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あのときからずっと、私は彼に

 向き合うべきだったんだ。最初からずっと。この世界の違和感に。俺と有栖川はこの世界の異分子。もしかすると逆だったかもしれない。彼女は俺のもう一つの可能性だ。この世界に一人きり、何もかもが違ってる異常性に呑み込まれて凶行に走ってしまった。

 だから俺がやらなくてはならなかったんだ。彼女と向き合うべきだったんだ。目を背けないで、これからやらなくてはならないことに、覚悟を決めなくてはならないんだ。


 夢野をそっと地面におろす。瓦礫で身体が傷つかないように。丁寧に。

 有栖川を見つめる。その姿は酷く混乱、いや怯えていた。人智の及ばない存在。全能となったと思ったのに、それを上回る存在に出会ったことによる恐怖感と焦燥感。いや、それよりも……。


 「なんで……なんで境野くんまでそんな目で私を見るの?私、悪くない!言ったじゃん!知ったじゃん!ずっとずっとずっと!私は人間扱いされな……違う!人間じゃない奴らに虐げられてただけだって!!」

 「知ってるよリサ。でもそれは俺とは相容れないんだ。だから俺は、ここでお前を……殺してでも止める。」


 それは明確な拒絶だった。そして境野連が初めて他者に向けた、明確な殺意だった。有栖川の目の前は真っ白になる。何がいけなかったのか、何が間違っていたのか。どうすればこんな間違った現実を、正しい方向へ修正できるのか。


 「あ……。」


 一瞬のことだった。境野連の腕が有栖川の腹部を貫通している。有栖川は数多のスキルを保有している。自動防御能力、自動反撃能力、自動回避能力……つまり本来ならあり得ないこと。境野連は信じていた。夢野が最後の力を振り絞って、残された僅かな未来で。俺が望む未来を、確かなものへと現実にする未来に改変していたことを。有栖川の全能力は、夢野の因果改変能力により全てが無力化されていたのだ。

 それはあまりにも残酷な現実として形になった。夢野がしたのはあくまでお膳立て。生命を奪うという、最大限の他者への否定を実行したのは、他ならぬ境野連本人だ。それは、貫かれた有栖川自身も、心で理解していた。これは、決別なのだと。


 僅かに動く両腕でそっと抱きしめる。境野くんの身体に触れたのは思えば初めてだった。スキルを使えば如何ようにもできたのに、思えば一度もそんな下衆な使い方はしなかった。彼をこの世界に呼び出したのは、自分を理解してくれる人間だから、自分を助けてくれる存在だから、そんな打算的な話しではない。

 あぁそうなのだ。とても、とても簡単な理由だった。私は、彼に恋をしていたのだなと、死に際になってはっきり分かった。


 「馬鹿だな私は……こんな簡単なことに最後まで気づかなかったなんて……。」


 触れる肩から少しずつ離れていく。力を失い倒れていく。境野連は最後までその抱擁に返事をすることはなかった。それが生命を奪った彼女へのけじめだと思ったからだ。


 地面に寝かせた夢野の方へと向かう。息、脈拍を見る。ともにない。彼女は確実に絶命したのだ。もう少し俺の判断が早ければ、優柔不断な態度をとらなければ結果は変わったかもしれない。彼女との……有栖川との決別をもっと早くに判断していれば、彼女は解毒だけに専念できていたはずだ。


 「ごめんな、夢野……俺みたいな奴に振り回されて……。」


 夢野の死に顔は、とても安らかで、まるで眠っているかのようで……とても現実を受け入れられなかった。

 

 突然後ろから甲高い音が聞こえた。何かの鳴き声か、あるいは機械音?そんな判別がつかない聞き慣れない音。後ろを振り向くと、そこには……有栖川が立っていた。


 「え……な、なんで……。」


 俺は酷く混乱した。それとともに絶望した。彼女が見えない。何を考えているのか、何者なのか。あれは何なんだ?


 「自動蘇生能力。そこの女が完全に死んだから発動できたの。ごめんね境野くん?私を殺すとか、無理だから。」


 受け入れがたい現実だった。有栖川はまるで試すかのように、少しずつ俺の方へ歩み寄ってくる。俺は逃げることができなかった。逃げて……どうなるんだ?ただ目の前で起きた出来事が意味不明すぎて、理解が追いつかない。


 「境野くんは私と同じだと思ってるみたいだけどね、それは違うよ?ああ、魂とかそういうのは勿論同じ。でもね、生き物としての格は別次元なの。言わなかったっけ?境野くんの肉体、私が作ったものなんだよ?あぁ、そんな顔をしないで。私は、境野くんのこと嫌いにならなかったから。むしろね、今凄く気分が良いの。だって私、境野くんが大好きだって。ようやく自分の気持ちに気づいたから。同じ人間だからじゃない。私は境野くんだから好きになったって。だから嫌いになるわけないじゃない?」


 俺の頭を有栖川は掴む。瞬間世界が歪む。力が入らない、動かない。


 「まぁそんなことだから、境野くんの肉体ってね、いつでも私の自由にできるの。今までやらなかったのは……やっぱり心の奥底で気づいてたんだろうね。境野くんのことが大好きだから、自分の人形みたいにしたくないって。でも、もうなりふり構ってられない。ほら、あれ見て?」


 有栖川が指差す方向に俺は視線を向けた。みんなが駆けつけてきている。もうこの空間に毒はない。夢野の因果改変能力により、空間ごと解毒されたのだ。


 「そういうことだよ、有栖川。もう君は終わりだ。今までの出来事は全てアーカイブ化した。どう誤魔化しても無駄だ。事実として僕が君の醜悪な本性を世界に暴き続けるよ。あぁそれとレン、ごめん。ちょっと痛いかも。」


 スマホから声がした。ザリガニだ。今までのことを記録していたのか。それにしても痛いってどういう……?そう思った矢先、空から何かが降ってきた。衝撃音が耳に響く。土煙があがった。

 煙はすぐにはれる。すると有栖川に何かが貫いていた。それはまるで拘束具のようだ。


 ───かつてこの星には宇宙を目指す人々がいた。はるか昔の話。今はもうその痕跡は地上には一つも残っていない。そう、地上には。衛星軌道上、高度800kmにそれはあった。宇宙開発の残照。かつての人々が作り上げた戦略科学兵器、通称「神の杖」。それは衛星軌道から射出される超高速電磁加速量子銃。ザリガニは、この兵器がまだ生きていることに気がついたのだ。そして我が物とすることに成功した。全てはこのときのため。憎い憎い仁の敵を倒すために。


 「君が普通の手段で殺せないのは想定の範囲内だ。だからこうして拘束し、封印する。不死身の相手には、定番の攻略法でしょ?」


 ユーシーたちがついに辿り着いた。拘束された有栖川を睨みつける。全ての元凶、仁を殺した張本人。ザリガニだけではない。ユーシーもまた有栖川に言いたい言葉もぶつけたいこともたくさんあるのだ。

 不気味なのは、そんなことになっても有栖川はまるで意に介さず黙り込んでいることだ。両腕両足が神の杖により拘束された状態で、一体その余裕はどこから来るのか。


 「ねぇ境野くん。見てこの蟲たち。こいつらはね、自分たちがあまりにも矮小な存在だから理解できないの。こんなもので人間を倒せると勘違いしてるの。本当に、馬鹿だよね。」


空間が渦巻きだす。これはさっき見たことがある。時間逆行。この状態で使用できるのか。空間が歪みだす。時間軸がずれだす。だがもう止められるものはいない。対抗できる唯一の存在は既に亡くなったのだから。

 世界にヒビが入り、俺たちは異空間に飛ばされた。時間の逆行、意識がなくなる。


 「おやすみ、境野くん。次に目を覚ました時は、私たちでハッピーエンドを迎えようね。」


 瞼が少しずつ落ちていく。駄目だ……限界だ……。意識がまるで世界に溶け込むようで……それに委ねてしまいそうだ……。あぁ……。




 ユーシーたちまで巻き込んだのは計算外だった。神の杖?とやらは予想以上に威力があった。本来ならばユーシーたちを吹き飛ばして、二人きりで時間旅行にいきたかったのに。この異空間で、最後の一時を境野連とともに過ごしたかった。

 でももう良い。全てが終わった。境野連に有栖川は近づく。私たちはこれから人類を抹殺して、新世界のアダムとイブになるんだ。あぁ、なんて素敵な話。やりたいことはたくさんある。できなかったことはたくさんある。きっと私たちの未来は希望に満ち溢れているんだ。そうでしょ?境野くん?


 有栖川は愛しい人形を抱きかかえるように倒れた境野連を持ち上げて姿勢をきちんとさせて顔を近づける。今ならあの女、高橋に対して特にイライラしてた理由が分かる。意識がないのはずるいかもしれないけど、このくらいの役得、許されるよね?


 唇と唇を近づける。そうだ、これから始まるんだ。私の物語は。必ずハッピーに終わる、幸せな物語。その鐘が今……。

 

 「がッッッ!!」


 突然首に力が入る。何が起きたのか分からなかった。この空間で動けるのは自分だけ。だってこの空間は高等結界術の一つ。普通の人間は皆動けないはず。ならなんで、私は今首を絞められてるの?


 思い切り力を振って手を振り払う。信じたくなかった。私の首を絞めていた腕は……境野くん……の……いや……あいつは……。


 「よう久しぶりだな、有栖川!!時間はかけたが感動の再会じゃねぇか!!」

 「境野……仁……ッッ!!」


 そこには、かつて殺したはずの境野仁が立っていた。境野連の身体を使って。

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