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戦いの終わり、巡る季節

 守れなかった。俺は、結局彼女を。救いの糸はすぐ目の前まであったのに、断ち切られた。亡霊の手によって。後悔と怒り。自分の不甲斐なさがただひたすらに、情けなかった。


 気まずい空気が流れていた。亡霊が立ち去り、緊張は解けたが、果たして今目の前にいる男は連なのか仁なのか。判断がつかず、どう話せば良いかわからないからだ。というか俺も分からない。


 「仁、君が黙ってたら誰も説明できないと思うんだが。僕は知っているけどね。こういうのは本人の口から話す方が良いだろう。特にそこの中華ストーカー女は納得しないと思うよ。」

 「ん……あぁそうか。俺の記憶を共有したところで、それは断片的なものだからな……。」


 ザリガニに促され、仁は説明をする。魂の加工術。保険として連の肉体に潜ませていたこと。そしてそれは危機的状況において発現するようにしているということ。


 「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ、な、な、なっつまり、あんた私と連の間柄を盗み見しているってこと!!?」


 コトネは顔を紅潮させて俺に指を差して叫んだ。確かに今の話だと俺にプライバシーもあったもんじゃない。


 「いや、それはない。そうだな……わかりやすく言うと二重人格みたいなもんだ。記憶は部分的に共有できるが、全てを共有できるわけではない。連だって俺のこと、全部知らないだろ?例えばほら、俺とザリガニやユーシーがいつ出会ったとか。」


 俺が知っている仁の記憶は一部だけ……仁の人生を知っているわけではない。


 「いや待てよ。二重人格ってことはよ、いずれ連を乗っ取るつもりじゃねぇのか?仁?からすると折角掴んだ二度目の生だろ。」


 高橋の指摘に空気が凍った。肉体を乗っ取る……。その発想はなかったからだ。だが可能性はゼロではない。それが可能であることは間違いないからだ。


 「いやそれは無理だな。今の俺は例えるなら大海に浮いている氷山のようなものだ。いずれ溶けてなくなり、連という意識と一体化する。問題が解決するまでの間、保険さ。」


 その表現は確かに言い得て妙だった。今、こうして俺の口から仁が話をしているという状況。だが、俺の意識はハッキリしている。先程の有栖川と戦ったときもそうだ。俺が意識を失わない限り、決して主導権が渡ることはないのだろう。まるでスイッチで切り替えるように、仁に肉体の操作を引き渡すことは可能だが、その逆、仁が強制的に介入してくることはなかった。


 「……そうだ夢野。あいつの遺体を探さないと。仁、探すことはできるかな。ほら探偵業の時みたいに。」

 「おぅ、その点だが先に言うべきだったな。朗報だ。あそこを見ろ。」


 俺の手が動き指を差す。その先には夢野の遺体があった。最後の瞬間まで、高潔であり続けた彼女はせめて、ちゃんとしたところで……。


 「嘘だろ……。」

 「ご都合主義、じゃないぜ相棒?有栖川に感謝するんだな。きっと償いのつもりなんだろう。」


 時間逆行。本来の計画では夢野を殺害後、夢野のいない世界線に飛び過去へと境野とともに飛ぶつもりだった。だが、実際彼女はここにいる。アタッチメントを酷使し脳が破壊される前の状態で。今はただ安らかな吐息を立てて、眠りについていた。


 「良かった……本当に……本当に良かった……。」


 俺は夢野の手を握る。温かさを感じた。もう二度と戻らないものと思っていたのに。有栖川はやはり最後の最後で、全てを水に流すつもりだったのだ。言葉は通じていたのだ。この世界でただ一人の同じ世界の出身者。今はもういない。彼女は最後の最後で、人としての矜恃を取り戻したのだと、俺は信じたかった。




 Knelling Bless Field、略称としてKBFと呼ばれる結界術式。星々の祝福に背き、破滅へと向かっていく背徳者の空間。亡霊たちは今、巨大なKBFを新たな住処としていた。それは世界から隔絶された最後の砦、失楽園。

 弦が死亡したその日から、計画は動き始めていた。磯上たちは弦が弦ではなくアドベンターの一種であることは理解していた。だがだからといってこれといって支障はなかった。むしろ好ましいとさえ思っていた。アドベンターには序列がある。人間に寄生する時点でその強さは並以下であることが分かる。だが目的は間違いなく一致するのだ。


 即ち人類の抹殺。否、星の抹殺。故に有栖川とは過程こそは一致していても結論が異なっていたのだ。いずれ袂を分かつ必要があると、その上で利用しあう関係であった。


 事実、有栖川は自分を亡霊だと偽り、多くの者たちから恨みを買うように仕向けていた。仁の始末がその最たるものだ。あの女は表舞台に立つつもりは最初からなかったのだ。最後まで黒幕で居続けるつもりだったのだ。


 弦はその命を賭して境野に真実を伝え、有栖川と敵対するように仕向ける。そして疲弊したところで我々がトドメを刺すというのが事の真相だったのだ。


 「終わった。もういいぞ、好きなところに行け。」


 軽井沢を縛っていたワカメが蒸発しだした。そしてまるで何事もなかったかのように消えていった。拘束が解かれ自由になった軽井沢は怯えた子猫のような目つきで見ていた。

 軽井沢が境野と連絡をとっていたのも知っていた。知った上で泳がせていた。その結果、弦を失い有栖川を倒せた。上出来だ。事が終わるまで、余計なことを境野に伝えないように監禁していたのだ。


 「えぇ~磯上ぃ、こいつ自由にするの?弦の仇なんでしょ、ケジメとるべきなんじゃない?」


 ムォンシーが軽井沢を見つめ軽口を叩く。まるで獲物を前にした肉食獣のようだった。


 「ムォンシーさん!いけませんねぇ、マフィアのあなたがそんな発言をしては洒落にならない!私には分かりますよ、大方数少ない、女性の亡霊仲間……コレクションに加えたいと思っているのでしょう!!」


 まるで軽口を叩くかのような談笑。だが軽井沢は初めて見たときから本能的に理解した。彼らは弦とは比較にならないほどの、底知れない悪意をもった存在、文字通り次元が違う。逆らえば何をされるかわからない。今こうして、自分をかばっている金髪眼鏡の男だって、その仮面のような愛想笑いの下に何を隠しているか分かったものではない。

 こんなのは知らない。弦が幹部だと思っていた。こいつらは何者なんだ。今までどこにいた?一切姿を見せてなかった。裏切り者の私は、まったく信用されていなかった。嫌な汗が流れる。


 「ムォンシー、ピエールのいうとおりだ。お前は皆と違ってただでさえ、暴力がちらつく存在なんだ。軽口で言っているつもりでも、本人にとってはつらいものだよ。そして軽井沢の処遇については変えるつもりはない。元同級生としての情けだよ。」


 一番不気味なのは磯上だった。この中で頭目を務めている筈だというのに、まるでいつもクラスにいたかのように、まるで何も見えない。それが今は亡霊という肩書きのせいか不気味で、底の見えない深淵を覗いているような気分になった。

 空間が割れる。先には見覚えがある景色。ここから出て行けということだ。助かった。そう思い軽井沢は走り出した。


 「残念だなぁ、まぁ良いか。"また"会おうね軽井沢ちゃん。」


 足が止まった。ムォンシーと呼ばれている少女を見た。何も手を出すつもりはなさそうで、ニヤニヤとこちらをずっと見ている。それは分かる。だが、"また"とはどういう意味か。磯上の言葉は……ない。情けとはそういうことなのだ。この空間から自由にする。それだけ。その後、何があっても、何をされても知らない、関係ないと突き通すつもりなのだ。


 「磯上……っち……?」


 か細い声で縋るように声をかける。


 「どうした、早く行けよ。」


 その返答はあまりにも無機質で、氷柱を突き刺すような冷たいものだった。


 「あれれー?軽井沢ちゃん行かないの?わたしと遊びたくなったぁ?」

 「お嬢さん。早く行くと良い。この小娘はサディズムが強くてな。そんな怯えた目で見つめるのは逆効果です。……我々はこれから会議の予定です。時間は30分か1時間か。」


 天満月のその言葉を聞いて軽井沢は裂け目に向かい走り出した。一縷の希望にかけて。


 「おぃジジイ余計なこと言ってんじゃねぇよ。つまんねぇだろ。」

 「脅しすぎです。あれではいつまで経っても出られない。私はね、あなたのように暇人ではないんですよ。早く会議を始めましょう?そんなに彼女が気になるなら後で追い回せばいいでしょう。あなたは人海戦術なり何なりとできるのだから。」


 天満月は椅子に腰掛ける。それに続いて磯上達も座り、不満そうにムォンシーも座った。


 「それじゃあ始めようか。天満月、いい話を期待してるよ。」


 磯上が司会となって会議は始まった。これから始まるのは一方的な虐殺。ただの虐殺ではない。彼らの邪悪で歪で崇高な目的のために、行われる宗教的儀式。祭りの始まりである。


 ………


 ………………



 「そういえば母さんはどうなるんだ?」


 ある程度、話がまとまり解散という流れになったので自宅へと帰ることになったのだが、大事なことを忘れていた。境野美奈、有栖川に母親の役割を与えられただけの人形。有栖川がいなくなったことで、命令はどうなってしまったのだろうか。


 「うーん……こればかりは分からないなぁ。暴走したり停止したり爆発したり様々だけど……。有栖川がいなくなった時にどういう動作をするよう指示してたかはわからないから。」


 つまり出たとこ勝負ということだ。緊張しながら玄関に手をかける。だが違和感に気づいた。鍵がかかっていない。戸締まりはきちんとした筈だが……。家に入ると確かに来客がいるようで女物の靴が二足並んでいた。


 「母さんの友人かな。」

 「ありえないでしょ。人形は役目に徹するだけだから。世間話はするかもだけど友人を作る必要性がないわ。ほら先に行って、この家亡霊に住所バレてるんだし警戒するに越したことないわ。」


 サキに背中を押され無理やり、先頭に立ち進む。最大限の警戒をしながら、音を立てずにゆっくりと歩を進めた。罠の類は無いようだ。玄関からリビングまで、戸で遮られており、人の気配がする。


 「よし、突入するぞ。支援ちゃんとしてくれよ?」


 俺の言葉にサキは親指を突き立てた。タイミングを見計らい一気に駆け出し勢いよく戸を開けて構えた。


 「わっ!どうしたのレンにサキちゃん?もう驚かさないでよ……。」


 そこにいたのは母さんと軽井沢だった。軽井沢は俺が勢いよく戸を開けた瞬間、身体を跳ね上がらせ、顔面蒼白で今にも泣き出しそうな目でこちらを見ていたが、俺であることを認識したのかすぐに表情は安堵のものへと変わっていった。


 「あれ?この子、確か前にも来てた軽井沢……だっけ?亡霊じゃん。まさか一人で……いやそれはないか。」


 サキは一瞬だけ警戒をしたが、軽井沢の姿から明らかに戦意がないものと確信したのかすぐに警戒を解いた。


 「あぁそうだ!遅くなったが弦の居場所を教えてくれてありがとうな。おかげで」

 「さ、境野っち……お願いします!わたしをここに住ませてください、何でもしますから!!」


 突然軽井沢が前に出て土下座をした。予想外の話に俺とサキは目を見合わせた。



 慌てる軽井沢をなだめて、事情を聞いた。亡霊のアジトから逃げ出して、一直線にこの家へと向かっていったようだ。頼れるのが俺くらいしかいないということで。


 「ふぅん、亡霊……というか龍星会?に追われる立場になったわけ。駄目だよお兄ちゃん、余計なリスクを背負う必要ないし、そもそも信用できない。」


 龍星会。付き合いがないわけではない。しばらく会っていないがハオユと色々とあったし、仁の記憶の中では……メスガキもといムォンシーの姿がちらつく。彼女は亡霊の四騎士としてあの場にいた。

 俺の沈黙をサキの意見に対する肯定と捉えたのか軽井沢は俺に縋るようにすり寄ってきた。


 「あ、あいつらはやばいんすよ!境野っちは見てないから分からないかもだけど……お、お願いだから何でもするから匿って欲しいんす!友達じゃないんすか?このままじゃあ……。」

 「良いよ。俺もちょっと龍星会と……いや亡霊のムォンシーとは二人で話がしたかった。いや……何より亡霊とは、決着をつけなくてはならない。軽井沢を狙ってるなら丁度いい。」


 引き止めるサキを無視して、軽井沢の助けに答えることにした。ムォンシーが気になるのは事実だが、やはり元同級生が命を狙われているというのに、何もしないというのは目覚めが悪いに決まっているのだ。


 有栖川は最後に言っていた。「助けて」と。俺は結局、彼女を助けることができなかった。仁は言っていた。繋がりを断ち切ったと。有栖川の背後には何者かがいた。そして、有栖川は亡霊に無惨に殺害された。俺の知らないところで何かが動いている。

 悟られてはならない。俺がこれから為すのは正しいことなのか、いや道徳に反する、独善的なことかもしれない。それでも、やらなくてはならない。それは有栖川に対する償いなのだから。俺の人生は、贖罪をして始まるのだ。


 ───そして日は巡り初夏。じめじめとし始め、真夏の訪れを感じさせる季節。これから夏休みが来るであろうという時期がやってきたのだ。

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