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ユリア・カエサルの決断  作者: 遠藤遼
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初戦の夜、ユリアの戦う理由

 夜になると矢の攻撃はガリア騎兵による奇襲に代わったが、ドミティウスさんが別動隊を率いてかんたんに返り討ちにしていた。


 架橋完了の報告を受けたユリアは、すっかり遅くなった夕餉のために天幕へ下がった。俺も一緒だ。天幕には干し葡萄とナッツ、それに水で割った葡萄酒だけ用意され、シャールが先に餌を食べていた。


 ユリア、食欲がないみたいだ。


「昼間の攻撃の件だが、ほんとうに大丈夫なのだろうか」


 餌を食べていたシャールがユリアの声にちょっと顔を上げる。ユリアがその小さなドラゴンの頭を指で撫でてあげると、シャールはまた安心して餌に戻った。


 ユリアが小さくため息をつく。


「俺が今回のガリア行きを勧めたのは」と俺がしゃべり始めると、ユリアが俺の顔を見上げるように見つめた。「ユリアにとって、ユリアの目指すローマにとって、ガリアとの戦いに勝つことが何よりも大切だと思ったからだ」


「それはセイヤの知っている未来でもそうだということか?」


「仮にそうだとして、ユリアは俺の知っている未来がそうだから戦うのか?」


 どこかでたいまつの火が爆ぜる。ユリアがまた息をついた。


「そうではないな。私自身もガリア問題を放っておけば大事になる気がしているんだ」


 また、たいまつがぱちぱちと音を立てた。


「ガリア地方にはローマ市民権を得て帰化した者もいるし、いまだに自治を守っている者もいる。ローマとの交易をする部族もいる。そのため、ガリア民族の中にも貧富の差が生まれている。だが、それ以上にローマは豊かになっている。略奪したくなるほどにな」


 ユリアは干し葡萄をつまむ。


「今回のヘルヴェティ族の侵攻は規模こそ小さいが、ローマとガリアの関係を大きく変化させる蟻の一穴の可能性を感じたのだ」


 俺も干し葡萄を口に入れた。酸味を帯びた甘みがうまかった。


「私はこのヘルヴェティ族の侵攻に隠されたメッセージをこう読んだ」


 ユリアが今度はナッツを口に入れ、かみ砕いた。


「『俺たちもうまいものが食べたい。いいところに住みたい。豊かになりたい』ってな」


 ガリア戦争自体は『ユリウス・カエサル』が仕掛けたことではない。


 元を正せばガリア人とゲルマニア人の争いの平和的仲裁だったはずなのに、それがあっちこっちに飛び火してガリア対ローマの全面戦争になったのだ。


 歴史上のガリア戦記の発端はゲルマン人がガリア人の住処に略奪狙いで侵入したこと。 つまり、ガリア地方での経済問題のとばっちりをローマが食らったにすぎない。


 黙って聞いているのをユリアは肯定ととらえただろうか。


「だが、力尽くは納得いかない。よって、お引き取り願わなければならない」


 だから負けられないのだとユリアは言うのだ。何という絶妙な感覚だ。


「豊かになって幸せになりたいなら、一緒に手を携えればいい。それが私の目指す新しいローマなのだから。でも、そのためには私は勝たなければいけない。勝たなければ私の意見を、ガリアはおろかローマも聞いてはくれないだろうから」


 そう言ってユリアはのどが渇いたのか、葡萄酒を少し飲んだ。


「ユリア、君は俺が言わなくても自分の未来を見ている。それは俺から見ても正しいと思う。俺はおまえを信じてガリアとの戦いを勧めた。けど、一つだけ言わせてくれ」


 俺も手元の杯に口をつけ、一息にあおった。


「おい、セイヤ、それ――」


「この戦いは勝つ」言い切った俺にユリアが目を丸くした。


「セイヤ……?」


「これはほんの緒戦に過ぎない。だから、こんなところでユリアが敗れるわけがない。いや、俺がユリアを負けさせない。俺はおまえの幸運の源なんだろ?」


 水で薄めているはずなのに、生まれて初めて飲んだ葡萄酒が胸を熱く焼いていた。

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