ユリアによる「借金のコツ」
「あはははは、それは災難だったな。さすがの幸運の源セイヤもうまくいかなかったか」
クララの家での顛末を報告すると、読書をしていたユリアが大笑いした。
「他人事みたいに笑うなよ。あの手紙、借金の申し入れだったなんて聞いてなかったぞ」
ユリアのやつ、目に涙まで浮かべて笑い転げてやがる。ちらっと見えた太もも内側の白さに、どきっとなんてしてないからな。
「ところで、クララに会ってみて、印象はどうだった?」
「どうって……。まあ、あの若さでローマ一のお金持ちというのは、すごいね」
「うんうん。見た目のほうはどうだった」
「まあ、かわいらしい感じだったけど……」
「そうだろ!」ユリアがいい笑顔で食いついてきた。
「あの子が私の仔猫ちゃん第一号にして第一位なんだ!」
「知らねえよ、そんなこと」
「それにしてもクララのところにも異世界人がいたのか。驚きだな」
俺もいろんな意味で驚いたよ。ちなみにアメリアさんがオネエ系であることを聞いても、ユリアは「まあ、そういう生き方もある」と言っただけだった。なお、アメリアさんによる最後の融資お誘いの言葉は教えていない。と言うより早く忘れてしまいたい。
「贈り物のほうは渡してくれたかい」
「渡したよ。喜んでたみたい」
この報告に、ユリアは先ほどまでとは違った笑みを浮かべた。
「そうか! それはよかった! クララの好きそうな意匠を、職人に頼み込んで作ってもらった特注品だからな! 喜んでもらえて何よりだ」
こういうときのユリアはほんとうにうれしそうだ。ユリアにしてみれば、贈り物で相手がどれだけ喜んでくれるかだけが問題であるようだ。手紙の内容でへそを曲げたときに用意した贈り物をすぐに渡せと言っていたが、この様子を見ているとそれで点数を稼いで借金の無心をするための贈り物だったとは思えない。相手に幸せな気分であってほしいために、気分を害したらすぐ渡せと言っていたのではないか。
「どうした、セイヤ。私の顔にまた何かついているか」
「いや。この女たらしと思っただけだよ」
「あはは、それはほめ言葉と受け取っておこう」
「とうとう開き直りやがったな」
「それにしても困ったなあ。百タレントはどうしてもいるんだよなあ」
「なあ、ユリア、おまえ、いままでもクララにだいぶ借金してるんだろ?」
「うん。ちょっと借りてる」
「ちょっとって……千二百タレントくらい借りてるんだろ?」
一万人の軍隊十年分以上の資金を、貸せるクララにも驚きだが、個人で浪費できるこいつにも驚きだよ。
「ああ、もうそのくらいになるかなあ」こいつ……。
「ここまで来たら、新しく百タレント貸すのも、あまり変わらないと思うんだけどなあ」
「借りてるおまえが言うな。しかも全然返していないんだって?」
「少しは返したんじゃないかな?」と、傍らに控えているリヴィアを促した。
「ユリアさまが、リキータさまに対して返済されたのは十デナリくらいなのです」
「それってどのくらいの価値のお金?」
何だかとにかく少なそうな気がするが、俺は聞きかえして確認してみることにした。
「一デナリが労働者一日分の賃金なのです」
「ということは返済額は日当十日分くらいか」
今回借用しようとしたのは一万人の軍隊一年分の資金。はっきり言えることは――
「おまえ、それ、返したうちに入らないよ」
「立派な返済だぞ」
「むしろ返さないほうがいいくらいだよ。それっぽっち返されたら、かえって腹立つよ」
「返済の意思を示すことは、誠意だと思う」
「とにかく少しずつでもいいからきちんと返済しろよっ」
それにしても何に使ってるんだ、そんな大金。いや、考えるまでもなかったな。
「ん? どうした、セイヤ?」
楽しいことを見つけた子供のような、あどけない笑顔で首をかしげるユリア。後輩のもえみちゃんも同じような目をするが、その美しさは段違いだ。ため息が出る。
今日のユリアは、上質の布で作られ、もっとも発色の良い紅色で縁どられた長衣を美しく纏っている。頭の先から爪の先まできらめくような美しさだ。遠くギリシャから取り寄せた貴重な写本のひとつを手にしている姿は知的にも輝いていて……ああ、これか――
「……それだけの大金、無茶苦茶おしゃれにつぎ込んでるだろ?」
「失敬な。それだけで使うわけがないだろう」
「あと、その写本を取り寄せたりするためのお金、けっこうかかってるだろ」
「読書は自分への投資だ。私はローマ一の蔵書を持っているぞ。だが、それだけでここまで高額の散財できるわけがないだろう。女の子への贈り物のためのお金にも使った」
ちょっとがっかりした。
「あと、一応、他にも関係各所への贈り物がたくさんあるんだよ。政界の必要経費だ」
あー、古代ローマもそういう事情は同じなのだな。
「馬から服から武具一式から、いままでも、ずいぶん贈ったなあ。でも、名門とつながりを持っておかないとやりたい仕事ができないこともあるから、もっと贈らないと」
だいたい彼女の散財の原因はわかったが、底抜けにあっけらかんとしている。
「セイヤ、借金のコツを教えてあげるよ」
「あんまり教わりたくないけど」
「少しの借金ではダメなんだ。返せ返せとうるさいからな。だけど莫大な借金になると、私が破産すると貸主も共倒れになる。だから、逆に私が破産しないようにどんどんお金を貸してくれるようになる!」
「自慢するな!」「ふっふっふっ、どうだ、参ったか!」「違う意味で参りそうだよ!」
しかも胸張るな。豊かな胸が傍若無人にたゆんと強調されるじゃないか。
「でも、困ったな。今回はどうしても百タレントいるんだ」
ユリアの声のトーンが少し低くなり、残念そうな顔で上目づかいをしていた。くっ、ちょっとかわいいじゃないか。
「私が元老院議員になったお祝いなんだ」
ユリア、揺るがないなー。リディアが飲み物を持ってきてくれた。
「おまえが一緒ならクララは貸してくれるかもしれない。でも、ちゃんとお金返せよ?」
「うんうんわかったわかった」
「おまえ、絶対わかってない」
「わかってるって。私がクララに会いに行けば解決なのだろう?」
「セイヤは役立たずだったのです」「ぐふっ」
リヴィアが結論づけ、一言でえぐり込んだ。
「そう言うな。リヴィアだって、セイヤが心配そうな顔してうろついてたじゃないか」
「そそそ、そんなことなかったのです!?」
「たまになら貸してやるからセイヤお兄ちゃんに遊んでもらえ」
「せ、セイヤ、お兄、ちゃ――そんな呼び方、ダメなのです!?」
「照れるな、照れるな。でも、いつもはダメだぞ? 海賊から救ってくれたときに、私の方が先にセイヤに一目惚れしてしまっているからな」
「ぐえっ、い、いまなんて――」と、俺の方が変な声が出た。
「セイヤのあの剣技に一目惚れしたんだ」ユリアがちょっとはにかみながらウインクした。
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