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夢の末路、星を穿つ槍

 謎の伝染病による犠牲者は日に日に増えていた。厄介なのは死後も放射能を維持し続け、周囲に甚大な被害を出すことだ。当然火葬なんてものはできない。火葬によって生じる灰は放射能を帯びており、死の雨となって降り注ぐことが明白だからだ。故に感染者たちは皆、土葬とすることになっていた。ただしそれでも普通に土葬するわけにはいかない。深刻な土壌汚染を引き起こすからだ。

 故に特別処理場。放射線汚染を防ぐための処理をしてから埋葬するのだ。


 と、いうのが政府の公式見解。だが事実は違う。特別処理なんて言うものはない。放射能を完全に防ぐ方法なんてないのだ。では特別処理場とは何なのか。答えは明白だった。遺体をただ保管するだけの場所。いずれ放射能はなくなるであろうということで問題を未来に先送り。苦肉の策だった。

 結果として特別処理場は、生物が近寄ることが出来ない死の世界となった。渡り鳥は勿論、虫すら近寄らない地獄がそこにあった。


 「ん……おかしいなスマホが突然動かなくなった。」


 連はその地獄に踏み入っていた。特別処理場は広大な敷地であったが、その警備は当然のことながら無きに等しい。こんなところに来る不審者は自殺志願者だけだ。

 そして高濃度の放射線は電気製品すら破壊する。監視カメラも機能しない。今、レンのスマホは放射線により破壊された。当然のことながら、そこまで高濃度な放射線を浴びると人体もただでは済まない。だがレンは平気だった。放射線に適合しているのだ。


 サキの話だと超高濃度な核エネルギーが検出されているという。俺は目を凝らしよく観察をした。確かに奥の建物で、何かとてつもないエネルギー量が観測できた。


 建物には驚くほど簡単に入ることができた。あまりにも簡素な場所。張り紙に搬入所と書いてあった。奥に進むと、青い輝きが見えた。とても綺麗で幻想的な輝きだった。


 「セシウム137の光はお気に入りかね。死を招く破滅の光。人は危険性の高いものを本能的に避ける性質を持つが、度が過ぎると神聖視する傾向にある。矛盾精神と言える。だがその矛盾した精神が今の繁栄に繋がったのかもしれないね。古代まで遡ると、原初の炎だって……そうだね。」


 振り向くとそこには老人が立っていた。亡霊、天満月虚空あまみつきこあ。亡霊最高幹部である終末の四騎士が一人。そして仁により殺害された筈の男。


 「一連の事件はお前たちの仕業なのか。」

 「まだその段階なのか。ここまでたどり着いたということは、真実に到達していたと思ったが。ただの偶然か。そうだよ、感染症騒動の原因は私だ。私の恩恵はニュースで聞いたとおりだ。放射能を持つゾンビを作り出す能力。ふふ、しかし最初のアイドルは笑えたな。境野連、私の能力で作り出したゾンビはね、基本的に飛沫感染でしか増えないんだ。なのになぜあそこまで増えたのだろうね?私は毎日、少しずつ、目に見える者たちをゾンビにしていたが、それでもできるのはせいぜい数十人程度。この世界は滅ぶべくして滅ぶよ。」


 天満月は自嘲気味に笑っていた。一連の騒動はまるで喜劇であったかのように。


 「ここは滅びの特等席だ。さぁ共に見ようじゃないか。この罪深く醜い世界が滅びゆくさまを。」

 「お前たちは何がしたいんだ。人類殲滅なんて大層な目的を掲げて……それでいて仲間だった有栖川は殺害して、今回だって核兵器なんか用意して、何がそこまで駆り立てるんだ。」


 「有栖川が人類を殲滅する理由は聞いていないのかな?」

 「聞いているよ、今いる人類は楽園の動物たちの寄生した宇宙からやってきた寄生虫だって……。」

 「ははっ!なるほど彼女らしい動機だ。では問おうか境野連。かつてこの世界には楽園と呼ばれる場所があった。そこでは動物たちが平和に何百年も暮らしていたんだ。だがな……そもそも楽園とは何なんだ?」


 「それは……ただの比喩表現だろう。南国とか楽園だって言うじゃないか。つまり動物が住みやすい環境が気候変動で変わったとか……。」

 「違う。」


 天満月は俺の回答をはっきりと、芯の通った声で否定した。それこそが全ての原因だといわんばかりに。


 「楽園は実在したんだ。そしてそれこそが今の人類が持つ罪。許されざる悪徳。故に我らは亡霊なのだ。亡霊たる所以なのだ。数千年、数万年の時を経て積み重なっていった人類の怨嗟。この星と、この星に蔓延る裏切りへの復讐。」


 意味がわからなかった。復讐?怨嗟?一体天満月は何を話しているのだ。それに楽園のことなんて数万年前の話。そんなの今の人類は知らないし、天満月だって知らないはずだ。


 「境野連、一連の騒動はどうだったかな?他人は信用できない。いざ危険を感じたら平気で裏切る。それが今の人類の本質。原始に刻まれた本能だよ。」


 謂れのない差別、暴言、暴力。それは知っていた。SNSは酷い有様だった。葬儀のあとはまるで人権がなくなったかのようだった。それなりに親しかったクラスメイトですら腫れ物を見るような目に変わった。


 「感じなかったか?『こんな人間などいない方がマシ』だと。いるのだ、世界には存在すら許されてはいけない、悪辣な存在が。故に私……いや俺はこの星を破壊する。」


 ───聞き間違いか?今、なんと言った?星を破壊する?

 目を丸くして黙り込む俺に合点がいったのか天満月は語り続ける。


 「私の本来の能力は触れたものに核反応を起こし、核融合を引き起こす能力だった。だがね、境野仁。奴に一度殺され、その能力を使うともう身体が耐えられなくなったのだ。だからとっておき、最高の一撃を放つ時と決めていた。来なさい境野連。私の目的が知りたいのだろう?教えてあげよう。」


 天満月に案内され更に奥に進む。吹き抜けの、巨大な穴があった。穴からは青白い光が輝いていて、底を覗くと死体の山だった。放射能を持つ死体の山。その熱で溶けており、最早原型をかろうじて留めているだけだ。溶けだした死体は濃縮され、更に強力な放射能として変貌を遂げる。数百万人の犠牲者が、ここに投げ捨てられていた。


 「今も彼らは核反応を起こし続けている。核燃料のようなものだと思えばいい。それが次々と投下され、無限に核反応を引き起こし続けるのだ。莫大な熱量とともにね。するとどうなると思う?」


 ……分からない。俺の反応に天満月は言葉を続けた。


 「無限に反応し続けた死体は溶けて混ざり一つの超高温状の液体となる。その温度は数万度に跳ね上がるだろう。質量を持った数万度の液体は重力にしたがい、大地を少しずつ溶かして中心へと向かっていくのだ。そう、さしずめ星の核を穿つ槍となってね。そして槍が核に触れた瞬間、私の力を使う。星の核を媒介に引き起こす核融合。すなわちスーパーノヴァ。俺はね、この手でこの星を砕くのだよ。それがこの騒動の目的だ。」


 天満月は満面の笑顔でそう答えた。星を砕くという、とてつもないスケールの話を。全てはこの時のために準備をしてきたといわんばかりに。


 「そん……そんなことしたら人類が!いや全生命が、お前たちも皆、死ぬじゃないか!!」

 「言っただろう。我々は星を殺す。それこそが至上の目的、星に蠢く醜い人類とともに心中してもらうのさ。そのために我々が死ぬことなど、大したことではない。」

 「だったら、ここで俺がお前を止める。」


 天満月の胸ぐらをつかんだ。今すぐこの男を倒さなくてはならない。


 「無駄だよ。なぜ、君にこうして話をしたのか分かるか?もう全ては終わったのだ。必要な遺体はもう十分手に入った。後は勝手に反応し続けていき、星を貫く槍が核に到達した瞬間、俺の能力は自動で発動する。死後もね。」


 そう語る天満月の表情は、喜怒哀楽はなく、淡々と事務的に無表情に、今から起きることを説明しただけだった。俺は無駄だと理解し、胸ぐらを離した。


 「どうしてだ!?あんた正気なのか!?死ぬんだぞ皆!!」

 「何度も言っただろう。何度も見ただろう?人は信用に値しない。下劣極まりない生き物。存在すること自体が、罪なのだ。」


 「違う!確かにお前の言うとおりだ!差別、偏見、レッテル貼り、暴言、暴力……皆、そうだ!恐怖に震えありもしないものに怯え、他者に攻撃的な人間は確かにいた!でもそれと同じように、例え恐怖に震えようと、恐ろしい未来を知っていようと、絶望的な状況下であろうと、最後まで他者の身を案じて、人としての尊厳を捨てなかった人だっていたッ!!お前は人が信じるに値しないといったが、それは違う!!お前が人を信用していないだけだッッ!!!」


 それは心からの叫びだった。目の前の老人に、人類に絶望し感情すら希薄となった老人に、心から訴えた。どうか他人に絶望しないでほしいと。俺たちを見限るのは早すぎると。


 天満月は境野連が涙を流しながら訴えている姿を冷めた目で見ていた。人を信用していないから。もっと他人を信用してほしいと。そんな言葉は、人間の本質を知らない人間だからこそ言える言葉だ。境野連はこの世界の人間ではないという。きっと、この男のいた世界はまるで、それこそ楽園だったのだろう。おぞましい罪を犯したわけではなく、正しい歴史を歩んだ人類なのだろう。磯上からもそう聞いている。だから尊敬していた。彼は、彼だけは、この世界の人類で唯一人、前を向いて、胸を張って歩ける存在だ。あまりにも輝かしい。


 天満月はかつての家族を思い出した。自分を信じて、実験に参加してくれた家族たち。実験は成功だった。夢のエネルギー、人類は世界は救われたと確信した。

 だが現実は違った。夢のエネルギーは一部の人間には都合の悪いものだった。根も葉もない噂が広まり、夢のエネルギーは悪魔のエネルギーと恐れられた。天満月は家族ごと弾圧された。悪魔の一族だと。長年連れ添った嫁は自殺した。息子と娘は市民団体に参加し一緒に自分を非難した。

 それでも自分を信じてくれた人がいた。孫だった。孫はエネルギーの正当性を訴えた。クリーンなものだと。安全なものだと。

 皮肉にもそれが、孫を死なせることになった。エネルギーには欠陥はなかった。完璧なものだった。だがエネルギーを生産するプラントには有毒な化学薬品を使用するものがあった。孫は不幸な事故により、化学薬品を浴びて死亡した。最後まで祖父の偉大さは間違ってなかったと。どうか研究とそして最後まで他人を信じてと、病床でか細い声で言い残した。


 だが市民団体は孫の死を利用してさらなる非難を始めた。その先頭に立っていたのは息子と娘だった。

 結局、夢のエネルギーはなくなり、天満月は学会から追い出された。だがしばらくして、たまたま別分野の論文が別学会で高く評価され、別専攻で教授として返り咲いた。

 天満月の心は虚ろだった。真実はどこにあったのか。何が正しかったのか。分からない。そして亡霊に誘われた。人の本質が悪ならば、殺し尽くさなくてはいけないと。それが正義だと信じて。

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