ユリア暗殺未遂
それから、ユリアとキケロとクララでいくつかの打ち合わせと約束事が結ばれた。
結論を言ってしまえば、ユリアがカテリーナとその一派の助命を嘆願し、キケロが執政官として最終的に助命判断を下す。
事前の元老院工作は必要な範囲で、クララが金銭的に処理する。
カテリーナたちは最終的にはローマ追放。
本件成功後、ユリアは最高神祇官に就任するために、キケロから後押ししてもらう。
「まあ、こんなところかな」
ユリアとしては満足な交渉を終えた気分のようだった。
「いや、まだダメだ」
俺がダメ出しをした。ユリアが水を差され、怪訝な顔をしている。
「どうした、セイヤ。私もキケロもカテリーナも、これで十分だと思っているのだが」
言ってしまった以上、もう最後まで言い切るしかなかった。
「ユリアを、ユリアの身の安全を保障してほしい」
ユリアが腕組みをする。キケロがもえみちゃんを振り返っていた。
「セイヤ、私の身を心配してくれるのはありがたいが、殴り合いをするわけじゃない」
「……いやしくも元老院。ユリアの命を狙う理由がわからない」
「十七歳の新人女性議員が、最大派閥の小カトーたちの権力の象徴である『元老院最終勧告』に楯突くんですよ。そのあと議会が大荒れに荒れるのは予想される。ユリアだって、場合によっては袋叩きにあうかもしれない」
ユリアとキケロがお互いに顔を見合った。
「……執政官である私が、最後はローマ追放に判決するつもりから、責任は私にある」
「最後はそうでも、今日の話し合いを知らない議員からはユリアが演説でキケロを惑わしたと見るでしょ。それにユリアですよ。女ったらしで悪名高い」
「このユリア・カエサル、どのお姉さまからも恨みは買っていないぞ」
「もてない男の議員や兄弟親戚筋からはかえって恨まれるだろ」
ユリアが衝撃を受けていた。「まったく新しい視点だ」
「いや、そうじゃなくて。一部はそうなのかもしれないけど、ユリアが小カトーたちの考えを覆したことを快く思わない人たちが絶対出てきます。他ならぬ小カトー自身がそう思うでしょう。絶対何か仕掛けてきます!」
キケロに強く言い放ってしまった。
「そうよねぇ。小カトーの奴、わざわざお風呂の中にまでセイヤちゃんをいじめようと追いかけてくるくらいなんだもの。ユリア様だって、ただじゃ済まないかもね」
「アメリアさん、セイヤが危ない目に遭ったってことなのか?」
ユリアの詰問に、アメリアさんが珍しく「しまった」という顔をした。
「何で黙っていたんだ、セイヤ!」
「いや、アメリアさんのおかげで特に何もなかったし……」
「小カトー、絶対許さない!」
キケロは黙って俺を見ている。彼女はじっと俺を見つめ、少しだけ首を傾げた。
「……ふたりはラブラブ?」「何でそうなるんだよ!」「そそそ、そうだぞ、キケロ、何を言ってるんだ。そんな破廉恥なことを、ままま、真っ昼間から言うものではない。バカ者め」「……もうすぐ夕方」キケロも変人なのか。そうなのか?
「とにかく! ユリアに万が一があったらどうするんですか」
「……そこまで無礼を働く者は、いない、と思う」
「俺を議場に入れるとかできないんですか」
隣りでユリアがなんだか不機嫌そうな顔をしたが、これは大事なことなんだ。
「……無理。議場には元老院議員か要請のあったローマ市民しか入れないのが、原則」
異世界人である俺たちに、ローマ市民権を付与する法律はなかったからだ。
「……元老院の建物の外の、議員以外立ち入り禁止の手前までで我慢して」
思い切り舌打ちしてしまった。
「セイヤ、おまえが何と言おうと、私はおまえを危険な目に遭わせた小カトーを絶対に許さない。それだけでもこの仕事は引き受ける価値があると考えている。邪魔するな」
思わぬユリアの反論だった。
「俺の身を案じてくれたのはうれしいけど、それよりユリアの安全の方が大事なんだ」
「心配するな。私は負けない」
「じゃあ、元老院議員全員が一気に襲いかかってきても勝てるのかよ!?」
「勝てる!!」
「ウソつけ!! 現におまえはそこで――」
思わず言葉が先走りそうになり、奥歯を噛みしめて、熱い言葉の塊を飲み込んだ。
「何だよ、セイヤ。言いたいことがあるなら、言ってみろよ」
「い、いや――」
「何だよ、妙にこそこそして。そういうの、私はキライだっ」
「とにかく! おまえに何かあったら元も子もないだろ。言うこと聞けよ!!」
「うるさい、おまえこそ剣術も何もできないじゃないか。セイヤのバカ!」
ユリアは不機嫌な顔で頬杖をついて、俺から顔を背けてしまった。
「ユリアは男女合わせてもローマで屈指の剣術使いなんだし、大丈夫よ」
クララが慰めるように言ってくれたが、場は殺伐としてしまった。
ほどなくしてユリアが立ち上がり、帰り支度を始めた。
「セイヤ、弁論の準備があるから、しばらくピザ屋に行くのはナシな」
ユリアがひとりで歩きだしたので、俺も慌ててみんなに頭を下げて屋敷を出る。
「セイヤ、いつも私を支持してくれるんじゃなかったのか……」
屋敷の門をくぐりながら、俺の顔も見ないでそう告げるユリアに胸が痛くなった。
違うんだよ、ユリア――
その日からしばらく、ユリアは俺と一緒に外出しなくなった。剣術の稽古も、公衆浴場も、ピザ屋へ行くこともしなくなってしまった。
だが、警戒したのは小カトーの得体の知れなさだけではない。
俺は歴史上の出来事として知っているのだ。
この日、ユリア(カエサル)が殺されかける、ということを――。
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