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ユリア・カエサルの決断  作者: 遠藤遼
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手土産はエジプト産

 ほどなくして、ユリアとクララがやってきた。ユリアの胸がいっそう大きく見えるのはブラジャー効果なのか。彼女の後ろにはリヴィアが大きな包みを抱えてついてきている。


 ユリアはいつものにこにこ顔。クララはブスッとしていた。


「よう、セイヤ、アメリアさん、モエミ殿。少し待たせてしまったか。見てくれ。地中海の向こうのエジプトの地で食べられている果物だ。果汁が出ないのにとろけるような食感で、乙女の口づけのように甘い。まさに天上の果物というにふさわしい」


 リヴィアの持っている包みから甘く懐かしい果物香りがした。果たしてユリアがにこにこで見せてくれた「エジプトの果物」というのは――。


「バナナか」「バナナですね」


 十分に熟した、甘い香りのするバナナだった。黒い斑点が少し出ていて食べごろだ。


「あー、クララも食べたくて不機嫌なのね。好きだものねぇ、それ」


「アメリアうるさい!」


「大丈夫だよ、愛しのクララ。あとでちゃんと、きみにもおいしいやつを届ける」


「ほんと!? やったぁ! ……って、そうじゃないの!」


 一瞬、最高にいい笑顔になったクララが、再び仏頂面になる。


「いまさらだけど、キケロのところに行くのがどうにも気に食わないのよ」


「そんなこと言ったって、モエミ殿との約束じゃないか」


「さっきも話したけど、キケロの奴、何だか厄介ごとを頼みそうな気がするのよね」


「あの誇り高いキケロが何かを頼んでくるなんて、珍しいじゃないか」


「何かきな臭い奴のことを押し付けてくるんじゃないの?」


「カテリーナだったかい? 顔は知っている。残念ながら、私の好みの女性じゃないから、クララは安心してればいい」「そういう意味じゃなくて!」


 すでにユリアはわりと細かいところまで知っているようだな。


「だが、直接会って話したことのない相手だ。噂だけでどうこう言うつもりはないよ」


 ユリアは強いなと思う瞬間だ。人の意見やウワサ、思惑よりも、自分自身の目で見、耳で聞き、心で掴んだものを大切にしようとする。


 そんな感想をユリアに言うと、彼女の顔が、ぼぼぼんッと赤くなった。


「せせせ、セイヤはまたそういう恥ずかしいことを言う……」


 恥ずかしいことを言っただろうか。


「センパイは、無自覚で攻撃してきますからねぇ」「う、うむ。心して接しよう」


「何でそうなる? でも、キケロも大変だな。執政官制度って面倒なんだね」


「執政官は必ずふたり。ひとりでさっさと決断したくても、ふたりで話し合って国の在り方を決めないといけないことが山のようにあるからな」


「最大派閥の小カトーに気を遣わないといけなかったりもするんだろ?」


「まあな。でも、いまのローマにだってひとりだけの役職はいくつかある。たとえば、民衆のために一時的に任命される護民官とかはひとりでいいし、ローマ全体の祭祀全般を取り仕切る最高神祇官は完全にひとりで、しかも終身制だ」


 ユリアはキケロの家に向かいながら俺に説明してくれた。


「ん? 最高神祇官――そういえば先月亡くなって空席だったな。投票で選ばれるけど、立候補はいまからでも間に合うのか……」


 ふとユリアがひとりでつぶやいた。そして、黙り込み、伏し目がちになる。


 何か言ってはいけないことでもいったかとちょっとだけ不安になったが、すぐにあることを思い出し、内心でガッツポーズを決めた。


(最高神祇官は現状のローマで唯一の終身職であり、単独就任の仕事。宗教関連とはいえ、いや宗教関連だからこそほかに類似の職務は存在しないんだよな)


 多神教の典型のようなローマでは、家々での祭祀は家長が神官を務める。何しろ神様の数だけで何百何千の世界だからそれぞれに専属の聖職者がいたらローマはあっというまに宗教だけの国になってしまう。それに各民族と各家庭の宗教を重んじているから、家長の責任において家の宗教行事は行われていた。


 だが、国である以上、国家全体としての祭典や祭祀が開かれることもある。


 新年であったり、戦勝祈願だったり、ローマ人全員の心を一つにするときだ。


 その総責任者が最高神祇官である。


 これは権力自体はないが、無視できない大きな権威のはずなのだ。


「セイヤ、きみは私の幸運の源だ」と、ユリアが俺の肩を力強く抱いたものだから、クララとリヴィアとアメリアさんの殺気をかすかに感じた。


「いまのはすばらしい天啓だった。そうか、そういうやり方が出来そうだな」


 うれしそうだ。ユリアも、最高神祇官の特徴から導き出される権威性を察したようだ。


 クララがため息とともに会話に割り込んでくる。


「また、お金かかること考えてるでしょ」


「よくわかったな。さすが、私の愛するクララだ」


 ユリアは今度はクララの肩を抱きしめた。


「なっ! ちょちょ、ちょっと! 何するのよ!」


「溢れる私の、きみへの親愛の情をちょっとでも伝えたくて」


「もう! だいたいあんたがそんな笑顔でそんなことするときは、ろくでもない借金申し入れのときぐらいでしょ!」


「うん。また頼むかも」買収か!? 最高神祇官になるための票の買収の資金なのか!?


(そんなことして罰が当たらないといいけど)


 これだけの会話でそう察してしまう俺のほうが不信心者かもしれない。


 クララがいくらか抗議をしてユリアが軽く流していると、キケロの家に着いた。

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