異世界転生、やり直す人生
「今すぐ、夢野を治せ。」
「いや。どうしてそんなゴミムシ、助けないといけないの?」
俺は有栖川を睨みつける。だがそんなこと、有栖川は何一つ気にもとめていなかった。
「お前は自分が何をしているのか分かっているのか。夢野だけじゃない、大勢の人を犠牲にして、何がしたいんだ。俺が目的なら俺一人を相手すれば良いだろう。」
「あはは、あの時と同じことを言うんだね。でもこのくらい別にいいじゃん?どうせこの星の人間?は皆殺しにするんだから。」
───は?今……有栖川は何を言った?皆殺し……?全員を……?
唖然とした表情を浮かべる俺を面白そうに見つめて、有栖川は説明を続けた。
「ねぇ境野くん、おかしいと思わないの?なんで私が境野くんを異世界から喚び出したのか。そもそも異世界の存在を知ってるのかって、根本的なことを知らないんじゃないの?私と境野くんはね、ずっと昔に出会ってるんだよ?同じ世界で、こんな肥溜めのような狂った世界じゃなくて、私たちのいた世界で。」
知らない。俺は有栖川のような女性を知らない。同年代のように見えるが、そんな付き合いはないはずだ。記憶の欠落はこの世界に来てから。こんな強烈な女性と知り合っていたなら覚えているはずだ。
それに有栖川は場違いな感想かもしれないが容姿端麗、モデルのような人物だ。なおさら忘れるはずがない。男の本能という奴だ。
「そうだね、境野くんのその反応は正しいよ。境野くんは知らないけど、私は知っている。そういう反応になるのは当たり前。だって私は、この世界に異世界転生したんだから。魂と記憶はあの時と同じだけど、この身体は全然違うもの。だから知らないのは当たり前。でもほら、これなら少しは面影を感じない?」
有栖川の髪が突然、生き物のように動き出し三つ編みへと結ばれる。更に色が茶髪から黒髪へと変化した。そしてポケットからメガネを取り出し装着する。
「……え。いや……そんな筈は……。あいつはこの世界には……。」
それは、瓜二つとは言わないが、何故か連想させた。あの日、いつも一人で読書をしていた女生徒と。髪型とメガネだけしか一致しないのに、何故か彼女を彷彿させる。
「ふふ、嬉しいな。やっぱり覚えててくれてたんだ。顔が違ってても、私だって分かってくれたんだ。そうだよ。あの時、君に助けられたのが今の私。有栖川リサとしてこの世界に転生して、チートスキルを入手して人生をやり直したんだよ。」
チートスキル?アタッチメントのことか?それに転生ってどういうことだ……?あの時の女生徒なら年齢は俺と同じはず。転生という意味は……。
「亡くなってた……のか?」
「……ううん、厳密には違うかな。亡くなったんじゃなくて自殺したんだ。君がいなくなった後の私がどうなったか、詳しく聞きたい?」
嫌な汗が出てきた。俺がいなくなった後?だって彼女に対する嫌がらせはあれで終わって……。
「終わるわけないじゃん。そりゃあ君がいなくなっても少しの間はね、大人しかったよ。でもその反動か、更に酷い地獄が待ってたんだ。そして今度は、境野くんみたいな人は現れなかった。結局、前の私の人生はね、あの世界ではね、境野くんしか味方はいなかったんだ。」
頭の中が真っ白になっていた。きっと顔は青ざめていただろう。何故今になってそんな話が。良いことをしたと思っていた。別に彼女に対して思い入れはまったくなかった。でも彼女にとって俺は、あの世界で唯一味方してくれた人間で……。
有栖川は俺をそっと抱きしめる。
「やっぱり変わらないね境野くん、気にしなくていいんだよ?今の話を聞いて、きっとあの時と同じ感情を抱いたんでしょ?確かに私はあの後、命を絶った。世界を呪ったよ?何で神様は、私の味方をしてくれないんだって。困った時に助けてくれるのが神様なら、私にとっての神様は境野くんだけだったんだって。でもね、こっちの世界に転生したとき、悟ったんだ。全てはこの時のためだったんだって。他の人を圧倒する力、自分の思い通りに何もかも事が進む絶対性。最高だったよ?この容姿だって前の地味な顔よりも遥かに綺麗でしょ?」
これまでの人生を語る有栖川の目は希望に満ち溢れていた。なら尚更のこと分からない。そんな素晴らしい世界なら、何で全人類を滅ぼすという結論に至るのか。それに何で俺を喚び出すのか理解できない。
俺の怪訝な表情から察したのか、有栖川は話題を変えた。
「……境野くんも知ってるでしょ?この世界は私たちの世界と違う。アタッチメント、アドベンター。そんなもの、私たちの世界には無かった。当然の話。私が得たチートスキルはね、この世界の成り立ちも知ってしまったの。それはあまりにも救いようもなく、醜い物語。この世界の人類はね、滅んで然るべきなんだよ。気持ち悪い寄生虫、星に集る蛆虫。それがこの世界の人類の正体だよ。」
これから話すのはこの星の人類の成り立ち。そして有栖川が全人類殲滅を決意した理由。俺は知りたくなかった。だって、そんな話を聞かされて、どんな顔で今も苦しんでいる夢野に顔向けすれば良いのか、仁と約束したことを果たせるのか、分からなくなるから。





