それは些細な、それでいて致命的な
「あついー、何なんすかこの暑さはぁ……エアコンつけるっすよー……。」
軽井沢はすっかり家に馴染み、我が物顔でだらしない格好をして、ソファに寝転がりごろごろとしている。おまけに学校に通っていないので一日中だ。復学をしないのかと提案はしたが、亡霊の問題が解決するまでそのつもりはないらしい。まぁ……俺たちのいた学校に亡霊は潜んでいたんだし、学校に行きたくない気持ちも分かるが。それにしても遠慮なさすぎる。
母さんなど娘がもう一人できたみたいだと喜ぶ始末だし、誰も軽井沢の傍若無人な振る舞いを止めるものはいない。まぁ好き勝手してるだけではなく家事手伝いを一応はしているらしいが……。
「暑いのは分かるがその……人の目気にしない?一応俺、ここにいるんだけど。」
「えぇー?いいっすよそんなん?暑いんだからさぁ……というか境野っちは逆によくそんな格好で平気っすね……あーしのこと気にしてるなら気にしないで脱いでもいいっすよー。」
軽井沢はソファで横になったまま俺にそう答えた。
「暑いのは分かるがまだ初夏だろ……?そんななるくらい暑いか?」
テレビをつける。気象ニュースでは初夏の訪れについて話題だった。今年は例年よりも猛暑らしい。
「ほらぁ、テレビも言ってるじゃないっすかぁ……あぁぁあエアコンが効いてきたぁぁぁ……。」
わざとらしく艶めかしい声をあげる軽井沢を無視してチャンネルを変えた。バラエティ番組だ。売り出し中のアイドルが水着姿で食べ物のレビューをしている。
「はぇぇ……あーしよくわからないんすけどー、何で海やプールでもないのにこの人、水着姿なんすかねぇ?恥ずかしくないんすかぁ?TPOっていうかぁ。ちょっとお洒落とかけ離れているっすよねぇ。」
エアコンのおかげで元気になったのか、俺の隣に座り込み、一緒にテレビを見ながら軽井沢は他愛もない疑問をあげた。
「詩先輩知らないんですか?男ってのは乳か尻を出しておけば、後は何でも良いんですよ。女の格好なんて乳と尻がどれだけ露出しているかしか見てないんですよ。」
「えぇーそれ最悪じゃないっすかぁ?折角コーデ気合入れてんのに、彼氏がそんな目でしか見てないって知ったら死にたくならないっすかぁ?」
意外だったのはサキと軽井沢は驚くほど自然に友好関係……どころか普通に仲の良い友人関係みたいになったことだ。こうして今のように俺が目の前にいるにも関わらず女子トークを平気でしてくる。まるで空気になったみたいだ。
「そ、そんなことよりこれグルメ番組なんだろ?見ろよこれ美味しそうだなぁ!」
このままではまた居づらい空気が作られるのが目に見えてるので俺は無理やり話題を変える。幸いなことに今放映中の番組はグルメ番組。美食……それは老若男女問わず共通の話題となりえるまさにこの場では最高のカードだ。今日の俺はひと味違うぜ。
テレビでは水着姿のアイドルが料理をおいしーと適当な感想を言いながら食べていた。肉汁が飛び散るフランクフルトを食べている。
「うわー出たっすよ。とりあえず女性に太くて長い物食べさせる奴。境野っちこういうのが趣味なんすか?引くわー。」
「ち、違いますー!純粋にグルメ番組を楽しんでるだけですー!!」
あらぬ誤解に顔を真っ赤にして俺は否定をする。それがまるで図星のように見えているのか、軽井沢のにやけ顔がとてもくやしい。くそっ……どうしてこんなことに。
軽井沢に必死で俺の潔白を説明しようと熱弁している中、テレビから悲鳴が聞こえた。つい振り返ってテレビの方に視線を戻すと、先程フランクフルトを食べようとしたアイドルの歯が齧った瞬間折れたようだ。出演者たちは焦っている。生放送のようだ。
よほど硬いフランクフルトだったのか……?そんな風に思いながら見ているとアイドルの様子が更におかしくなる。突然咳き込みだし、吐血をした。アイドルの悲痛な声と表情は真に迫っていて、事態の深刻さを物語っていた。
『おいやばいんじゃないこれ』『カメラ止めなくても良いの?』『大丈夫ー?』
どこまでも他人事な出演者たち。だが異変はそれだけで終わらなかった。出演者の一人、司会役のベテラン芸人が突然苦しみだし、同じように咳き込みだした。
今度は皆、本気で心配しだした。同じようにベテラン芸人は吐血し、その場に倒れる。
『おいカメラ止めろ!放送事故だよ!おい何してるカメラ!!早く止めろ!!ヨシナカ!!!』
スタッフの怒号が聞こえる。カメラは止まらない。何かがおかしい。番組スタッフの声が入り、騒ぎが大きくなってようやく差し替え動画が入った。どこか外国の風景だ。しばらくお待ち下さいとある。
「なにこれ?放送事故?」
「健康そうだったけど、病気でもあったのかなぁ。」
チャンネルを変える。ドラマをやっていた。アクションシーンで丁度良いところだ。結局、そのドラマが予想以上に面白くて、俺たちは夜遅くまでドラマを観続けていた。





