破滅のカタストロフィ、もう一人の異世界転移者
召喚の準備は既に整えられていた。喚び出す口上が唱えられている。そうはさせない。俺は駆け出し、傭兵のスティンガーを奪い取る。突然の侵入者に傭兵は反撃もできない。そして俺はスティンガーの照準を巨大な召喚石に向けた。
「こいつで終わりだ!ぶっ飛べ!!」
スティンガーからミサイルが発射される。その速度は音速を超える。いくら亡霊の最高幹部とはいえ、その瞬間には全員反応できず、突然爆発する召喚石に驚くしかなかった。
無論確実なのは術式で破壊することだが、今回のように召喚が行われている状態で術式による介入を行うと、予想外のことが起こりかねない。故に現代科学の叡智を活用するのだ。その目論見は的中し、召喚は中断され、異常な気の流れは途絶えた。
「撃て!!」
後ろから傭兵たちがライフルを構え警告もなしに発砲する。適切な判断だ。だがもう遅い。銃弾は俺の身体を突き抜けた。出血はない。機銃掃射しても同じことだ。
術式、水鏡。大気中の水の根源に触れ、自身と同一化する術式。液体と化した俺に物理攻撃は通用しない。
「物理攻撃が効かないのなら、これはどうかな?」
亡霊の一人が一瞬で間合いを詰めて俺の肌に触れていた。動きが見えなかった。恐らく瞬間移動の類。見知った顔だ。
「よう天満月教授。お前が亡霊だったのは知らなかったぜ。」
「とぼけた口を。」
触れた先で巨大なエネルギーが発生した。体内で沸騰を起こす。これは核融合を起こしているつもりなのだろう。水鏡を分離させ、俺の離れた腕が教授様の首を掴む。
「いったろ?物理攻撃は効かねぇって。教授ならわかるだろ?核エネルギーも突き詰めれば物理攻撃なんだよ。」
沸騰した俺の腕が逆に天満月の首に膨大な熱を与える。苦悶の表情を浮かべるが離れようとしない。おそらく隠し札があるのだろう。まぁそんなもの出させる前に殺すわけだが。
仁の術式の基本原則は五行操作にある。五行とは万物に由来し、万象の起源とされるもの。あらゆる事象は五行の働きにより解明され、転じて万象の理を為す。仁の周りに光が収束していく。術式の名を天之御鉾。それはまるで、光の妖精たちが人に集うような幻想的な光景だった。だが真実は異なる。五行の要素の一つである空道に介入し、大気中の光を位相分解しエネルギーとして電子、陽子の形として変換し凝縮される。天満月が行おうとした核融合とは比較にならない、自然干渉。そして収束し凝縮されたエネルギーは光り輝き仁の周りに漂い始める。
「天満月!逃げろ!何か危険なことが起こっている!!」
亡霊の、中心にいた指導者らしき若者が叫ぶ。だがもう遅い。エネルギーの充填は既に終わった。
「ぶちぬけぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」
瞬間、光が、全てを埋め尽くした。それは光の槍のようだった。大きさにして直径20メートル近くある巨大なエネルギーの塊が、天満月ごと召喚石をぶち抜いた。
亡霊たちは唖然と空を見つめていた。先程まで洞窟の中だった祭壇に、巨大な穴があいた。勇敢にも仁に挑んだ仲間は、零距離で光線をくらい消滅した。足の一部しか残っていない。雇った傭兵たちは腰を抜かしていた。「───俺たちの前に立ちはだかったこの男は同じ人間ではない。」全員がそう認識した。
俺は術式を展開する。周囲に気の流れが展開しだす。その流れにいち早く気づいた亡霊の一人が叫びだした。
「大将、召喚石を破壊しろ!このままだとあの化け物に、召喚石のエネルギーを全て利用されるぞ。」
「化け物呼ばわりとは心外だな。俺は純粋な人間だよ。ただ文字通り、お前たちとはレベルが違うってだけだ。」
もう遅い。召喚石の五行を掌握した。俺はポケットから護符を取り出した。そしてそれを放つ。護符は召喚石のエネルギーを吸収し分裂し無尽蔵に増えていく。それはやがて人形に変形し、簡易的な軍隊が出来上がった。
「ついでだ、お前たち亡霊もここで死んでおくか?」
無論、こんなもので亡霊を倒せるとは思っていない。こいつらはあくまで遊撃。本命は俺自身の手で始末する。
駆け出す。亡霊たちのもとへ護符の一つを変形させ剣と化す。まずは一人、手始めに一番近い相手を。
「!!!!?」
突然、悪寒を感じて飛び退いた。何だ、何がいる。亡霊とは違う圧倒的存在感。それは一瞬でこの空間を支配し、戦慄を走らせた。気配の出どころは……あまりにも大きすぎて最初は分からなかったが、祭壇に寝かされている人形からだった。だが、人形には命を感じさせない。儀式は失敗したのか、それとも中途半端に成功し、別の何かを喚び出したのか。
人形はゆっくりと、立ち上がった。関節はところどころ逆方向に動き、それは人の動きには到底見えなかった。人形に亀裂が入る。亀裂は広がり、まるで脱皮のようにその皮が脱げ落ちた。そして中身が露わとなる。
黒い者だった。煤を被ったような、そんな印象を受けた。人形から出てきた者は劣化した彫刻のように身体のところどころが崩れ始めた。そして崩れたところから、黒い外観とは裏腹に光の輝きが見えた。その輝きに合わせ、脈動するかのように長い髪が薄く輝く。金色の、透き通ったような色だった。外観からして……成人男性だろうか。レンと同じ存在……とてもそうは見えない。その魂はまるで底が見えないほど深い漆黒に染まっており、周囲の空気を重くさせるこの存在は、決してこの世界にいてはならないものだと、確信した。
男は周囲を見渡し、最後に俺を見た。男の足元にはカラカラに乾いた、人形の皮が落ちていた。まるで何もかもが抜け落ちたかのように。男はそれを拾う。そして棒状に折りたたむ。瞬間、俺の目の前に突然、距離を詰めた。
先程の天満月が行った移動とは異なる。恐ろしいまでに素早い。それだけの移動。ただし別次元に、異次元に、規格外に早い。反射的に五重防御結界を展開する。それをまるで意にも介さず、男は人形の皮だったものを鈍器のように扱い、振り回した。結界は飴細工のように一瞬にして全て砕かれ、鈍器は俺に直撃した。
「ぐはッッ!!!」
アッパーに振られた鈍器の直撃を受けた俺は高く吹き飛ばされた。信じられない衝撃だった。まるでジャンボジェットが直撃したかのようだった。内臓がいくつか破裂した。血反吐を吐きながら、回復術式で損傷を回復する。
更に俺は空中に空間術式を展開した。空間を操作、凝縮し空に足場を作る簡単な術式。俺は宙に浮いた状態で男を見下ろす。男は俺をじっと見上げていた。純粋な目だった。俺のしていること一つ一つが真新しい、新鮮なものを見るようなものだった。
奴は空を飛べない。であるならば、俺に地の利はある。上空から火力を集中砲火して倒す。そう考えた瞬間だった。男は膝を下ろし、しゃがみ込む。いや……これは……。
「まぁ、そんなこともできるわな。」
大地を揺らす衝撃音とともに、男は跳躍した。高く吹き飛ばされた俺よりも更に高く。太陽の光を背にしたその姿は神々しくもあった。
男の手から光の槍のようなものが出現した。先程の鈍器とは異なるもの。それを、俺に思い切り投げつける。投げつけたものとは思えないすさまじい速さで飛んでくる光の槍を俺は空間操術を駆使して避けた。背後で大爆発が起こる。山が一つ、吹き飛んでいた。
「あー……人間一人にそれはちょっとオーバーキルじゃない?まぁそんな大ぶりの攻撃、余裕で避けられるけど。」
大量の光の槍が出てきた。それを鷲掴みにして俺に照準を向ける。
「オーケー、俺が悪かった。今からでも良いから話し合わない?」
先程の槍が同じ速度で、今度は無数に空を埋め尽くし飛んでくる。回避を許さない面攻撃。大雑把だが、ちょこまか避ける相手にはこいつが一番だよな。わかる。術式を展開し空間を引き裂く。厳密には空間位相をずらし別次元の扉を開く。その術式の名は根之堅洲國。次元移転術式。面で攻撃してくるなら、次元を変えて避ければ良いだけだ。
突然、空間に出来た裂け目には流石に男は困惑をしたのか振りかぶったあと、あたりを見回していた。どこに逃げたのか。探しているようだ。
「お前がいくら化け物だろうが、実体があるなら倒せないわけねぇよ、な!!」
純粋に、自分の肉体を術式で強化し、思い切り叩きつける。まずは様子見。物理攻撃が効かないなら別の手を考える。
空中で叩きつけられた男は凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。大地が揺れる。数万トンの衝撃を与えた。先程喰らった鈍器のおかえしだ。
地上に降り立つ。男は無事だ。俺が降り立ったのを見計らったかのように、瓦礫の中から立ち上がった。
「倒すというか封印コースかこれ?あるいはお帰り願うゴフッ。」
突然、口から血が出てきた。何が起きた。攻撃を喰らった覚えはない。いや、これは……毒だ。男を中心に、大気が毒化している。いや、大気だけではない。大地も別のものに作り変えられている……。
「自動対星術式……。お前の目的は戦争ではなく、侵略か。」
対星術式……星の営みそのものを変える禁忌。数多の生贄と術師を糧に発動する世界への冒涜。この男はそれをただそこにいるだけで犯している。男の周囲に巻き起こっているのは宇宙の真理そのものだった。それは星を否定する悪意。外来なる侵略。空間防護術式を周囲に展開する。いるだけで生命を否定するこの空間。早めに決着を付けなくては、この世界そのものが危うい。
「てめぇがその気なら、俺も切り札を出させてもらうぜ。」
拘束術式を解放する。突如、空間に雷のようなヒビが入った。そして出現する一振りの剣。七つの星、七つの原理、七つの法則により作られた宝剣。名を七星剣。境野仁が持つ最大最強の武装。あらゆる魔を払う対外概念武装。仁は意図していなかった。自身の持つ最大火力をぶつけるということ。それが偶然的に、男の、目の前にいる外道を払う、最大の武器であったことに。
男は狼狽えていた。それは本能によるものだった。目の前の存在が持つ剣。ただの古臭い剣に秘められた凄まじい脈動を。世界が震え上がっていた。決着の時は近いと、確信をしていた。
仁の周囲に護符が集まる。男が召喚される前に召喚石の力を借りて増殖させた護符たち。それは嵐のようにいくつも渦巻き、男へと向かう。男は鈍器を振るった。瞬間、衝撃波が巻き起こり護符は吹き飛ぶ。そして更に鈍器を高く振り上げ、地面を叩きつけた。瞬間、地面は躍動する。否、それは地面ではなかった。対星術式により男の世界に変えられていたその地面には無数の刻印が浮かび上がっていた。そして同時に光り輝き出す。狙いは仁、ただ一人。刻印から放たれる光の衝撃波。数多の護符は弾きとばされ散っていく。
仁は高く飛び上がっていた。この剣をぶつけるには、決定打が足りない。護符を囮にするがあの鈍器による攻撃、そして対星術式のコンボは反則だ。最早この世界はあの男の世界となっている。全てが敵意となって襲いかかる中、俺の操る護符も、巨大な召喚石によりストックを増したとしても、この世界の呪いに耐えきれず消滅していく。何か……少しだけでいい、奴を止めることが……。
突然金属音がした。男に何かがぶつかった音だ。飛んできた方向に振り向くと、そこにはレンが立っていた。この騒動で心配になってついてきたのだ。
「駄目だ!この辺りは毒そのものだ!早く離れろ!!」
俺の叫びが届く前に、男がレンへと向かっていった。今まで亡霊ではなく俺を執拗に狙っていた男の突然の行動に俺は焦りだす。レンがやられてしまう。俺はレンの名前を叫びかけた。だが、それは杞憂だったとすぐにわかる。
レンは男の鈍器を掴んでいた。男は信じられないものを見るような目でレンを見つめる。考えてみれば当然だった。男は俺の妨害により中途半端に召喚された状態。肉体も一部崩壊している。だがレンはどうだ。何者かの手によって完全に召喚された状態。であるならば、レンは純粋な力比べでは、完全に男の上位互換にある。
「容赦するな!思い切りぶん殴ってやれ!!」
爆裂音がした。とてつもない衝撃音だった。まったく、舐めていたのは俺の方だった。レンは一人でも十分戦える。今だって、俺に勇気を、勝機をくれた。蜘蛛の糸のようにか細い糸を、あいつは確実なものへと変えてくれた。
「最高のアシストだぜ、相棒。」
仁は七星剣を構える。吹き飛ばされる男に照準を向ける。奴が飛べないのは承知だ。これで終わらせる。
「全拘束術式解放、限界解除、倫理術式解除、耐空間防護術式起動……。」
その瞬間を狙い冷静に最大出力に繋げる術式を展開していく。全てを終わらせる、その一瞬のために。そして七星剣は輝き出す。俺の術式を吸収し、それは真の姿を見せる。
「これで終わりだ!!砕け散りやがれ、この人形野郎がッ!!切り裂け七星剣!!」
構えた剣は射出された。放たれた剣はまるで一筋の彗星の如く大気を穿ち、男に突き刺さる。それは因果律を否定する概念兵器。放たれた瞬間、全ての次元、可能性を否定し勝利に収束させる神を超えた御業。世界の否定剣。世界を否定する剣だからこそ、新たな世界を作り出した男に、決定的な敗北を与えた。
刺さった剣からあらゆるエネルギーが濁流のように男に流れ込む。それは決して溢れ出さず、男を中心に渦巻き続ける。そして男は膨大なエネルギーに溶けていき、そして意識を消失していく。目標を失ったエネルギーの対流は宙に飛び、爆発を引き起こした。その爆発の残留は、ナノレベルに作り変えられ穢された世界すべてを再構築し、元の世界へと引き戻す。意図せずして仁は、この世界に起きた綻びも救ったのだ。
そして七星剣は雷のような次元の裂け目を起こし別次元へと引き戻された。





