記念に一枚。ありがとー。」
彼らはまるで嵐のように、あっという間に立ち去っていった。
「な、なんなのよあいつら……。」
「すげぇテンションだな……。」
こうして洗礼?を浴びた俺たちは案内に従って港町を歩いた。その光景は本当の世界のようで、ウミネコの声や波の音、そしてお祭り騒ぎのような喧騒が、まるで本当にここに世界があるかのようだった。クエストと呼ばれるお使いをある程度済ませると外に出るように言われたので、そのとおりに進む。
「うわ……。」
それは広大な景色だった。非現実的な光景だった。見知らぬ植物、美しい草原、風に揺られなびく草木。澄みきった蒼天。丘に登ると先には巨大な都市が見えた。更に奥には巨大な遺跡や雪山に火山。見たこともない巨大な生物が飛んでいる。
壮大なファンタジーが始まる予感を感じさせた。
「さ、境野さん……。」
夢野もこの景色に言葉を失くしたのか、俺にすり寄ってくる。すり寄ってきて、押し倒してきた。突然のことに俺は為す術もなく倒された。
「ご、ごめんなさい……でも、もう無理なんです……が、我慢できないんです……でもみんな……楽しそうにしてるから私だけ抜け駆けみたいなこと……さ、境野さん……お、お願いします……。」
「ちょっと!!なにしてんのよ!!!!」
事態に気づいたコトネが叫んだ瞬間、俺は確かに耳にした。必死に声を抑えていたようだが、この距離だ。聞こえた。夢野の……えずく声が。酸っぱい匂いがする。胸元が湿った感じがする。
「……とりあえずログアウトしようか。」
VR酔い。VRとは視覚と他の感覚が一致しない。そのことによって脳は異常事態と認識する。現実との齟齬によって起こる生理現象。夢野だけではなかった。俺も含めて、皆が折角他の人が楽しんでるのに自分だけが……という気持ちから言い出せていなかったのだ。
こうして俺たちの冒険は幕を閉じたのだった。





