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天津甕星、這い寄る混沌たち

 「はぁ?星が生きている?冗談きついぜ、おっさん。」


 境野仁はかつての上司、無明に悪態をついた。星は星だ。生命ではない。こんな巨大な生き物などいてたまるものか。


 「真面目な話だよ仁、ガイア理論と言ってな。この星は一つの生命で、この星に住む生命は星という名の生命活動の一環に過ぎないということだ。」

 「そら飛躍してるぜ、おっさん。ガイア理論はあくまで生命循環を説明する哲学的な話に近いもんだ。星が生き物だって言ってるわけじゃないぜ。」


 得意気に反論する仁を見てにやりと無明は微笑む。


 「そのとおりだ仁、それが通説。あぁ見えてきた。仁、お前に見せたかった。これは何だと思う?」


 仁は見上げる。洞窟の奥深く、突如出現した明らかな人工物と見えるブロックや石柱で組まれた建物を。そしてその奥で、まるで封印されているような"それ"を。酷く衰弱していて、いずれ死に至るだろう。

 なぜ"それ"と表現したのか。それはあまりにも仁の知る生命とかけ離れていて、そして今も少しずつ末端が灰に変わってきているということだ。こんな生命も現象も知らない。


 「未発見の新種動物アンド新種の奇病……?」


 仁の答えに無明は吹き出す。あまりにもおかしくて。その姿を見て仁は不機嫌そうに見つめる。


 「あぁ、悪い悪い。知らないのだから無理はない。」

 「勿体ぶらずに教えろよ。何だこいつ?」

 「これはアドベンター、かつて外宇宙より飛来したこの星にとっての侵略者で、今少しずつこの星の防衛反応により、死に向かっているのだよ。」


 無明は決して、こんなタイミングで冗談を言う人間ではない。だが仁はにわかに信じがたかった。外宇宙……?宇宙人ということか?それに防衛本能って……。


 「これこそがこの星が生きているという証。この星はね、仁。害があると判断した相手に対して、明らかな敵意をもって、襲うんだよ。確実に殺せる方法でね。」


 死の病に侵されたアドベンターを背後に、無明は笑いながら仁に伝えた。その時の笑顔はあまりにも異質で、不気味なもので、仁の記憶に今も残り続ける。






 「な……なにが……?」


 七星剣は切り裂いた。確かに何かを。だというのに有栖川は生きていた。確実に殺されたと思っていた。仁の殺意は本物だったし、容赦をする人間でないのも知っている。ならばどうして?


 「リサ……理解したか?お前がどれだけ人類を殲滅しようとしても無駄なことだ。その度に俺が止めてやる。どんな手を使っても。それよりも折角手に入れた新しい人生を、輝かしいものにするべきじゃないのか?お前はお前の幸せを考えてればいいんだよ。この星のためだの何だの……そんなことしても、お前の幸せは来ない。おかしいぞ?」


 連の言葉に反射的に突っかかろうとするが、うまい言葉が思いつかない。あれだけのことをしていて、今更引き下がるわけには……あれ……でも……どうして私は……あんな必死に……?連の言うとおりだ。私は私の幸せが欲しかっただけ。星のためだなんて、そんな大義、元から持ち合わせていない。

 有栖川の様子はまるでさっきと変わっていた。仁は有栖川を七星剣で葬るものだとばかり思っていた。俺もそれは仕方のないことだと、身体のコントロールを委ねていた。だが現実として、仁は有栖川を斬ったのではなく、宙空を切り裂いたのだ。


 「俺が斬ったのは繋がり……みたいなものだな。有栖川、お前は異世界転生者なんだろう?だが転生したとき、何も無かったのか?何かあったはずだ。お前を狂気へと誘ったものがいるはずだ。」


 そのとおりだった。有栖川は自害したとき、一度天国で目を覚ました。いや、天国というのが事実かは分からないが、こことは別の空間。そして神様と出会い、チートスキルを持って異世界に転生させてくれた。でもそれだけで、他に何もない。私は神様に与えられたスキルで……慧眼で人の本質を知り……。


 「なんで……なんで……いや、でも……もう無理だよ。私は……この手でたくさんの人たちを……。」


 有栖川は自身の両手を見つめて震えていた。取り返しのつかないことをしてしまったと、ただ後悔の念に溢れていた。どうして私は、あんな酷いことを……?


 「そうよ仁!その女は仁を殺した!それだけじゃない、多くの人たちを不幸にしたの!仁は知らないだろうけど……。」

 「うるせぇなぁ、殺された俺自身が気にしてねぇんだから良いだろうがよ。いい大人が寄ってたかって、こんなガキ相手に痛めつける方がよっぽど胸糞悪いっての。ユーシー、お前もそんなガキだったじゃねぇか?」

 「なっ……!」


 有栖川を赦そうとする仁に納得が行かず、ユーシーは声をあげるが仁に一蹴された。仁にとって有栖川は子供に過ぎず、例え自分が殺されたとしても、それでも恨み復讐をするなど、微塵も考えていなかったのだ。


 「あーザリガニも聞こえてるか?どうせどこかで盗聴してんだろ?そんなわけだから復讐なんてやめろ。俺のことなんて忘れてさ、お前はユーシーよりも若いんだから、もっと普通の……は無理にしても自分の幸せを探すほうが有意義だぜ?まぁ、お前のおかげてレンがここまでたどり着けた、そのことは感謝するけどな。」


 ザリガニの返答はなかった。どこかで見ている、聞いているのだろうが、神の杖の追撃がないところから、仁の言葉は届いたのだろう。


 「別にお前に赦されたって……他に多くの人が……。」

 「だったら、その分誰かを救えば良い。どうせお前のしたことは証拠が何一つ残ってねぇんだろ?お前が救うべき相手は目の前にいることを忘れてはいないか?」


 境野連は本来、この世界の人間ではない。有栖川により異世界から召喚された存在。彼を元の世界に戻すには、有栖川の協力が大きな助けになる。


 「贖罪しろって言いたいの……?ふん……相変わらず気に入らない奴。でも元に戻す方法なんて私も知らない、戻れなかったらどうするの?」


 仁は黙り込む。そこから先の答えは俺に、連に任せるということなのだろう。


 「そうだな、同じ世界のよしみだし、何年も何十年もかけても、方法が見つからなかったら……改めて二人でやり直そう。今度は歪な関係じゃなくて、ちゃんとした関係で、最初から全部さ。」

 「人殺しの私を赦すっていうの……?」

 「それは詳しく話を聞いてからかな。仁の話だと、どうも有栖川の背後になにかがいるような気がしてならない。」


 狂気へと誘ったもの、有栖川を目的を果たすコマにするように誘導したもの。その存在が示唆された今、有栖川を端的に責めるわけにはいかない。それにあの時、助けた思っていた彼女が、今もこうして別の理由で苦しんでいるのは、見ていられなかった。今度こそは最後まで、自己満足ではなく、最後まで見届けて助けようと、心に誓ったのだ。


 「あの時と違って、最後まで一緒にいてやるからさ。だから……。」


 有栖川に手を差し伸べる。震えた手は一瞬、迷いながらも少しずつ伸ばしていき……。







 「いや、ダメだね。その女はここで殺すべきだよ境野。」


 あと少し、ほんの指先が届くところで、有栖川の身体を、男の腕が貫いていた。そして傷口が突然光りだした。有栖川は吐血する。有栖川は最後の力を振り絞り俺を突き飛ばした。


 「この程度では死なない。いやいや大した生命力だ。普通の生命なら先程の攻撃で全細胞は死滅するのですが。興味深い。細胞が破壊されながらもそれを上回る速さで再生している。」


 見覚えのある老齢の男が貫いた手をハンカチーフで拭きながら有栖川を見下ろしていた。


 「よっわぁ、天満月さぁ大層な口叩いてる癖にこんな瀕死の女一人殺せないじゃん。ざこすぎぃ。」

 「ははは、ムォンシーさんそれは仕方ない。だって彼女は星の使徒なんですから。簡単に殺せては立つ瀬がないという奴ですよ。」

 「久しぶりだな坊主。盗聴盗撮器の件以来だな、おじさんのこと覚えてくれていた?よっと。」


 見覚えのある子供の傍らにいる仮面の男が有栖川に近寄り手をかざす。護符のようなものが張り付き、有栖川を苦しめる。それを見て金髪蒼眼にメガネをかけた男が軽薄な声で笑い出す。ヨレヨレの服を着た中年が親しげに俺に話しかけながら、掛け声をあげると有栖川に稲妻が走る。稲妻はまるで物体のように固定化し、有栖川を地面に磔にした。


 「なに……やってんだよ……お前……。」


 一人を除き知った顔ばかりだった。とは言っても内三人は軽く知っている程度だ。だが奥にいる男はよく知っている。どうしてここに?どうしてこんなところに?


 「よっ、境野。何か久しぶりだな。元気してた?」


 亡霊の頭領として姿を見せた、磯上の姿がそこにあった。

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