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未来の記憶と謎のチートスキルで人生やり直し物語、学生に戻ったと思ったらそこは、何かが違う異世界だった件  作者: ホワイトモカ2号
それは澄みきった空に浮かぶ穏やかな雲のような
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晴天を陰る雲のように

 繁華街、チャイナタウンと化した場所の中心地にそれはあった。通称赤庭館。チャイニーズマフィア龍星会の総本山だ。周囲には監視カメラ、赤外線センサーといった最新鋭の防犯セキュリティだけではなく、道教を由来とする術師が配備した警備術式が張り巡らされている。

 俺はそんな堅固な館の真正面から、ベルを鳴らした。思えば、この館に正面からちゃんと入ろうとするのは初めてだ。大体、押し入りみたいに入ってるからな……。ベルを鳴らして数分待つとドタドタと騒がしい音が聞こえ、出入り口用の小さな戸が開く。


 「仁!もう、いきなり直接来るなんて!行ってくれれば迎えにこさせたのに、ごめんね、仁が来ると分かってたらもっと御粧ししたかったんだけど、待たせ過ぎるのも悪いと思って……ほら早く入って入って。」


 メスガキは心底嬉しそうに俺の手を握って引っ張る。後ろには大量の黒服がついていた。そりゃそうだ、頭領自ら出迎えなんて普通しねぇだろうからな。


 「そ、それで今日はどんな用なの?初めてだよねこんなことしてくれたの!あの引きこもりのゴミ女を事務所に連れていった時は引き裂きたいくらい苛立ったけど、仁は最後には私のところに来てくれるって信じてたし!ね、ねぇお小遣いでも欲しいの?いいよ!わたし、仁のためなら何だって……。」

 「できれば内密に話したい。二人きりになれるところが良いんだが。」


 俺の言葉にメスガキは目を輝かせ、頬を染めて「なら私の私室!!」と意気揚々と手を引っ張る力を強めた。

 メスガキの私室は何というか……年相応だった。マフィアらしく物騒な飾り物があると思ったが、そんなことはなく、普通の子供が集めてそうな訳の分からんキャラクターのキーホルダーやら歯の浮くような少女漫画やらが見える。あれは勉強机か?そういえば義務教育まだ受けてんだよなこいつ……どんな面して学校通ってんだ……。


 「ね、ねぇ……そ、それで私の私室に二人きりでいたいって……どういう用事なの……?」


 メスガキはベッドに腰掛け枕を抱きしめながら顔を半分隠してこちらを見つめている。別に私室を指定したつもりはないのだが、まぁこれ以上ない二人きりになれる場所だろう。


 「メスガキ、お前にしかできないお願いごとがあるんだ。実は───。」


 俺は事情を全て説明し、その上でメスガキに協力してもらえないか頼み込んだ。頭を深々と下げる。今更こんな態度で、勝手かもしれないが、俺はなりふり構っていられなかった。


 「いいよ。」

 「本当か!?」


 俺は顔を上げた。メスガキの顔を見つめる。


 「仁の言うことなら私、なんだって聞くよぉ。」


 その表情は、恍惚に満ち溢れて、目元はトロンと蕩けていて、口角は酷く歪み……俺が今まで見た表情の中で、一番邪悪なものを感じた。敵意はまるで感じられない。だからこそ不気味で、普通ならこんな表情を浮かべるやつを信用しない。だが今の俺に選択肢はなかった。メスガキの要求を、言われるがままに受けるしかないのだ。




 一晩経ち約束の日になった。赤庭館を見つめる。やれることはやった。できることなら杞憂に済めば良いのだが、おそらく無理だろう。場所は公園、時間は夜中。準備は万端。さて、レンを返してもらうぞ。


 夜の公園には人が一人もいなかった。人払いをしなくて済むから楽だ。簡易結界を展開した。これで中で何があっても、外部には発覚しない。公園の中央、噴水に立つ。女はまだ来ていなかった。呼びつけていてまったく大した度胸だ。噴水を眺めながら煙草に火を点ける。

 風が吹いた。一陣の風。草木が揺れ、ざわざわと音を立てる。


 「あぁ、お前が最後に残した手段、きっとそうすると思ってた。」


 後ろにはあの女が立っていた。手にはナイフ。そのナイフが俺の背中に深く食い込んでいた。突き刺さったナイフは引き抜かれ、更に脇腹をめった刺しにする。俺は痛みに耐えきれず崩れ倒れる。女は俺に馬乗りになって、更にナイフを何度も刺し続けた。


 「死ね!死ね死ね!死ね死ね死ね!死ね死ね死ね死ね死ね!!!」


 女の握っていたナイフは見かけ上は普通のナイフだった。だがその性質はあまりにも異質なものだった。あらゆる防壁、加護を突き抜け、そして傷つけた場所はあらゆる治癒、修復術式を受け付けない。とてつもなく強力な呪いを帯びたナイフ。女の強い執念を感じさせた。


 「もっとも予想の範囲内だがな。」


 俺は用意していた術式を起動した。俺の肉体を媒体に発動する術式、それは蔦のように伸びていき、女の身体に絡んでいく。女は無視して俺の身体を刻み続ける。どうせ効かないと高を括っているのだろう。だがそれは大きな間違いだ。


 「がっ……!な、なに……!?」


 女が苦しみだし、ナイフが手から離れる。まったく刺し過ぎだぜ。俺が女にかけたものは呪い。呪術だ。無論、通常の呪術であるならば女は無効化するだろう。女の肉体は何らかの方法で、あらゆる攻撃を無力化している。前回行った陰陽バランスを崩すやり方も、こうして姿を現している以上対策済みなのだろう。故に、俺は女に呪いをかけるのをやめた。呪いをかけたのは世界そのもの。世界全体を狂わす呪いではない。世界がたった一人の、目の前の女に対してあらゆる干渉を許さない呪い。

 女は俺から離れようとする。だが逃さない。力を振り絞って女が離れようとするのを食い止める。


 「離せ!離しなさいよ気持ち悪い気持ち悪い!」

 「そう邪険にするなよ、これはお前が始めたことだろ?」


 女は俺の頭を掴んだ。記憶読術か。いいぜ、好きなだけ読むといいさ。もう手遅れだけどな。


 「色々と……小賢しい手を……!でも残念ね……思考は読ませてもらったわ……!この呪い……!お前の命が尽きたら解呪されるんでしょう!?だったら……わたしの勝ち……!」


 そのとおり。このまま俺は女に殺され絶命する。だが女は俺の記憶を全て見たわけではない。知らないのだ。俺が修めた術式の中で最も最高峰の技を。それは魂の加工。生命の魂を加工するもの。神の領域に到達しうる奇跡の技。それによって俺の魂を最終的に三つに分割した。

 一つは今の俺自身。そして二つ目はメスガキに依頼して作らせたもう一つの俺の身体に埋め込んだ。そして最後の一つは……レンの魂に、保険として組み込んでいる。それは僅かなものだが、必ずレンの助けになるはずだ。何せ俺自身だからな。


 世界を包み込む呪いは女に収束していく。仁は虫の息だというのに、呪いの力は弱まることをしらない。むしろ強まっていた。女は焦る。何故この男は死なないのか。自分の知らない能力があるのか。そして呪いは臨界点を迎えた。女とレンを結ぶ線が切られる。


 「ふ、ふざけ……死ねよ!!なんで死なねぇんだお前!!!!」


 女は仁の首を絞める。だが既に仁の目には生気が宿っていなかった。"ここにいる"仁は既に絶命寸前だったのだ。今、女に渦巻く呪いを起こしているのは残り二つの仁の魂。だが、女にはそれを知る術がない。龍星会にある仁はともかく、もう片方の仁が、よもやレンの中にあるなんて。女の目的の達成にはレンが必要不可欠だった。故にレンを失うわけにはいかない。だがレンを失わないと呪いは完全に解呪されない。

 女は泣き叫びながら、少しずつ少しずつ、レンとの繋がりが絶たれていくことを実感する。そして既に息絶え絶えの仁に対して罵詈雑言を浴びせ続けていた。


 寒気がしてきた。視界がぼやける。ザリガニには悪いことをした。結局戻れそうにはない。メスガキもそうだ。最後に勝手なお願いをして、その翌日には姿を消すのだから。バルカンや公塚は……まぁ寂しがるかもしれないが、立派な大人だ。こんな仕事をしている時点で急な別れもあるものだと理解しているはずだ。


 最後にレン……お前はこの世界に紛れ込んで、何も知らない状態で、助けてくれた俺のことをひどく感謝していたようだったが……それは違う。俺も、お前と出会えたことで救われたんだ。平行世界の同一存在……何の因果かで出会ってしまった俺たちだったが、お前の魂は、俺と違って清廉そのものだった。濁った、まるで混ざり物のような色をしていなかった。きっとレンのいた世界は、とても平和で、素晴らしい世界なのだろう。

 だってそうだろう。同一存在の俺が、レンみたいに真っ直ぐに育つ世界なんだから。俺みたいなやつでも、環境が、世界が違うだけで、真っ当な人間になれる。それが、俺にとっては何よりも救いだったんだ。


 きっと別の方向で、正しく進化した人類がレンの世界にはいるのだろう。残念なのは、レンの肉体はただの作り物で、本物ではないことだが……少なくともレンの魂を見ると、俺たちの世界より遥かにマシに見える。魂の輝きが、段違いだった。混じり気のない、純粋で、輝かしいもの。それは俺たちには眩しすぎて、きっとあらゆる悪意を払うものとなるだろう。

 だからレン、どうか自分を責めないでくれ。お前は何一つ悪くない。例え元の世界に戻れなくても、どうか絶望しないでくれ。こんな狂った世界だが、良いところだってそれなりにあるんだぜ?

 そして、可能なら……俺みたいなろくでなしではなくて、信頼できる仲間を作って、今という一瞬を謳歌して、後悔のない人生を送って欲しい。この女のことなら大丈夫だ。俺が、全力をもって、食い止めるから。


 光が満ち溢れる。それは世界による修正力の働きだった。この世界の異分子と見なされた女は、急速に力を失っていく。断末魔が聞こえる。この程度で殺せるとは思っていない。だが、少なくともレンの解放はできたはずだ。俺はその姿を見届けて、眠るように目を閉じた。


 ………


 ………………


 ………………………


 ここから先はAI仁に組み込まれたメッセージだ。記憶は既に操作されている。

 目の前で俺に怨嗟の声をぶつける女。こいつが誰か、最後に伝えなくてはならない。おそらく妨害行動により、都合よく書き換えられているだろ。『女』『あいつ』みたいに。あるいは他人の名前を騙っているのだろうか?だから記憶とは別にこうしてAIの方に刻み込んだ。ザリガニの技はあいつより一枚上手であることを祈るよ。

 女の名は有栖川ありすかわリサ。お前と同じ学校に通っている同級生だ。


 大方、覚えがあるんだろう?これから記憶を失ったお前に、いかにも偶然みたいな感じで、運命的な出会いでもするんじゃないのか?結局、有栖川の目的は分からず仕舞いだが、これだけは肝に銘じておけ。有栖川は何かを隠している。俺たちの知らない何かを抱えている。だが……いかなる理由があっても、他者を、多くの人たちの人生を奪う理由はないのだから。

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