酒宴、星空の下で
ユリアは午後に軍団の兵士たちを集めた。ごつい顔つきの男たちで、お世辞にも上品な連中ではなかった。
「べっぴんさんじゃねえか」「姉ちゃん、一杯やろうぜ」「そばのガキは酒弱そうだな」
ドミティウスの軍団一万二千人が、初めてユリアと対面したときの彼女への評価はそんな感じだった。「酒の弱そうなそばのガキ」とは俺のことだろう。
「ユリア・カエサルだ。ルキウス・マリウス殿の助けに来た。力を貸してほしい」
筋骨隆々としてはいるが頭のほうまで筋肉になっているのではないかと思いたくなるような兵士たち、その軍団長や隊長にユリアはいつもの快活なよく通る声で話しかけた。
「あんたが俺たちの司令官になるのか」「腕はたしかなのか」「酒は強いのか」
ユリアは不敵というより、ふてぶてしく語りかけた。
「手ぶらの挨拶も申し訳ないと思ってな。さっそく酒宴の準備をしてある」
今回のスポンサーはクララではなくルキウスさんだったが、「ユリアが用意した」大量の葡萄酒、チーズ、肉類にナッツ、麦粥が大量に振る舞われ、特別給金が支給された。兵士たちは「ユリアの気前の良さ」に歓声をあげた。
「どうした、どうした。ガリア詰めの兵たちは酒が弱いではないか!」
どのくらい時間が経っただろうか。すでに日が落ちている。連れてきたリヴィアが、ちょこちょことユリアの周りを動いていた。
ユリアはといえば、明らかにいつもより酒量は多かったが、足取りもしっかりしていたし、思考も混濁していないようだった。
「ユリアは酔ってないの?」
「これも仕事だから酔わないようがんばる」
ほんのり赤く染まった色白の肌に思わず陶然となってしまうほどだった。
「あの女、酒、強ぇな」「もう飲めねぇ」「ユリア様と呼ばせてください」
屈強の男たちが大笑いし、大声ではやし立てる。ユリアも負けずに大声で話し、大きな声で笑っていた。力比べで腕相撲をとっても、どんな大男が相手でもユリアは美麗な顔に余裕の笑みを浮かべて、それらすべてを簡単にあしらっていたのだった。
「こんな強ぇ奴は見たことねぇ」「まだ負けた腕が痛む……」「こんなに簡単に負けたのは初めてだ」「ああ、いい。もっと痛めつけてください」
兵士のなかには酒の強くない者もいる。そういう連中を無理に酔い潰すわけにはいかないが、ユリアは葡萄酒を飲む手を止めずにそうした兵士たちとも言葉を交わしていた。
「どうだ。この辺にはかわいい女の子はいるのか」「前線でもそれなのかよ!」
「おっと失礼。美しいお姉さまも加えないといけないな」「そこじゃないだろ!」
ユリアと俺のやり取りは、酒宴のたわむれとして兵士たちに大うけしていた。
酒が強く、腕っぷしも強く、女の話も大好き。
おまけに胸のすくような美人でありながら、ひとつも鼻にかけるところがない。
好感度が高まるなと言うほうが無理だった。
「実はですね。あのユリア様の横の男子がウワサの異世界人の魔術師でして――」
リディアが、兵士たちの酒を補充しながら俺のこともうまい具合に広めてくれていた。
「ユリア様とセイヤの兄貴がいればドルイドに負けやしねえな!」「ああ、違いねえ!」
「そーだ! ディアナ神の魔術師にして幸運の源のセイヤがいる。んふふ、イイ男だろ」
ドミティウスさんがいるのにユリアががっしりと俺の首に腕を回した。酔い始めたか。
「その少年が司令官付きの異世界人ですか」「うん」「何というか、その少年は、司令官の恋人なのですか」「ブッ!」「ぐぁッ!」ものすごい勢いで突き飛ばされたよ。
「何を言ってるんだ、ドミティウス。そそそ、そんな破廉恥なことを、真昼間からっ」
「もう日も暮れましたが」
ドミティウスさんがにやにやしていた。彼も酒が入って、少し心がほぐれてきたのだろうか。どうやら、ユリアの純情可憐な弱点を見つけたようだ。
「その『セイヤ』という名前、われわれローマ人には、何だか奇異に感じますな」
「そうか? 独特なぶん、間違えなくていいと思うし、私は気に入っているが」
ドミティウスさんが兵士たちにも聞いてみていた。
「そうだなあ」「何か掛け声みたいだよな」「呼びやすい方が俺たちも親近感がわくのに」「俺は兄貴と呼ばせてください」「ユリア様、俺のことは豚野郎と呼んでください」
兵士たちの思い思いの意見に、ユリアが困った顔になってしまった。
俺としては、まあ、自分の名前ではあるので愛着はあるが、ローマ風の名前ならそれはそれでいいかもしれない。
「どうせならユリアにつけてもらったほうが、気の利いた名前になると思うな」
ユリアがなぜかうれしそうな顔になって、大きく胸を張った。
「そ、そうか。うむ。では今度、飛び切りカッコいい名前を私が考えてやろう」
満天の星の下、喜ばしげに輝く瞳でユリアが約束してくれた。
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