無限の果て、全能と全知
「だ、大丈夫か夢野……。」
咄嗟に夢野に覆いかぶさるように庇った。気を失ったままだ。口元に手を当てる。呼吸がある。良かった……。夢野の無事にただ安堵した。
「大成功~ねぇねぇ、そのゴミクソ女、死んだ?死んだよね?私と境野くん以外は殺すように作った爆弾だもん。」
振り向くと、そこには有栖川が立っていた。いつもと変わらない制服姿で、無邪気に。
「う、うぅ……な、なにがあったんですか……。」
夢野は目を覚ました。流石にあれだけの爆発と衝撃、ほとんど寝ていなかったとしても覚醒するのは無理もないことだ。その様子を有栖川は確認すると露骨に舌打ちをした。
「何で生きてんの?死ねよ、何の価値もないどころか、生きてるだけで他人の足を引っ張るだけのメンヘラクソ女なんだから。何で私の邪魔する奴はみんなこう、ゴキブリ並にしぶというのかなぁ……。ゴキブリ並みにきもいだけでなく、生命力まで一緒だと嫌になる。」
有栖川は普段の様子からは信じられない暴言を夢野に投げかける。それは純粋な嫌悪感、憎悪から来るものなのは明白であった。
「境野くん?どうしたのそんな目で見て?あぁそこの根暗ブスに言ったことが気になったの?いやいや、境野くんも知ったらそんな態度とりたくなるよ?知ってる?こいつがどんな奴か、おい根暗ブス、言ってみろよ。お前が今まで境野くんに何をしていたか。」
「ち、ちが……わ、わたしは……!」
有栖川の言葉を聞いた夢野は青ざめた顔で狼狽し必死に何かを伝えようとしているが、その言葉はどうも要領を得ていなくて、言い訳じみていた。
「ゆ、夢野……どうしたんだ?何があったんだ?」
「あ、あぅ……い、いや……その……あぁ……ご、ごめんな……いや、違くて……。」
俺は夢野に何のことか問いかけようにも、夢野の言葉はどんどんか細くなっていき、涙目になっていた。
「ふふ、境野くん教えてあげようか?その陰湿根暗ブスの能力が何か知ってる?」
「何って……未来予知だろ?確か薬で制御してて今は短期間しかできない……。」
「えぇ~そこまで知ってるってことは、事情は聞いてるってことだよねぇ?あれあれぇ?おかしいなぁ、大事なところが省かれてるんだけど?」
夢野はまるで断頭台に連れて行かれる囚人のようだった。有栖川の言葉、一つ一つが的確に心を貫く槍となって、幾重にも突き刺さっていく。
「有栖川、勿体ぶらないで早く言えよ。何なんだ一体。」
「いいよ境野くん。その女の能力はね、厳密には未来予知じゃないの。未来を改変する能力なんだよ?だから未来も分かるの。凄い能力だよねぇ……自分の思ったとおりの未来が作れるんだから……あれ?まだ分からない?つまりぃ……未来を改変できるってことは人の心にも作用できる力ってことなの!いわゆる集団催眠?それも世界全てにかける大規模なもの!分かるかなぁ?今まで境野くんがぁ……そこの最悪陰湿根暗ブスに抱いた感情やぁ……とった行動っていうのはぁ……全部、そいつの筋書き通りだったってことなの!!酷いよねぇ、勝手に自分の感情をコントロールされて、そんな最低最悪の陰湿根暗ブスに好感を抱くように仕向けられて……そんなのってないよね?境野くん怒って良いんだよ?人の気持ちを弄んだ、そこのゴミクズの糞虫以下のカス女にさぁ。」
未来改変能力……?なるほど、それで今までの夢野の行動に合点がいった。だって予知できるだけにしては、やってることが大掛かりすぎる。でもそれも、そういう能力なら納得がいった。
俺は夢野を見つめた。夢野は怯えた子犬のようにビクンと肩を震わせたが、突然涙を流しだす。
「ど、どうして……どうしてなんですか……わたし……ずっと……ずっとずっと……その人の言うとおりです……そんなつもりなかったのに……もしかしたら、そんな使い方だってしてるかもしれないのに……。」
夢野は三秒先の未来が見えている。だからだろう、俺が言う前に気持ちは既に伝わっていた。だが知っている。こういうことは直接口に出して、直接聞くことが大事なんだろ?
「今更疑わないよ、俺は夢野がそんなことをする人間じゃないのは十分に分かっている。俺は夢野を信じる。だって友達だもんな?」
夢野は涙を流しながら何度も頭を下げていた。それは感謝かそれとも隠してきたことの謝罪か。どちらでもいい、俺は肩に手を当てて、
「お前!!また改変したな!!ずるい!!そんな能力!!!!」
有栖川は叫びだす。俺は振り向き視線を合わせる。肩を震わせて、怒りの形相で夢野を見ていた。
「有栖川、夢野は能力を使ってな」
「そんなの分からないじゃない!!なんで分かるのよ!!いい!?未来を改変するってことは意識の介入すらないの!!今だってそうやって都合よく行動するようにそこの根暗ブスが改変しただけで!!本当の気持ちじゃないの!!!」
「分かるさ、夢野はそういう奴じゃないって。有栖川も付き合えばきっと理解できる。」
大きなため息を有栖川はついた。理解できない。そんなわけないと。
「あぁ……もう駄目ね……かわいそうな境野くん。その陰湿根暗ブスに人格を完全に破壊されてるのね。もうそのゴミクソ虫のイエスマンとして調教されきってる……うん。これは課題だね。始末できて、本当に良かった。」
始末できて?どういうことだ?有栖川の奇妙な言い回しに疑念を抱いたのも束の間、突然夢野が咳き込みだす。そして吐血した。
「三秒間未来を改変できる能力者の殺し方、知ってる?簡単な話で、四秒以上後に確実に殺せる攻撃を、無自覚に与えれば良いの。落とした爆弾、これの正体はなんだと思う?」
そう言われ辺りを見回すと、何故か生命を感じさせなかった。爆心地ならともかく、少し離れた場所なら瓦礫に挟まれてうめき声をあげたりする人だっているはずだ。だが……そんな空気を微塵に感じさせない。ふと上空を見ると、野鳥が飛んでいた。だが野鳥はしばらくすると苦しみだして墜落する。そして絶命した。まさか……。
「言ったよね、私と境野くん以外殺すって。今、ここにはね毒が蔓延してるんだよ?そこの根暗ブスは未来改変で死なない未来をこれから選択しても良いけど、良いのかなぁ?一生毒に苦しみながら生きるのって凄くつらいよぉ?」
気づいたときにはもう遅かった。夢野の肉体には致命的な毒が蓄積している。無論、能力で死なないことは可能である。たまたま毒が夢野の周りから消えていくというのも可能だ。だが……改変する前に起きた出来事は変えられない。毒で蝕まれた自身の身体は……。
最早、いかなる未来でも毒で苦しむ自分しか見えなかった。





