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ユリア・カエサルの決断  作者: 遠藤遼
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ユリア、「カエサル」の片鱗を見せる

 ユリア・カエサルは女好きで借金まみれ。


 それだけを取れば、およそ英雄とは思えない


 しかし、こいつが誰よりも冴えを見せている技量のひとつが剣術だった。


「セイヤぁ、一緒に剣術稽古に行こう」


 例によってユリアは、午前中の元老院議員の仕事を終えると俺をともなって剣術稽古に向かった。リディアも一緒だ。


 ローマでは原則、午前中で仕事が終わる。午後は公衆浴場に入ったり、併設されている広場でスポーツを楽しんだり、剣技を磨く。


「剣術はいいよな。思い切り汗をかくと、議会の疲れも吹っ飛ぶ」


 彼女の場合、まず剣術、そして風呂というのがお決まりの午後の過ごし方だった。


 ユリアに連れられて剣術の稽古に付き合っているのだが、しょせんは剣道部中退。彼女の相手どころか、まともに太刀筋を振るうこともできなかった。


「海賊相手にあれだけ戦えたセイヤが、どうして練習だとダメダメなんだ?」


 こっちが聞きたいよ。むしろ何であのときあんなに戦えたのか。


 かたや、ユリアである。


 ユリアの剣技の腕はローマ屈指といって過言ではなかった。


 おそらく同年代の女の子同士でなら、ユリアに勝てる者はまずいないだろう。何しろ、屈強な百騎長の男たちを相手にしても引けを取らないどころか、翻弄していた。


 何よりも、剣を振るう姿が優雅なのだ。


 彼女が剣を振るう姿を見て、その舞い踊る髪に、躍動する肉体に、煌めく瞳に、桃色に染まった頬に、心を奪われてしまった。


「すごくきれいだ……」「なっ! ななな、何と破廉恥なことを言うんだっ!?」


 声のひっくり返ったユリアが剣を振り回して危うく斬り倒されるところだった。


 剣術のあとはお風呂で汗を流す。お風呂文化は日本人の俺にはとてもありがたい。


「セイヤぁ、一緒にお風呂に行こう」


 金髪の美少女からとんでもないセリフを言われ、激しく動揺する俺がいた。


 毎日の台詞なのだが、いまでもドキドキしちゃうけど。体育会的な爽やかな汗をかいた金髪の美少女が男子に言っていいセリフではないと思う。


 余談ながら、公衆浴場はいうまでもなく男女別である。念のため。



 公衆浴場を出て、ユリアお気に入りの店へ。今日も俺とユリアは一緒にピザを食べていた。眺めの良い席に座ってピザを食べながら、ユリアの話題はやはり「女の子」だった。


「なあ、セイヤ、さっきの女の子、かわいかったと思わないか」


「そーかなー」


 こちらのローマにもピザがあってマジでよかった。俺、ピザが大好きなんだ。日本にいたときには休みの日に自分で生地から作ったくらいの大好物。


「あっ、セイヤセイヤ、あの子なんかも髪がきれいでかわいいなっ」


「ふーん」


 ローマでピザだよ? 本物の釜焼きのもっちりパリパリだよ? 何枚でもいける。ユリアとふたりで四枚、リディアの分を合わせれば五枚は食べる。ちなみにおやつ扱いだ。


「あっ、あの女性と目が合った。こっち見て笑ってる。きっと気があるんだ」


「そんなわけねーよ」


 しかもこのピザ、ちゃんとトマトソースとバジリコを使ったマルゲリータなのだ。十九世紀成立のマルゲリータを、まさかこっちの古代ローマで食べることができるとは。神様、ありがとう。これでユリアの借金と女好きに耐えられます。


「ああいう子に風呂上がりの飲み物をついでほしいと思うだろ?」


「思わねーよ」


 なお、ユリアが指さしたのは、まだ十代前半くらいの女の子だった。犯罪じゃないのか。


「何だい、つれないな。見て見ろ、向こうの席のちょっと赤毛の女の子。あのなめらかな肌と慎ましやかな胸のふくらみ。実に魅力的じゃないか」


 こいつはエロオヤジか。っていうか、こいつ、自分は巨乳のくせに小さめの胸が好きなのか。まあ、ローマ一般の美意識からすればそうなのだろうが。


「ピザ冷めるぞ」


「セイヤずるい。私より多く食べてるっ」


「うまいから」


「ここのピザはいつ食べても絶品だけど、一緒に食べるとなおさらおいしいよなっ」


 こうやってピザをもぐもぐやっていると、町の女性に一日平均三人は色目を向けている。ちなみに、きょうは四人。多いほうだ。


「なあ、ユリアって女性限定で口説くのな。ピザ、もう一枚注文しよう」


 二十代半ばの清楚な美人だったな。


「ああ、美しい女性や仔猫ちゃんは最高じゃないか。あと飲み物もおかわり」


 店の親父が笑顔でピザを持ってくる。


「毎度あり。ほら、おまけでチーズ多めだ」


「おじさん、ありがとう。幸運の源のセイヤが一緒だとおまけされたりするんだな」


 ピザなら俺にも恩恵があるけど、ユリアの乱行を加速させる幸運でいいのだろうか。

「なあ、『女好きで借金まみれの巨乳女』って、ご褒美なんじゃないか?」


「ぬがああああっ! そのあだ名だけは絶対やめてくれっ!」


「はいはい。まあ、女性の好みはいいとして」守備範囲が広すぎるから、もうどうでもよかった。「おまえ、好きな男のタイプとかあるの?」


 もぐもぐと口を動かしていたユリアが、食べかけのピザをぽとりと皿の上に落とした。


「ユリア?」


 わなわなと震えだし、ユリアの顔がみるみる赤くなっていく。


「せせせ、セイヤ、おまえは何と破廉恥なことを聞くんだ」


 真っ赤になって、涙目になっているユリア。


 俺は唖然と彼女の変容を見ていた。そばでリヴィアが額に右手を当てている。


「こここ、好みの男性なんて、白昼堂々聞くもんじゃない! 恥ずかしいじゃないかっ」


「さっきまでのおまえの言動の方が、よっぽど恥ずかしいと思うんだけど」


「そんなことしたら、子供が出来てしまうっ」


「どこのおとぎ話だよ!」


「ユリア様は同性には変た……あけすけなのですが、異性に対してはさっぱりなのです」


「リヴィア、おまえ、いま自分の主人を『変態』って言おうとしなかったか?」


 いずれにしても、ユリアの性癖というか性知識というか、思春期的なものがえらくずれ込んでいることはわかった。きょうび、どんなお嬢さま女子高でも、ここまで偏っては育たないと思うのだけど。だから女の人を口説いてもキスやら何やらに進展しないのかもしれない。きっとこの辺りも、母親を嘆かせている一因なのだろうか。


 だが、ガデスの町で遭遇して以来、「絶望の吐息」は出現していない。ということは、この辺のとんでもない性癖は『カエサル』の許容範囲なのか。


 俺の内心の嘆きをよそに、ユリアが食べかけたピザの耳のところで外を指した。


「見てみろ、セイヤ」とユリアが言った。


「あっちのおっさん、あれも元老院議員なんだ。金に汚い奴でな。自分たちに有利な税制を組むために最大派閥に身を寄せて、私財を貯めまくっている」


 ユリアの指す先には、でっぷり太った中年男性がいた。周りには美少年の奴隷を何人も連れている。ユリアはピザの耳を口に放り込んだ。


「あの店主だが」とユリアが今度ははす向かいの店の老店主を指した。


「若いころ兵役で活躍し、除隊後、小さな店を持ったが、今度、店をたたむらしい」


「どうして?」


「税制が変わったからだ。あっちのおっさんたち、元老院の最大派閥が法律をうまいこと変えてしまった。そして平民層への税優遇案を握りつぶしたため、あの店くらいの稼ぎでは大増税になってしまうんだ」


「何か救済措置はないの?」


「そんな議員ばかりじゃないし、私も何とかしたかったが、元老院議員には銀貨一枚も利益にならない法案だったからお蔵入り。多数決の弊害だ。ローマは大きい。他にも考えないといけないことがいっぱいで、そういうことは後回しにされてしまう。異世界から来たセイヤにローマの恥をさらすみたいで悲しいけど、これがいまのローマなんだ」


 ユリアは頬杖をついてちょっとため息をついた。


「やっぱり、六百人という元老院議員が多すぎるんじゃないかなあ……」


 ぼんやり宙を見ながらユリアはピザをくわえた。


「一人の人間がすべてを判断できるようにしたほうが効率的だと思うんだよなぁ……」


 ユリアがピザを両手で持ってもぐもぐやりながらつぶやいている。ぎょっとなってユリアを見て、ついで目線だけで周りを伺った。


「ユリア、いまのローマは共和政体だろ?」


 最終的に『カエサル』は帝政を目指す。しかし、問題はいま発言していいのか。


 ユリアは気にせず、今度はコップの中身をくるくるしながら続けた。


「王政はローマには馴染まないと思う。一度共和制を味わった以上、王政への逆行は無理だ。でも、元老院を維持したまま、皇帝がその上に君臨する独裁帝政ならいけると思う」


 もう一度周りを伺った。誰も「女たらし」の話を聞いている様子はない。


「えらく過激なことを言うんだな」


「でも、そうだろ? 元老院議員にある程度の既得権益を黙認して、皇帝がきちんとした政治を行えば国の損害は一部バカ議員の歳費分だけで済む。人々の幸福は守られる」


 ユリアのなかでは「皇帝独裁」と「ローマ市民の幸福」という一見正反対のことが一本で繋がっているのか。


 これまで、この金髪の美少女がほんとうに歴史に名を刻む英雄なのかと疑っていた。


 しかし、いまの話で分かる。あのヘラクレス神殿以来、芯ではきちんと考えていたんだ。


 その未来の英雄はピザをはむはむしている。


「どうした、セイヤ? 私の顔をじっと見て」


「いや、おまえ、すごいなと思って」


「ふふ。そう言ってくれるのはセイヤだけだ」


「ほっぺたにトマトソースがついてるけど」


 ユリアの頬をハンカチでぬぐってやると、彼女は真っ赤な顔になった。


「ななな、何てことするんだ、セイヤっ。人が真面目な話をしているのにっ」


「真面目な話なら、なおさらだろ」


「~~~~~~~~~!」


 別に俺はユリアを茶化したのではない。やはりこいつはどこを取っても『カエサル』だ。


「そそ、そういうセイヤだって頬にソースっ」


 ユリアがひょいと手を伸ばして俺の頬を人差し指でこする。彼女の指に赤いトマトソースがついた。


「これでおあいこだ」


 その人差し指をユリアがそのまま自分の口に含む。指をくわえて上目遣いに微笑む姿が……全然おあいこじゃない。


「でもさ、ユリア」と、彼女をまっすぐに見つめた。


「俺もおまえの言うこと、おまえの考えている新しいローマっていいと思う」


「セイヤ――」


「だから、おまえの夢、俺、全力で支えるよ」


 うわあ、何言ってんだ俺。急に恥ずかしくなった。「って、そのための異世界人なんだしな」と慌てて付け加える。


 だが、ユリアはほころぶような笑顔に頬を赤らめて、うつむいて小さな声になった。


「……ありがとう、セイヤ。おまえのその言葉はとてもとてもうれしい」


 ユリアの言葉にますます顔が熱くなった。

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