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ユリア・カエサルの決断  作者: 遠藤遼
19/49

アメリアさんVS小カトー in 公衆浴場

 ひと仕事終えての風呂が格別なのは、ローマでも同じである。


「ああー、気持ちいいー」


 ユリアとクララの大散財祭りの最終日を終えて、ローマ式の大浴場で身体を伸ばす。すっかり夜だったので、入っている人間も少ない。風呂はいいねえ。


 剣闘士試合の大歓声が頭の中に余韻として残っていて、心地よくクラクラする。


 贅沢に灯りが使われた大浴場の湯船で、お湯をすくって顔を洗う。気持ちいい。


「ああー、よくやったなー」


 となりに見知らぬ男の人が入ってきたので、場所を動いた。


 すると、動いた先にも又別の男の人が入ってきた。


(あれ? こんなに空いてるのに、何でわざわざ……)


 入ってきた男たちは明らかに俺を見て柄の悪そうな笑いを浮かべていた。


「兄ちゃん、見ねえ顔だなぁ」「ひょっとしてユリア・カエサルんとこのモンか?」


(関わらないでおこう)と無視を決め込んだところ、妙にしなを作った声をかけられた。


「そうよねぇ。セイヤちゃん、毎朝、ユリア様への陳情者対応から、『これだけ出費できるなら金を返せ』と言ってくる大勢の債権者の対応まで、よくやったと思うわよ」


「あ、アメリアさんっ!?」


 戦慄と共に振り返れば、胸元までバスタオルよろしく布で隠したアメリアさんが湯船に入ろうとしていた。普段は胸元丸見えの服なのに、お風呂では隠すんですね。


「そんなにジロジロ見て、セイヤちゃんのえっち」


「いやいやいや、ここ男湯……あれ、男湯でいいのか? いや、どっちだ?」


「いいのよ、アタシの入るのはセイヤちゃんのい・る・ほ・う」


「マジ勘弁してつかぁさい」「逃がさないわよ?(真顔)」


 俺の周りにいた柄の悪そうな男たちをかき分け、水の抵抗をこれっぽっちも感じさせず、するするとアメリアさんが近づき、気がつけば目の前三十センチ。


「夜にひとりのお風呂は危ないんだから――アタシがいてラッキーだったわね」


 アメリアさんがニヤリと笑って、そばの男たちを見た。


「ユリア様の大切な異世界人に怪我させようってバカどもがいるみたいだから」


 凄みのある微笑みになったアメリアさんに、ごろつきどもが怯む。


「おまえたち、この無礼者たちの背中を流しておやりっ」


 アメリアさんが鋭く言い放つと、浴場のあちこちから胸元を隠す仕草をした屈強な男たちが現れ、ごろつきどもを囲む。


 ごろつきたちが哀れなほど青い顔になっていた。


「せっかくの風呂だというのに、落ち着いて入っていられないのかね、異世界人諸君」


 浴室の温度が急に下がるような冷たい声がした。この声は忘れるはずはない。


 よく引き締まった体躯の男が風呂に入ろうとしていた。


「カトー元老院議員――っ」


 小カトーの登場に、オネエ軍団に拉致されようとしていたごろつきたちが安堵したような顔をした。そうか、こいつが――


「あなたが小カトーちゃん? セイヤちゃんにオイタしないで欲しいわ?」


「……面と向かって俺を『小カトー』と呼ぶとはいい度胸だな。オカマ風情が」


「権力怖くてオカマなんてやってられないわよ」


「普段は剣術に優れたユリア・カエサルが一緒だから、おまえがひとりになるときを狙っていたが……。カエサルだけでなく、クラッススにまで異世界人か」


「たしか、カルタゴと戦った大カトーの子孫よね? そういえば、大カトー自身がアタシたちと同じ異世界人(日本人)だったんじゃなかったかしら?」


「えっ? そうか、大カトーから日本語を教わっているのか?」


 これまで見た中でいちばんの睨み顔になった小カトーが、日本語を使った。


「俺たちの歴史に割って入るのはほどほどにしてもらおうか」


 小カトーの恫喝に、アメリアさんがニヤニヤと俺を小突く。対応しろというのか――


「俺たち、ユリアがローマ市民に大盤振る舞いする手伝いしただけですけど」


「無茶な出費などしなくとも、女好きで借金ばかりしている『カエサル』のままで楽しく過ごさせえてやればいいじゃないか」


「妙なことを言いますね。ローマ市民を楽しませるのはいいことじゃないですか」


「ローマ市民には俺が率いる派閥がすでに十分よい政治を施している。『カエサル』の政治には登場してもらわなくてもいいのだよ」


「その言い方、まるで将来の『カエサル』の政治を知っているみたいな言い方ですね」


「将来の『ローマ帝国』を知っていると言ったら、おまえたちはどう思うかな?」


 衝撃的な言葉だった。「ローマ帝国」だって? それは、『カエサル』と、さらにそのあとの『初代皇帝アウグストゥス』以降の歴史でなければ出てこない言葉だ。


「異世界人の血を引いていて日本語まで教わっているなら、俺たちがどういう意味でこの世界にやって来ているかわかるはずですよね」


「俺たちの政治でローマは回ってきた。これからもそうであればいいだけではないか」


 皮肉と余裕に満ちて唇をゆがめている小カトーがやたらと不気味に見えた。


「はいはい、そこまでよ、小カトーちゃん?」


 手をパンパン叩きながらアメリアさんが立ち上がる。


「アタシ、難しいことよくわからないけど、日本からひとりできた健気なセイヤちゃんをこれ以上いじめるなら、アタシたちみんなで朝までたっぷりお相手しちゃうわよ?」


 小カトーも立ち上がり、アメリアさんと睨み合う。


 アメリアさんは笑っている。いや、目だけは猛獣の目をしていた。


 先に目線をそらせたのは小カトーだった。


「魅力的なお誘いだが、私に男色の気はないのでね。これで失礼するとしよう」


 ラテン語でそう言い、風呂から出て行く。


 ごろつきどももどさくさに紛れて出て行った。


「アメリアさん、ありがとうございました」


「いままで気づかなかっただろうけど、毎日お風呂でアタシのお友達関係がいつもセイヤちゃんが刺客に襲われないか見張ってたのよ? とうとうしっぽを出したわね」


「小カトーにあんなふうに言われてカチンと来ました。絶対ユリアを英雄にします」


「ん~、やっぱりセイヤちゃんかわいい。やっぱりアタシがここで襲っちゃう!」


「やめてください!」俺は風呂を飛び出した。

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