掴む黒幕、仕組まれた陰謀
ふと机を見ると書き置きがあったことに気が付いた。これはレンの字だ。書き置きを読む。
『仁、突然こんな書き置きを残して立ち去ったことを悪いと思っている。今までのことは本当に感謝している。見ず知らずの、異世界から来たなんていう人間を助けてくれて。でもこれ以上は迷惑はかけられない。連絡があったんだ、仁の言う俺を喚び出したという女、同級生のあいつから。一人で来て欲しいと言われている。元々俺だけの問題で仁には無関係なんだ。だからもう後は俺一人で終わらせる。もし二度と再会が叶わなくとも、元の世界に戻っても、この世界で出会った人のことを、仁のことを決して忘れない。約束だ。改めてありがとう、相棒。』
「クソッたれ!」
俺は書き置きを握りつぶしたい衝動を抑え、分析を始める。このインクの乾き具合からして……まだそこまで時間は経っていない。どこに行ったかは今調べる。
水道管に触れる。この間と同じ方法だ。水道管を通じて街全体を俺の支配下に置く。
「ぐっ……!」
こめかみを手で抑える。偏頭痛がした。高等術式を連続で使用しすぎた。特にザリガニの治療、あれは俺と同格……あるいはそれ以上の仕業だっただけに疲労が続いている。心配そうにザリガニが声をかけるが俺は無視をして術式を継続させた。
「はぁ……はぁ……おかしい……なんで見つからないんだ!」
元の世界に帰った?いや、ありえない。何故なら今も俺は、レンの存在を感じているからだ。平行世界の同一存在。それが俺とレンの関係。故に術式なんて関係ない。魂レベルでお互いの存在を感じ取れる。更に俺は、レンに対して保険をかけていた。それが今、活きている。
つまり、この世界にまだレンは存在するが、単純な探知術式では探知できない場所にいる。ザリガニに施された術式から察するに高度な結界術式、外部からの干渉を遮断するものだろう。それならば調べ方を変えるだけだ。術式の逆探知。今、この街に展開されている大規模結界術式を探知する。
探知した数は六つ。それは六芒星のようにそれぞれ等間隔に離れている。おかしい。これほど高度な術式を展開できる術師が同時に六人もいるなんて。何が起こっている?この時のために召集されたのか?全てを周って果たして間に合うのだろうか。この瞬間にも、レンがあの女に何をされているか分からない。
───ならば、やることは一つだ。俺は屋上へと向かった。まず空気中の水分を凝結させる。そして大気中の電荷を操作し、凝結させた無数の水滴と連鎖させ電気回路を形成した。即ち、雷雲の生成である。だが稲妻を落としただけでは結界術式は破壊されない。ここに発生した電流、電子全てに崩壊術式を組み込む。まぁつまりわかりやすく言うと雷に対術式に特化した属性を付与したってことだ。
雷雲は倍々ゲームのように増えていく。雷雲自体は一度、種を作れば連鎖的に増えていくので、楽だ。問題は属性付与のほうだ。電子は雷雲に対して無数に存在する。それ全てに術式を組み込むのは単純に過剰労働だ。
「仁……やめなよ。酷く疲れているようだ。何がそこまで突き動かすのか知らないけど、僕のためじゃないのは分かる。それでもこれ以上続けたら……。」
汗をかき、息を切らしていた俺にザリガニは声をかける。限界が近いのは分かっている。だが、ここで退いてしまっては、もう二度とレンと会えない、いやそれどころかレンが、二度と元に戻れないのではないかと、そんな予感がした。だから俺は、後先を考えず、今を全力で全うする。
「行け、雷雲。目標は六つ。全て破壊しろ。」
十分な出力に達した雷雲は高く上昇し、六つに分かれて、それぞれの場所へ向かう。そして強烈な閃光が六方向から走る。遅れて雷鳴が鳴り響いた。
「見つけた。」
破壊した結界の中一つ。か細いがレンの気配を感じた。電磁術式を起動する。髪が静電気で逆立つ。急がねば、急ぎ、レンを助けに行かなくてはならない。
「仁!落ち着くんだ!!」
肉体への負荷を無視し、レールガンのように一直線に加速し空を貫いた。後ろでザリガニが、何かを叫んでいたような気がした。
目的地上空に到着。逆方向に電場を操作しブレーキをかける。そして落下、足元に防護術式を起動し、衝撃に備える。敵は……いた。武器を構える。七星剣は使えない。クールタイムだ。手持ちの武器は二丁拳銃と護符数点。十分だ。不足分は現場で調達する。強い衝撃音、瓦礫を吹き飛ばし砂煙が舞い上がる。風を周囲に展開、煙を飛ばす。
相対する。ようやく、出会えた。
「死にやがれ、このクソビッチが。」
有無を言わさず銃を構え発射した。装填していたのは魔弾。あらゆる干渉を無視して標的に自動で補足する必中の銀の弾。そしてもう片方の銃に装填していたのはあらゆる防壁を破壊し、突き破る必滅の青銅の弾。ともに術師殺しの得物である。拳銃はオートマチック、自動装填される。これらの魔弾を容赦なく、全弾標的にぶち込んだ。
「ビッチとは失礼だよ仁、私はこれ以上ないくらい一途なんだけど?」
棒立ちだった女に弾丸が全て命中する。必中の弾丸は回避行動もとらない女にそのまま命中し、必滅の弾丸は女が用意しているであろうあらゆる防壁を破壊……するはずだった。
弾丸は確かに命中した。したはずなのに、まるでおもちゃの弾を受けたかのように、女には傷一つつかない。着てる服すら突き破らなかった。
雷を落とした。上空にまだ残っていた雷雲。一億ボルトの電気エネルギーが直撃する。普通ならば炭になって絶命するはずだ。だというのに、女は無傷だった。
護符を展開する。自己増殖させ無限に増やした護符から水鏡を展開する。水圧による圧死、溺死……させるはずだったのに女に触れた瞬間水は霧散し消滅した。女は護符を掴む。掴まれた護符は煙を発して溶けていった。完全に無力化されている。
空間粒子を収束させ圧縮を繰り返す。数多に圧縮された粒子を解き放ち、放出する。光速に近い速度まで加速した粒子は光の槍となって女を貫く……はずなのに光は女を照らすだけに留まった。
術が……何一つ効かない。
「無駄だよ仁。今の君に私を倒す手段はない。万全の君ならいい勝負をしたかもしれないけどね。」
女は手を前に突き出す。その瞬間、吐き気がした。俺は思わず吐き出す。吐瀉物に何かが混じっている。これは……生き物……。
「変異術式か……あるいは恩恵……?どちらでもいいか……。」
「そうだね、希望は受け付けないよ。下等な虫にでもなってもらうね。お疲れ仁、君の役割は終わりだ。」
女の力が強まる。変異術式。文字通り対象の存在を別の存在に変える禁忌。あまりにもおぞましい術式。吐き気がする。術式のせいではない。"こんなものまで修めさせる境野家の腐った家訓にだ"。同じ術式を体内で展開する。同じ術式の相反。事実上の無効化。そしてそれに合わせ肉体を強化する。
「なっ!?」
気づいたときにはもう遅い。地面が爆発する。俺が踏み込むために地面を支えに加速したからだ。その衝撃が爆発となって、俺の推進となり一瞬にして加速する。おそらく俺の普通の拳は通用しないだろう。今更の話だ。だが、術式を直接叩き込むとするのならそれは別だ。
女の腹部に術式を拳で叩き込んだ。とてつもなく硬い感触だった。それはまるで巨大な山を相手しているようだった。生き物として次元が違う。この女の正体は一体何者なのか、だが今はそんなことは、どうでも良かった。
「変異が効かないなんて、さすがと言いたいけど、それなら別に方法があるんだけど?今更こんな……ッ!!」
女は苦悶の表情を浮かべた。予想どおりだ。女はなにかしらの手段で他者からの攻撃を無効にしている。だが彼女は生き物だ。この星の法則を受けて、こうして大地に立ち自然を享受している。即ち、あらゆるもの全てを無効にしているわけではないのだ。もしそれならば、奴はこの場にいれるはずがない。そこが付け入る隙だった。
「お、おま……おま……え……わ、わたしに……何をし……た……。」
「とびきりの善意をプレゼントしてやったのさ。何が起きたかは秘密だがな。」
つまりあの女に、修復術式を叩き込んだのだ。ただの修復術式ではない。過剰回復術式。細胞を活性化させ自己免疫を高める。本来であるならばそれは害のあるものではないのだ。だが今、彼女はあらゆる攻撃を何らかの手段で無力化している。即ちそれは負の力を一切受け付けていない状態。
腐っても俺は境野の人間、五行の考えは熟知している。それはつまり、この世の摂理、万物は全て陰陽のバランスによって保たれ、この宇宙で引き起こす万象の結果として生じるものなのだ。光と闇……要するに小難しいことをごちゃごちゃと言うがバランスが大事だと言うわけだ。
今、あの女の体内では陰陽における陽の力が暴走状態にある。バランスの崩壊。故に結果として身体の不調が現れている。見たところ臓器の一部がやられているようだ。顔色が青ざめ、脂汗をかいている。だが本人は気づくまい。傲慢にも、あらゆるものを遮断し、都合のいいものだけを享受しようとしたものの末路だ。
「さて、レンはどこだ?そして話せ、お前の目的を。そうしたら助けてやるよ。」
「助ける……私を……?」
俺の言葉に女はあからさまに怒りを露わにした。
「ふざけんな!その顔でッ!!その姿でッッ!!!その言葉を話すな!!!穢れる穢れる穢れる!!!!お前みたいな化け物が、寄生虫が、蛆虫が、その言葉を口にするなッッ!!!!!!」
突然、次元の裂け目が開き出す。この女、空間術式による位相操作が使えるのか。俺よりも年下で若いのに、よほどの名家の生まれなのか?だがこんな高等術師は普通耳に入るはずだ。であるならば、俺と同じ爪弾き者ということか……?
だが無駄だ。同じ術式は俺も使える。逃げようが、同じ位相に移動して追いかける。俺も空間術式を起動し、女の発動した位相を分析、解析し……。できない……。女の位相はまったく未知のものだった。
「待て!!レンを返せ!!」
俺は走り出す。判断を誤った。危険を承知で、飛びかかるべきだった。俺の手が後少しで女に触れるところで、女は次元の裂け目に消えていった。





